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しおりを挟む「少年君、人間って、飛ぶんだね……」
アーチェットさんは目の前で行われてる試合を見ながら、茫然と呟く。
でもその表現は少し間違ってる。別に彼等は自分の意思で飛んでるんじゃ無くて、無理矢理に飛ばされてるのだ。
あれを飛ぶと言うのなら、人間だけじゃ無くて魔物も頻繁に飛んでいる。
今行われてるのは闘技会の、無手部門の予選第一試合だった。
試合と言っても一試合目は人数を大幅に絞る為に、10人程の参加者を一斉に舞台に上がらせて行う生き残り戦だ。
最後に立ってた2人を選び出す形式らしいけど、あれ2人残るかな……。
無手部門の予選第一試合の舞台に上ったカリッサさんは、すぐさま複数の参加者から狙われた。
女だからと舐められたのか、或いは泰然とした態度に脅威を感じたのか、どちらかはわからない。
けれど彼女を狙った連中は、その拳で、蹴りで、軽々と宙を舞う。
一応カリッサさんはアレでも加減をしているのだ。間違って叩き潰してしまわない様に、わざと大きく吹き飛ばすように殴ってる。
勿論闘技会に参加しようと言う腕自慢揃いの中で複数に狙われれば、カリッサさんとて攻撃を喰らう事はあった。
しかしカリッサさんはその攻撃を意に介した風も無く、自分を殴ったその拳を掴み、相手の身体を武器代わりに振り回し始めたのだ。
武器にされた参加者も、その身体で殴られた参加者も、等しくKOされてるので、あれではどちらが残ったかの判別は難しいだろう。
結局、その試合で生き残り判定を受けたのはカリッサさんだけだった。
多分カリッサさんが無手部門を選んだのは正解だ。
彼女が得意とするのは膂力を活かした大剣だが、人間相手に振うには些か威力が過剰過ぎる。
如何に癒しの為に神官が控えてるとは言え、即死してしまえばどうしようもない。
試合の上で対戦相手が死亡しても罪に問われる事は無いけど、カリッサさんは優しい人だから、武器部門だと力加減を気にして充分に力を発揮出来なかっただろう。
そして素手同士と言う条件下なら、カリッサさんの身体能力が齎すアドバンテージは、多少の技では覆せない物だ。
カリッサさんは此方を見付け、笑顔で手を振りながら舞台を下りる。
武器部門の方も予選第一試合の形式は同じで、10人から2人を選ぶ生き残り戦だ。
此方に参加するのはトーゾーさんだが、8人がするすると斬られて試合は終わる。
残った1人は運が良い。動き出すのが遅かったので、何もせずに第一試合は突破になってた。
斬られた人も命は無事だ。出血こそ派手だったが、癒しの奇跡を受ければ傷は直ぐに塞がるだろう。
トーゾーさんの試合にしては非常に大人しい結果である。
まあ無駄に斬り殺すと、またアーチェットさんに怯えられると考えて自重したのかも知れない。
トーゾーさんは一度懐に入れた相手に対しては優しいし、非常に気遣う人から。
この都市に居る間はアーチェットさんを匿うと決めた僕等だけど、トーゾーさんはかなり彼女に怯えられたのだ。
あれだけの殺気を浴びた経験なんて、アーチェットさんの此れまでの人生では皆無だっただろうから無理もない。
カリッサさんには直ぐに懐いて、一緒に料理をしたりもする様になった。
パラクスさんとも魔術や錬金術の話題で盛り上がってる。研究者肌っぽい所は似てるので、話も気も合うのだろうと思う。
なので余計に、自分だけ怯えられてるトーゾーさんは何とかアーチェットさんの気持ちを解そうと努力してたので、うん、多分それかなあ。
アーチェットさんも賢い人なので、トーゾーさんの優しさは直ぐにわかったらしいのだけど、怖いって感情は理屈じゃないので、慣れて来たのは最近だ。
第二試合からは普通に1対1の形式になるらしい。今日は午後にもう一戦して、残りは明日。
第三試合は明日の午前中で、第四試合は明日の午後だ。そして明後日からが本戦となる。
射撃部門は別会場でサッサと予選突破者を決められた。
