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第2章 金牛の魔人

第2話 Q.幽霊っていると思いますか? A.物理的にはありえません

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第2話 Q.幽霊っていると思いますか? A.物理的にはありえません

「それじゃ今日は僕の番だね!」

 真の一ヶ月無休クエストが始まって三日後、もう一人の被告人リュートが笑顔で真を迎える。

「今日の依頼は楽だといいなぁ」

 この二日間、クリスとテテに付き合ってきたが、両方とも戦闘があるクエストであった。
 クリスにはそんなに攻撃力はなく、またテテも魔法の失敗が多いことから、白兵戦で真が戦闘をしたのは言うまでもない。
 この二日間はかなり体力を消耗したため、今日のクエストは戦闘がないことを願う真である。

「だ、大丈夫だよ! 今日持ってきたクエストはただの調査だから!」

 その真に今日は比較的簡単なクエストであることを伝えるリュートだが、その態度がどことなくよそよそしい。

「調査ってなんの?」

 リュートの態度に不穏な空気を感じとり、どのような調査に行くのかを真が尋ねる。
 調査と言うのだから何かを調べるのだろうことは間違いない。しかし、内容によっては面倒になるのは目に見えている。
 出来れば面倒な調査はしたくないと思い、その内容を聞いたのだ。

「幽霊屋敷」

「――――面倒なことになりやがった。それってアストラル系とかアンデッド系のモンスターが原因ってことか?」

 この世界にはゾンビとかスケルトンといった、アンデッド系のモンスターが生息している。地球と違って物理攻撃が効くのは不思議なところだが、それでも出来れば触れたくないモンスターの一位だ。

「う~ん、僕が聞いたクエストの内容をそのまま読み上げるね! え~と――町外れに昔、幼い子供が殺されたという幽霊屋敷と呼ばれる家がある。好奇心旺盛な子供たちがよく遊んでいるのだが、心配なので調査して欲しい――ってこと。だから幽霊が出るとかモンスターが出るってことは無いと思うんだけど」

 その依頼をした人は多分子供たちの親なのだろう。危険なところを遊び場にするのはこの世界の子供たちも同じようである。
 真自身、幼いころは危険な工事現場で遊んでよく怒られたりもした。いつの時代も「危険」という言葉が子供の冒険心をくすぐるのは同じようである。

「なるほどね、確かに何か起きてからだとまずいからな。街の外れって、ここからどのくらいだ?」

「大体30分ぐらい歩けばつくよ! さ! 行こう!」

 そう言うと踵を返し、目的地である幽霊屋敷のある場所まで歩き出すリュートである。
 その後姿を見ながら、真は何やら不吉な予感がしているのであった。

※ ※ ※ ※

 幽霊屋敷と呼ばれた家は、召喚された真がこの王国に来た時にくぐった門のすぐ近くにある。
 屋敷と表現するにはやや小さい家は、ツタに覆われ人が生活している様子は伺えない。

「こりゃ確かに子供たちが遊び場にしそうなところだな」

 窓が割れて壁が崩れ、所々に巨大な蜘蛛の巣が張っている。
 今が昼でなければ確かに不気味な感じがして中に入ろうとは思わなかっただろう。

「それじゃ中に入るか! ってどうしたリュート?」

 真が後ろを振り返ると、なぜかリュートが厳しい顔をして体を硬直させているのが見える。
 その様子を見て、リュートを見ながら真が首を傾げる。

「えっとさ、君は幽霊とかって信じる?」

「は? 信じるも何も、スケルトンとかゾンビがモンスターとして出るじゃねぇか」

 今更幽霊が存在したところで何も不思議ではない。問題なのはそのモンスターが街中に出現するという事だ。
 このままでは街中の市民に被害が及ぶかもしれない。真自身はそんなことは思っていないのだろうが、ギルド側はそう言った面も懸念しているはずである。

