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2.イルが、私の遺産?
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「……失礼いたします」
二人の義理姉のチクチクした言い争いを止めたのは、私達姉妹の教育係責任者であり、お義父様の執事であったラーバートでした。
彼が訪れたと同時、場は水を打ったように静まり返ります。私達三姉妹は全員がお義父様の養子で、顔も性格もまるで異なりますが、たった一つだけ共通点があります。
それは、このラーバートを苦手としているということ。
私達は、物心つくかつかないかという頃から、令嬢としての作法や勉強、それに魔術を彼に叩き込まれ、育ってきました。
若い頃は軍人だったようですが、その教育はまさしくスパルタで、泣こうがわめこうが納得のいく結果が出るまでやめません。
特に要領の悪かった私は、二人の義姉と比べても厳しくしつけられたのです。
今年で還暦を迎えるおじいちゃんになっても、その鋭い眼光だけは、全く衰える事なく私達を見据えてきます。
「お話の、邪魔をしてしまいましたかな?」
「いいえ、別に、というか丁度いいわラーバート。あなたの意見も聞かせて頂戴。私とミルリア、どちらが領主を継ぐに相応しいと思う?」
ラーバートは眉を潜め、白い髭を触って唸りました。
「……相応しいか否かでいえば、レイシアお嬢様もミルリアお嬢様も怪しいところでは御座います」
「ちょっと」
「冗談です」
彼の言う冗談です、は本当に分からなくて、いかなる時も今のように全く目が笑いません。
「……冗談はさておき、その話し合いはされるだけ無駄です」
「なぜよ? 大切な事でしょう」
「お嬢様達への遺産の分配は、すでにご当主が決定しておりますから」
「えっ……」
「遺言書です」
そう言って彼は懐から細い筒を取り出しました。
「お義父様が……遺言書を?」
二人の義姉は顔を見合わせました。お義父様は三十代だったのです。遺言書とはあまりに用意が良すぎます。
あるいは、ご自分のお身体の事を何か察して……。ちくりと、また胸が痛みます。
「こちらです」
私達は筒から出された紙面に目を通し、そして眉を潜めました。そこには確かにお義父様の字で、こう書かれていました。
──長女、レイシア・リルフォードには領地と屋敷を。
次女、ミルリア・リルフォードにはかねてより交流のあったエスメリオ・ガンフォー子爵令息との縁談を。
そして三女、アリア・リルフォードには、犬のイルを遺産として授ける──。
私は思わずラーバートの顔を見ましたが、老いた鉄面皮は微塵も揺るぎません。
「……こちらが、お三方へ分配される遺産の内訳になります」
「……ぷっ……アハハハ!」
義姉達が同時に笑い出します。
「こ、こんなのってある!? ひ、ひどいイジメだわ! イルですって!? アリアの遺産が、あんな馬鹿犬だけ!?」
「くっ……お、お義姉様、笑ってはアリアが可哀想ですわ……ププッ……」
「わ、笑わないなんて無理よっ……! ほほっ……アリアあなた、お義父様から愛されていなかったのねえ!?」
やがて、笑い疲れたという風に、レイシアお義姉様が涙を拭いながらこう言いました。
「すー、あー……残念ね、でも仕方ないわアリア。お義父様の遺言だもの。覆しようがない。これで晴れて、屋敷は私のもの。邪魔なあなたたちには、とっとと出ていってもらいましょうか」
「ええ、喜んで出ていきます。エスメリオ様の婚約者になれるだなんて、まるで夢のよう!」
「万事解決ね、めでたしめでたし!」
二人の義姉はそう言いながら部屋を出ていきました。
「……イルが、私の遺産?」
「アリアお嬢様、お元気で」
ラーバートも無感情に呟いて、きびすを返し立ち去ります。
独り残された私は、しばらくその場から動けませんでした。
二人の義理姉のチクチクした言い争いを止めたのは、私達姉妹の教育係責任者であり、お義父様の執事であったラーバートでした。
彼が訪れたと同時、場は水を打ったように静まり返ります。私達三姉妹は全員がお義父様の養子で、顔も性格もまるで異なりますが、たった一つだけ共通点があります。
それは、このラーバートを苦手としているということ。
私達は、物心つくかつかないかという頃から、令嬢としての作法や勉強、それに魔術を彼に叩き込まれ、育ってきました。
若い頃は軍人だったようですが、その教育はまさしくスパルタで、泣こうがわめこうが納得のいく結果が出るまでやめません。
特に要領の悪かった私は、二人の義姉と比べても厳しくしつけられたのです。
今年で還暦を迎えるおじいちゃんになっても、その鋭い眼光だけは、全く衰える事なく私達を見据えてきます。
「お話の、邪魔をしてしまいましたかな?」
「いいえ、別に、というか丁度いいわラーバート。あなたの意見も聞かせて頂戴。私とミルリア、どちらが領主を継ぐに相応しいと思う?」
ラーバートは眉を潜め、白い髭を触って唸りました。
「……相応しいか否かでいえば、レイシアお嬢様もミルリアお嬢様も怪しいところでは御座います」
「ちょっと」
「冗談です」
彼の言う冗談です、は本当に分からなくて、いかなる時も今のように全く目が笑いません。
「……冗談はさておき、その話し合いはされるだけ無駄です」
「なぜよ? 大切な事でしょう」
「お嬢様達への遺産の分配は、すでにご当主が決定しておりますから」
「えっ……」
「遺言書です」
そう言って彼は懐から細い筒を取り出しました。
「お義父様が……遺言書を?」
二人の義姉は顔を見合わせました。お義父様は三十代だったのです。遺言書とはあまりに用意が良すぎます。
あるいは、ご自分のお身体の事を何か察して……。ちくりと、また胸が痛みます。
「こちらです」
私達は筒から出された紙面に目を通し、そして眉を潜めました。そこには確かにお義父様の字で、こう書かれていました。
──長女、レイシア・リルフォードには領地と屋敷を。
次女、ミルリア・リルフォードにはかねてより交流のあったエスメリオ・ガンフォー子爵令息との縁談を。
そして三女、アリア・リルフォードには、犬のイルを遺産として授ける──。
私は思わずラーバートの顔を見ましたが、老いた鉄面皮は微塵も揺るぎません。
「……こちらが、お三方へ分配される遺産の内訳になります」
「……ぷっ……アハハハ!」
義姉達が同時に笑い出します。
「こ、こんなのってある!? ひ、ひどいイジメだわ! イルですって!? アリアの遺産が、あんな馬鹿犬だけ!?」
「くっ……お、お義姉様、笑ってはアリアが可哀想ですわ……ププッ……」
「わ、笑わないなんて無理よっ……! ほほっ……アリアあなた、お義父様から愛されていなかったのねえ!?」
やがて、笑い疲れたという風に、レイシアお義姉様が涙を拭いながらこう言いました。
「すー、あー……残念ね、でも仕方ないわアリア。お義父様の遺言だもの。覆しようがない。これで晴れて、屋敷は私のもの。邪魔なあなたたちには、とっとと出ていってもらいましょうか」
「ええ、喜んで出ていきます。エスメリオ様の婚約者になれるだなんて、まるで夢のよう!」
「万事解決ね、めでたしめでたし!」
二人の義姉はそう言いながら部屋を出ていきました。
「……イルが、私の遺産?」
「アリアお嬢様、お元気で」
ラーバートも無感情に呟いて、きびすを返し立ち去ります。
独り残された私は、しばらくその場から動けませんでした。
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