僕は乱に身を立てる

らる鳥

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プロローグ

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 僕は解雇はされたが、若君に対するわだかまりはない。
 仮に御当主が武に傾倒し過ぎなければ無理をせず、生きて帰ってきたかもしれないと思えば、若君がそんな御当主が遺した武の象徴にも思える僕を傍に置きたくなかったのも、……まぁ仕方ない事なのだろう。

 更に 単なる好悪の問題だけじゃなくて、若君を頂点とする内治を重視した体制を構築するのに、僕の存在は扱いが難しいから。
 僕とて重用される目のない場所に留まり続けるのは望んじゃいない。
 剣に弓、編んだ鎖を内側に仕込んだ外套と支度金、更には僕の身分とこれまでの働きを保証する感状まで出してくれたのだから、やはり若君にだって感謝している。
 あちらは兎も角、僕は決して若君の事が嫌いじゃなかった。
 むしろこれまで散々に恩を受けて、……何一つ返せない事が、申し訳なく、口惜しいくらいである。

 ただ、今の僕には若君を心配してられる余裕はない。
 ここから先は自分の力で道を切り開いて行かねばならないからだ。
 御当主が健在なら、近習として若君を支え、家を継がれる際には騎士になり、更にどこかで大きな手柄でも立てられれば、領地を貰って貴族としてウィルダート家を再興……、なんて可能性もあったのだが、その道はもう失われてしまった。
 セル大帝国に奪われたから。

 ……けれども、セル大帝国は奪うばかりでなく、新たな可能性の種をこの地に蒔いている。
 今、西方国家群に蔓延する戦乱の兆しは、即ち力による立身出世の機会だった。

 武人として名を売る事もできるし、或いはワルダベルグ家に頼らずとも、父や祖父が願ったであろう貴族家の再興を果たせるかもしれない。
 尤も今の僕は、それを成すにはまだまだ力不足過ぎるけれども。
 しかしその戦乱が、僕の力を磨く機会すらも与えてくれるだろう。

 時間はまだまだたっぷりあるし、今の僕は何処へだって行けるのだ。
 何なら見識を広げる為に、世界を見て回っても構わない。
 
 ……と、そんな風に自分の未来に思いを馳せていた時、ゆったりと進んでいた馬車の外が騒がしくなる。
 同乗者の商人や御婦人も不安そうにしているが、取り敢えず僕はこっそりと外の様子を窺った。


「止まれ! さもなくば射殺すぞ!」
 道を塞ぎ、弓を構えて御者を脅して馬車を停止させようとしているのは、武装した三人の男。
 着込んだ鎧は粗末な革鎧だが、それでも手にした弓は御者を射殺すには充分足るだろう。
 あぁ、つまりは賊の類か。
 大戦後の一年でこう言った輩は随分と増えてしまったらしいが、実についてない。
 こんな事なら護衛付きの隊商に同乗させて貰うべきだった。
 賊とは言え三人も居て、尚且つ弓を持ってるとなれば、出て行って正面から挑むのは些か無謀だ。
 金属鎧を身に纏っていればどうとでもなったが、今の僕が身に着けた柔らかな革鎧と旅装のマントでは、矢を防ぐには心許ない。
 とは言え素直に降伏しても、手持ちの金を奪われた挙句に奴隷として売られるのがオチだろう。

 ならば手は一つしかない。
 僕は商人と御婦人に仕草で静かにするように伝えると、鞘から剣を抜き放つ。
 幸いな事に馬車を停止させた手際や装備から見る限り、賊は然程に手慣れた連中じゃない。
 だからまあ、僕は賊の一人が停車させた馬車の後ろに回り込み、幌を捲って中を覗いた瞬間を狙って、そのまま相手の喉に突き入れる。
 そのままドサリと絶命した賊が崩れ落ち、辺りに御婦人の悲鳴が響き渡った。

 あぁ、全く、叫んでしまったか。
 でも目の前で人死にを見たのだから、気の弱い御婦人なら仕方ない事だろう。
 しかしこれで僕も童貞卒業と言う奴だ。
 流石にこれまで訓練ばかりで実際に人を切った事はなかったから、今回のこれが初体験となる。
 あまり気持ちの良い物ではないけれど、だからってどうと言う程の事もない。

 以前剣、槍、弓等の武器の扱いや馬、戦術等を若君と一緒に習った時に教師に言われたが、僕の感覚や死生観はとても乾いていて、それ故に武人に向くそうだ。
 あの時はそんな物かと思って聞いていたが、実際に人を手にかけてみて、あの教師の言葉は正しかったのだなと感じた。
 或いは御当主が僕を贔屓してくれたのは、若君の代わりにこうして手を汚させる為だったのかもしれない。

 因みにもう一つの意味での初体験は、解雇される前に若君の好意で侍女を相手に済ませてる。
 ……あの若君は本当に、僕をあまり好いていない筈なのに、それでもできる限り親切にしてくれたのだから、何時かもっと時が経てば手紙でも書いてみようと思う。
 さてその為にも、今はこの場を切り抜けようか。


 弓の最大の強みは、間違いなくリーチの長さだ。
 他人を殺せるだけの威力がある攻撃を、他人の手の届かない所から放てる。
 これ程に強い事はない。
 しかしその強みに比べると実に些細だが、幾つか弱点もあった。
 例えば近接戦に弱い事や、両手を使う武器だから近付かれた際に弓を捨てても、他の武器を抜くまでに多少の時間が掛かったり、他にも弓を扱うにはある程度の技量が必要な難しい武器である等々。

 だから、そう、簡単な獲物だと思っていた馬車の乗客に仲間が殺されて動揺した賊の腕では、馬車を飛び出して駆ける僕を捉えられない。
 そもそも弓を不規則に動く相手に当てるのは、高い技量が必要になるから。
 あっと言う間に近寄った僕に、一人の賊が剣で胸を突かれて倒れた。
 最後の一人の賊が慌てたように弓を捨て、腰に挿した小剣を抜き放つ。
 でも残念ながら一対一で、驚き腰の引けてしまった賊を相手に剣で負ける程度だったら、僕は今も若君の近習を続けていただろう。

 実は僕も弓を所持しているのだけれど、足を止めての矢の打ち合いを選んでいたら、うっかり殺されていた可能性は低くなかった。
 相手に狙いを定めながら、飛来する矢を見切って避けるだけの実力は今の僕にはないから、数で勝る相手に弓の打ち合いは挑めないのだ。
「クソガキがッ!」
 賊が振り被って勢い良く振り下ろす小剣を、僕は一歩下がって避け、やはり胸に剣を突き刺す。
 誰かを殺すのに、派手な技は必要ない。

 剣を振って血を落とし、更に賊の服で拭う。
 後で手入れはするにしても、血塗れのままにしておくとその手入れが大変になるのだ。
 賊の懐を漁っても幾許かの金だけで、他に大した物は持っていなかった。
 まぁ金持ちなら他人を襲う必要なんてないのだから、それも当然かと納得する。

 御者や御婦人が僕を見る目には怯えが混じってしまったが、商人は随分と感謝してくれた様子で色々と話しかけて来るようになった。
 目的地のルバンダまでは、もうそんなに遠くない。
 今回は何とか対処出来る相手だったけれど、次もそんなに幸運であるとは限らないから、移動にだってもっと用心するとしよう。
 何時か地に伏して倒れるとしても、つまらない死に方だけはしたくないから。

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