上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど

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 「私の旦那、この間も内緒で色街なんかに! ただでさえ目立つ貴族だっていうのに、隠し通せると思っていたのかしらね!?」

 「あらぁ、随分とお盛んですのねえ」

 なんて、フローン夫人の品があるのかないのかよく分からない笑い声が庭中に響き渡った。

 紅茶を飲もうとしていたメリッサは、思わず動きを止めてしまった。それは、ずっと愛想笑いだけしていた彼女が、この日唯一過敏に反応を示した話題だった。

 本当は、このお茶会にあまり気が進んでいなかったのである。周りは自分の母親とさほど歳が変わらぬ立派な淑女のみ、十代はメリッサしかいなく、共通の話題などごく限られたものしかない。時間はひたすら長く感じられていた。

 それより何より、メリッサには別に考えなければならぬ事があったのだ。

 今後の人生を左右するといっていいほどの悩みだった。こうした茶番のごとき場に参加する時間も惜しいと思っていたほどに。そこに青天の霹靂というか、思いがけずタイムリーな話題に、彼女は食いつかざるを得なかった。

 「……許せるのですか?」

 周り囲う熟年の夫人五名が一瞬きょとんとした。

 自分の小さな声が届かなかったのか、あるいは言葉が足らなすぎたのかと思い、メリッサは、しどろもどろながら補足した。

 「その……つまり、旦那様がしてしまった行為をというか……自分以外の、その……」

 「ええと……メリッサさん? その質問は、旦那が、私に内緒で若い女と遊んだ事を許したのかどうかという事?」

 これまで大人しく愛想笑いだけしていて、自分から話題を振ることのなかった自分が、発言というか質問をしたというのが、そもそも異常事態だったのだという事を、今更ながらに悟ったメリッサは、同時に気恥ずかしさを覚えて目を伏せた。

 しかし今さら退けはしないので、姿勢だけ、こくんと頷いてみせる。

 メリッサ・オードバーンという子爵令嬢は、こういう娘である。別に計算というわけじゃないけれど、平民のように慎ましいというか、いつも、何処か自分に自信がない。

 実際問題、自信などあろう筈もない。何故だか彼女は人生において、いつも格上の人間とばかり対話してこなければならなかったから。

 このお茶会然りだ。しかしそんな、初々しいともとれる反応に周りの夫人達は、親身になって聞いてあげるというより、面白い──あるいはイジってみたい、という素直な感想をもったらしい。

 「……そんな事にご興味があるなんて、メリッサさん? あなた、何かお悩みでも抱えていらっしゃるのかしら?」

 慌てて首を横に振る。その反応がまた面白くて、夫人──元令嬢達の嗜虐心をそそった。

 「ご自身も同じ目に合われているとか?」

 「アイルザート伯爵と上手くいってないのでは?」

 「まさか、伯爵に限ってそんな事? ねえ、メリッサさん?」

 矢の如く降り注ぐ質問に、メリッサは頭がぐるぐるとしてしまった。

 なんと返答したら一番無難か。別にそこまで回るわけでもない頭で、必死に回答を模索していた、その時だった。

 「メリッサ!」

 不意に屋敷の方から聞こえた声に、その場にあった全部の目玉がそちらへ向いた。

 手を振る人物。長身、すらりとした細身。太陽のように明るい金髪の若い男──アイルザート・ルテシオ伯爵は、メリッサの下へ駆け寄ると眩いばかりの笑顔をみせた。

 「アイルザート様……どうしてこちらへ……!?」

 「たまたま立ち寄って、君がいると聞いたから」

 そう言って歯を見せ、周りへ一礼してみせた。

 「やぁ、お茶会の邪魔をしてしまいましか? 突然失礼致します。アイルザートと申します。このメリッサ・オードバーン子爵令嬢の、婚約者で……」

 「ええ、存じておりますわアイルザート卿……いえ、もうルテシオ伯爵と呼ぶべきでしたか?」

 「やぁフローン夫人、照れますよ。昔のようにと呼んで頂いても」

 「あら嫌だわ、とっくにチェリーではないのではなくて?」

 周りにいた夫人達が、笑った。アイルザート自身も少し苦笑しながら、こう返した。

 「お集まりの皆々様、お楽しみのところすみません。少し婚約者をお借りしても?」

 「ええどうぞ。こちらもそろそろお開きになるところでしたから」

 「有り難うございます。おいでメリッサ」

 「……はい」

 アイルザートに手を引かれ、メリッサはその場を後にした。

 「仲睦まじいじゃないの」

 「端正な殿方だわ。お似合いね」

 「本当、若いってそれだけで微笑ましいわ」

 ……なんて、背後から聞こえてくる言葉の一つ一つが、メリッサの胸にナイフのように突き刺さった。
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