魔法学園の令嬢ですが、婚約破棄され悪魔に囁かれました

しきど

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1.オオカミ

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 「婚約者といったって、親同士の勝手な取り決めだ。僕自身フレアを好きだと思った事は一度もない。彼女とはキスをした事もないよ」

 「はぁ!? マジかヴァンフォート!?」

 部屋の扉を開きかけていた私は、思わずその場で硬直してしまった。

 ……たまたまだった。休憩時間中に担当の先生に言われ、準備室へ必要な器材を取りにいった時の事。偶然、室内から響く男子生徒同士の会話を聞いてしまったのだ。

 話しているのは、私の事。

 「俺にあんな婚約者がいたら色々、我慢できねーけどなぁ?」

 「特にあの尻とかな。ああ、たまんね!」

 頭が痛いのは、風邪を引いたからではない。あまりに下劣な会話の内容に、怖気が立ったのだ。本当に男子というのはどうしてこうなんだろう。

 たまに、一切の思考を放棄して本能だけで喋っているのではないかと思う。ああいう手合いは周りの女生徒の視線など気にもしないのだろう。そんなに欲求不満なら、自分で理想の土人形ゴーレムでも造って、家でずっと眺めていればいいのだ。

 「ハッ、やっぱりお前らも分かっていないようだな。フレアの正体を」

 吐き捨てるような、いや何処か楽しそうな口調で私の名を呼ぶ男子生徒は──顔を見ずともその特徴的な声だけで思い当たった。

 ヴァンフォート・バルト子爵令息。私の婚約者である。

 「なんだよ正体って?」

 「いいか? あいつの祖先はなんだ。あのキツい目付きを見れば分かるだろう? 人間に成りすまして、人間社会に溶け込もうとしている害獣なのさ」

 「混血、って事か? ……でも別に彼女、耳や尻尾が生えてるわけでもないじゃん」

 「穢れた血が混じっている事に違いない。そうやって油断している人間が、知らない内に痛い目をみせられる。オオカミは、人を欺くものだ」

 私は小さく溜め息を漏らした。

 祖先の事は、まぎれもない真実だ。二百年ほど前までは、この国にも半人半獣の種族が多く存在していた。今はスラムなどでごく稀に見かける程度だけど。

 かつて国の人口の三割をしめたという獣人種族がそこまで数を減らしてしまったのは、奴隷制度や魔女狩りといった国の歴史の闇の部分に起因している。

 より優れた魔法を操る者も少なくなかった獣人種族は、徹底的に国から、法から、民から嫌われた。私の中にもその、嫌われ者の血が混じっているである。

 私は深く息を吐き出し、そうしてわざと、勢いよく準備室の扉を開けてやった。

 「うおっ!?」

 その場にいた男子生徒五人、全員が目を剥いてこちらを見た。

 「あぁー……ああっ! そうだ! 俺、授業の準備しないと!」

 「お、俺も!?」

 そんな事を言いながら男子生徒達は自分の作業に戻っていく。唯一、私の婚約者だけは、ニヤニヤしたままこちらを眺めていたけれど。

 「……ヴァンフォート。お話があるのですが」

 「……いいよフレア。丁度僕も、君に話さなければいけない事があったんだ。昼休み、実技館裏の庭で話そう」

 「昼休み、実技館裏の庭ですね」

 「ああ」

 会話は、それで全部だった。私は私で先生から頼まれた器材の準備を手早く済ませ、何事もなかったかのように準備室を後にした。

 怒りで、心臓は高鳴っているが、上手く平静を取り繕えていただろう。

 キスもしたことがない。それも本当の事だ。

 私のルナソル子爵家、そうして彼のバルト子爵家は、互いが、名門とまでは言わなくともそれなりに知れた魔導士の家系である。

 近年、相対的に価値を落としつつある魔法を生業とする両家が、苦肉の策として取り付けた前時代的な婚約というシステム。私とヴァンフォートは五歳の時からツガイになるよう、親に運命付けられていたのである。

 それが、子供にとって如何に不本意な縁であろうとも。

 彼も私も、今年で十五歳になる。いつまでも子供じゃない。割りきらなければならない。私は、ある程度そう覚悟出来ていたけど、でも彼、ヴァンフォートの方には、そういった意識は全くなかったみたい。

 「……男って」 

 思わず、独り言を溢してしまった。

 だってそうだろう。本能だけに忠実で、好きな事ばかり言って、好きな事ばかりやって、好きなように死んでいく。

 私だって、本当は叫びたいんだ。

 ほんのちょっと獣人の血が混ざってるからってなんだ! 人種差別なんて、そもそも思考が前時代的なんだ!

 尻がデカくて悪かったな! これでも気にしてるんだ!

 それより何より、奴もだ、恋人ごっこをしろとは言わないが、子爵令息なら、私の婚約者ならもう少し自覚を持て!

 「うっ……」

 感情が、表に出てしまっていたのかもしれない。廊下の向こうからやってきた女生徒が、私の顔を見てギョッと立ちすくんだ。

 「……」

 ゴホンと、咳払いをする。いけないいけない。貴族たるもの如何なる時も品位を忘れてはならぬ。

 私は、努めて優雅に彼女に微笑みかけた。

 「っっ──!?」

 彼女は余計に戦々恐々として、逃げ去るようにその場を立ち去ってしまった。

 ……まぁいい、よろしい、些末事である。それよりおそらく、ヴァンフォート。彼のあの調子だと、学友中、いや全校中にも私の家系の事を吹聴して回っていておかしくない。また余計な悩み事が増えてしまいそうだ。

 どういうつもりなのか、今日こそはきちんと話し合わなければ──。

 ──けれど、そんな彼との関係は、その日の内に、あまりに呆気なく、終わりを迎えるのであった。
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