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オマケの章5
127 精霊の愛した村
しおりを挟む地の流れに干渉し、川底の土を思い切り隆起させて行く。
盛り上がった土は堰となって、一時的に荒れ狂う川の流れを塞き止めた。
此れにより、流れの早い川を渡れずに立ち往生していた逃亡民等は、無事に渡河が叶うだろう。
無論此の程度の堰は一時的な物に過ぎないので、逃亡民が無事に川を渡った後は直ぐに撤去する予定だ。
そうして置けば、領主が放った追手の足を止める役にも立つ。
無事に逃亡民達が川を渡り終えたのを見届けてから堰を崩せば、すぐさま元通りの荒れ狂う川へと戻った。
逃亡民達は起こった奇跡に身を震わせて、此の辺りを守るとされる精霊に祈りを捧げる。
そう、今回僕を召喚したのは、今逃亡民達に祈りを捧げられている、その精霊だ。
精霊とは自然の力が集まって自我を持った存在で、基本的には人間に対して興味を持たない。
彼等の興味は自然の力を循環させて強め、世界の維持を行う事に集約されていた。
だから何方かと言えば、自然を自分の都合の良い形に造り変えようとする人間は精霊に嫌われている。
無論人間も世界が生んだ自然の一部だからと、排除しようとまでは中々しないが。
だが何事にも例外は存在する物で、其の地の精霊は非常に人間に対して好意的だったのだ。
王国の支配地の中でも魔物が多く出現し、辺境と呼ばれて見捨てられている様な土地だったが、精霊が積極的に力を貸す御蔭で食料は豊富に得られ、人間は其れに感謝して精霊を祀った。
けれども如何に願いを捧げられようとも、精霊はあくまで精霊であり、出来る事には限りがある。
具体的に言うならば、自然の力を高めて収穫量は増やせても、魔物に襲われる人間を助ける事は難しい。
仮にその魔物が自然を大きく損なう存在であれば排除も許されるのだが、精霊にも其の行動を縛る理はあるのだ。
しかし精霊を祀る人間達は豊作だけでなく、魔物から守られる事も強く願う。
勿論人間に精霊の理を知れと言う方が無理だし、厳しい辺境の地で生きる彼等に、精霊の他に縋れる存在は無い。
故に人間達がピーノ様と呼ぶ其の精霊は、必死に如何にか出来ないかと考えて、僕の召喚を行った。
精霊である自分が理の為に動けないなら、理に縛られずに代わりに動ける存在を求めて。
そして一年が経過した今、精霊ピーノを祀る村は、辺境で最も栄えた場所として急速に発展を遂げつつある。
精霊であるピーノには理解の及ばない、様々な問題を其の内側に抱えながら。
召喚された僕が安全確保の為に動けば、元より食料の豊富だった村は非常に住み良い場所になって行く。
そうなれば村人以外にも村に移り住みたいと言う者が現れるのは当然だろう。
最初の移住者は、元居る村人の親戚だった。
他所の村に嫁に行った娘の家族が、縁を頼って移住を申し込んで来たのだ。
身を寄せあって生きて来た為、余所者は警戒しがちな辺境の村の住人も、見知った娘の嫁いだ先の家族ならと受け入れを了承する。
精霊としては例外的に人間に好意的なピーノも、人が増える事には喜ぶ、……否、喜んでしまう。
恐らくピーノは新しく村に子供が生まれるのと同じような感覚で喜んだのだろうが、此れはそう簡単な話ではなかったのだ。
豊富な食糧があり、魔物から守られている村の噂は、辺境中に広まって行く。
ならば危険な場所で開拓を続けるより、その村に住みたいと思うのは人として当然である。
ましてや、既に移住を許可された者を、精霊が喜んで受け入れたとの話もあるのだから。
最初は徐々に、そして勢いを増して、人々は此の村を目指し始めた。
魔物が出る辺境の旅は大変危険だが、其の危険を冒してでも、人々はより良い環境を求めたのだ。
僕は何度か、人を受け入れて本当に良いのかと問うたが、結局精霊であるピーノには何が問題なのか理解出来なかったらしい。
ピーノに乞われるまま、僕は此の村を目指して旅する人々を危険から守って村まで導く。
でも同時にピーノには告げぬまま、僕は破綻を回避する為に、独自の動きも開始した。
此のままだと二つの理由で、村も、村を目指す人達も、両方ともが滅びてしまうから。
一つ目は食料の不足だ。
此の村はピーノの力で豊かな実りがあり、大量の食糧を貯蓄しているが、だからって其の量は無限じゃ無い。
村人の数で耕せる田畑の広さには限りがあり、其処から収穫できる食料だって限りはある。
勿論村人が食って行くだけなら、決して尽きぬ程の食糧はあるが、辺境中から人が集まりつつある今、食料の不足は予想された。
二つ目は司法と行政と権利の問題だ。
豊かではあっても所詮は村でしかない此処は、大量の人間を受け入れて捌けるだけの下地が無い。
村長では数十人、数百人は纏め切れても、数千、数万の人間を纏める事は不可能だろう。
そして権利の問題だが、此の村を作ったのは、元の村人やその祖先達である。
苦労して水を引き、田畑を開墾し、生活環境を整えて行った。
ピーノの力添えがあったとしても、其処に費やした労苦は決して軽い物じゃ無い。
なのに突然ある日他所から人がやって来て、住ませてくれ、仕事をくれ、食料を分けてくれと言われて、自分達が苦労して手に入れた生活環境を無償で分け与えれるだろうか?