「いや、それはそうなんだけど――僕ちょっとそう言うのは苦手なんだよね」

 どうやらリュートはアンデッド系のモンスターは苦手の様だ。
 いや、もしかしたらそう言う恐い話と言うのも苦手なのかもしれない。

「じゃ何でこのクエストを受けたんだよ?」

 真の疑問も当然のことである。苦手なクエストなら受けなければ良い。
 ハンターにはどのクエストを請け負うかという自由はあるはずなのだ。

「単純に二人でこなせそうなクエストがこれしかなかったから」

 どうやら真とリュートの二人で達成可能なクエスト自体がみあたらなかったようである。
 
「それでリュートはこのクエストを選んだわけか? でもそうか。リュートは幽霊系は苦手なんだな。そしたら一つ面白い話をしてやろうか?」

 不意に真の瞳に邪悪な色が灯る。誰から見てもこれから何を話そうとしているのか分かるだろう。
 それは

「君さ今絶対僕を怖がらせようとしてるよね?」

 そう怖い話である。

「今からほんのちょっと前、大体10年ぐらい前の話になるんだけど、心霊スポットと呼ばれる廃病院があったんだ」

「ねぇ、人の話聞いてる? 僕そう言うの苦手なんだ。やめてくれるかな?」

 やはりリュートはこの手の話は苦手の様である。
 なぜ苦手なのかは不明だが、どこの世界にも怖い話が存在するという事が判明した。

「4人のカップルがそこに肝試しに行ったんだ。単純にそれぞれの病室を見て回るってだけなんだけど」

 リュートの静止の声も聞かず、話を続ける真。
 その真に

「ねぇやめてってば! 本当に僕苦手なの!」

 リュートが必死になって話を中断させようとする。

「まぁ、大丈夫だって! 今は昼間だからそう言う類は出ないだろ!」

「確かにそれもそうか。で続きは?」

 真の言葉を聞いて一安心して話の続きを聞こうとするリュートである。
 こういうのを怖いもの見たさと言うのだろう。

「それでその廃病院には看護婦さんの幽霊が出るって言うんだ。患者を運ぶときに使用するストレッチャー(滑車付き寝台のこと)を押すガラガラガラッ、っていう音と共に現れるらしい。

※ ※ ※ ※

 カップルは恐いもの見たさと興味から、車でその廃病院に行ったんだ。病院は5階建てで病室のところどころは崩れていて中を見ることが出来なかった。
 多分同じように肝試しか何かで来た奴らの仕業なんだろう、という事で何の変化もなくカップルは5階までたどり着いた。
 辺りは暗く、物音は不気味に響くぐらい静まり返っていたんだ。自分達の足音も暗闇に溶けては消えて、その音しかしないはずだった。
 カップルたちが階段を下りて4階に降りた時、異変が起こったんだ。
 カップルの中に一人、霊感の強い女の子がいてな。その娘がしきりに後ろを振り返っているのに彼氏が気付いて

