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第二章『泥に塗れた少女』
12 ケルベロス再び
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親子の再会が終わった後、僕はイーシャと彼女の母を丸洗いしたが、二度目ともなるとイーシャは諦めたかのように無抵抗だった。
しかし今回が初となるイーシャの母は驚いた様で、咄嗟に抵抗しようとしたが、僕の手から逃れる事は叶わず、やがて大人しくなる。
抵抗の仕方も、そして諦め方もイーシャにそっくりで、僕は其処に親子らしさを感じたけれど、……でも駄目だ。
同じ反応って事は、イーシャの母も僕に最初に丸洗いを受けたイーシャと同じ勘違いをしているのだろう。
『助ける代わりにへっへっへっ』って奴だろうか?
しないなぁ……。
乾かしながら誤解を解けば、イーシャの母は頬を染めてうつむき、そしてイーシャは何故だかニヤニヤしていた。
勘違いをしていた母親の姿が面白いのだろうけど、でもイーシャだって同じ勘違いをしていたのだ。
他人の事は笑えないと思う。
……さて、身も綺麗にしたし、本来ならば彼女達を休ませてあげたい。
しかし朝になって空の牢を見たならば、あの司祭は手勢を連れて間違いなくこの小屋を捜索に来る。
処刑を宣言しておいて逃げられましたでは、教会は兎も角、司祭の面目は丸潰れだからだ。
娘と合流したと考え、この小屋と、その周辺を探るだろう。
故に彼女達の体力が限界である事は理解しているが、朝が来る前にこの小屋を離れ、安全が確保できる場所へと移動せねばならない。
僕の言葉に、イーシャの母は理解を示して頷くが、それでも矢張りその顔に疲労の色は濃かった。
小屋の荷物は収納に放り込むとして、……ん、いや、小屋ごと収納に放り込もう。
収納魔術、もとい僕が使うなら収納魔法だが、此れは本当に規格外の術だ。
教えてくれたアニーには幾ら感謝しても足りない。
小屋ごと収納して持ち運べば、遠く離れた場所で小屋を出し、イーシャとその母を休ませる事が出来る。
後はイーシャとその母親が何処まで歩けるかだけど、……此れももう運んでしまおう。
小屋を収納に放り込み、目を丸くするイーシャとその母に、決して驚いて逃げないように注意してから、僕はぽっかりと空いた小屋の跡地に手を翳す。
僕と彼女には繋がりがあった。だから喚べば、必ず聞こえる。
翳した手に力を集めて、
「来たれ冥府の守り手、底無し穴の霊、三つ首の獣よ。汝の名は、そう、おいで、ベラ!」
僕は彼女に呼びかけた。
魔力が高まり渦を巻き、其の姿は現れる。
牛を上回る巨体に、三つの首。
少し久しぶりで、ちょっと前までは毎日を共に過ごした懐かしい姿。
ケルベロスのベラは僕の呼び掛けに応じ、この世界へと現出した。
はしゃいだ様子で飛び掛かって来るベラの巨体を、僕はがっちりと受け止め撫でまわす。
嬉しい、嬉しい、涙が出そうだ。
でも其れはベラも同様だったみたいで、僕の身体に三つの頭を必死に擦りつけて来る。
けれども、再会に時を忘れそうになったが、何時までもこの場には居られない。
「二人とも、このケルベロスはベラ。大丈夫だから安心して。ベラ、この二人が今の僕の召喚主とその母親だ。多分朝になったら追手が掛かる状況で、説明すれば長いんだけど、二人を乗せて移動して欲しい」
詳しい説明を省いても、頷き、乗り易いように地に身体を伏せるベラ。
イーシャとその母は少し戸惑う様子だったが、僕の手招きに覚悟を決めたのか、その背中に跨った。
善し、此れでこの場を離れられる。
僕より強いベラが居れば、大体の事は切り抜けれるだろう。
ただし其れにより問題も一つ発生した。
大食いのベラと一緒だと、遠からず手持ちの食糧が足りなくなる。
狩りで賄うにしても、出来る限り早く拠点を決めねばならない。
情報を集め、教会の動きを知る事だって必要だ。
座標さえわかれば門魔法で移動出来るので、先程の村から少しずつ活動範囲を広げよう。
でも兎に角今は少しでも遠くへ。
「さぁ行こう。二人は疲れてるだろうから、寝れそうだったら少し寝てね。後で小屋を出せる場所を見付けたら、改めて其処で休憩を取るから」
ベラと並んで森の中を進む。
勿論進行方向は村とは逆方向で、森の奥。
世界に満ちる魔力の少なさから考えて、恐らく魔獣の類も少ない事が予想されるが、それでも深い森の中では何が起きるかわからない。
だが隣をベラが歩いている今、不安を感じる必要は全く無かった。
僕を傷つけれる存在はこの世界には少ないだろうが、其れでもイーシャとその母を守れるかどうかは別の話だ。
でもベラは僕より遥かに誰かを守る事にも長けている。勿論戦う事も同様だけど。
最初は不安げにしていたイーシャとその母だったが、矢張り体力的には限界だったのだろう、糸が切れたかの様にベラの背中に突っ伏して眠っている。
ケルベロスであるベラの背中はとても暖かく、風邪をひく心配が無い。
そしてベラはそんな二人を落とさない様、器用に体勢を調整しながら先へと進んでいた。
僕は道中の暇潰しに、此れまでの経緯をベラに語る。
語り始めて暫くして、イーシャの母親が寝たふりをしながら僕の語る内容に耳を傾けている事に気付いたが、まあ別に其れは良いや。
勿論其れは彼女にしても気になる所だろう。
イーシャと僕の交わした契約は、我ながら酔狂な内容にしたものだと思うけど、ベラはまるで相変わらずだとでも言うかの様に、小さく吠えて相槌を打ってくれた。
歩くこと十時間弱、と言っても僕とベラの歩行速度は、喋りながらでもかなり早い。
並の人間なら、数日は掛かるだろう距離を稼ぐ事は出来た。
寧ろ普通の神経の人間ならば、この深さまで森に侵入はしない。遭難する事間違いなしの深度なのだ。
そして勿論休憩が終われば、未だ更に森の奥へと進む心算である。
丁度見つけた開けた空間に、僕は収納から小屋を展開しながら思う。
この小屋、本当にボロい。
グラモンさんの塔程とは言わないけれど、時間を見付けてもっとマシな建物を作る事を、僕は心に決める。
まあだが取り敢えずは無事に助け出して、そして逃げ切った事を喜ぼう。
「悪魔様、助けていただき本当にありがとうございます。……そして厚かましいお願いではあるのですが、私にも魔術をご教授願えないでしょうか」
小屋に入った僕の前で、地に額を擦り付けて願い出て来たのは、イーシャの母親だった。
其の姿に、僕は思わず顔を顰める。
いや別に魔術を教える位は構わない。
何せ僕は大魔術師グラモンさんの弟子にして彼の知識を継ぐ者なので、他者への魔術の手解きも容易い事だ。
「娘さんの前でそんな事しなくて良いですよ。勿論教えるのは構いませんが、そのお願いの仕方だと、さっき寝たふりしてたのバレますよ」
しかし、そう、親が子の前で取る態度としては、些かやり過ぎだと思ってしまう。
僕が笑顔を浮かべて手を差し伸べると、イーシャの母も笑顔で僕の手を取った。
「あとそんな事して汚れると、また丸洗いしますからね」
勿論、彼女の笑顔が固まったのは言うまでも無い。
何にせよ此処から暫くはイーシャとその母、僕とベラの、四人の生活が続く。
前途は多難そうだけど、この世界でも前の世界と同じく、楽しく幸せな思い出を作りたいと心から思った。
しかし今回が初となるイーシャの母は驚いた様で、咄嗟に抵抗しようとしたが、僕の手から逃れる事は叶わず、やがて大人しくなる。
抵抗の仕方も、そして諦め方もイーシャにそっくりで、僕は其処に親子らしさを感じたけれど、……でも駄目だ。
同じ反応って事は、イーシャの母も僕に最初に丸洗いを受けたイーシャと同じ勘違いをしているのだろう。
『助ける代わりにへっへっへっ』って奴だろうか?
しないなぁ……。
乾かしながら誤解を解けば、イーシャの母は頬を染めてうつむき、そしてイーシャは何故だかニヤニヤしていた。
勘違いをしていた母親の姿が面白いのだろうけど、でもイーシャだって同じ勘違いをしていたのだ。
他人の事は笑えないと思う。
……さて、身も綺麗にしたし、本来ならば彼女達を休ませてあげたい。
しかし朝になって空の牢を見たならば、あの司祭は手勢を連れて間違いなくこの小屋を捜索に来る。
処刑を宣言しておいて逃げられましたでは、教会は兎も角、司祭の面目は丸潰れだからだ。
娘と合流したと考え、この小屋と、その周辺を探るだろう。
故に彼女達の体力が限界である事は理解しているが、朝が来る前にこの小屋を離れ、安全が確保できる場所へと移動せねばならない。
僕の言葉に、イーシャの母は理解を示して頷くが、それでも矢張りその顔に疲労の色は濃かった。
小屋の荷物は収納に放り込むとして、……ん、いや、小屋ごと収納に放り込もう。
収納魔術、もとい僕が使うなら収納魔法だが、此れは本当に規格外の術だ。
教えてくれたアニーには幾ら感謝しても足りない。
小屋ごと収納して持ち運べば、遠く離れた場所で小屋を出し、イーシャとその母を休ませる事が出来る。
後はイーシャとその母親が何処まで歩けるかだけど、……此れももう運んでしまおう。
小屋を収納に放り込み、目を丸くするイーシャとその母に、決して驚いて逃げないように注意してから、僕はぽっかりと空いた小屋の跡地に手を翳す。
僕と彼女には繋がりがあった。だから喚べば、必ず聞こえる。
翳した手に力を集めて、
「来たれ冥府の守り手、底無し穴の霊、三つ首の獣よ。汝の名は、そう、おいで、ベラ!」
僕は彼女に呼びかけた。
魔力が高まり渦を巻き、其の姿は現れる。
牛を上回る巨体に、三つの首。
少し久しぶりで、ちょっと前までは毎日を共に過ごした懐かしい姿。
ケルベロスのベラは僕の呼び掛けに応じ、この世界へと現出した。
はしゃいだ様子で飛び掛かって来るベラの巨体を、僕はがっちりと受け止め撫でまわす。
嬉しい、嬉しい、涙が出そうだ。
でも其れはベラも同様だったみたいで、僕の身体に三つの頭を必死に擦りつけて来る。
けれども、再会に時を忘れそうになったが、何時までもこの場には居られない。
「二人とも、このケルベロスはベラ。大丈夫だから安心して。ベラ、この二人が今の僕の召喚主とその母親だ。多分朝になったら追手が掛かる状況で、説明すれば長いんだけど、二人を乗せて移動して欲しい」
詳しい説明を省いても、頷き、乗り易いように地に身体を伏せるベラ。
イーシャとその母は少し戸惑う様子だったが、僕の手招きに覚悟を決めたのか、その背中に跨った。
善し、此れでこの場を離れられる。
僕より強いベラが居れば、大体の事は切り抜けれるだろう。
ただし其れにより問題も一つ発生した。
大食いのベラと一緒だと、遠からず手持ちの食糧が足りなくなる。
狩りで賄うにしても、出来る限り早く拠点を決めねばならない。
情報を集め、教会の動きを知る事だって必要だ。
座標さえわかれば門魔法で移動出来るので、先程の村から少しずつ活動範囲を広げよう。
でも兎に角今は少しでも遠くへ。
「さぁ行こう。二人は疲れてるだろうから、寝れそうだったら少し寝てね。後で小屋を出せる場所を見付けたら、改めて其処で休憩を取るから」
ベラと並んで森の中を進む。
勿論進行方向は村とは逆方向で、森の奥。
世界に満ちる魔力の少なさから考えて、恐らく魔獣の類も少ない事が予想されるが、それでも深い森の中では何が起きるかわからない。
だが隣をベラが歩いている今、不安を感じる必要は全く無かった。
僕を傷つけれる存在はこの世界には少ないだろうが、其れでもイーシャとその母を守れるかどうかは別の話だ。
でもベラは僕より遥かに誰かを守る事にも長けている。勿論戦う事も同様だけど。
最初は不安げにしていたイーシャとその母だったが、矢張り体力的には限界だったのだろう、糸が切れたかの様にベラの背中に突っ伏して眠っている。
ケルベロスであるベラの背中はとても暖かく、風邪をひく心配が無い。
そしてベラはそんな二人を落とさない様、器用に体勢を調整しながら先へと進んでいた。
僕は道中の暇潰しに、此れまでの経緯をベラに語る。
語り始めて暫くして、イーシャの母親が寝たふりをしながら僕の語る内容に耳を傾けている事に気付いたが、まあ別に其れは良いや。
勿論其れは彼女にしても気になる所だろう。
イーシャと僕の交わした契約は、我ながら酔狂な内容にしたものだと思うけど、ベラはまるで相変わらずだとでも言うかの様に、小さく吠えて相槌を打ってくれた。
歩くこと十時間弱、と言っても僕とベラの歩行速度は、喋りながらでもかなり早い。
並の人間なら、数日は掛かるだろう距離を稼ぐ事は出来た。
寧ろ普通の神経の人間ならば、この深さまで森に侵入はしない。遭難する事間違いなしの深度なのだ。
そして勿論休憩が終われば、未だ更に森の奥へと進む心算である。
丁度見つけた開けた空間に、僕は収納から小屋を展開しながら思う。
この小屋、本当にボロい。
グラモンさんの塔程とは言わないけれど、時間を見付けてもっとマシな建物を作る事を、僕は心に決める。
まあだが取り敢えずは無事に助け出して、そして逃げ切った事を喜ぼう。
「悪魔様、助けていただき本当にありがとうございます。……そして厚かましいお願いではあるのですが、私にも魔術をご教授願えないでしょうか」
小屋に入った僕の前で、地に額を擦り付けて願い出て来たのは、イーシャの母親だった。
其の姿に、僕は思わず顔を顰める。
いや別に魔術を教える位は構わない。
何せ僕は大魔術師グラモンさんの弟子にして彼の知識を継ぐ者なので、他者への魔術の手解きも容易い事だ。
「娘さんの前でそんな事しなくて良いですよ。勿論教えるのは構いませんが、そのお願いの仕方だと、さっき寝たふりしてたのバレますよ」
しかし、そう、親が子の前で取る態度としては、些かやり過ぎだと思ってしまう。
僕が笑顔を浮かべて手を差し伸べると、イーシャの母も笑顔で僕の手を取った。
「あとそんな事して汚れると、また丸洗いしますからね」
勿論、彼女の笑顔が固まったのは言うまでも無い。
何にせよ此処から暫くはイーシャとその母、僕とベラの、四人の生活が続く。
前途は多難そうだけど、この世界でも前の世界と同じく、楽しく幸せな思い出を作りたいと心から思った。
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