物語は突然に

かなめ

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今、ここにいる疑問

眼鏡さん(ジリス)

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「何て言えば良いのかな?もしもし、とか?起きました~とか?」
と言うか、何もしなくて良いのかな?話しかけるだけで大丈夫?そんな事を考えながら鐘をユラユラ揺らしてみる。鐘と言うわりに音は鳴らないようだ。大きさは私の肩くらいまであるのに意外と軽い。鐘と言ってるのに、金属じゃないんじゃないかと思えるくらい軽い。
「あっ」
勢いよく揺らしすぎて鐘が倒れて転がっていく。マジで軽すぎじゃないだろうか。本当に金属?いや、そこは異世界クオリティでミスリルとかオリハルコンとかだったりするのかな?…それが軽い金属なのかどうかは知らないけど。取り敢えず今はそんな事より、と拾いに行く。拾い上げてからも何と言えば良いのかと考えていると、大して間を置かずに眼鏡さんが入ってきた。
「もしもしでも、起きたでも、何でも結構ですよ」
クスクス笑いながら。
しっかり聞こえてたんですね!ちょっと恥ずかしいのは何故だろう。
「あ~…、はい…」
まあ、最初から起きてはいたけど。何処から聞いていたのか知らないけど、余計な事を喋らずにいて良かった。
「書いておいた通り、食事にしようと思うのですがどうでしょう?起きたばかりで食事でも問題ないですか?」
相変わらずの気配りっぷりですね、素敵です。
「全然問題ないです。ガッツリでもイケます」
それなのに、親指立ててグッジョブ!しちゃったりして。よく考えたらちょっと、いや、だいぶ乙女らしからぬセリフと態度だなとソッコーで反省もしたけど、そんなオッサンな私に対しても安定の眼鏡さんスマイルがもう何て言うか、イケメンすぎかよ!って思ったり。モチロン心の中で思うだけで言葉にはしない。イケメンって何ですか?とか聞かれても困るからね!そんなアホな事を考えてる間にも、食事を持ってきますので待っててくださいね、とか言いながら、ささっと色々と支度を始める眼鏡さん。ふと、眼鏡さんの家族はどうしてるのかが気になった。お昼も夜も私と食べてて良いんだろうか。家族はいないのかな。それを聞いてもイイものだろうか。さっき召喚云々の話と一緒にチラッと聞いてみようか。…まぁ、嫌そうな顔をしたら直ぐに切り上げて後は聞かない事にしよう。取り敢えず、話は食事の後、ひと段落した時、かな。








 夕食も大変美味しゅうございました。この食事を続けてたら太りそう。いや、そんな心配してる場合じゃないんだけど、そこはお年頃なので無視出来ない重要案件。まぁ、今は置いといて。チラッと眼鏡さんを見ると、食後のお茶をノンビリと楽しんでいるふうだ。話すなら今だよね。よし。
「あの、」
「はい?何でしょうか」
カップをソーサーに戻しつつ此方を見てくる。
まずはワンクッション。
「あの、今日一日、ずっと私とご飯一緒なんですが、ご家族と一緒でなくて良かったんですか?」
ちょっと驚いた顔してる。話題が急すぎたかな?でもその心配はいらなかったのか
「大丈夫ですよ。今は独り身ですので」
と返ってきた。…今は?
「十数年前までは妻も子もいたのですが、ちょっと色々とありまして…今は通いの手伝いの者が一人いるだけです」
「そうなんですか…」
これ突っ込んで聞いたらアカンやつかな?大人の事情ってやつ?そう考えていたら、表情で何かバレたっぽい。苦笑いしている。
「こんな時に言う話ではないと思うのですが、ちょっと事件に巻き込まれまして…今はもう二人ともいないのです」
「っ!」
それって…死んだって事?殺されたとか…そういう事なんだろうか。
「もう随分、昔の話ですから」
そう言って、笑顔でこっちを見ている。ジワリときた。目にも心にも。同じだと考えるのは失礼だろうか。それでも、大切な家族を失ったのは同じで。私も。私もいつか笑えるようになるんだろうか。笑って話せるようになるんだろうか。
「大丈夫ですよ」
変わらず、笑顔のままで。言い聞かせるようにもう一度
「大丈夫ですよ」
そう言ってくる。穏やかに、ゆっくりと
「人は哀しみを乗り越える事が出来るものなのです。例えその時どれほど嘆こうとも、その出来事にどれほどの憤りを覚えようとも、亡くなった者達との掛け替えのない大切な思い出があれば、人は生きていけるものなのです」
堪えきれず、涙が溢れた。
止まらなくて。
止められなくて。
唯々、泣いた。

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