「おい! さっきからどうした?」

 気になった彼氏は彼女に聞いてみた。

「いや、上から何か聞こえない?」

「おいおい! 俺たちをビビらそうとしてるのか? 何も聞こえねぇよ」

 噂を聞いていたからだと思う。そんなことを言って適当に流していたんだが

「ねぇ、おかしいって、やっぱり何か聞こえるよ」

 その彼女が尋常じゃない表情で訴えてくるんだ。

「え? ――――やっぱり何も聞こえねぇよ。気の所為だろ?」

「そうだよ! 幽霊なんていないんだから!」

 彼氏と友達がそう言った時

「ガシャーンッ」

 階段を何かが落ちた音がその場にいる全員に聞こえ、続けて

「ガラガラガラガラッ」

 っていうすごい勢いで何かが迫ってくるんだ。
 目を凝らして見てみると、白い白衣を纏った白い影がボウッと見えて、だんだんと近づき

「ここで私が殺したのはあなたですかーーーーーーーー!」

※ ※ ※ ※

「ちゃんちゃん! 怖かった?」

 真の話が終わったようである。ところどころ抑揚を付けて話していたこともあり、大いに怖い雰囲気が出せたと真自身、自画自賛するところであるが

「僕、もうここ入りたくない」

 話を聞いてしまったリュートは相当に怖がりの様である。目の前の幽霊屋敷に入るのを拒んでしまった。

「だから、大丈夫だって! 昼間だから」

「それはそうなんだけど――」

「ここで引き返したら、この街ナンバーワンのハンターは恐がりだっていううわさが立つぞ」

 リュートの事を挑発し、クエストを進めようとする真に

「――――分かった。早めに終わらそうね。それと――」

「ん? 何だ?」

 覚悟を決めて幽霊屋敷に入ることにしたらしい。
 しかし何か言いたいことがあるのか、リュートが真の目をジッと見つめている。

「あの、さ」

「だから何だよ」

 どうやら余程言いたくない事なのだろう。歯切れ悪く呟き真の傍までリュートが歩み寄ってくる。

「手」

「は?」

「手、握っててもらっても良い?」

 そう言うとリュートがおずおずと手を差し出してくる。
 その手を真が見て

「――意外とリュートって可愛いところがあるんだな」

「今は何も言い返せない」

 顔を紅潮させて俯き、白旗を上げる。
 その差し出されたリュートの白い手を見つめ、優しく握ると

「それじゃ行くか! さっきも言ったけど昼間だからそう言う類のモンスターは出ないはずだ。それでも何かあった場合は俺に任せろ!」

 ドンと胸を叩いて自信満々にリュートに告げる。

「クスッ。戦闘力じゃ僕の方が上なんだけどね!」

 そう言って二人して幽霊屋敷に入っていくのである。

 幽霊屋敷の中はシンと静まり返っており、自分達の足音が響くほどであった。
 部屋を一つ一つ見て回り、1階には異常がないことを確認し、2階に続く階段の前に到着したところである。

「ねぇ君」

 不意にリュートが真に話しかける。

「ん? 何だ?」

「ちょっとトイレに行きたいんだけど」

 真の怖い話の所為だろう。リュートが顔を赤くさせながらトイレに行きたいと訴える。
 もしかしたら気温が低いことも影響しているのかもしれない。

「行ってくれば」

 そのリュートに真が素っ気なく答える。

「着いて来てよ! 外で待っててくれるだけで良いから」

「はぁ、リュートって本当怖がりなんだな?」

 軽く溜息を吐き、真が尋ねる。

「否定しても仕方ないからね。ってホントにもうダメ。漏れそう」

「分かった分かった。すぐそこだから行くぞ」

 そう言うと階段の下にあるトイレにリュートが駆け込み、マコトはそのドアの前で待つことになるのである。

「君ー。そこに居てくれてる?」

「居るよ! 早くしろよ」

 リュートが真の存在を確かめるように尋ね、真がそれに答える。

「ねぇ、ちゃんといる?」

 再びリュートが尋ねる。しかし

「あれ? ねぇ! 君、そこにいるの?」

 真の声が返ってこないことに不安を覚えるリュート。

「ね、ねぇ。君――マコトさん、そこにいる?」

 不安と恐怖は最高潮に高まり、リュートの声が焦りの色を帯びて大きくなる。

「――いるよ! って言うか何で、さん・・付けなんだよ?」

 今の今までリュートは真の事を「君」としか呼んでいなかった。それなのになぜいきなりさん・・を付けたのか。
 それはきっと真の頭の中でもわかっているはずである。
 それなのにわざわざ声に出して言うあたり、多少のSっ気があるのかもしれない。

