2 / 8
2.イルが、私の遺産?
しおりを挟む
「……失礼いたします」
二人の義理姉のチクチクした言い争いを止めたのは、私達姉妹の教育係責任者であり、お義父様の執事であったラーバートでした。
彼が訪れたと同時、場は水を打ったように静まり返ります。私達三姉妹は全員がお義父様の養子で、顔も性格もまるで異なりますが、たった一つだけ共通点があります。
それは、このラーバートを苦手としているということ。
私達は、物心つくかつかないかという頃から、令嬢としての作法や勉強、それに魔術を彼に叩き込まれ、育ってきました。
若い頃は軍人だったようですが、その教育はまさしくスパルタで、泣こうがわめこうが納得のいく結果が出るまでやめません。
特に要領の悪かった私は、二人の義姉と比べても厳しくしつけられたのです。
今年で還暦を迎えるおじいちゃんになっても、その鋭い眼光だけは、全く衰える事なく私達を見据えてきます。
「お話の、邪魔をしてしまいましたかな?」
「いいえ、別に、というか丁度いいわラーバート。あなたの意見も聞かせて頂戴。私とミルリア、どちらが領主を継ぐに相応しいと思う?」
ラーバートは眉を潜め、白い髭を触って唸りました。
「……相応しいか否かでいえば、レイシアお嬢様もミルリアお嬢様も怪しいところでは御座います」
「ちょっと」
「冗談です」
彼の言う冗談です、は本当に分からなくて、いかなる時も今のように全く目が笑いません。
「……冗談はさておき、その話し合いはされるだけ無駄です」
「なぜよ? 大切な事でしょう」
「お嬢様達への遺産の分配は、すでにご当主が決定しておりますから」
「えっ……」
「遺言書です」
そう言って彼は懐から細い筒を取り出しました。
「お義父様が……遺言書を?」
二人の義姉は顔を見合わせました。お義父様は三十代だったのです。遺言書とはあまりに用意が良すぎます。
あるいは、ご自分のお身体の事を何か察して……。ちくりと、また胸が痛みます。
「こちらです」
私達は筒から出された紙面に目を通し、そして眉を潜めました。そこには確かにお義父様の字で、こう書かれていました。
──長女、レイシア・リルフォードには領地と屋敷を。
次女、ミルリア・リルフォードにはかねてより交流のあったエスメリオ・ガンフォー子爵令息との縁談を。
そして三女、アリア・リルフォードには、犬のイルを遺産として授ける──。
私は思わずラーバートの顔を見ましたが、老いた鉄面皮は微塵も揺るぎません。
「……こちらが、お三方へ分配される遺産の内訳になります」
「……ぷっ……アハハハ!」
義姉達が同時に笑い出します。
「こ、こんなのってある!? ひ、ひどいイジメだわ! イルですって!? アリアの遺産が、あんな馬鹿犬だけ!?」
「くっ……お、お義姉様、笑ってはアリアが可哀想ですわ……ププッ……」
「わ、笑わないなんて無理よっ……! ほほっ……アリアあなた、お義父様から愛されていなかったのねえ!?」
やがて、笑い疲れたという風に、レイシアお義姉様が涙を拭いながらこう言いました。
「すー、あー……残念ね、でも仕方ないわアリア。お義父様の遺言だもの。覆しようがない。これで晴れて、屋敷は私のもの。邪魔なあなたたちには、とっとと出ていってもらいましょうか」
「ええ、喜んで出ていきます。エスメリオ様の婚約者になれるだなんて、まるで夢のよう!」
「万事解決ね、めでたしめでたし!」
二人の義姉はそう言いながら部屋を出ていきました。
「……イルが、私の遺産?」
「アリアお嬢様、お元気で」
ラーバートも無感情に呟いて、きびすを返し立ち去ります。
独り残された私は、しばらくその場から動けませんでした。
二人の義理姉のチクチクした言い争いを止めたのは、私達姉妹の教育係責任者であり、お義父様の執事であったラーバートでした。
彼が訪れたと同時、場は水を打ったように静まり返ります。私達三姉妹は全員がお義父様の養子で、顔も性格もまるで異なりますが、たった一つだけ共通点があります。
