17 / 18
一章 戦士
17
しおりを挟むガガッと重い音を立て、左右からの連撃を二本の棍棒で防いだゲアルドが、反撃の前蹴りを繰り出す。
けれども僕は必要最小限、二歩分の後退と体の逸らしで、その蹴りを避けた。
彼の長い足で踏み込んで繰り出される蹴りを避けるには、僕が下がるのは一歩じゃ足りないが、三歩は過剰だ。
二歩下がって体を逸らせば、それでギリギリ届かなくなる。
今の僕には、ゲアルドの動きはそこまで詳細に見えていた。
尤も、その代わりに他の全ては目に入らなくなってるけれども。
これが戦場ならば、今の僕の状態は非常に危険だ。
横から繰り出される槍や、偶然にも遠くから飛んできた流れ矢が、僕の命を奪うだろう。
仮にそれらがなかったとしても、目の前の一人に勝てたところで、周りの状況が見れずに一人で敵中に取り残されでもしたら、とてもじゃないが生き残れやしない。
どうせ集中するなら、もっと広くに目をやって、周囲の全てが見えるくらいになるんじゃなきゃ、戦場では使い物にはならなかった。
いや、ゲアルドが言うように黒の騎兵衆がこの呼吸法を戦場で使いこなしているのなら、その域に達していない僕が未熟なだけかもしれないが。
とはいえ、その未熟な僕の呼吸でも、今の状況でならばその効果は絶大だ。
今、僕の前に敵はゲアルドしかおらず、闘技場に戦いを邪魔する者は一人もいない。
他の何も見えずとも、彼の動きさえ見えれば、それで今の戦いには十分だから。
ギリギリでゲアルドの前蹴りを避けた僕は、逸らした体を捻る動きで力を生み、それを握った剣に乗せて叩き付ける。
ドレアム王国正式剣術は、体幹で剣を振る剣技だ。
腕は剣を振るうのではなく、体幹で生み出した力を増幅し、剣に伝えるもの。
もちろん持ち手の工夫やら手首の返しやら、色々と技術はあるんだけれど、意識をするべきはそれでも体幹だと、剣技を教えてくれた教師は何度も僕に言っていた。
踏ん張った足から腰、捻る背中、生み出された力を増幅して伝える腕、両手剣のリーチ、それから重量。
全てが掛け合わさって、威力になる。
渾身の、会心の一撃。
だがそれは、重ね合わされたゲアルドの二本の棍棒で止められた。
あぁ、くそう。足りないか。
僕がもう幾らか上背があって、その分だけ体が重ければ、或いは手に持った両手剣が木製ではなくもっと重い金属製だったら、ゲアルドを揺るがせる事もできたかもしれない。
……でもそれは、今の僕には単なる無い物ねだりだ。
それから嵐のように振り回されるゲアルドの二本の棍棒を、僕は避けて、避けて、避けて、避ける。
武器を使って受け止めはしない。
彼の力で、しかもこんな勢いでの叩き付けを下手に受け止めれば、どちらの武器も圧し折れて駄目になってしまうかもしれないから。
ゲアルドの棍棒は二本あるが、僕の両手剣は一本しかないので、その武器の破壊が齎す影響は決して等しくはないだろう。
いいや、仮に僕の両手剣と引き換えに彼の棍棒が二本とも駄目になったとしても、その後に待っているのは素手での格闘戦だから、武器を使った戦い以上に体格差、重量差、腕力差が物を言う。
やっぱり僕が著しく不利になる事に違いはなかった。
「シィッ!」
鋭く息を吐き、振り回される棍棒の間隙に両手剣を突き込むが、その切っ先はゲアルドには届かない。
まるで僕の反撃のタイミングがわかっていたかのように、彼が一歩下がってそれを避けたのだ。
勘か、経験による判断か、それともゲアルドも何らかの技を学んでいるのか、それはわからないけれども、……彼は勢いに任せた攻撃だけじゃなく、実は防御も巧みな様子。
考えてもみれば、黒の騎兵衆を見て、単に挑んで打ち負かしたいじゃなく、その技を知って上回りたいなんて発想をするゲアルドが、攻撃一辺倒の猪である筈がなかった。
強いだろうとは思ってたけれど、彼は僕が想像していたよりも、更に強い戦士である。
避けて、避けて、避けて、反撃して。
避けて、避けて、避けながら反撃して。
集中力を増す呼吸法のお陰でゲアルドの動きは見えているが、純粋な肉体の能力差で押されていた。
ドレアム王国正式剣術は使っているのだけれど、彼の方にも技はある。
一見するとゲアルドの攻撃は大味で勢いに任せたものに見えるけれど、実際には計算されて合理的だし、それでいて虚実が巧みに織り交ぜられていた。
独学や、武器の扱いを覚えて実戦経験を積むだけじゃこうはならない筈だ。
ここまでの動きから判断するに、ドレアム王国で練られてるもの程には洗練されていないが、彼も何らかの技を学んで、それを使っているのだろう。
じわ、じわと押されていく。
押されて押されて、押し返せない。
粘れてはいるけれど、僕とゲアルドじゃ、体力が尽きるのはこちらの方が早いだろう事は明白だ。
また呼吸法によって高めた集中力も、無限には続かず、時間制限がある。
ゲアルドが僕の想像を超えていた分だけ、勝ち目は随分と薄くなった。
残された可能性は、ほんの僅かだ。
だけどそれでも皆無じゃないから。
僕は押されながらも避けて、避けて、避けて、その機を狙ってジッと待つ。
そしてその時は、唐突に訪れる。
嵐のように振るわれるゲアルドの棍棒が、何時もよりほんの少しだけ大きく力を込めて振るわれたのだ。