「いや、いるなら良いんだけど」

「それよりも早くしろよ!」

 苛立ちを覚えた真が声を荒げる。いつものリュートなら何かしらの反論をしていることだろう。

「もう終わる――って、きゃあぁぁ!」

 突如リュートが悲鳴を上げる。その悲鳴はトイレの外にいる真の耳にも当然届いたわけであり、悲鳴を聞いた真がドアをぶち破って中に入ってくるのも当然と言えるだろう。

「どうした? ――――って」

「あそこ! 今、 あそこに人の顔が映ったの!」

 必死の形相で涙を浮かべ、鏡を指さしながら真に助けを求めるリュート。しかし、助けを求められた真の思考回路は、全く別の事を考えていた。
 それはつまり

「何で顔を背けるの? ほら! あそこだよ!」

「じゃなくてリュート、その、ズボンって言うか、下着」

 真の思考回路を埋め尽くしたものは、下半身を覆う衣類を上げていなかった事である。
 その真の指摘を受けたリュートはと言うと

「ん? きゃあああああ! 見ちゃダメェ! あっち向いてて!」

 先ほどの悲鳴とは色合いが違う悲鳴を上げるのであった。
 それは当然ながら羞恥心を伴うものであり、目の前の年頃の男子には刺激が強いわけである。
 衣服を整え、顔を赤くしたリュートが真に向きなおり

「見た?」

 ぼそりと呟く。

「いや、ギリギリ見えてない」

 否定をする真だが、その表情が微妙に緩んでいる。

「毛が濃いから恥ずかしかったんだけど」

「え? 薄かったと思うけど」

「やっぱり見たんじゃないかぁ! 嘘つきぃ!」

 どうやらカマをかけられたようである。いつもならこんなカマには引っ掛からないはずなのだが、簡単に引っかかってしまったあたり、真も動揺していたのは間違いない。

※ ※ ※ ※

「悪かったって。だからもう泣くなって。お願いだから」

 幽霊屋敷のトイレにてひと悶着があった真とリュートであるが

「グスッ、グスッ。もうお嫁にいけないよぉ」

 いまだリュートは泣き止まないようである。

「リュートでもやっぱり嫁に行きたいのか?」

 2階への階段を昇りながらリュートに真が質問する。

「え? そりゃ行きたいよ! 僕だって女の子だからね」

「いつも男勝りの僕っ娘なのに?」

 真の中ではどうやら「僕っ娘=男になりたい娘」のような方程式が立っているのかもしれない。
 もちろんそう思っている人もいるのだろうが、全員が全員そうと言うわけではない。

「それ、ひどくない? ってそれよりも、本当に僕が結婚できなかったらどうしてくれるの?」

 そんな真に頬を膨らませてクレームを言うリュート。
 確かにまだ結婚を考えるには早い気もする年齢だが、それでもリュートはそれなりに意識があるようである。
 そんなリュートの言葉に

「いやまぁ、人生長いんだから大丈夫じゃない? それにリュートは俺と年齢あまり変わらないだろ? そしたらいい出会いもある――と思う」

 そっけなく真が答える。確かに人生は長い。まだ10代後半だと考えると適齢期まであと5~7年はあるだろう。
 その期間にいい人が現れれば良いだけの話である。それにお見合いという方法もある。
 最もこの世界にお見合いのような習慣があるかどうかは不明であるが。

「あのね、僕に釣り合う人ってそんなにいないんだよ。何せこの街では一応ナンバーワンのハンターだから。それなりに実力のある人じゃないと――」

「つまりリュートはハンターの中で結婚相手を見つけたいってことか?」

 階段を上って2階に到着した真がリュートを振り返って尋ねる。
 今までのリュートの話をまとめるとそういう事になるだろう。自分よりも実力が上のハンターと結婚をしたいと、そういう事になる。

「う~~ん、でもハンターの中で僕より強い人ってあまりいないんだよね。それに強い・・っていうのは何も戦闘能力が強いだけじゃないと思うんだ」

「つまり、どういうこと?」

 リュートの言いたいことが分からない訳がないのだが、真は意図的にリュートの口から答えを言うように促した。
 その真の言葉を受け、リュートが階下から真を見上げて口を開く。

「例えばだけど、戦闘能力はからきしなのに凄く頭がキレる人とか、何かを手に入れるためにいくつもの手段を用意しておく人とか、それも手段を選ばない人――とか」

 後ろで手を組んで目をつぶりながら、すました様子で残りの階段を上って来て真の隣にリュートが到着する。

「(そんな奴いるのか?)それでつまり、お前は何が言いたいの?」

「はぁ――――君って意外と鈍いよね?」

 片手を額に当てため息をつき、そう言いながらリュートが真に視線を送る。

「ん? リュートって俺の事好きなの?」

 真が気付いたように首を傾げながらリュートの目を見つめる。
 その直球過ぎる真の問いかけに

「好きって言うか何て言うか――う~ん、格好いいとは思ってる」

 顔を赤らめながら立てた指を口元に当て、目線を斜め上に向ける仕草をする。

「だろお? 今更気付くとか、リュート鈍すぎ! それにカジノデートの時にも言ったけど、リュートは結構可愛いから、俺ぐらいじゃないと釣り合わないんだよな! そしたらお前に嫁の貰い手が無かったら俺様が貰ってやらあ!」

