僕は乱に身を立てる

らる鳥

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一章 戦士

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 西方国家群中央部と北西部の境に在る国、ルバンダ。
 ルバンダに辿り着くまでは比較的安全とされる地域なのだが、ここからは北西に進むにつれて急激に治安が悪化する。
 その理由は北西部であるリャーグが周辺諸国に対して攻め入っては略奪を繰り返しているからだ。
 北西部の諸国は常に戦力を欲しており、仕事が多いと傭兵が西方国家群中から集まってきて、その事がより治安を低下させていた。

 戦いが日常の荒くれ者は、どうしたってモラルが低い。
 また戦場からの脱走兵、略奪を受けて食い詰めた民等は、新たに奪う側、賊へと簡単に変わってしまう。
 リャーグからは比較的遠いルバンダは、北西部の中では豊かな国で、その分だけ、他所から流れてきた賊も多いという場所だ。

 ルバンダで最も南にある都市、ロンダはこの国の中でも首都に次いで栄える場所だと聞いている。
 そんなロンダで馬車を下りた僕は、御者に盗賊退治の礼を言われながら、宿の場所を聞き出し向かう。
 これから向かうのは遠方からの旅人向けの大きな宿で、酒や食事を出す他に、外からやって来た人間向けの仕事の斡旋まで行うらしい。
 僕はその大きさに驚くと同時に、宿に備えられた馬小屋に目をやり、以前に教わった教師の言葉を思い出す。

『戦場で一番大事な物は自分の命ですが、馬は時にその次に重要な物になります』
 と、そんな風に彼は言った。
 軍を率いる将が幾度も戦場に出ながらも死に難いのは、もちろん後方で指揮を執るからだ。
 しかし何度も先頭に立って敵中に突撃を繰り返して群を勝利させる、謂わば武人タイプの将がしぶとく生き残る理由の一つが、本人の強さもあれど馬に乗っているからなんだそうだ。
 例えばだが、馬に乗って地を駆ける相手を、矢で射止めるのは実に難しい。
 大量に矢を放っての面での攻撃ならば捉える事も可能だが、狙って射殺すのは余程の腕が必要になる。

 しかも馬の勢いと言うのはそれだけで大きな武器となり、軽装の歩兵位ならぶつかられただけで死ぬ。
 馬上で武器を振うのにだって、高さや勢いが威力として加算されるだろう。
 そして地上からでは、馬上に居る高い相手は急所を狙い難いのだ。
 だから戦場での馬は移動手段であると同時に、武器であり盾でもあると、僕を教えてくれた教師は言った。

 更に大事なのは、馬の背に乗った高い視点を持てる為、戦場の状況を把握し易くなる点だろう。
 戦場では、多少腕が立つ事よりも、的確な行動を取れる事の方が重要らしい。
 まあ少しばかり腕が立ったところで、突出して敵に囲まれれば生き残れないのだから当然だ。
 敵の攻撃を防ぐ時は密集して耐え、チャンスがあれば突撃して手柄を立てる。
 そんな風に状況をキチンと見分けるのに、馬に乗った視界は有効だった。


 ……おっと、いけない。
 思わず物欲しそうな目で馬小屋を見てしまっていた。
 こんな所を見られたら、万一馬が盗まれた時に、あらぬ疑いを掛けられてしまう。
 それに今の僕は、まだ馬を持つには些か早い。
 馬は購入するのも値が張るが、それ以上に維持にだって金が掛かる。

 何よりも、
『けれども馬に乗って参戦するよりも先に、君は徒歩での戦いを経験した方が良いよ。歩兵として戦場の恐怖を知る事は、将となった際に役立つからね。君ならまぁ、そう易々とは死なないだろう』
 そんな風にあの教師は言っていたから。
 ……まるで僕がワルダベルグ家を出る事になって戦場に身を置く生活を送ると確信していたかのような物言いだったが、本当にそうなりそうだからあの教師の見る目には驚くばかりだ。

 ともあれ、取り敢えずは宿に部屋を取ろう。
 僕がこの宿を訪れたのは、もちろん寝床と食事を求めての事ではあるけれど、他にも情報収集という目的があった。
 ここが旅人向けの宿だと言うなら、ロンダで一番情報が集まる場所と言っても過言ではない。
 情報の伝達は旅人、特に行商人や流れの芸人が担う物である。
 どこの国で争いがあり、どの町が襲われたかを知らねば、旅の危険は大きく増す。
 領主の手腕や人柄に関する噂だって、その領地で商売をするかどうかの判断材料になるから、商人からすれば重要な情報だろう。

