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変化していく日常
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中学校は家から徒歩二十分と少し離れたところにある。それもあってか帰宅が遅くならないようにと部活動への入部は禁止されてしまい、その代わりお小遣いを貰えるようになった。家での時間を有意義に過ごす為に好きなものを買っていいとパパが許可を出してくれた。お金の使い道は逐一報告する必要があったがそれでも翠には嬉しいことだった。
「おかえり。今日はどうだった?」
最近は葛が夕方の五時や六時まで翠の家に居るようになった。勿論翠が部屋に引っ込んでも問題はないが、葛は積極的に翠を会話へと誘う。翠も葛に歩み寄ろうと決めた事もあって積極的に葛と過ごすようにした。
大抵、葛は紅茶とお菓子を用意してくれた。
お菓子は市販品の事もあれば葛の手作りの日がある。今日はローズヒップティーとロールケーキ。ローズヒップティーの味は翠には大人の味だったがせっかく用意してくれたものだと翠はちびちびとその紅茶を飲み進める。
「今日は美術の時間があって」
自身の手のスケッチをしたことを報告した。それから六時間目は眠くて仕方のなかったことも。
「お友達とはどう? もう仲の良い子ができた?」
「うん。葉月って子と仲が良いんだ」
翠が学校で起きた事を話すと葛は毎回それを嬉しそうに、子どもの成長を喜ぶかのように聞いていた。一方で、翠から葛への質問は大抵はぐらかされてしまう。
「前に言ってたパートナーになりたい人ってどんな人?」
「それは……かっこいい人かな」
「写真とかないの?」
「残念ながら」
翠は特段恋愛の話に興味があるわけでは無かったがコミュニケーションの一環として葛にそう尋ねていた。しかし葛はいつもその質問をはぐらかす。答えが貰えなくても翠は構わなかったがどの質問をしても答えが返ってこないというのは少々つまらなかった。
「じゃあ葛さん趣味とかあるの?」
「趣味ねぇ……そうね、最近は読書とか」
「どんな本読むの?」
「あー……ええと」
葛の視線が空中を彷徨う。聞いてはいけない質問だったのかと翠が「言えないなら聞かないよ」と声をかけたのだが葛はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、違うの。大学で研究していた事に関する本でね。でも結局その研究は中途半端に終わっちゃったから。あんまり良い思い出じゃないの。未だにその研究に縋ってるあたしもどうかと思って」
そう言って紅茶を一口飲んだ葛の顔は強張りこの話題は避けたいとそう語っているようだった。
翠はやはりまずい事を聞いてしまったと思い別の話題を必死に探したが結局思いついたのは稚拙なフォローでしかなかった。
「大学で研究をしてたなんて葛さんすごい人なんだね、それに今もその研究のことを考えてるなんて」
「そうかな、ありがとうね。そんな風に言ってくれて」
翠は精一杯フォローしたつもりだったがあまりフォローになっていないと感じた。自分のコミュニケーション能力の及ばなさを翠は痛感する。
「でも中学生になったなら将来のことは早めに考えた方が良いかもね。プレッシャーをかけるわけじゃないけど、あたしは応援してるから」
「うん、ありがとう」
将来のこと。翠はあまりそれを考えた事がなかった。パパのように医者になる事には魅力を感じなかったし、看護師というのも違う気がした。それに紅のこともある。紅と一緒に生きていけるような、そんな職業があるのかと考えるがそうすぐには思い浮かばない。
「あ、いいよ。お皿とかはぼくが洗っておくから」
お茶とお菓子を用意してくれた事、自分の話題選択ミスで気まずい思いをさせてしまった事もあり翠は後片付けを買って出たが葛は首を横に振った。
「ううん、あたしの仕事だから」
申し出を断られた翠は葛に一言声をかけて自室へと戻る。葛が帰るまではクローゼットの扉をあけることができない。何もしないというのは時間の無駄になってしまう。翠は教科書とノートを開いて普段は就寝前に行う今日の復習と明日の予習を終わらせることにした。
復習が終わり葛が帰った後で翠はさっそくクローゼットの扉を開けた。
「今日は少し遅かったんじゃない?」
「葛さんとお喋りしてたんだ」
「……大丈夫だったの?」
紅は葛のことを警戒している節がある。翠と葛が親しくなるのをあまり快く思っていないようにも見えた。
「大丈夫だよ。明日も葛さんはいると思うけどいつも通りぼくのフリをすれば問題ないよ」
葛が遅くまで家にいる。そうなると学校から家へ帰った紅が葛と顔を合わせる事となる。こればかりは約束を撤廃し葛の前でも紅が翠の演技をするしかなかった。
「そう、よね」
紅が弱気になっている姿は珍しかった。紅はいつでも自分に自信を持っているのだと、翠は紅の性格をそんなように思っていた。
「それより今日の学校の事なんだけど……」
紅が翠のフリをする為に学校で起きたことを把握しておくのは一番大事な事だった。友達との会話から授業の内容まで事細かに説明しておく必要がある。
授業内容、葉月との会話の内容、その他連絡事項。
「あ、それと柚希に貸した英語の教科書、返してもらってないから明日の朝のうちに返してもらって。三時間目に英語があるから」
「わかったわ」
伝達事項は以上だった。
「あ、そうだ。勉強のことなんだけど」
翠は小学校とは違い中学校では一日でも休むと授業内容についていけなくなってしまうのではないかという不安を紅に話した。
「大丈夫よ。翠だって頭が良いでしょう? それに授業の内容ならわたしが解説するわ」
