僕は乱に身を立てる

らる鳥

文字の大きさ
5 / 18
一章 戦士

しおりを挟む
 頭の上を幾本もの矢が通り過ぎて行く。
 ドサリと音を立て、僕の傍らに倒れたオスカー。
 完全に即死である。
 色々と気を遣ってくれた良い人だったのに、こんなに早い別れになるとは思わなかった。
 いや、オスカーだけじゃない。
 僕だって今から、一つでも行動を間違えればオスカーの後を追う羽目になるだろう。


 第一射はやり過ごして、敵が射撃して来た方向は掴んだ。
 即座にオスカーの骸の、その背から強引に置き盾を引っぺがして地に立て、その影にしゃがみ込んで隠れる。
 ガツガツと音を立て、設置した置き盾が揺れる。
 第二射も何とか防げたから、ほんの少しだが猶予が生まれた。

 僕は更にオスカーの骸を漁って、クロスボウとその弦、ボルトを取り出す。
 クロスボウに弦を張り、座り込んだまま先端部分に足を掛けてから、レバーを引いて弦を引き絞る。
 そしてボルトをセットすれば、射撃準備は整った。

 ガツガツと第三射が置き盾を揺らしたから、そろそろ切り込んで来る頃だろうか?
 周囲を見れば、射撃を僕と同じ様に切り抜けた紅の猪隊の傭兵達が、同じ様に反撃の準備を整えている。
「撃てッ!」
 紅の猪隊の隊長が放った言葉に立ち上がり、クロスボウの射撃を行った人数は、僕を含めて十四、五人。
 驚いた顔のままに僕が放ったボルトに貫かれたのは、丁度切り込みを行おうとしていた襲撃者達。
 どうやら反撃の素早さが、襲撃者達にとっては些か予想外だったらしい。
 革鎧に剣や斧、それに弓と、随分装備は整っているが、それでも件の盗賊団の連中だろう。

 そう、もし討伐隊の編成を聞いても盗賊団が逃げ出さなかった場合、だからと言って彼等はその集結を座して待ちはしない。
 領主軍を牽制する為の本隊と、各街道に張り込む分隊に分かれ、雇われる為にやって来る傭兵や賞金稼ぎを、先んじて集結前に狩ろうとするに決まってる。
 とは言え最初の奇襲で半数も減らせなかったのは、盗賊達にとって手痛いミスだ。
 いや、正確にはミスと言うよりも、想定外の奇襲にも少ない犠牲で耐え切れる位に、紅の猪は防具の質が高いのだ。
 後はまぁ、反撃の素早さから考えても、練度も十分にあるだろう。
 敵の数はこちらの倍ほどいるけれど、これなら恐らく勝てる筈。

「切り込むぞッ!」
「「おぉぉぅ!」」
 なんて風に隊長が指示を出し、それに雄叫びで返事を返す傭兵達。
 防具の質の差を考慮して、射撃戦を続けるよりも弓の使えない乱戦に持ち込んだ方が被害を抑えられると踏んだのだろう。
 一緒に叫びはしないけれど、僕も腰の剣を抜き、その突撃に混じって盗賊に向かって駆け出した。

 正面の賊は右手に斧、左手に盾を持ち、体格は僕よりもかなり大きい。
 迎え撃つように上から全力で振り下ろされた斧を、僕は左前方に踏み込みながら体を捻じって躱して剣を、下がった賊の顔面に突き入れる。
 本当は右に躱した方が安全なんだけれど、その場合はこちらの攻撃が、相手の盾で防がれる可能性があったから。
 
 互いの数が同じくらいなら、別にそれでもじっくりと仕留めればよかったのだけれど、今回はこちらの方が数は少なく、相手に猶予を与えれば複数人に囲まれてしまう。
 故に僕は多少強引にでも素早く敵を始末して、一対一の状況を繰り返す。


 ……戦いが終わった後、僕は剣を振って血を落とし、死んだ盗賊の服で拭う。
 折角先日手入れを済ませたばかりなのに、もう血塗れになってしまった。
 実に憂鬱だ。
 けれども僕以上に、周囲の傭兵、紅の猪のメンバー達の表情は暗い。
 まぁ仕方のない事だ。
 盗賊の八割は討ち取ったとは言え、万全の体勢で迎え撃てば、或いは一切の犠牲なく切り抜けられたであろう相手に、油断から幾人もの犠牲を出してしまったのだから。
 彼等にとって、今回の戦いは敗北に等しいのだろう。

 だがそれでも黙々と埋葬等の後始末を行う彼等に混じって手伝っていると、
「あぁ、君。クリュー君、だったね? 少し良いだろうか」
 紅の猪隊の隊長に話し掛けられた。 
 一応、用件の察しは付いている。
 討ち取った盗賊で得られる報酬の分配と、この先どうするかについてだろう。