 僕の所持品はそれなりの金に換えれる物ばかりだから、部屋はケチらずに個室を選ぶ。
 繰り出した酒場は、食事処も兼ねているがやはり赤ら顔の者が多い。
「ここ、構いませんか?」
 僕は話が盛り上がってるテーブルの、空いた席を選んで隣の男に問い訪ねる。
 隣の男は、身なりや喋り方から察するに、恐らくは商人の筈だ。

「おお、なんだい若いのに一人旅かい? 見る限り、しっかりとしたところの出だろうに。まぁ、良いさ良いさ。詮索はしないよ。その席は誰のもんでもない。座りなさい座りなさい。おお、そこのお姉さん、すまない、この子に何か一杯頼むよ。お近づきの印にね」
 既に少し酒が回っているのだろう。
 商人らしき男は機嫌よく僕を隣に座らせてくれて、尚且つ給仕の女性に一杯頼んでくれた。
 随分と気前が良いし、立ち居振る舞いも寛容さを感じさせる物である。
 どうやら僕は、上手く当りを引けたらしい。


 僕はこの先西方国家群の全てで治安の悪化が起こるだろう、或いは既に起こりつつあるだろうと予測しているが、その中でも状況の悪化が著しく悪くて早いのが北西部だ。
 では何故そんな北西部にわざわざやって来たのかと言えば、僕は一年か二年くらいは、この地で過ごして経験を積もうと考えたから。
 将来何を目指し、どの様に生きるのかと言う目的を、僕は今だ決められないでいる。
 でもどんな道を選ぶにせよ、今の僕には力と経験が足りていない。
 先日襲ってきた賊、あの程度の賊にさえ、僕は取るべき手段を誤れば負けてしまっていただろう。
 だからこそ北西部、争いが幾らでも起きるこの地で、僕は無数の争いを乗り越えて力を身に付ける必要があった。

 その為にはルバンダを始めとする北西部諸国の領主、貴族達に、一時雇いの兵として雇われて戦いに参加するのが一番早い。
 戦いの中で上手く手柄を上げれば財産や感状を増やせるだろうし、多くの感状を持てば一時雇いであっても、単なる一兵卒としては扱われなくなる筈だ。
 ただ武人として名を上げるだけでなく、家の再興を目指して身を立てる心算なら、人を率いるという経験は、なるべく早くに得るべきだろう。
 それともう一つ、感状以外に手に入れておきたい物もある。

 北西部の国々では、およそどこの国でも定期的に闘技会が開かれていると聞く。
 例えばこのルバンダの国では、二ヶ月に一度、首都やロンダを含めた五つの大きな町で、順番に闘技会が開かれる。
 その五回の闘技会で優秀な成績を収めた者には、その武を証明するメダルが授与され、年に一度の大闘技会への出場権も得られると言う。
 まぁ大闘技会は兎も角として、僕はこのメダルが欲しいのだ。

 この闘技会は、今は北西部の国々で当たり前に行われる市民の娯楽だが、元々は武を重んじる国でもあるリャーグの催だった。
 僕からしたらリャーグは略奪国家、賊の親玉みたいなイメージが強過ぎるのだけれど、その行いも強さあっての物と言う事なのだろう。
 さて置き、闘技会で与えられるメダルはどこの国で得た物であっても、北西部なら実力の証明として信用されているし、多くのメダルを集めれば引く手数多で任官要請が届くのだとか。
 こんなに都合の良い物があるなら、集めない手はない。
 何せ時間も命も賭けずに、感状を得られる様な物なのだから。
 ついでに賞金だってそれなりの額が出るそうだ。
 もちろんそんな美味しい話には皆が群がるだろうから、メダルを得れる成績を収めるのは決して容易い事ではなかろうが、挑戦する価値は充分以上にある。

 だからこそ、情報を得ねばならない。
 どこの国の、どんな領主が兵を必要としているのか。
 その領主は雇った兵を磨り潰すように扱って報酬をケチったりはしないか。
 都合の良いスケジュールで行われる闘技会はないか。
 多くの情報を集めれば集める程、僕が取れる選択肢は増えるだろう。


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