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第2章 金牛の魔人

第3話 Q.修羅場って大変ですよね? A.精神がすり減ります

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 ギルド「月光花」、そこは聖ゾディアック王国の中で最大のギルドである。
 そこに寄せられる依頼のほとんどは、魔王軍の討伐だったりモンスター討伐だったりするのだが、真が魔王軍幹部の一人「ハマル」を打ち倒したことにより戦闘を伴う依頼は減少傾向にあった。
 それはそれで平和という事になるのだが、代わりに寄せられる依頼は、街の調査だったりお遣いだったりが殆どである。

「ねぇマコト、このクエストなんてどうかしら?」

「『地下から聞こえる不気味な歌声の調査』?」

 真の一ヶ月無休クエストが始まってまもなく二週間。開始当初は戦闘もそれなりにあり、命の危険を感じたこともあるが、最近はやはり調査やお遣いが多い。
 クリスが今回選んだクエストもやはり調査の様である。

「えっとね、『夜な夜な地下から不気味な歌声が響いてきて住民たちを不安がらせている。原因を調査して取り除いて欲しい』だって」

「これ、リュートと行ったらあいつ動けなくなるな」

 今から少し前、リュートの意外な一面を知った真はそう呟きながらクリスの持ってきたクエストに目を通す。

「リュートって怖がりなの?」

「ちょっと意外だけどな。良くあれでナンバーワンハンターが務まるよな」

 意外なことを聞いたのだろう。
 クリスがリュートの事を質問すると、愚痴にも似た――いや愚痴であるが、リュートをそう評する真であった。

「でもこの前はちゃんと守ってくれたよね! あの時は格好良かったよ!」

 その真に後ろから声が掛かる。
 振り返ると声の主、リュートが腰に手を当てながら真に向かって微笑んでいるのが見える。

「格好良かったって――――あいつら名前にビビッて勝手に逃げてったじゃねぇか! 俺は何にもしてねぇよ! 『漆黒の豹ブラックパンサー』のリュート!」

「もう! その記憶は消して! 恥ずかしいから」

 真が当時の記憶を掘り起こしてリュートの通り名を口にすると、リュートが顔を赤くしながら真に訴える。

「え? どうして? それなら『白肌の猫ホワイトキャット』の方がよかった?」

 からかいながら真がその時に浮かんだ通り名を口にする。

「もう! 本当にやめてよ! じゃないと――――」

 真のからかいをまともに受けたわけではないはずだが、拳を握って徐々に真に近づいて行く。
 調子に乗り過ぎたことを理解し、リュートから放たれるだろう鉄拳に真が防御姿勢をとる。
 盗賊という職業であるとはいえ、過去に一度その拳をまともに受けた真は、その攻撃力は十分に知っている。
 しかし、

「キス――しちゃうぞ!」

 振り上げた右腕は真の首に巻き付き、耳元でリュートが甘く囁く。
 突然のリュートの行動に真の身体が硬直する。
 いや、マコトだけではない。その場にいた全員の時間が停止した錯覚さえ覚える。ただ一人を除いて。

「ちょ、ちょ、ちょっとリュート! 私のマコトに何してんのよ?」

 唯一時間が止まらなかったクリスが悲鳴にも似た叫び声をあげる。

「え? だってこの前のクエストで言ってくれたよ。僕をお嫁さんにしてくれる――って」

 リュートの言葉は本当の事である。確かに数日前、真はリュートに向かって「俺様が貰ってやる」と、そう告げている。
 もちろんその言葉は真の冗談半分で言った言葉である。しかし、どうやらリュートには冗談とはとらえられなかったようであり

