物語は突然に

かなめ

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最初の知識

新生活

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お風呂も入って、気分一新、そして喪服から一転、緑色のワンピースになりました。
ワンピースは頭から被る簡単な作りながらもリボンやフリルまで付いてるし、お風呂も、ただのお湯かと思いきや何かしらの花の匂いがしたので、香料が入っていたんだと思う。おかげで程よくリラックスも出来たし。意外にも高い眼鏡さんのイケメンスキルに驚くばかりだ。こんなにノンビリしてると昨日の事が嘘のようだとも思う。両親の事も。でもそればっかりは嘘ではなくて。そこにある喪服を見て、何か胸の中にモヤモヤとしたものが広がるのを感じながらも、何が出来る訳でもなくただボンヤリとしていた。

コンコン

ノック音にハッと我にかえる。どれくらいボーッとしていただろうか?…そんなに長い時間ではなかったと思う。失礼しますと言う声と共に眼鏡さんが入ってきた。その手には何故かバスケットのような物が。あのピクニックとか行く時なんかにこう、お弁当とか入れる感じのアレ。
「服のサイズは如何です?大丈夫でしょうか?」
私が座ってたせいか、それとも念の為なのか、そう聞かれはしたが特に問題はなかったので
「大丈夫です」
と答えると、眼鏡さんは笑顔で一つ頷いてから、
「では、私の屋敷のほうへ御案内させていただきますね。
それで…あの、大変申し訳ないのですが、此方のバスケットの中に入っていただいて、その状態で移動…という形でも宜しいですか?」
と、手にしていたバスケットを私に見せたのだった。
何故?という考えが頭に浮かぶ。何で移動するからと言って、いちいちそんな物の中に入らないといけないのか。たぶん、その疑問が顔に出てたんだろう、眼鏡さんが説明をしてくれた。私の見た目が妖精のようである事が原因でいらぬトラブルに巻き込まれる可能性があるため、なるべく人目につかないように移動したほうが良いだろうとの判断だそうだ。妖精というのは滅多に人前に出てくる事がないので、それだけでも注目を集めてしまうし、魔術師等と契約も交わしていない妖精ともなれば、攫われて商品として売られてしまう可能性もあるのだそうだ。それに私の場合は妖精ではなく、まだ知られていない新しい種族というもの。もしそんな事が悪人にバレようものなら、最悪の事態にもなりうると言う事だった。最悪の事態ってもしかして…最初に渋メンさんに逢った時に考えた解剖実験アレとかですか。
…………
嫌すぎる。
一も二もなく了承してバスケットに入る。私が無事に入ったかを確認するように、中の様子を窺い見ながら
「屋敷に着くまでは窮屈かと思いますが、少しの間だけ我慢してくださいね。
では行きましょう」
と言って静かにバスケットを閉じたのだった。






バスケットの中は意外にも快適だった。下には幾重にも重ねられたハンカチ、壁にも何かの布が当てられていて、布と布の隙間からは外気を取り込む為なのか、明かり的なものなのか、小さな穴が何箇所か開けられていた。そして何と小さなクッションまである!何故かこのクッションにも小~さい穴がポチポチあいてたけど。でもおかげで座っててもお尻が痛くならない!もう眼鏡さんの気遣いが細やか過ぎて、女として頭が上がらないような気がビシバシする。まじ凄いよ、尊敬しちゃう…。それにしても…揺れる。仕方ないけど。立ってるとか無理。だって揺れる。結構揺れる。たぶん出来る限り揺らさないようにしてくれてはいるんだろうけど、揺れる。かなり。常に震度4とか5みたいな感じ。上から何か落ちてくるとか、横から何か倒れてくるとかの心配はないけど、酔いそう。早く、早く到着しますように。心の中でコッソリ祈ってみたりして。


ゴソッと静かな音がして、揺れが止まった。
着いた?着いたの?
ちょっと、というか、結構ヘロヘロな状態になっていたのだけど、着いたのかと思えば元気も出てくるというもの。さっそく立ち上がろうとして、身体がフラついているのに驚いた。長時間(という程ではないかもしれないけど)揺られていると、平衡感覚がおかしくなるものなんだな。…船乗りさんて凄い。なんて、どうでもいい感想をいってどうするんだ私。取り敢えず早く出してほしい…ってアレ?また動き始めたー?着いたんじゃなかったの?
いきなり動き出したので、中で転がってしまった。着いたと思ったのにー。
しかし五分と経たず直ぐにまたゴソッという音と共に揺れが止まったのだった。…今度は何だろう。着いたのかな?そのままの状態で待つ事暫し。小さくギッという音が鳴って、明かりがワッと一斉に入ってくる。一瞬目が眩んだ。
「着きましたよ」
そう言ってバスケットから出される。外からの陽射しが少し眩しい、大きな窓の近く。テーブル…じゃなくて、机だろうか、ペン立てやら本がある。眼鏡さんを見てから周り全体を見渡してみて解る、この部屋がそれ程大きい部屋じゃないという事。そして反対の壁際にある本棚からすると書斎とかそんな感じの部屋なんだろうか。私がキョロキョロと辺りを見回していると、その間、眼鏡さんはバスケットを横倒してから、中のハンカチや布の状態を簡単に手直ししていく。そしてそれを終えると、お茶を用意してくると言って部屋を出て行ってしまった。
お茶って言われても…。
する事もないので取り敢えず、バスケットの中からクッションを出してきて座る。ノンビリと窓からの景色を見る。庭だろうか、綺麗に手入れされていて、ポチポチと花も咲いている。何の花かは解らないけど。
大してノンビリと庭を観賞する暇もなく、お盆片手に眼鏡さんが戻ってきた。
お茶の入ったカップとクッキーが乗ったお皿、それと…小さな貝殻。
…もしかして、貝殻コレって…。
「お身体のほうは大丈夫ですか」
お盆を机に置きながらそう尋ねられて
「はっ、はい。大丈夫であります」
なんて、貝殻に気を取られていた私は、思わず変な受け答えをしてしまった。でありますって何だ、全く。しかし眼鏡さんは眼鏡さんで、全く意に介したふうでもなく例の貝殻の説明をしてくれた。
「あの、これ、貝殻なのですが、取り敢えず此れをその、カップ代わりに使ってもらえますか?」
ヤッパリネー。ダト思イマシター。
まぁ、仕方ないよね…朝食の時さっきは手で掬って飲んだんだし、全然マシだよね。うん。
「ドウモ、アリガトウゴザイマス…」
仕方ない。仕方ないよね。自分に言い聞かせつつ、取り敢えず貝殻でお茶を掬って一口飲む。お茶オイシイ。私がお茶を啜っている間に、眼鏡さんは今度はクッキーを小さく割っていく。そして一通り砕くと、
「では暫くの間、此方で待っていてもらえますか?
私は今後必要だと思われる物を用意してきますので」
さっさとドアに向かう。そして部屋を出る前に振り返り、
「屋敷の者達には、この部屋には立ち入らないように言ってありますので、どうぞごゆっくり過ごしていてください」
そう告げると部屋を出て行ったのだった。

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