今までの付き合いで紅が翠よりも頭が良いことは翠も理解していた。翠も元々頭の使い方が上手く勉強には不自由していなかったが、中学に上がり勉強の内容が途端に難しくなるのが不安だった。
「わかった、じゃあお願いするよ」
「えぇ。任せて」
紅は信頼できる。紅に任せておけば大丈夫。
そんな思いがある。勉強も、交友関係も。何もかも。でも全てを任せてしまう事に一抹の不安を感じるのもまた事実だった。
「おかえり。今日はどうだった?」
最近は葛が夕方の五時や六時まで翠の家に居るようになった。勿論翠が部屋に引っ込んでも問題はないが、葛は積極的に翠を会話へと誘う。翠も葛に歩み寄ろうと決めた事もあって積極的に葛と過ごすようにした。
大抵、葛は紅茶とお菓子を用意してくれた。
お菓子は市販品の事もあれば葛の手作りの日がある。今日はローズヒップティーとロールケーキ。ローズヒップティーの味は翠には大人の味だったがせっかく用意してくれたものだと翠はちびちびとその紅茶を飲み進める。
「今日は美術の時間があって」
自身の手のスケッチをしたことを報告した。それから六時間目は眠くて仕方のなかったことも。
「お友達とはどう? もう仲の良い子ができた?」
「うん。葉月って子と仲が良いんだ」
翠が学校で起きた事を話すと葛は毎回それを嬉しそうに、子どもの成長を喜ぶかのように聞いていた。一方で、翠から葛への質問は大抵はぐらかされてしまう。
「前に言ってたパートナーになりたい人ってどんな人?」
「それは……かっこいい人かな」
「写真とかないの?」
「残念ながら」
翠は特段恋愛の話に興味があるわけでは無かったがコミュニケーションの一環として葛にそう尋ねていた。しかし葛はいつもその質問をはぐらかす。答えが貰えなくても翠は構わなかったがどの質問をしても答えが返ってこないというのは少々つまらなかった。
「じゃあ葛さん趣味とかあるの?」
「趣味ねぇ……そうね、最近は読書とか」
「どんな本読むの?」
「あー……ええと」
葛の視線が空中を彷徨う。聞いてはいけない質問だったのかと翠が「言えないなら聞かないよ」と声をかけたのだが葛はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、違うの。大学で研究していた事に関する本でね。でも結局その研究は中途半端に終わっちゃったから。あんまり良い思い出じゃないの。未だにその研究に縋ってるあたしもどうかと思って」
そう言って紅茶を一口飲んだ葛の顔は強張りこの話題は避けたいとそう語っているようだった。
翠はやはりまずい事を聞いてしまったと思い別の話題を必死に探したが結局思いついたのは稚拙なフォローでしかなかった。
「大学で研究をしてたなんて葛さんすごい人なんだね、それに今もその研究のことを考えてるなんて」
「そうかな、ありがとうね。そんな風に言ってくれて」
翠は精一杯フォローしたつもりだったがあまりフォローになっていないと感じた。自分のコミュニケーション能力の及ばなさを翠は痛感する。
「でも中学生になったなら将来のことは早めに考えた方が良いかもね。プレッシャーをかけるわけじゃないけど、あたしは応援してるから」
「うん、ありがとう」
将来のこと。翠はあまりそれを考えた事がなかった。パパのように医者になる事には魅力を感じなかったし、看護師というのも違う気がした。それに紅のこともある。紅と一緒に生きていけるような、そんな職業があるのかと考えるがそうすぐには思い浮かばない。
「あ、いいよ。お皿とかはぼくが洗っておくから」
お茶とお菓子を用意してくれた事、自分の話題選択ミスで気まずい思いをさせてしまった事もあり翠は後片付けを買って出たが葛は首を横に振った。
「ううん、あたしの仕事だから」
申し出を断られた翠は葛に一言声をかけて自室へと戻る。葛が帰るまではクローゼットの扉をあけることができない。何もしないというのは時間の無駄になってしまう。翠は教科書とノートを開いて普段は就寝前に行う今日の復習と明日の予習を終わらせることにした。
復習が終わり葛が帰った後で翠はさっそくクローゼットの扉を開けた。
「今日は少し遅かったんじゃない?」
「葛さんとお喋りしてたんだ」
「……大丈夫だったの?」
紅は葛のことを警戒している節がある。翠と葛が親しくなるのをあまり快く思っていないようにも見えた。
「大丈夫だよ。明日も葛さんはいると思うけどいつも通りぼくのフリをすれば問題ないよ」
葛が遅くまで家にいる。そうなると学校から家へ帰った紅が葛と顔を合わせる事となる。こればかりは約束を撤廃し葛の前でも紅が翠の演技をするしかなかった。
「そう、よね」
紅が弱気になっている姿は珍しかった。紅はいつでも自分に自信を持っているのだと、翠は紅の性格をそんなように思っていた。
「それより今日の学校の事なんだけど……」
紅が翠のフリをする為に学校で起きたことを把握しておくのは一番大事な事だった。友達との会話から授業の内容まで事細かに説明しておく必要がある。
授業内容、葉月との会話の内容、その他連絡事項。
「あ、それと柚希に貸した英語の教科書、返してもらってないから明日の朝のうちに返してもらって。三時間目に英語があるから」
「わかったわ」
伝達事項は以上だった。
「あ、そうだ。勉強のことなんだけど」
翠は小学校とは違い中学校では一日でも休むと授業内容についていけなくなってしまうのではないかという不安を紅に話した。
「大丈夫よ。翠だって頭が良いでしょう? それに授業の内容ならわたしが解説するわ」
今までの付き合いで紅が翠よりも頭が良いことは翠も理解していた。翠も元々頭の使い方が上手く勉強には不自由していなかったが、中学に上がり勉強の内容が途端に難しくなるのが不安だった。
「わかった、じゃあお願いするよ」
「えぇ。任せて」
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