それは、このラーバートを苦手としているということ。
私達は、物心つくかつかないかという頃から、令嬢としての作法や勉強、それに魔術を彼に叩き込まれ、育ってきました。
若い頃は軍人だったようですが、その教育はまさしくスパルタで、泣こうがわめこうが納得のいく結果が出るまでやめません。
特に要領の悪かった私は、二人の義姉と比べても厳しくしつけられたのです。
今年で還暦を迎えるおじいちゃんになっても、その鋭い眼光だけは、全く衰える事なく私達を見据えてきます。
「お話の、邪魔をしてしまいましたかな?」
「いいえ、別に、というか丁度いいわラーバート。あなたの意見も聞かせて頂戴。私とミルリア、どちらが領主を継ぐに相応しいと思う?」
ラーバートは眉を潜め、白い髭を触って唸りました。
「……相応しいか否かでいえば、レイシアお嬢様もミルリアお嬢様も怪しいところでは御座います」
「ちょっと」
「冗談です」
彼の言う冗談です、は本当に分からなくて、いかなる時も今のように全く目が笑いません。
「……冗談はさておき、その話し合いはされるだけ無駄です」
「なぜよ? 大切な事でしょう」
「お嬢様達への遺産の分配は、すでにご当主が決定しておりますから」
「えっ……」
「遺言書です」
そう言って彼は懐から細い筒を取り出しました。
「お義父様が……遺言書を?」
二人の義姉は顔を見合わせました。お義父様は三十代だったのです。遺言書とはあまりに用意が良すぎます。
あるいは、ご自分のお身体の事を何か察して……。ちくりと、また胸が痛みます。
「こちらです」
私達は筒から出された紙面に目を通し、そして眉を潜めました。そこには確かにお義父様の字で、こう書かれていました。
──長女、レイシア・リルフォードには領地と屋敷を。
次女、ミルリア・リルフォードにはかねてより交流のあったエスメリオ・ガンフォー子爵令息との縁談を。
そして三女、アリア・リルフォードには、犬のイルを遺産として授ける──。
私は思わずラーバートの顔を見ましたが、老いた鉄面皮は微塵も揺るぎません。
「……こちらが、お三方へ分配される遺産の内訳になります」
「……ぷっ……アハハハ!」
義姉達が同時に笑い出します。
「こ、こんなのってある!? ひ、ひどいイジメだわ! イルですって!? アリアの遺産が、あんな馬鹿犬だけ!?」
「くっ……お、お義姉様、笑ってはアリアが可哀想ですわ……ププッ……」
「わ、笑わないなんて無理よっ……! ほほっ……アリアあなた、お義父様から愛されていなかったのねえ!?」
やがて、笑い疲れたという風に、レイシアお義姉様が涙を拭いながらこう言いました。
「すー、あー……残念ね、でも仕方ないわアリア。お義父様の遺言だもの。覆しようがない。これで晴れて、屋敷は私のもの。邪魔なあなたたちには、とっとと出ていってもらいましょうか」
「ええ、喜んで出ていきます。エスメリオ様の婚約者になれるだなんて、まるで夢のよう!」
「万事解決ね、めでたしめでたし!」
二人の義姉はそう言いながら部屋を出ていきました。
「……イルが、私の遺産?」
「アリアお嬢様、お元気で」
ラーバートも無感情に呟いて、きびすを返し立ち去ります。
独り残された私は、しばらくその場から動けませんでした。
1
あなたにおすすめの小説
『聖女失格と追放されたけれど、神に選ばれた私は、最強魔導師に拾われました』
春夜夢
恋愛
「おまえは聖女失格だ」
突然そう告げられ、王太子に婚約破棄された公爵令嬢のリアナ。
傷心のまま聖女の役目からも追放された彼女は、ひとり森に捨てられる。
……が、その夜。
リアナの中に眠っていた“真の力”が目覚め、神々の声が響いた。
「本物の聖女よ、そなたこそ我らが選んだ巫女――」
そして彼女を拾ったのは、冷酷無比と恐れられる最強の氷の魔導師・ゼファルだった。
「俺の妻になれ。……世界を共に壊そう」
偽物の聖女が残った王国。
裏切った王太子たちをよそに、リアナの“真なる覚醒”が始まる──!
