うさぎはくじらを殺したのだろうか

田中潮太

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はじまりの再会

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 夕飯はパスタを茹でた。
 おばさんが仕事にのめり込んでいて、とりあえず棚にあったのがパスタだった。適当に、ツナ缶とか梅とか色々混ぜて和風パスタの完成。

「さすがね」

 わたしの作る料理をおばさんは毎回、そうやって評価する。
 料理はある程度、小学校にあがる頃からこなしていた。必要にせまられてだけど。好きだからってわけじゃない。ママが気まぐれに、料理を作ってって騒いだ時だけ。

「礼子は昔からどうしようもない子だったから……」

 始まった。おばさんはこの一か月の間に何度もママの悪口を言った。仲が悪いわけじゃないと思う。だけどおばさんからみたママは「どうしようもない子」らしかった。二人とももう四十代なのにそんなことを言うなんて変だなってすごく思う。

「一志さんがいてくれて本当に良かったわ」

 そう言われるとわたしは少しだけ胸が痛んだ。
 まるでママを救ったのはパパだと言いたげだ。わたしの方がずっと昔からママを支えてきたのに。子どものわたしに出来ることは少なかったけど、だけど……。
 わたしの未来にはママもパパも、おばさんもいない。いるのはとーまお兄さんだけだから、何を言われてもそれは未来に繋がらない。大人たちの戯言はとりあえず聞き流せばいい。
 未来が決まったわたしは無敵だった。最強。わたしは未来の為だけに頑張ればいいから。


 最後の日だ。二十歳と二十六歳のわたしたちの最後の日。

「明日は午前中のバスで帰るんだよ」

 わたしは時間についてしっかりと計画するタイプだった。
 人との待ち合わせも時間を遡って考える。時間を指定されてしまうとそう言わざるを得なくて。時間が特に決まってなければ気にすることもないんだけど。

「お別れだ」
「そうだねぇ」

 わたしたちはもはや多くを語らなかった。ただ並んで座って海を眺めてる。それだけでわたしたちは幸福だった。
 青々とした海の、波の動きを眺めて。潮の香りはそこらじゅうを漂ってる。かもめがきゅーきゅー鳴いて滑空してる。

 わたしはこの海の青々とした色が好きだ。

 南の方へ行くとこの青は失われてどちらかと言えば澄んだ、水色の海がある。でもこの、全てを飲み込んでしまうような青いろがわたしは好きで、そしてクジラになるとしたらこの青いろの海に住みたいと、そう思う。
 でも例え表面が水いろの海でも深海に潜ってしまえばこの深い青いろになる。
 わたしは自分の長い髪をひと房、手に取った。染めたり脱色したり、そんなこととは無縁の黒髪。この髪、青色に染めてしまおうかなぁなんて、そんなことを思う。

「髪の毛、青くしようかな」

 何気なく、独り言のつもりでそう呟くととーまお兄さんはわたしの方へ向き直って顔を覗くようにしてじっと視線を合わせた。

「うーん、青も良いけどみゃうはピンクの方が似合うんじゃないかな」

 ピンク色の髪。小さい頃に見ていた魔法少女みたいだ。青にするなら青みがかった黒髪がいいかなと考えていたけどピンクとなるとそうはいかない。
 ピンク。ものすごくピンク色。魔法少女の色。

「……王子とか騎士の髪色はピンクじゃないね」

 どちらかといえばお姫様の色だ。ピンクの髪は女の子の色でしかない。

「昔、お姫様が男装して王子様のフリをする漫画があったよ」
「そうなの?」
「そう。リボンの騎士。ほら」

 そういうととーまお兄さんは片手をひらひらとかざしてみせた。そこにはわたしが渡した、ピンク色のリボンが巻き付いている。

「あぁ、でもあの子は男の心と女の心の両方を持っていたんだっけ……」

 そう言えばわたしは漫画をあまり読んだことがない。
 小さい頃、家にママが買ってきた漫画があったけど小さいわたしには内容がよくわからなくてすぐ読むのをやめてしまった。
 基本的にお小遣いというものもパパが出来るまで貰っていなかったし当然と言えば当然なんだけど。本とは無縁の幼少期だった。

 夕陽が海に沈んでいく。
 いつもは夕陽が海に浸かる前に家へ帰っていたけど今日は夕陽が沈んでいく様をじっと眺めて、時々潮風が吹き付けるのを全身で感じていた。

「もう明日なんだね」

 わたしが返事をする前にかもめがきゅーと鳴いてそれを肯定した。

「でも、連絡するよ」
「うん」
「きっと毎日」
「それは嬉しいなぁ」
「生存確認」
「よく理解してるよ」

 わたしたちの共通認識。
 そうしてそのまま、手を振ることもなしにわたしたちは別れた。

「またね」なんて言葉は交わさなかった。そんな言葉の約束がなくともわたしたちはまた会える、未来は一緒にいるとわかりきっている。

夕陽がもう全部沈みきってしまう、そんな頃だった。
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