うさぎはくじらを殺したのだろうか

田中潮太

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夢物語の終わり

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 わたしは無気力にもそれからの日々を一人で過ごした。コンビニのバイトを続け、家の段ボールから出てきたお金を切り崩して生活して。
 そんなある時、とっくにバイトを辞めていた柚月さんがわたしの家を訪ねて来た。

「どう、した、の? 久しぶり、だね」

 日常会話らしい会話をしたのは久しぶりで、舌が乾いて思ったように話せない。表情筋もぴくりともしない。

「どうしたも何も。大丈夫? 連絡繋がらないから心配で」
「えと、何が?」
「ネットニュース、見てないの? というか知らないの?」
「ネットニュース?」

 わたしは最低限、連絡が取れるようにスマホは新しく所持していた。だけどここ最近は料金を滞納していたせいで全く機能していなかったし触れてすらない。

「心配したんだよ。すぐみのちゃんのことが思い浮かんで」
「な、なに? 何の話?」
「ほらこれ」

 差し出されたスマホのトップには「ネットニュース速報」というサイト名。下へスクロールしていくと「自殺か? 事件性は? 遺書がエモいと話題に」との見出し。

『つい先日、桜桃漁港で身元不明の遺体が発見された。推定三十歳前後の男性で近くの倉庫の入口付近に男性の物と思われるカバンが見つかる。中には遺書が入っていたがその内容がなんとも奇妙だったことでネット上で一躍話題となっている』

 なに? なにこれ?
 身元不明の遺体?
 どういうこと?

「人違いだったらいいんだけど」

 柚月さんのその言葉に、わたしの直感が正しいことを悟る。このニュースの男性が誰なのか、それはもうわたしにはわかりきってしまった。

『発見者の地元男性が遺書を写真に撮り全文アップしたことが話題を呼んだ。このサイトでは特別にそれを掲載する』

 震える手で更に画面をスクロールした。
 そこには見覚えのある、整った字の遺書が掲載されていて……。

『み へ 自分勝手でごめん。俺は一足先にクジラになることを選ぶよ。み はひとりでも生きていける。俺とは違う。涙を見せること、み がその涙をきれいだと言ってくれたことで俺は自分に価値があると信じてしまった。でもそんなものはまやかしだった。社会に溶け込めるきみが俺なんかといてはダメだ。俺が人間である以上、きみは俺を探すだろうから。一緒にクジラにはなれなかったけどもしもきみが海へ飛び込むなら俺は躊躇なく鋭い牙できみをぐちゃぐちゃにするだろうね。こんな俺の為にすべてを捨てさせてごめんなさい。本当にごめんなさい。この遺書はいつか巡り巡ってきみに届くように、きみを特定できない形で書いたからもしかするときみはとっくに違う人生を歩んでいるかもしれないね。俺は嘘をついた。きみを愛してると思ったときもあった。でもそんなのは違って、俺は自分の存在価値のためにきみを利用してた。そんなのは間違いだった。だけど最後に、ありがとう。七歳のきみも二十歳のきみもいまのきみも俺のために。秘密、この世に生まれてきたことは間違いだと、ずっと思っていたから。み の秘密は守ったままここに眠る』

 生まれてきたことを後悔している。
 そんな秘密を話してくれたのもあの青いろの海。そしてわたしが、本当は最低で最悪な人間であることは彼は隠し通してくれた。

『※追記
 この男性の家族が名乗り出て身元が判明した。男性の名前はここでは伏せるが既にネット上では身元が特定されている。男性は一年程前に失踪しており家族は涙ながらにその思いを語った「家の貯金を持ち出して失踪して、どこかで元気にやっているならと思っていたのにまさか……」そう語ったのは男性の母親……』

「みのちゃん……?」
「う、ううん。ちょっと驚いただけ。実はもうとっくに離婚してて……まさかこんなことになってるとは思わなかったけど」

 心配して駆け付けてくれた柚月さんの為に嘘をついた。
 名前が出ている以上、他人だと誤魔化すこともできなくて。

「そうだったんだ。ごめん、お節介だったかな」
「ううん。よく見たらわたしもこのニュース知ってたよ。こんな詳しくは見て無かったからまさか……元、旦那だとは思わなくて」
「そっか、平気ならいいんだけど」
「ありがとう。大丈夫だよ。良かったらこれからランチに行かない? せっかく、久しぶりに会ったんだし」

 わたしはわたしを取り繕って、心に一旦蓋をした。
 冷静になるためには少しばかり、時間が必要だと思ったから。


 わたしはあれからすぐ、桜桃漁港を訪れた。
 誰か親切な人か野次馬か、はたまたそのどちらもか。わからないけれど港の一部にはお花や飲み物、お菓子などがほんの少しお供えされていて、それをカラスたちが散らかしている真っ最中。
 わたしは考えてきた言葉を、ありったけの想いを一旦頭の中で反芻して大きく息を吸い込んだ。わたしが一歩を踏み出すとカラスがカァカァと五月蠅く鳴いて逃げていく。

 すぅ。大きく、息を吸う。

 しかしわたしはそのまま、ゆっくりと息を吐き出して誰にも聞こえないような、クジラである彼にしか聞こえないように呟いた。

「ばか。最低。本当に、最低。泣くのも酔うのも病気もあなたを唯一だと思ったこのバカでぐずで最低なわたしも何もかも、この世界まるごとバカみたい」

 ピンク色のリボンに王子様。
 そんなものはやっぱり夢物語だったんだ。
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