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序章 少女
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古いソファーに座ったその少女は、学年の中でもあまり目立たない生徒だった。
腰あたりまで伸びた黒髪にまくっていないスカート。緩い校則であってもアクセサリーなどは身に着けておらず、おとなしい生徒であることは間違いなかった。
「それで、相談とはいったい」
6月の放課後、吹奏楽部の演奏が聞こえる。やや赤く染まった西日が差し込むこの春日高校オカルト研究部の部室で、雅也は座ったソファーの後ろで立っている同じく研究会メンバーの灰原凛と依頼人の話を聞いていた。
「最近、一人でいるときによく変なものが見えるんです。特に、部活中に」
来客用のテーブルを挟み雅也たちと向かい合ったその少女は、両手を膝の上で組み震えながらも話始めた。
彼女は、名を一条花といった。一年次に同クラスだった凜によると、特に問題行動の無い見た目通りの真面目な生徒。
家が弓道の名家で親兄弟も全員大会でよい成績を残しているらしく、彼女自身も来年の有望な「落ち」として期待されている、とのこと。
そんな彼女曰く、一月ほど前視界に奇妙なものが映り始めたらしい。電柱の裏、自販機の底の空間、風に揺れたカーテンの間。
はっきりと見ることができないが、顔のようなものがこちらを見つめている。最初は見間違いだろうと思い見て見ぬふりを続けていたが、最近になってその顔が現れる場所がだんだん近づいてきているいるらしい。
以前は数十メートル離れたものから顔をのぞかせていただけだったが、今ではほんの数歩歩いた先に現れることもあるとのことだ。
「昨日は練習の休憩中に校内の自販機で水を買おうとしたらその真下に居て...、それでもまだ輪郭とか目までとかではっきりとは見えなくて、いる方を見るとすぐに消えてしまうんです。それが逆に不気味で...。神社のの神主さんに相談したり、お守りも買ったりもしました。図書館の新聞とか雑誌とかも読んで、最近の事件も全部調べました。
でも、何もわかりませんでした。お祓いもとても私一人じゃ払える額じゃなくって。家族に言うわけにもいかないし、私、もうどうしたらいいかわからなくなって...」
勢いよく喋り終えたところで、花は出されたお茶を少し口に含んだ。涙ぐんだ表情からは、彼女がこの一か月どれだけ怖い思いをしてその解決に努力したかが伺える。
「それで仲のいい友達に相談したら、ここを紹介されたんです。オカ研なら何か知っているかもって」
自分にできることは全てやった。それでも解決できなかったので最後の希望をもってここに来たということか。正直、気が重い。
「そういうのが見えるきっかけに心当たりはないの?霊感が強い人が周りにいるとか。時々霊感の強い人が周りに影響を与えちゃうのはよくあることなんだけど」
後ろで話を聞いていた凜が身を乗り出して質問した。
「...全くありません。父や母に聞いても、従妹も含めてうちに霊感の強い人はいないって。同じ部活の子にも、いないと思います...」
「そっか、家とか学校とかの室内にも出るの?」
「家では、一度も見たことがないです。どうしてかはわかりませんけど。教室には、よく...」
「じゃあ.....この部屋には?」
雅也は息をのんだ。確かに彼女の話ではこの教室にその何かがいてもおかしくはない。
「今は...そこに...」
彼女はゆっくりと手を持ち上げる。
震えた指は、雅也たちを。いや、雅也たちの後ろにある廊下側の窓を指していた。
気持ち悪いドロドロした気配。二人同時に振り替える。全て閉めていたはずのすりガラスの窓の一枚が、ほんの数センチの隙間を作っていた。が、そこには奥の廊下が見えるだけでなにもいない。
数秒そこを見つめていたが、何かが現れる様子もない。
「凜。何か見えた?」
「あたしはなんにも。気配も消えてるし、相当逃げ足早いか隠れるのが上手いね、あれは」
凜はため息をついていた。これは見つけるのに苦労するぞ、という顔で。
このオカルト研究会のメンバー二人の中で強い霊感を持つのは凜だ。一応雅也も持ってはいるが、それは一般人に毛が生えた程度のもの。超常現象的なものには凜がその出来事に対処し、雅也は情報の収集や必要なものを集める雑用をこなすのが基本的なオカ研のスタイルだ。
その凜が見えずに終わるのということは、今回の相手はなかなか厄介なものだということだ。
「あの...」
花の声が聞こえて、元の姿勢に戻る。彼女の表情は先ほどよりも不安そうで、懇願の目でこちらを見つめていた。
「手を貸していただけませんか...、今はあんな風に逃げていくんですが、もしあんなのが目の前で出てくるようになったら、私...」
助けたい気持ちはあった。だが、今のところはなんとも言えないのが現実だ。見ることができれば姿形からある程度の情報はつかめるが、それもできず新聞などにも情報がないのだとすると、自分たちで一から集める他ない。
しかし今の彼女を見る限り精神的にも体力的にも限界が近いのは誰が見ても明らかだった。時間をかけるのが不可能であることは、雅也も凜も分かっていた。
しょうがない
「凜、行くよ」
「げぇ、あいつに頼るの...」
「仕方ないでしょ、今のところ僕らだけじゃ打つ手ないんだから。それに、今回のは興味持ってくれそうだ。一条さんも来るよね?」
心底嫌そうな表情を浮かべる凜を横目に、雅也は教室の扉を勢いよく開けた。扉で防がれていた吹奏楽部の音が大きく響く。夕日に照らされた三人の影が、間延びして廊下に映し出された。