 そんなリュートの言葉を真に受けたわけではないだろうが、調子に乗った真がリュートの肩をバシバシと叩きながら話しかける。
 真に肩を叩かれ、リュートがジロリと鋭い視線を真に向ける。

「あ。悪りい。さすがに調子に乗り過ぎたか?」

 不穏なオーラを感じ取り、真がリュートから離れて防御の姿勢をとる。しかし

「あれ? リュートさん?」

 なぜかリュートの反撃は来なかった。それよりも、なぜか下を向いて先ほどよりも顔を赤くさせているようである。

「――――ルい」

 そのリュートの口からわずかな音が漏れる。

「は?」

 完全に聞き取れなかったのだろう、リュートが何を言ったのか真が聞き返す。

「だから、そういう不意打ちはズルいって言ってんの! ほら! 早く調べちゃお!」

 そう言うとリュートを先頭に幽霊屋敷2階の探索を始める真とリュートであった。
 幽霊屋敷の2階は合計で4部屋あり、残すは1部屋だけとなった。
 それぞれの部屋には不気味な人形や絵画などがあり、それを調べるたびにリュートが震えていたわけだが、これと言った異常は無かった。

「あそこが最後の部屋だよな?」

「他には何もおかしなところはなかったからね」

 真の言葉にリュートが答え、真の視線の先にある部屋を二人見つめる。

「――――ねぇ君」

「あ? どうした?」

 扉の前に来てリュートが突然何かを思い出したように真に話しかける。その顔がやや青ざめているのは気のせいではないだろう。

「あのね、トイレでの事覚えてる?」

「ん? そりゃ覚えてる、って言うかついさっきまでその話題だっただろ!」

 先ほどまでの会話はリュートの「お嫁にいけない」と言った言葉の原因、トイレでの事件である。
 形だけを見るなら真がリュートのトイレを覗いたことになる。

「そうじゃなくって! あの鏡の事!」

 しかし、当のリュートは別の事を言っているようだ。声を大きくして自分の問題にしたいことを訴えるリュートである。

「あぁ、確か鏡がどうとか――俺は見てなかったけど、どうしたんだ?」

 自分に発生した事件がそれどころではないため、完全に記憶からは消去されていたわけであるが、そもそもの原因はまだ調査できていない。
 そのことを思い出し、実際に何が起きたのかを真が確認する。

「うん、トイレの鏡に顔――と言うよりスケルトン? みたいなのが映ったんだ」

「スケルトン? ってつまり骨だよな? 見間違いじゃなくて?」

 頭に浮かんだものが幻覚として見えることもあるという。
 その知識があったから真はそう発言したのだろう。しかし

「確かに僕は怖がりかもしれないけど、昼間でトイレの中はそれなりに明るかったし、鏡越しに僕の肩に手を置くことは無いと思うなぁ。それに実際には僕の肩には無かったし、後ろにも何も無かったよ」