 僕達は現地に到着する前、つまり着任前ではあるが、目的である盗賊の一部を討ち取った。
 これに関しては、ラドーラの町の領主からの褒賞が出る筈だ。
 もちろん着任前の討伐等知った事じゃないと褒賞を出さない場合もあるけれど、その時は紅の猪だけでなく多くの傭兵、或いは商売上の信義を重視する商人からも、ラドーラの領主がそっぽを向かれる羽目になる。
 そんなリスクを多少の金銭の為に負うとは考え難いから、褒賞は出ると考えて間違いはない。

 但しそれは、この後も盗賊団の討伐に参加するならばの話だった。
 もしも盗賊団の討伐に参加しないのならば、それはもうラドーラの領主が褒賞を出さなくても、別に何ら問題はない。
 旅人が偶然盗賊に襲われ、何とか撃退しただけの話で終わるのだ。
 だから隊長は、想定した以上に危険が大きそうな盗賊団の討伐に、この後も参加する心算なのかと僕に問うている。

 仮に僕がここで引き返す心算なら、隊長は盗賊の首を幾許かの金で買い取ってくれるだろう。
 紅の猪隊は既に幾人もの犠牲者を出してしまったから、ここで引き返してはその犠牲は単なる無駄死だ。
 拾える金は拾いに行って、彼等の死は無駄ではなかったとしなければ、隊長に付いて来る傭兵は居なくなる。
 故に紅の猪隊がここで引き返す事はあり得ない。

 そして隊長からの僕への提案は、盗賊の首の買い取りだけでなく、更にもう一歩踏み込んでいて、
「もしこの先の危険を承知で君がラドーラの町に行くなら、提案なんだが、今回の依頼の間だけでも我々の傭兵隊に加わらないか? 今しがた見た君の実力なら、我々に決して引けは取らない」
 とても悩ましい物だった。 

 メリットは決して小さくない。
 先程の襲撃も僕一人じゃ切り抜けられない規模だったし、腕の立つ頼れる仲間が一時とは言え手に入るのはとても心強いだろう。
 褒賞の分配だって、向こうは数が居るから強気に出れるが、彼等から申し出て仲間に加わるのなら、公平な、或いは僕に少し有利な分配が為される筈だ。
 でもデメリットもある。
 その中で最も大きなものが、働きに対して出るかも知れない感状に関してだった。

 紅の猪隊の一員として討伐に参加した場合、手柄を立てても出る感状は紅の猪隊に対しての物となるだろう。
 一時的にしか加わらない僕にとって、紅の猪隊が感状を得た所で、何の恩恵も受けられはしない。

 ……本当に悩ましい所である。
 しかしまぁ、感状は得られなくても金銭と、何より重要な経験は僕のものとなるのだし、今回は生存率を上げる為にも紅の猪隊に参加しようか。
 紅の猪隊としても、予期せぬ人員の減少で手が足りないのだろうし、この誘いは多分お互いにとって都合が良いのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生陰陽師・吉田直毘人~平安最強の呪術と千年後の魔法を掛け合わせたら、世界最大魔力SSSSで名門貴族の許嫁ハーレムができました~

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
輪廻転生ーー。 大禍津日(おおまがつひ)・平将門の怨念から帝都を守るため、己を生贄とした陰陽師・安倍春秋。だが、目覚めたのは千年後の未来だった。 転生先は、呪いと治癒を司る名門・吉田家の長男、吉田直毘人(よしだなおびと)。そこは、かつて禁じられた呪禁道を受け継ぐ武家だった。 閻魔大王の予言によれば、この世はまもなく地獄と化す。ならば、死ぬわけにはいかない。 【陰陽術】、【古流武術】、【西洋魔術】——千年の技と力を融合させ、直毘人は最強を目指す! さらに、彼の膨大な魔力量を求める名門貴族の娘たちが続々と許嫁として現れ……!? 最強の転生者が歩む、呪術×魔法×戦乱の英雄譚、ここに開幕! 旧タイトル:転生魔術師・吉田直毘人~平安時代の陰陽師の俺が呪禁師一族の長男に転生したら、世界最大の魔力量SSSS目当てで名門貴族の許嫁ハーレムができました。許嫁と一緒に世界最強を目指します~ 旧キャッチコピー:才能に恵まれた魔術師が前世の知識と魔力・武術が合わさったら最強じゃね❓ 旧粗筋:輪廻転生。 大禍津日(おおまがつひ)・平将門から帝都を守るため自ら生贄に志願した俺・安倍春秋が転生したのは、千年後の未来だった。 禍津日を祓う江戸時代以前から続く名門吉田の長男として生まれた俺は吉田直毘人(よしだなおびと)と名付けられる。吉田家は千年以上前に禁止された呪いと治癒を得意とする呪禁(じゅごん)道の技を受け継ぐ武家だった。 閻魔大王の予言で間もなくこの世は地獄になると言う。死にたくないし、食われたくない! 前世の遺失する前の【陰陽術】と家伝の【古流武術】そして【西洋魔術】を掛け合わせることで 最強になる!! 10万文字執筆済み安心してお読みください

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。 ※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます ※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

処理中です...