呼吸法によって高めた僕の集中力は、それを見逃さずに見て取った。
もしかすると、これはゲアルドの誘いで、虚かもしれない。
だがこれを見逃して次を待つ余裕は、僕にはもうないから。
ひゅうっと、強く激しく息を吸い、体の中に燃える炎にそれを注ぐ。
集中力を高めるそれとは別の、発する力を増す呼吸法。
高められた集中力は、呼吸法をやめたからっていきなりオフになる訳じゃない。
呼吸をしながら集中力を高めるのに使った分の時間くらいは、それが下がるのにも猶予があった。
故に今だけは、僕は二種類の呼吸の恩恵を同時に受けられるのだ。
ゲアルドの強い一撃に合わせ、僕もそれに自分の武器を叩き付ける。
増した力で、全力で。
それが引き起こすのは、これまで僕が避けてきた事態。
パァンと音を立て、ゲアルドの棍棒と、僕の両手剣が、どちらも弾けて圧し折れた。
音が聞こえたのは、僕がゲアルドに向ける集中力が下がりつつあるって事だけれど、それはもう別に構わない。
今、重要なのは、ゲアルドと武器をぶつけ合っても力負けせず、僕の体勢は崩れてなくて、この手の中には圧し折れた両手剣が、柄と幾らかは残ってた。
ゲアルドは、覚悟して武器をぶつけに行った僕とは違い、ぶつかった力が思ったよりも大きかったからか、ほんの少し体が泳いでる。
あの体勢からだと、残った逆の手の棍棒が振るわれるまでには、ほんの刹那程だが猶予がある筈。
だから、踏み込む。
振りかざす両手剣の刀身部分は折れているが、それでも問題はない。
僕がゲアルドにぶつけようとしてるのは、刀身じゃなくて柄頭。
本来は両手剣の間合いの内側に踏み込んできた相手に対処する技だけれども、今回は僕から精一杯に間合いを詰めて。
けれども、ズンっと僕の体に衝撃が走る。
それは僕の肺腑から空気をすべて絞り出して口から吐かせた。
何故か体が折り曲がった視界に飛び込んできたのは、ゲアルドの膝が突き刺さった僕の腹。
あぁ、彼は残ったもう片方の棍棒、武器を振るう事に固執せずに、崩れた態勢も整えず、そのまま膝蹴りで僕を迎え撃つ事を選んだのか。
……全く、もう、本当にそれじゃあ、敵わない。
完全に動きの止まってしまった僕の意識は、ゲアルドの拳に刈り取られる。
それが棍棒の一撃じゃなかったのは、彼のせめてもの優しさだったのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生陰陽師・吉田直毘人~平安最強の呪術と千年後の魔法を掛け合わせたら、世界最大魔力SSSSで名門貴族の許嫁ハーレムができました~
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
輪廻転生ーー。
大禍津日(おおまがつひ)・平将門の怨念から帝都を守るため、己を生贄とした陰陽師・安倍春秋。だが、目覚めたのは千年後の未来だった。
転生先は、呪いと治癒を司る名門・吉田家の長男、吉田直毘人(よしだなおびと)。そこは、かつて禁じられた呪禁道を受け継ぐ武家だった。
閻魔大王の予言によれば、この世はまもなく地獄と化す。ならば、死ぬわけにはいかない。
【陰陽術】、【古流武術】、【西洋魔術】——千年の技と力を融合させ、直毘人は最強を目指す!
さらに、彼の膨大な魔力量を求める名門貴族の娘たちが続々と許嫁として現れ……!?
最強の転生者が歩む、呪術×魔法×戦乱の英雄譚、ここに開幕!
旧タイトル:転生魔術師・吉田直毘人~平安時代の陰陽師の俺が呪禁師一族の長男に転生したら、世界最大の魔力量SSSS目当てで名門貴族の許嫁ハーレムができました。許嫁と一緒に世界最強を目指します~
旧キャッチコピー:才能に恵まれた魔術師が前世の知識と魔力・武術が合わさったら最強じゃね❓
旧粗筋:輪廻転生。
大禍津日(おおまがつひ)・平将門から帝都を守るため自ら生贄に志願した俺・安倍春秋が転生したのは、千年後の未来だった。
禍津日を祓う江戸時代以前から続く名門吉田の長男として生まれた俺は吉田直毘人(よしだなおびと)と名付けられる。吉田家は千年以上前に禁止された呪いと治癒を得意とする呪禁(じゅごん)道の技を受け継ぐ武家だった。
閻魔大王の予言で間もなくこの世は地獄になると言う。死にたくないし、食われたくない! 前世の遺失する前の【陰陽術】と家伝の【古流武術】そして【西洋魔術】を掛け合わせることで
最強になる!!
10万文字執筆済み安心してお読みください
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
主人公は高みの見物していたい
ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。
※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます
※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
安全第一異世界生活
朋
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん)
新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる