宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥

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16歳の章

国外出張・ドワーフの国へ、前編3

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 かっぽかっぽと馬車は行く。何だかとてもゆっくりだ。
 今回の馬車は何時もの仕事で乗る物よりずっと豪華なので揺れも少ない。
 そして揺れが少なければ手元のブレも少ないので、僕はせっせと樫の木をナイフで削って人型を作っていた。
 此れは万一の備えと言うよりも、単に暇を持て余した手慰みである。
 何故なら流石に馬車の中では術式までは入れれないからだ。いかに揺れは少なくとも、偶には何かに乗り上げてガクンと来る事はある。
 その時に細かな術式を彫り込んでいれば、手元の狂いで全てが無駄になってしまう。そんな心の折れる作業はしたくない。
 それに引き換え人型作り程度ならば、最悪の場合でも僕がちょっと指を切って痛い程度で済む。それも気を付けて置けばまず起きない事故だ。
 ここぞとばかりに惰眠を貪るのも決して悪くは無いのだが、寝過ぎるのも3~4日もすれば飽きてしまう。
 隣の席に座るドグラも、随分と磨いたから既にピカピカになっている。
 宮廷魔術師になって馬車に乗る機会が圧倒的に増えたけど、僕は馬車酔いしない体質だったのは本当に幸いだった。
 馬車酔いする体質ならこの仕事を続ける事は出来なかっただろうと思うほどに、色んな場所に馬車に乗って行っている。
 時間つぶしの方法には未だに困っているけれど……。

 さて現在馬車が移動中の王国東部域は、王国の中で最も治安が低下している地域だろう。
 勿論その理由は共和国との関係のせいにある。
 頻繁にある事では無いけれど、共和国側からの大規模な侵攻がある際には一般の民にも動員がかかる事もあるのだ。
 常備の兵力も当然存在するのだが、あまり裕福で無い貴族等は抱えの騎士団や兵士団だけでは必要な戦力を揃えきる事は難しい。
 そしてそんな事が度々繰り返されていると、その地域では一般の民が武器を握る事に慣れて行くのだ。
 武器を持ち慣れてしまった民は、何らかの際には野盗等に身を落とし易くなる。
 酷い場合には村ぐるみで旅人への略奪行為を目論む様になってしまった事さえ過去にはあった。
 更には戦場からの脱走兵も問題だ。双方の軍の脱走兵が野盗になって付近を荒らしまわる事もある。
 当然この場合の対処は領主である貴族の仕事だが、彼等も戦場に行ってたり、帰還したばかりで疲弊してたり等で対処が遅れる場合が多い。
 この脱走兵が傭兵だった場合なんかは最悪だ。殺しに慣れた熟練の戦士が賊になり下がるのだから。
 共和国側は金で雇った傭兵を戦場に頻繁に投入するので、そう言ったハグレ者も一定の割合で出現するのだ。
 ちなみにこの脱走兵による被害をより激しく受けるのは、王国でも共和国でも無く近隣の小国家連合である。
 王国も共和国も何だかんだと言えど大国だ。
 連合しているとは言え一国が一都市程度しかない小国家も存在するあちらの方が、食い荒らし易いのは間違いがない。
 今回ドワーフの国へと向かい際に経由する小国の中にも、そうやって脱走兵からの被害を受け続けている国がある。
 それでも王国に友好的に接してくれるその国で、もし仮に国内を荒らす脱走兵や野盗を見かける事があったのなら、王国騎士達は鬼となるだろう。
 目立つ様に財物を一杯詰め込んだ馬車で、ゆっくりゆっくり移動するのはそれなりの意味もあるのだから。


 そうして案の定、小国家連合へと入って3日後にそれは起きた。
 警告、怒号、そして剣戟の音。予想してたとは言え、人同士の争いなんて気の滅入る出来事に僕は一つ溜息を吐く。
 術を一つ自分に施し、馬車のドアを開いて外に出る。
 その瞬間だった。飛来した矢が眼前で逸れ、馬車のドアにガツンと突き刺さった。さっき唱えたばかりの矢避けの術が発動したのだ。
 あっぶなー……。やっぱり常に備える事が大事だと改めて実感させられた。
 魔術師と見るや否や殺しにかかるとは、随分と戦いなれた手合いが相手らしい。見れば先程の矢も、正確にはボルトである。
 つまり此れを放ったのは弓では無くクロスボウなのだ。クロスボウは長弓よりも射程は劣るが、射程内での対人に発揮される威力には目を見張るものがある。
 まあこんな物を使うのは先ず間違いなく単なる野盗では無く傭兵だろう。
 王国騎士達は防具や盾を上手く使って今の所優勢に、そして犠牲者も無く戦っているが、数はどうやら相手の方が多そうだ。
 勝ち目が薄ければすぐに尻尾を巻く傭兵達が逃げようともしてない所を見るに、隠し玉を持っている可能性がある。
 単に積んでる財物に余程目が眩んでしまってるのかも知れないけど、見縊るよりは警戒した方が良いだろう。
 矢の飛んで来た方へと投げ込んだ爆破の術に悲鳴が上がる。そしてドグラが盾に成るべく僕の前に出た。
 術式を編みながら詠唱を始める。人の命を容易く奪う凶悪な魔術を組み立てて行く。
 出し惜しみはしない。僕は人同士の争いは好かないけれど、やらねばならぬ時に躊躇う程に優しくも無いのだ。
 命は決して等価じゃない。眼前の傭兵達の命よりも、僕には良くしてくれる騎士達の命の方が遥かに重いから。
「溶かして殺せ、酸の雲」
 完成した術式に魔力を通し、僕は杖を振りかざす。傭兵達を強い酸性の雲が包み、耳に残る悲鳴が響き渡る。
 ねっとりと嘆きと恨みが僕にへばり付いてくるのを感じた。でも顔をしかめない、眉も顰めない、つばも飲まない。
 僕は選んで命を奪った。
 相手の士気を砕く為にわざと残酷な魔術を使ったのだ。味方の犠牲を少なくする為、敵に犠牲を強いたのだ。
 それを悲嘆する様なずるい甘えは必要無い。
「追撃だ! 一人残らず刈り取れ!!」
 趨勢は一瞬で決した。どんな隠し玉があったとしても、先に戦意を失ってしまえば意味は無いのだ。
 魔術の威力に慄いて総崩れになった傭兵を、アーロットさんの指示を受けた騎士達が駆り立てて行く。
 僕は馬車のドアに刺さったボルトを引き抜き、地へと投げ捨てる。
 怪我人の手当てをしなければならない。被害の報告も受けねばならない。
 これまで飽きる程に休んで来たから、今は何も考えずに成すべき事を成すだけだ。


 幸いにも怪我人はいても、死者は居なかった。
 矢で射殺された馬に関しては道中で買い替えるしかなく、馬を失った騎士が非常に落ち込んでいたのが気の毒だ。
 騎士にとって馬は財産であり、相棒でもあるから。
 馬も傭兵も、骸はアンデッドとならぬ様に魔術で焼いて埋める。
 そうしてそれ以後は滞る事無く旅は続き、僕等はドワーフの国へと辿り着く。



 本日のお仕事自己評価70点。いまはできることを、せいいっぱい。
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