「ちょっとマコト! 私のこと愛してるって言ってくれたじゃない! あれは嘘だったの?」

「え! 君、クリスにそんなこと言ってたの? じゃ僕に言ってくれたあの言葉は何だったの?」

「リュートはちょっと黙ってて! これは私とマコトの問題なの!」

「クリスこそ静かにしてくれ! ねぇ君! 僕の事本当はどう思ってるの?」

 二人の女の子が一人の男を取り合うという、普通なら羨ましい状態に突入したわけである。しかし、当人の真はと言えば

「(これがきっと修羅場というやつだろうか)めんどくせぇ」

 そう呟くのだった。
 出来ればこの場からさっさといなくなり、ガル爺の店で一杯やりたいと考えているのだが、ギルド全員から視線を集めることになってしまったため、

「ちょっと、二人とも落ち着けって!」

 今は騒ぎを収めようと声を掛ける真であった。

「前に私に言ってくれたのは嘘だったの?」

「君は僕の事弄んだの?」

 しかし、ヒートアップする二人の矛先は真に向けられ、答えにくい質問を同時にされる。

「えっと、それは――」

 二人同時に詰め寄られ、助けを求めるべくギルド内に視線を巡らす真だが

「(あ、これヤバイ。全員から反感買ってるわ)」

 真に向けられる視線は男女問わずに鋭くて冷たい、無数の針であった。そこで結局真が出した答えは

「二人とも好きじゃダメ?」

 男としては最低の答えである。そのことは自覚しているのだが、真の頭に過った言葉がこれであったのだ。
 この言葉を聞いた二人の少女の出した答えは

「「ダメに決まってるでしょ!」」

 至極当然である。

※ ※ ※ ※

「グスッ、グスッ」「ウゥ~」

 ギルドから涙を流して二人の少女と

「ほら、二人とももう泣くなって! みんな見てるから!」

 一人の少年が出てくる。
 言わずもがな、月光花を修羅場と化したアークビショップのクリスと盗賊のリュート、そして問題の張本人、真である。
 少女が二人泣いているというだけで周囲から視線を集め、居心地が悪くなった真が二人に泣き止むよう促す。

「「誰の所為だと思ってるの!」」

 声を揃えて二人が真に詰め寄る。

「ま、まぁとりあえずガル爺のところに行こうぜ。あそこならあまり人目を気にせずに済むから」

 今この状況からはとりあえず抜け出したい。そんな気持ちから口にした言葉である。いや、真の考えていることはもっと別にあった。
 それはガル爺の店に着くまでに、何か良い打開案を考えることだ。

「マコト殿! 待っていたぞ」

「遅いですよ兄さん」

 その三人を待っていたのは真に思いを寄せる一人の女性と一人の女の子であった。
 どうやら今日の運命は、真の事を休ませるつもりはないらしい。

※ ※ ※ ※

 ガル爺の店に入り、真のパーティはそれぞれが同じ理由で別の表情をしていた。

「そ・れ・で? マコトはこの状況をどう説明するの?」

 顔に青筋を浮かべて詰め寄る少女は、真と相思相愛のはずのアークビショップ、クリスである。

「君は僕に言ってくれたよね? 嫁にもらってやるって。 あれは嘘だったの?」

 未だに泣き顔のリュートがそれに続き

「兄さんはもう少し自分の事を見つめなおした方が良いと思います」

 呆れ顔のテテが呟き

「まったく――マコト殿は相変わらず罪作りな男だ」

 最後にエリーヌがため息を吐きながら真を睨む。

「いや、俺としてはそういう恋愛フラグを立てた記憶はないんだが――クリス以外は」

 真の言葉は嘘ではない。現にクリス以外に向ける想いは恋愛感情そのものである。
 そして、他の三人に向ける思いは「親愛」というもので、「恋愛」感情ではない。それは理解していると思っていた真である。

