僕は乱に身を立てる

一章 戦士

４

　銅片一枚：１ダール。
　小銅貨一枚：５ダール。
　銅貨一枚：１０ダール。
　大銅貨一枚：５０ダール。
　小銀貨一枚：１００ダール。
　半銀貨一枚：５００ダール。
　銀貨一枚：１０００ダール。
　大銀貨一枚：５０００ダール。
　金貨一枚：１００００ダール。
　大金貨一枚：１０００００ダール。

　これが大昔に定められた西方国家群で流通する貨幣の大体の価値だ。
　でもこれはあくまで目安に過ぎず、場所と貨幣によってその価値は上下した。
　例えば、ドレアム王国、リャーグ、ジャーランド、ラリマールの四大国家はどこも貨幣を発行してるが、リャーグの発行する金貨は北西部以外では混ざり物が多いと言われて取引の際には嫌われる。
　また使い古されて刻印が削れた硬貨も価値は大きく下がり、場合によっては取引を拒否される事も少なくはない。
　故に多くの支払いではダールと言う言葉は使われず、北西部小銀貨だとか、ドレアム金貨だとか硬貨を指定して要求されるのだ。

　今回泊まった宿の支払いは、『北西部（リャーグ）小銀貨一枚、他地域の小銀貨でも変わらずに一枚。悪貨は受け付けない』といったもの。
　結局、食事は同じテーブルの商人達が御馳走してくれた。
　実に気前の良い人達である。
　食事のお礼にドレアム王国の近況を色々と語ったけれど、果たしてちゃんとお礼になっただろうか？

　どうやら僕位の年齢の旅人は北西部では珍しいらしく、目的の一つが闘技会への参加だと告げると、彼等は杯を掲げながら大いに応援してくれた。
　最寄りの闘技会はこのロンダで開催される予定らしいが、残念ながら開催予定日は一ヶ月後と少し遠い。
　西のラドーラの町で大規模な盗賊団を退治する為の兵を募集してる様なので、先にそちらに参加しようと思う。

　僕が今持つ所持金は、ワルダべルグ家の若君が用意してくれた支度金で、ありがたくもドレアム王国が発行している貨幣ばかりだ。
　長い歴史があり、それを重んじる国であるドレアム王国は、大昔に定められた通りのやり方で貨幣を鋳造している為、その信用は高かった。
　リャーグ発行の貨幣の価値を１０とすればドレアム王国の貨幣は１２以上、地域によっては１５に届く扱いを受ける事すらあるから、銀貨は銀貨と変わらずに要求して来る北西部で使うには少しばかり勿体ない。
　宿代や食費をケチって身体を弱らせるのは馬鹿らしいから出費を惜しむ心算はないけれど、早目に北西部で使う為の金は稼いだ方が良いだろう。

　ラドーラの町への移動には、同じく盗賊退治に参加する目的で移動する傭兵達と一緒に移動する事にした。
　もちろん宿で食事を共にしてこれまでの仕事の武勇伝等を聞き出し、話の中に嘘のない、信用出来そうな傭兵を選んでる。
　モラルの低い傭兵は盗賊と然して変わらない存在だから、適当に選んでハズレを引けば、身包みを剥がれて殺される羽目になりかねない。
　一番良いのは隊商に混ぜて貰う事なのだけれど、大規模な盗賊団が出る町にわざわざ向かう商人は少ないし、今の僕では同行は許されても護衛として雇って貰うのは難しかった。
　何せ今の僕には、一つも実績がなかったから。
　感状は貴族に雇われる際には役立つが、商人にまで通用するかと言えば些か微妙なのだ。
　やはり北西部で活動するなら、早目に闘技会のメダルを手に入れたいと思う。


「へぇ、クリューはドレアムから来たのか。あっちはまだ随分マシだろうに、物好きだなぁ」
　ラドーラへの道中、僕との雑談の最中にそんな感想を漏らしたのは、傭兵隊『紅の猪』の一員、オスカーだ。
　紅の猪に所属する二十名の傭兵は、全員が似た様な網鎖の鎧を着込み、鉄槍と置き盾、それにクロスボウを持っている。
　つまりそう、メンバーが揃いの装備で統一するだけの財力がある、つまりは稼ぎを得られる実力のある傭兵隊だった。
「今はまだこっちの方が働き口が多いからね。ドレアムは兎も角、周辺の国は税が随分と上がったらしいから、この先は段々荒れそうだけど……」
　縁を通じて決して損のある相手じゃないだろう。

　他愛のない雑談の中にも、知ると知らないでは大きく変わる情報が混じる。
　例えばだが、オスカー曰く、今回の仕事は出向くだけになる可能性が高いと言う。
　考えてみれば当たり前の話だが、大規模な盗賊団が出たから討伐をする為の兵を集めると聞いて、討伐される側の盗賊が黙って待ってる筈はない。
　情報を得る耳があり、まともな頭をしていれば、まず間違いなく討伐隊が揃う前にこの地を離れて逃げる筈だ。
　だからこの募集は盗賊団に対して、今この地を離れるなら見逃すと、暗に言っているに等しかった。

　もちろん公に声を大にして言える話ではないだろうが、盗賊団がこの地を離れて他の領地に、特に他国へと流れたならば、それはもうラドーラの町の領主の知った事ではない。
　実際に討伐が行われる訳でもないのだから、集まった人員に多少の手間賃払って終わりとなる。
　傭兵達からしてみれば、他に大きな仕事もないし、出向くだけで多少の金が貰えるなら受け取りに行こうといった感覚なのだそうだ。

　盗賊団は河岸を変えれば討伐されずに済み、領主は真っ当に討伐を行うよりずっと少ない損害で盗賊団を追い払え、傭兵は少し出向けば少しばかりの手間賃を貰える。
　つまり誰も大きく損をしない、丸く収まる方法なのだとか。
　成る程、これまで僕は賊の類は必ず排除しなければいけない存在だと思い込んで居たが、北西部では必ずしもそうではないらしい。
　けれどもどうしてだろう。
　少し嫌な予感がした。

　もしも、本当にもしもの話だが、仮に討伐隊の編成を聞いても盗賊団が逃げ出さなかったとしたら、一体どんなケースが想定されるだろうか。
　そしてその場合、逃亡の代わりに盗賊団が取るべき行動は？
　どうしてもその疑問が頭から離れなかった僕は、オスカーにそれを訪ねようとして、だが急に強くなった嫌な予感に思わずその場に伏せる。
「お？ クリュー、どうし……ガァッ！？」
　次の瞬間、僕を見下ろしたオスカーの顔に、どこからともなく飛来した矢がズブリと突き立った。