 鏡越しに手を置く、つまりそのスケルトンの顔らしき門は見ていないという事になる。
 そして実際には肩を掴まれたとかいう事ではないようだ。

「つまり、鏡の中での出来事ってことか――それでリュートは自分の事は鏡で見たのか?」

 真が何かに気付いたようにリュートに聞く。

「ん? そりゃ鏡だから映ってると思うけど」

 鏡を見たら自分の姿が映るのは至極当然である。
 そのことをリュートが口にすると

「そうじゃなくて、自分の姿をちゃんと見たのか? って聞いてるんだ!」

 しかし、真は何かに気付いたように声を荒げリュートを問い詰める。

「えっと、見えてない。ってか鏡の半分ぐらいが曇ってて、見えなかったって言う方が正しいかも知れない」

「なるほどな、そういう事か」

 どうやら真は確信を持っているようである。

「え? どういうこと?」

 しかし、リュートは真の言葉の意味が分からないようで首を傾げている。

「簡単に言うと、だ。あの部屋ってちょうどトイレの真上辺りぐらいになるんだよ。多分正確にはトイレの真上よりもちょっと北側にズレてるんだろうけど」

 話しながら目的の扉に向かって二人が歩いて行く。

「うん。でもそれで何が関係あるの?」

 真の隣で手を繋ぎながらリュートが真に問いかける。

「その答えがここだ」

 そう言うと勢いよく真が扉を開ける。部屋の中は今までの部屋と同じようにおかしなところは見当たらない。
 真の読みが外れたと感じリュートが真に視線を送って口を開く。

「ねぇ君。何も無い様に見えるけど――」

「あぁ、今見えてるものは何もおかしなところはないよな」

 リュートの言葉を真が肯定する。しかし、その口元が歪んでいるのをリュートは見逃さなかった。
 真は部屋の中央付近まで進むと、腰から短剣を二本引き抜いて構える。

「ちょっと君!」

「リュートが見たスケルトンってのは――――こいつだろ!」

 そう言うとおもむろに床板を剣で貫き、その突き刺した剣で床板の一部を剥がしてリュートに中を覗かせる。
 そこには

「あーぁ、見つかっちゃった」

 10歳ぐらいの少年が一人、スケルトンで遊んでいた。いや正確に表現するならば、スケルトンのおもちゃである。
 少年の近くには螺旋階段があり、部屋の東側の部屋とつながっているようだ。

「かくれんぼは終わりだ。上に上がって来な!」

 優しく、しかしどこか怒ったような声色でその少年に真が話しかける。

「はぁい」

 その真の雰囲気を読み取ったのか、おとなしく螺旋階段を昇って東側の部屋から少年が片手に人形を持って姿を現す。

「なるほどね。幽霊屋敷の幽霊の正体は、子供の悪戯って言う事ね」

 リュートが短く嘆息して幽霊屋敷の真相を口にする。

「ま、そういう事だ。それで、君は?」

 リュートの言葉に真が肯定を示し、少年に向きなおって話しかける。

「僕はマティアス。前にここに住んでいたんだ。遠くに引っ越しちゃったんだけどね」

 マティアスと名乗った少年は、この幽霊屋敷の事を真たちに話した。
 どうやらこのマティアスは引っ越す時に忘れ物をしたようで、その忘れものを探すためにこの屋敷にいたとのことである。
 帰ろうとした時、強盗が侵入し急いで隠れたのがこの部屋であった。強盗を追い出そうとして幽霊になり切り今に至るとのことだ。

「マティアス。君のやってることは犯罪だぞ。ここはもう君の家じゃないんだから、無断で他人の家に入り込むのは泥棒だぞ」

 真がマティアスを叱るように強い口調で言う。

「はぁい」

 拗ねた様にマティアスが返事をする。

「反省した?」

「うん。でもまだ探し物が見つかってないんだ」

「それじゃ僕たちが探すのを手伝ってあげるよ! 何を探してるんだい?」

 探し物がまだ見つかっていないというマティアスに、リュートが一緒に探すと提案する。

「おいリュート! そんなの依頼には入っていないだろ?」

 しかし真はあまり乗り気ではないようである。

「まぁまぁ。それぐらい良いじゃない。それでマティアス君、何を探してるんだい?」

「えっとね――」

 とそこまで話をしていた3人のところに新しい気配が忍び込む。

「おいおい、そういう事だったのか。なら、もう怯える必要はないよな」

 その声に真とリュートが振り向く。自分達が入ってきた扉が僅かに空き、そこからねっとりとした視線が3人に注がれる。
 その視線の持ち主はゆっくりと扉を開き、中に入って来た。その数7人。