まあ大人数が延々と的当てをする様を見て居ても、観客だってつまらないだろうし当然かも知れない。
本戦も射撃部門の扱いは余興に近いらしく、武器部門や無手部門の合間に、射撃技術を観客の前で披露する様に競うそうだ。
なので実はもう僕は本戦への出場が皆より先に決まっている。
予選は少し離れた場所の的に制限時間内で何本の矢を当てれるかって単純な内容だったので、張り切って射ってたら的に当てる所が無くなって予選突破を言い渡された。
一応予選突破をした人用の特別席が用意されてるので、午後は其方に行こうと思ってる。知人と一緒でも大丈夫だって話だし。
出番が終わり、集まって来たカリッサさんとトーゾーさんと一緒にアーチェットさんが作ってくれた弁当を広げる。
パラクスさんは忙しいらしいので不参加だ。
何でもこの闘技会では予選から賭博が行われてるそうで、其方で荒稼ぎする心算らしい。
僕の予選突破も良い倍率だったらしく、さっき顔を出した時に僕とアーチェットさんに小遣いをくれた。
予選があっさり終わったので実は実感に乏しかったのだけど、それでも仲間の役に立てて褒められたなら、とても嬉しく誇らしい。
箱から取り出したサンドイッチに齧り付く。バターの味と、薄く切られた野菜の歯ごたえが口の中に広がる。
アーチェットさんが加わって、食べれる料理の幅は広がったように思う。
カリッサさんもアーチェットさんも料理は上手だが、2人の料理は傾向に明確な違いがあった。
何と言うか、カリッサさんは食べるのが好きだから、美味しい物を作るのも好きって感じなので、出て来るのは食べて満足度の高い料理だ。
でもアーチェットさんの場合は、食べる事よりも作る事が好きな様で、多分調薬と同じ様に食材や調味料を掛け合わせて味や食感を変化させて楽しんでる風に見える。
そして時折料理で遊ぶ。
目の前でサンドイッチを齧ったトーゾーさんの顔色が真っ赤になり、水筒から水をがぶ飲みし出す。
ああ、あれさっきチラッと見たら中が真っ赤だったから避けた奴だ。
基本的に美味しいだけに、偶に混じるその遊びは性質が悪いと僕は思う。トーゾーさんはとても食べきれ無さそうな其れを、カリッサさんが受け取り平然と平らげる。
「うん、アーチェット。此れは普通の人には辛すぎる。料理を楽しむのは構わないけど、人に出す物はその人が問題なく食べれる物にしなさい」
カリッサさんはアーチェットさんを軽く窘め、箱の中から中身が赤いサンドイッチを探し出して優先的に食べだした。
少しバツが悪そうにしたアーチェットさんは、同じく自分も赤いサンドイッチの処理に掛かる。
食神の神官であるカリッサさんが、アーチェットさんの料理に怒らないのは、その料理を自身で食べる事が出来るからだ。
自分が食べる心算で色々と試すのは、料理の進歩に繋がる行為だから寧ろ推奨なんだとか。
勿論失敗もあるだろうけど、それもわざとじゃ無きゃ別に問題ないらしい。
とは言え僕にあんな赤いのを処理する事は不可能なので、サンドイッチを開いてバターの付いた野菜をヨルムに食べさせて行く。
大口を開いて切った野菜を丸呑みにするヨルムの姿に、アーチェットさんは少しだけ驚いた様子で目を開く。
ああ、うん。ヨルムって野菜も普通に食べるんです。肉の方が好きだけど。
一週間を共に過ごしているけど、アーチェットさんには未だ、ヨルムは賢い蛇で通してる。
ヨルムはまた少し不自由な生活に逆戻りだけど、別に不満は無い様だ。
アーチェットさんの人柄をヨルムも気に入ってる様だし、彼女の抱える事情にも理解を示して守る事にやる気を見せてた。
ふと視線に気付いて其方を見れば、僕と目の合ったアーチェットさんが、サンドイッチの箱の横に置かれた小さな箱を指で示す。
開いてみれば、ヨルム用と思わしき茹でた鳥肉が入ってる。ああ、此れはヨルムも喜びそうだ。
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