少しでも譲ってしまえば、其処から移民達による権利の蚕食が始まるだろう。
受け入れて貰った恩を感じたとしても、其れでも人間はより良い環境を求める物だ。
例え自分は我慢出来ても、自分の子等にはもっと恵まれた暮らしをして欲しい。
そう思うのが人間だった。
勿論、その考えは欠片も間違ってはなくて、単に双方の利益が相反するってだけの話だ。
逆に全く権利を譲らなければ、出来上がるのは地主と小作人の様な関係の、大きな貧富の格差だろう。
開墾、開拓を進めれば多少は緩和されるだろうが時間は掛かるし、貧すれば暴力で富を奪い取る事を選ぶ者だって現れる。
因みに権利関係で揉め事が起こった際、調停する役割が村長しか居ないので、移民が彼の言う事を聞くかどうかは非常に怪しい。
では如何すれば此の状況を解決出来るのか。
色んな方法があるのかも知れないが、僕が思い付く解決策は宗教と外敵だった。
現在、僕は悪魔レプトとしてでなく、精霊ピーノの一側面として此の世界の人々には認識されている。
土地に祝福を与える慈愛を司るのが元のピーノで、外敵に対する厳しさを司るのが僕と言った具合に。
まあ見当はずれの解釈なのだけど、ガッチリとした宗教にしてしまうには都合が良い。
僕は村人や移民への干渉を強め、教義と言う名の法を押し付けた。
破った者はピーノが祝福する土地からの追放が罰となる。
此処から一人で放り出されれば、魔物が徘徊する辺境の地で、別の人里に辿り着ける可能性は限りなく低いだろう。
特にピーノへの信心が深い者を司祭に仕立て上げるのも必要だ。
上位存在から与えられた権威は、行政、司法、何方の遂行にも非常に役立つ。
人々を縛り付ける鞭ばかりでなく飴だって必要だろうと、僕は出来上がった教会を通して、辺境では無い王国中央、王都や貴族領から買い集めた食料を少しずつ放出して行く。
此れにより開墾が終わり、収穫量が増えるまで到底持たないと思われていた食料の問題も解決した。
そして同時に、突然の同時大量買い占めが行われた王国は大混乱に陥り、最近賑やかになっていた辺境の地から収奪する為に軍の派遣を決定する。
つまりは外敵の出現だ。
食料を奪われれば飢えて死ぬだけの辺境の民等は、王国軍への抵抗を決意した。
後押しをしたのは、精霊ピーノを崇める教会。
外敵への対処は僕の契約の範囲内である。
王国軍に比べれば練度も装備も劣る辺境民だが、僕が支援すれば対等以上に戦えるだろう。
権利の問題は、苦労を共にしていない余所者に分け与える事になるからこそ起きるのであって、強力な外敵と肩を並べて戦ったなら、其れはもう同胞だった。
同じ精霊を崇め、同じ精霊から祝福を受け、共に困難に打ち勝った同胞が相手ならば、分け合う事は出来るのだ。
「ねぇレプト、どうして、こんな事になったの?」
精霊ピーノが僕に問う。
僕とピーノは、空から辺境民と王国軍の戦いを見下ろしていた。
時折僕が辺境民を癒したり、地形を変化させて支援を行っているので、戦いの勝利自体は揺らがない。
「人は一人の時、二人の時、十人の時、百人の時、千人の時、其の時の環境で、見せる顔が違う生き物なんだよ」
一人では孤独に生きてやがて死ぬ。
二人なら選択肢が無い。
三人居れば選択肢が生まれた。
十人程度の数では身を寄せあって助け合えば生活環境を作っていける。
百、千、万と、増えるにつれて、付き合う相手を選び、協力せずとも生きられて、派閥も生まれ、そして争う。
まあ今回戦争を引き起こしたのは僕だけど、そうしなければ内部での争いで村が潰れてしまっただけだ。
ピーノの愛した村は変貌した。
別に悪い事じゃないのだ。
此の戦いには勝利するだろうから、やがてはあの村を首都とした国すら興るかも知れない。
ただ、其れでもピーノは変化に寂しさを感じているのだろう。
「ピーノは、人間が嫌いになった?」
そう、問うてみる。
でもピーノは首を横に振り、
「そんな事ない。私は人間が好きだよ。今まで私が人間の一面しか見て無かったとしても、其れも含めて人間なんでしょう?」
少し怖いけど、嫌いな部分があったとしても、好きな部分をちゃんと見るからと言って、薄っすらと笑う。
此処から先の変化は、恐らくとても複雑だ。
ピーノは此の先、人の嫌な部分を幾度と無く見る事になる。
でも多分其れでも、此の精霊は人が好きだと言い続けるだろうから、
「そう、ならもう少しの間は手伝うよ」
其の行く末は見届けようと思う。
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