「あの、誰に会いに行くんですか?」
「...もう一人のオカ研部員」
腰あたりまで伸びた黒髪にまくっていないスカート。緩い校則であってもアクセサリーなどは身に着けておらず、おとなしい生徒であることは間違いなかった。
「それで、相談とはいったい」
6月の放課後、吹奏楽部の演奏が聞こえる。やや赤く染まった西日が差し込むこの春日高校オカルト研究部の部室で、雅也は座ったソファーの後ろで立っている同じく研究会メンバーの灰原凛と依頼人の話を聞いていた。
「最近、一人でいるときによく変なものが見えるんです。特に、部活中に」
来客用のテーブルを挟み雅也たちと向かい合ったその少女は、両手を膝の上で組み震えながらも話始めた。
彼女は、名を一条花といった。一年次に同クラスだった凜によると、特に問題行動の無い見た目通りの真面目な生徒。
家が弓道の名家で親兄弟も全員大会でよい成績を残しているらしく、彼女自身も来年の有望な「落ち」として期待されている、とのこと。
そんな彼女曰く、一月ほど前視界に奇妙なものが映り始めたらしい。電柱の裏、自販機の底の空間、風に揺れたカーテンの間。
はっきりと見ることができないが、顔のようなものがこちらを見つめている。最初は見間違いだろうと思い見て見ぬふりを続けていたが、最近になってその顔が現れる場所がだんだん近づいてきているいるらしい。
以前は数十メートル離れたものから顔をのぞかせていただけだったが、今ではほんの数歩歩いた先に現れることもあるとのことだ。
「昨日は練習の休憩中に校内の自販機で水を買おうとしたらその真下に居て...、それでもまだ輪郭とか目までとかではっきりとは見えなくて、いる方を見るとすぐに消えてしまうんです。それが逆に不気味で...。神社のの神主さんに相談したり、お守りも買ったりもしました。図書館の新聞とか雑誌とかも読んで、最近の事件も全部調べました。
でも、何もわかりませんでした。お祓いもとても私一人じゃ払える額じゃなくって。家族に言うわけにもいかないし、私、もうどうしたらいいかわからなくなって...」
勢いよく喋り終えたところで、花は出されたお茶を少し口に含んだ。涙ぐんだ表情からは、彼女がこの一か月どれだけ怖い思いをしてその解決に努力したかが伺える。
「それで仲のいい友達に相談したら、ここを紹介されたんです。オカ研なら何か知っているかもって」
自分にできることは全てやった。それでも解決できなかったので最後の希望をもってここに来たということか。正直、気が重い。
「そういうのが見えるきっかけに心当たりはないの?霊感が強い人が周りにいるとか。時々霊感の強い人が周りに影響を与えちゃうのはよくあることなんだけど」
後ろで話を聞いていた凜が身を乗り出して質問した。
「...全くありません。父や母に聞いても、従妹も含めてうちに霊感の強い人はいないって。同じ部活の子にも、いないと思います...」
「そっか、家とか学校とかの室内にも出るの?」
「家では、一度も見たことがないです。どうしてかはわかりませんけど。教室には、よく...」
「じゃあ.....この部屋には?」
雅也は息をのんだ。確かに彼女の話ではこの教室にその何かがいてもおかしくはない。
「今は...そこに...」
彼女はゆっくりと手を持ち上げる。
震えた指は、雅也たちを。いや、雅也たちの後ろにある廊下側の窓を指していた。
気持ち悪いドロドロした気配。二人同時に振り替える。全て閉めていたはずのすりガラスの窓の一枚が、ほんの数センチの隙間を作っていた。が、そこには奥の廊下が見えるだけでなにもいない。
数秒そこを見つめていたが、何かが現れる様子もない。
「凜。何か見えた?」
「あたしはなんにも。気配も消えてるし、相当逃げ足早いか隠れるのが上手いね、あれは」
凜はため息をついていた。これは見つけるのに苦労するぞ、という顔で。
このオカルト研究会のメンバー二人の中で強い霊感を持つのは凜だ。一応雅也も持ってはいるが、それは一般人に毛が生えた程度のもの。超常現象的なものには凜がその出来事に対処し、雅也は情報の収集や必要なものを集める雑用をこなすのが基本的なオカ研のスタイルだ。
その凜が見えずに終わるのということは、今回の相手はなかなか厄介なものだということだ。
「あの...」
花の声が聞こえて、元の姿勢に戻る。彼女の表情は先ほどよりも不安そうで、懇願の目でこちらを見つめていた。
「手を貸していただけませんか...、今はあんな風に逃げていくんですが、もしあんなのが目の前で出てくるようになったら、私...」
助けたい気持ちはあった。だが、今のところはなんとも言えないのが現実だ。見ることができれば姿形からある程度の情報はつかめるが、それもできず新聞などにも情報がないのだとすると、自分たちで一から集める他ない。
しかし今の彼女を見る限り精神的にも体力的にも限界が近いのは誰が見ても明らかだった。時間をかけるのが不可能であることは、雅也も凜も分かっていた。
しょうがない
「凜、行くよ」
「げぇ、あいつに頼るの...」
「仕方ないでしょ、今のところ僕らだけじゃ打つ手ないんだから。それに、今回のは興味持ってくれそうだ。一条さんも来るよね?」
心底嫌そうな表情を浮かべる凜を横目に、雅也は教室の扉を勢いよく開けた。扉で防がれていた吹奏楽部の音が大きく響く。夕日に照らされた三人の影が、間延びして廊下に映し出された。
「あの、誰に会いに行くんですか?」
「...もう一人のオカ研部員」
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