16 / 18
一章 戦士
16
しおりを挟む実のところドレアム王国正式剣術も、これ一つで戦場を切り抜けられるみたいな便利な技術では決してなかった。
さっきのように一対一で技に嵌めれば相手を圧倒できるけれど、実際の戦場では細かな動きを工夫するよりも、走って勢いを付けて大振りの一撃で敵を薙ぎ倒して威圧した方が戦果を挙げられるケースが圧倒的に多い。
尤も勢いだけだとそれを止められた時にあっさりと返り討ちにあってしまうから、こうした技が色々と練られてきたのだ。
……これまで見たところ、ゲアルドはその勢いの極みのような戦士である。
もちろんこれは比喩の話で、彼にそれしかない、それしかできないって意味じゃない。
ただゲアルドが前に出る時の勢い、圧力は本当に強くて、それこそ軍馬の突撃とぶつかっても勝つんじゃないかとすら思う。
僕が勝利して控室に戻ってあまり間を置かず、闘技場からの歓声が聞こえた。
あぁ、恐らくゲアルドも、すぐに相手を仕留めたのだろう。
彼が負けている可能性は……、残念ながら万に一つくらいしかない。
いや、うーん……。
確かにゲアルドが負けていれば優勝する確率はとても上がるのに、そうなったらそうなったで、僕は残念に思う気がした。
我ながらどうにも合理的じゃないのだが、どうやら僕は、そう彼と戦いたいらしい。
ゲアルドと戦った方が良い経験を積めるというのもあるけれど、それ以上に僕は、彼自身に興味があるのだろう。
また数日は、殆どの時間をどうやってゲアルドに勝つかを考える事に使ってる。
それを無駄にしてしまうのは、少しばかり惜しかった。
こんなにも誰かとの戦い方を考えたのは、ワルダベルグ家に雇われたあの教師から一本を取ろうと頭を捻った子供の頃ぶりだ。
「出番だ。クリュー・ウィルダート、出ろ」
僕はそう促され、木製の両手剣を握り締め、立ち上がって控室を出た。
戦いを前に気が高ぶっているからだろうか、闘技場を照らす太陽の日差し、その眩しさを、先程の試合の時よりも強く感じる。
そして周囲からは、大きな歓声が降ってきた。
随分と盛り上がってるなぁと、まるで他人事のように思う。
彼ら、町の住人にとっての闘技会は、年に数度の祭りで、重要な娯楽の一つだ。
あまり血の流れない実戦には遠い催しだけれど、いや、だからこそいつ降り注ぐかわからない本物の戦争をあまり意識せず、娯楽として楽しめるのかもしれない。
僕は、右手を天に翳して観客の声援に応じる。
見ている観客の殆どは、ゲアルドが優勝すると思っているだろう。
実際、僕だってそうなる可能性が高いと思っているのだから、そりゃあ当然だ。
けれども、勝ち目がない訳じゃない。
実際の戦場で戦うならともかく、この闘技会の試合という形式でなら、今の僕にも勝算はある。
まぁ少なくとも、観客を退屈させる事にはならないから、よく見ていろとの意志が、翳した右手には籠ってた。
「よぉ、クリュー。やっぱりここで会えたな。いい顔してるじゃねえか」
のしのしと、僕とは逆側から歩いてきたゲアルドが、そう言ってニカッと笑う。
なんとも楽しそうな表情だ。
そう、観客もそうだけれど、僕はこいつも楽しませてやらなきゃならない。
しかる後に、その楽しさを悔しさに変えれれば最上だろう。
左足を軽く後ろに引き、両手剣を構える。
前の試合と同じ、ドレアム王国正式剣術の構え。
控室の僕が他の試合を見ていないように、ゲアルドもさっきの僕の試合を見る事はできなかった筈。
故に彼は、僕がこの構えを取るのは初めて目にする。
……けれども、
「おぉ、それは知ってるぞ。あの戦いでドレアムの騎士が使ってるのを見かけたからな。確かにあの騎士はなかなか活躍していたな。……でもよ、今、俺が見たいのはそれじゃないんだ」
ゲアルドはそう言って首を横に振った。
あぁ、くそう。
ゲアルドはこれを知っていたか。
いや、さっきの言葉が本当ならば、彼はあのセル大帝国との戦場で、ドレアムの騎士が戦っているところを見かけただけで、自身が相対してその技を身に受けた訳ではないのだろう。