「あ! あの人たち強盗だよ」

 マティアスがその7人を指さして叫ぶ。
 どうやらこの7人は、マティアスが幽霊騒ぎを起こす原因となった強盗のようである。

「坊や、俺たちを追い出したのは坊やだったんだね? あれは怖かったよ。そのぬいぐるみに宝石が入ってるって聞いて盗みに入ったんだけど、おじさんたち恐くて、ず~~っと盗めなかったからねぇ。だからちゃ~んと謝らないとダメだよねぇ?」

 その強盗の頭領格と思われる男がマティアスが抱える人形を指さして言う。

「なるほどね。でも僕たちがおじさんたちを見逃すと思う?」

 その男にリュートが腰に手を当てて話しかける。

「お嬢ちゃん、酷いことされたくなかったらおとなしくしていたほうが良いよ。そうしないと、本当にお嫁に行けなくなっちゃうからね。ヒヒヒ」

 強盗の言葉から判断すると、真たちはどうやらずっとつけられていたようである。

「僕たちの事をずっとつけてたのはおじさんたちだったんだね? それで今いるので全員かな?」

 そう言いながらリュートが強盗達の持つ武器に視線を送る。
 リュートはどうやら強盗達の追跡に気付いていたのだろう。しかし今まで気づかないふりをしていたのは、人数と戦力を確認する為だったようだ。

「強気な娘は損するよ。今のでおじさんたち少し頭に来ちゃったから、酷いことしてお嫁に行けなくさせちゃうよ」

 顔に青筋を入れながら口調を激しくし、リュートを恫喝するように強盗が言う。

「だってさリュート。一人で十分だろうから俺は参戦しないでマティアスを守ってるわ」

 リュートの肩を軽くたたいて真がそう告げる。
 面倒な戦闘はリュートに任せ、楽な仕事とった形である。

「え? 君も少しは手伝ってよ! 僕に万が一のことがあったら勇者マコトの名が泣くよ!」

 その真にリュートが詰め寄る。真の言った言葉は嘘ではなく本当の事である。
 たかが強盗7人ごとき、この街でナンバーワンのハンターであるリュート一人でも十分すぎるからだ。

「マコト? もしかしてメサルティムとハマルを倒したって言うあの勇者マコトか?」

 その二人の会話を聞いていた強盗のうちの一人が驚愕の表情で声を上げる。

「そうするとリュートって、『漆黒の豹ブラックパンサー』のリュートか!」

「ひええぇぇ、俺たちが束になっても勝てるわけねぇ!」

 口々にそう叫ぶと強盗達はその場から風の様に逃げてしまった。

「なぁんだ、他愛無いなぁ」

 強盗達がいなくなった後、リュートが短く息をついて呟く。

「まぁ、仕方ないんじゃないか? それよりもリュートって『漆黒の豹』なんて呼ばれてるのか?」

 リュートに二つ名があることを知り、真が驚きとからかいを混ぜた様にリュートに話しかける。

「恥ずかしいからその名前で呼ばないで欲しいな」

 真の言葉を聞いてリュートが顔を赤くさせて俯きながら答える。

「そうだよな『漆黒の豹』というよりも『白肌の猫』っていう感じだもんな?」

 そのリュートに先ほどトイレで見てしまったことを含ませながら真が笑って言う。

「もう! さっきの事は忘れて! じゃないとあのおじさんたちに出来なかったことを君で試すよ!」

「分かった分かった! さてと、マティアス、君も早く帰った方がって――え?」

 マティアスの方に向きなおり、真が話しかけようとした時その声は驚愕の声となっていた。
 なぜなら

「ありがとう。この家を守ってくれて」

 マティアスの身体は透き通り、光る粒子となって天に消えてゆくのを見たからだ。

「――――嘘」

 リュートがぼそりと呟く。

「――――マジか」

 真も短く呟く。次の瞬間

「「うわあああぁぁぁ!」」

 勇者マコトとナンバーワンハンターは我先にと幽霊屋敷を逃げるように、いやまさしく逃げ出したのだった。
 その後しばらく二人とも一人ではトイレに行けなくなったのは、言うまでもない。
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