「それならあたしに掛けてくれた言葉は『嘘』ってことですか?」

 クリスが席に着いたと思ったら今度はテテが身を乗り出して真に詰め寄る。しかし詰め寄られた真はといえば

「掛けた言葉? なんか言ったっけ?」

 首を傾げてテテに問い返す。視線が揺れない事や口調から、本当に心当たりが無いようである。

「『魅力』について、あたしとあの夜に話したじゃないですか!」

 テテの言葉を聞き、真が「あぁ」と思い出し、続けて話し出す。

「あの逆時草ぎゃくじそうを獲りに言った時か! いや、嘘を言ったつもりはないぞ。その通りだと思うけ――――どうしたクリス?」

 言葉の途中で真がクリスに視線を移し、何事かと尋ねる。

あの夜・・・って何? マコト、どういうことかちゃんと説明してくれるわよね?」

 テテの言葉を聞いたクリスが顔を赤くして真に詰め寄り

「君! テテにも手を出してたの?」

 リュートがさらに涙を浮かべてテーブルに縋りつく。

「いや――――別に何もしてないぞ。っていうかテテ! 誤解を招くような言い方するな!」

「ふむ、今回の事はマコト殿にも問題があると思う。それに私も自分の気持ちを、既にマコト殿には打ち明けているはずだ。それなのになぜ何も答えをくれないのだ?」

 エリーヌの言っていることはカジノでのことを言っているのだろう。

「ちょっとマコト! エリーヌにもそういう事したの?」

「してねぇって! エリーヌの気持ちは知ったけど、別に何かしたわけじゃない!」

 言い訳の様に真が両手を振って否定を示す。

「ねぇマコト! はっきりしてよ! この中で誰が一番なの?」

「(一番? え? それを決めればいいって事?)」

 クリスの発言で真の頭に閃いた邪悪な考え。

「言うのは構わないんだが、ここでそれを言うとパーティがぎくしゃくすると思うんだ。だからそれぞれに手紙を書こうと思う。それで良いか?」

 これが真の考えである。
 別に誰を特別扱いするわけではないはずだが、それでもここで答えを出したらそれこそパーティ内がぎくしゃくする。
 そう考えての答えだろう。

「そんな言葉には騙されないよ! 僕もそうだけどみんなの気持ちを踏みにじったのはどうかと思うよ!」

 どうやら真の考えは通らなかったようだ。
 リュートの答えを聞いた真はというと

「――――――――」

 言葉を失っている。もう逃げ道がないのだ。
 表情を歪め、手を額に当てて考え込む仕草をする。

「ぷっ、あはははははは!」

 しかし、突然リュートが声を上げて笑い出す。
 リュートの行動を見て、何事かと真が首を傾げると、エリーヌとテテも同じ色の表情を浮かべている。

「君、気付かないの?」

「何が?」

 リュートの発した言葉の真意が分からず、頭の上に盛大な「クエスチョン」を浮かべる真だが

「今こうしていることは兄さんに対する罰ですよ! いろんな女性に優しくするからこうなるんですよ!」

 困惑する真にテテが一つのヒントを出す。
 テテが言った「罰」とは、すなわち真が今までに立てた恋愛フラグの事であり、たくさんの女性に対して優しく接してきたことによる、それぞれの恋愛感情について考えろと、そういう事である。

「お前ら、人が悪すぎじゃないか?」

 ようやく女性陣の意図が分かり、溜息と共に安堵する真だが

「それは自業自得というものではないか? それにこうしてそれぞれの気持ちを認識したわけだし、マコト殿もあまり逃げてるわけにはいかないだろう?」

 一難去ってまた一難。再び真の首に死神の鎌がかけられるような錯覚を覚え、真の額を気持ちの悪い汗が流れる。

「今はこれ以上の事は言うまい。それで、今日のクエストはどうするのだ?」

 時刻は既に夕方近くであり、今からクエストを行おうとするとかなり難しい時間である。

「う~ん、どうするかなぁ。今からだと朝帰りになっちゃうしなぁ」

 内容にもよるのだが、クエストを一つこなそうとすると大体一日程度は必要となる。今回の場合、クエストをまだ受諾していないのでこれから探すことになるため、クエスト完了時間は明日の明け方になりそうである。
 真自身はそんなに気にする必要もないと考えているのかもしれないが、付き合うパーティメンバーの事も考えなければならない。
 どうしたものかと真が悩んでいると

「それならクリス殿と出掛けて来てはどうだろうか? 今日の分は明日に行ってもらうとして、久しぶりに二人きりで、というのもいいのではないか?」

 エリーヌから思わぬ援護射撃が入る。
 そう言えば先ほどリュートが笑っている時、クリスも真と同じような表情をしていた。多分クリスだけ状況が把握できていなかったからだろう。

※ ※ ※ ※

 パーティ全員から気を使われたのか、真とクリスが久しぶりに二人で街中を歩いていると

「あら久しぶりじゃない! 私の事覚えてる?」

 突然一人の女性に声を掛けられる。

「えっと、ソフィアさん――でしたっけ?」

 真の無休クエストが始まってから一週間後に、エリーヌと一緒に請け負った依頼のことだ。忘れるはずもない。
 しかしその後ギルドで見かけることがなかったから、どうしたものかと思っていたところでもある。

「そうよ。こんなところで会うなんて奇遇ね」

「えぇまぁ」

 あの時と同じように妖艶な仕草で真に話しかけてくるが、その正体――というよりも前職を知っているため、真自身は興味が全くわかない。
 それよりもギルドで見かけなくなったことを聞きたいと思っているのだが
 
「マ・コ・ト」

 クリスはどうもそう思わなかったようである。
 拳を握って青い縦筋を顔に浮かべ、真に冷めた笑顔を向けるクリスである。

「あぁ、ちゃんと説明するわ。だからその拳を引っ込めろ」

 静かな怒りを浮かべるクリスの手を下げさせ、ソフィアとの関係を説明し終えた後

「それで、ソフィア。最近見かけないけど、何してたの?」

 最近ギルドで見かけないのは何故かを真が質問する。

「あなたを探してたのよ」

「俺を? どうして?」

 真側には全く心当たりがないのだが、どうやらソフィアは真に用事があるとのことだ。
 悪い予感しかしないのだが、とりあえず話だけでもと思い真が続きを促す。

「ちょっとした依頼があるんだけど、受けてくださる?」

「それはクエスト――――ってことか?」

 ソフィアが頼みたいこと、それは報酬の発生するクエストなのかと真が質問すると、ソフィアは妖艶な笑みを浮かべて頷くと

「そうよ、私と一緒に行ってもらいたいところがあるの」

 この言葉を聞いて、「今日は女性に関することについての厄日だ」と呟き、クエスト内容を聞くことにする真と、その後ろで再び怒りの炎を上げるクリスであった。


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ちょっと短いですが今回はこれで一先ず区切ります。
次はこの話の続きになりますのでお待ちください。

ちなみに本編はというと……いま書いている途中です。
もう少し短編が続くと思いますが、それが終わり次第本編に戻したいと思います。
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