ならば技の理解には程遠い筈だが……、ゲアルドはそれでも、この剣技だけじゃ自分の脅威ではないと言外に、態度でも、そう言っている。
まぁ、うん。
元よりドレアム王国正式剣術だけで彼と戦う心算はない。
今の状況なら使える技は他にもあって、今回は出し惜しみなんてしないと決めているから。
僕は深く息を吸い、吐き、自分の集中力をゲアルド唯一人に向けて絞りながら高めていく。
するとまず、周囲の音が、闘技場の喧騒が僕の耳に入らなくなって、消える。
次に消えるのは光だ。
世界が、ゲアルドを除いて黒く塗り潰され、彼以外の存在が何も見えなくなった。
「おぉ、それだ。それだよ。やっぱり持ってやがったな。あいつ等もそんな目をしてたぜ。あぁ……、やっと会えたな」
ゲアルドが口を動かしているから、きっと何かを言ってるんだろうけれど、僕にはもうその声は届かない。
今、僕の意識が拾うのは、彼の動きのみである。
そして、ゲアルドが二本の棍棒を構えると同時に、僕は前へと踏み出して、二人の武器がぶつかり合った。
0
あなたにおすすめの小説
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生陰陽師・吉田直毘人~平安最強の呪術と千年後の魔法を掛け合わせたら、世界最大魔力SSSSで名門貴族の許嫁ハーレムができました~
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
輪廻転生ーー。
大禍津日(おおまがつひ)・平将門の怨念から帝都を守るため、己を生贄とした陰陽師・安倍春秋。だが、目覚めたのは千年後の未来だった。
転生先は、呪いと治癒を司る名門・吉田家の長男、吉田直毘人(よしだなおびと)。そこは、かつて禁じられた呪禁道を受け継ぐ武家だった。
閻魔大王の予言によれば、この世はまもなく地獄と化す。ならば、死ぬわけにはいかない。
【陰陽術】、【古流武術】、【西洋魔術】——千年の技と力を融合させ、直毘人は最強を目指す!
さらに、彼の膨大な魔力量を求める名門貴族の娘たちが続々と許嫁として現れ……!?
最強の転生者が歩む、呪術×魔法×戦乱の英雄譚、ここに開幕!
旧タイトル:転生魔術師・吉田直毘人~平安時代の陰陽師の俺が呪禁師一族の長男に転生したら、世界最大の魔力量SSSS目当てで名門貴族の許嫁ハーレムができました。許嫁と一緒に世界最強を目指します~
旧キャッチコピー:才能に恵まれた魔術師が前世の知識と魔力・武術が合わさったら最強じゃね❓
旧粗筋:輪廻転生。
大禍津日(おおまがつひ)・平将門から帝都を守るため自ら生贄に志願した俺・安倍春秋が転生したのは、千年後の未来だった。
禍津日を祓う江戸時代以前から続く名門吉田の長男として生まれた俺は吉田直毘人(よしだなおびと)と名付けられる。吉田家は千年以上前に禁止された呪いと治癒を得意とする呪禁(じゅごん)道の技を受け継ぐ武家だった。
閻魔大王の予言で間もなくこの世は地獄になると言う。死にたくないし、食われたくない! 前世の遺失する前の【陰陽術】と家伝の【古流武術】そして【西洋魔術】を掛け合わせることで
最強になる!!
10万文字執筆済み安心してお読みください
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
主人公は高みの見物していたい
ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。
※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます
※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
安全第一異世界生活
朋
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん)
新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる