うさぎはくじらを殺したのだろうか

田中潮太

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夢物語の終わり

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 以降のわたしは至極真っ当な人生を歩んだ。
 新しく始めた派遣の仕事ではアパレル系の会社の事務員になって、そこで知り合ったデザイナーの男性と結婚した。 

彼はどこか、以前友達だった彼に似た雰囲気の持ち主だった。結婚生活が二年続いたある日、わたしのお腹に小さな命が宿りわたしも旦那も大いに喜んだ。

「娘がいいな」

 旦那は女性向けアパレルブランドの専属デザイナーという肩書きを持っていたから、自然とそんなように思ったのだろう。

「どんな名前がいいかな」
「気が早いよ」

 まだ妊娠がわかったばかりだというのにもう名前を考え始める旦那がなんだかおかしかった。それほど楽しみだという気持ちはとても、理解できるけど。

「でも決めておきたいな。うさぎはどんな名前がいいと思う?」

 名前。そう考えた時にある一つの大切だったはずの名前が思い浮かぶ。クジラの名前だけど、人間の名前でもおかしくはない。
 だけどそんなもの、嫌だ。
 世界に生み落とすものとしてふさわしくない。

「女の子なら……リコとかユイとか二文字で呼びやすい、可愛い名前がいいな」
「いいね。うわぁ、俄然楽しみになってきた」

 優しい旦那と可愛い子ども。もしかしたら子どもたちかもしれない。
 ともかくわたしの未来は明るかった。憧れの優しくて穏やかな家庭を持てたこと、そこにわたしがいること。

「ありがとう」

 旦那にそうお礼を言うとぎゅっと抱きしめられた。
 愛する人とこれから生まれてくる愛する子ども。こんな幸せがあっていいのかな。そんなふうに幸せを噛みしめる。 

 かつて海に投げ捨てたクジラの小さな人形にピアス、気味の悪い遺書のことなどすっかり忘れて、今ここにある幸せをわたしは大切にゆっくり、これからも慈しみ続けよう。

 かつて友達にもらったメルメルの人形がわたしたちを見守っている。
 これがとある一羽のうさぎの、平凡な人生。
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