離婚から玉の輿婚~クズ男は熨斗を付けて差し上げます
青の雀
恋愛
婚約破棄から玉の輿の離婚版
縁あって結婚したはずの男女が、どちらかの一方的な原因で別れることになる
離婚してからの相手がどんどん落ちぶれて行く「ざまあ」話を中心に書いていきたいと思っています
血液型
石女
半身不随
マザコン
略奪婚
開業医
幼馴染
能ある令嬢は馬脚を隠す
カギカッコ「」
恋愛
父親の再婚で継家族から酷い目に遭っていたアンジェリカは、前世魔法使いだった記憶、能力が覚醒する。その能力を使って密かに不遇から脱出して自由な人生をと画策するアンジェリカだが、王太子レイモンドに魔法能力がバレた。彼はアンジェリカの能力を買って妃にと言ってきて断れず婚約はしたが、王太子妃などとんでもない。そんなわけで自由になるためにアンジェリカ最大の企みが隠された結婚式当日、企みは計画通り行った……はずだった。王太子レイモンドの予想外の反応さえなければ。アンジェリカへの愛情を見せたレイモンドのために、結果として彼女の人生選択が変わった、そんな話。
因みにキャラの基本的な容姿のカラー設定はしておりません。黒髪でも金髪でも好きなイメージをお付け下さい。全六話。長さ的には中編です。
悪役令嬢のお姉様が、今日追放されます。ざまぁ――え? 追放されるのは、あたし?
柚木ゆず
恋愛
猫かぶり姉さんの悪事がバレて、ついに追放されることになりました。
これでやっと――え。レビン王太子が姉さんを気に入って、あたしに罪を擦り付けた!?
突然、追放される羽目になったあたし。だけどその時、仮面をつけた男の人が颯爽と助けてくれたの。
優しく助けてくれた、素敵な人。この方は、一体誰なんだろう――え。
仮面の人は……。恋をしちゃった相手は、あたしが苦手なユリオス先輩!?
※4月17日 本編完結いたしました。明日より、番外編を数話投稿いたします。
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
婚約破棄された「灰色の令嬢」ですが、魔法大公陛下が私を見つめて離しません
有賀冬馬
恋愛
「君じゃ見栄えが悪い」――地味な私を軽蔑する婚約者セドリックは私を見るたびに「疲れる」とため息をつく。そしてついに、華やかな令嬢を求めて婚約破棄を告げた。
どん底に突き落とされた私だけど、唯一の心の支えだった魔法研究だけは諦めなかった。
そんな私の論文が、なんと魔法大公エリオット様の目に留まり、お城で研究員として働くことに。
彼は私を「天才」と褒め、真摯な眼差しで、いつしか私に求婚。私の魔法研究を真剣に見て、優しく微笑んでくれる彼に、私は初めて愛を知る。
裏切られた令嬢は、自分になりすました従者から婚約者を守るため走る
柚木ゆず
恋愛
王太子・レイジとの結婚を翌日に控えた令嬢アリス・ワールは、姉のように慕っていた従者・エルサに裏切られてしまう。
境遇を逆恨みしたエルサによって、不幸の象徴である黒猫にされてしまったアリス。
アリスの全てを手に入れるため、アリスの姿になったエルサ。
エルサの野望を防ぐため、アリスは式が行われる城を目指す――。
私は貴方を大好きなのに、前世の私が貴方を嫌っている
柚木ゆず
恋愛
愛している人は、かつて一族を滅ぼした男の末裔だった。
ある日ミラは前世であるエリスの記憶が蘇り、婚約者のクロードに憎しみを持つようになってしまったのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる