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第二章『泥に塗れた少女』
14 静かな湖畔の、何も無い一日
しおりを挟む森の中を僕とベラ、そしてベラの背中に跨ったイーシャとトリーが行く。
普段の狩りでは森に出るのは僕とベラだけなのだが、今日はイーシャとトリーが薬草の採取をしたいと言い出したのだ。
其処で僕は、魔術訓練も、地図の拡大も今日は休み、皆で一日森に出かける事にしたのである。
丁度良い機会だった。
安全の為とは言え人里離れた場所に避難して、尚且つ拠点に籠りっぱなしでは気も滅入るだろうし、気分転換はきっと必要だろう。
この辺りは普通の人間が歩くには些か以上に険しい為、今はイーシャとトリーはベラの背中に乗っている。
だがもう少し進めばちょっとした大きさの湖に辿り着くので、其処でなら歩き回っても平気な筈だ。
恐らく薬草の採取も出来るだろうし、森の湖なんて、弁当を持ってのピクニックには丁度良い。
「うわぁ、凄いっ」
草木が覆う茂みを抜けると、開けた空間、そう、湖の畔に出た。
湖面が光を反射する様に、イーシャの口から歓声が零れる。
訴えかける様に此方を見る彼女に、僕は少し苦笑いを浮かべつつも、一つ頷く。
破顔し、満面の笑みを顔に浮かべたイーシャはベラの背を飛び降りて湖へと走る。
そんな娘の様子にトリーが慌てて後を追う。
まあ確かに、この湖には色んな動物が水を飲みに来るし、また水は澄むとは言え、中に何かが潜まないとは限らない。
……でもまあ僕かベラが付いていれば大抵の事は何とかなるけれど。
ジャボンと湖の真ん中の方で何かが跳ねた。
魚だ。……でもあれ全長何m位あるんだろう?
人間なら、特に小柄なイーシャ程度なら軽く丸呑みにしそうな巨大魚だった。
大慌てで、湖に向かっていたイーシャとトリーが戻って来る。
あの巨大魚に驚いたらしい。
でも大丈夫だ。
「頭が良い相手はベラが傍に居たら襲って来ないし、逆に頭の悪い相手がベラの隙を突くのは無理だから、離れ過ぎなかったら安心して遊んでて大丈夫だよ」
高位魔獣ケルベロスであるベラと他の生き物では、スペックに大きな隔絶がある。
身体能力も感覚も知能も、並大抵の相手じゃ及びもつかない。
攻防どちらにも長けたベラと対等にやり合おうと思うなら、竜クラスの敵を持って来なければ不可能だ。
しかしそんな事はさて置き、あの巨大魚は一寸凄い。
大きな魚は味も大味だと言うけれど、でもマグロなんかは大きいと凄い値段になるって聞いた事がある。
ちょっと捕まえてみようかな。
イーシャとトリーは水辺で少し遊んでから、薬草の採取をするとの事なのでベラに任せて、僕は靴を脱ぎ、湖面を徒歩で歩き出す。
右足が沈む前に左足を、なんて特殊技術では無く、単に何時もの霊子操作で足が水に沈まない様にしているだけだ。
目指すは湖の中央に在る小島だ。
丁度湖の中央に在る小島なんて、ちょっと探索心をくすぐられる。
途中でさっきの巨大魚が僕を丸呑みにしようとして来たら、その時は逆に捕獲する心算だった。
中央の小島への散歩は順調で、……順調過ぎて少し残念だ。
時折遠巻きに此方の様子を伺う様な気配は感じるのだが、襲って来ない。
指先で湖面をツンツンと突き、振動を起こして誘ってみたら気配は逆に一目散に遠のいて行く。
ちょっと臆病過ぎだと思う。
とは言え巨大魚が捕まえられない事以外に文句は無い。
日差しはきついが、湖面近くの空気は冷えていて心地良かった。
僕は悪魔だから極寒でも灼熱でも問題無く過ごせるが、元人間としての記憶があるので、やはり人間にとって心地良い環境の方が好ましく思えるのだ。
湖面もキラキラと輝いて神秘的、そう、僕が言うのもおかしいだろうが、神秘的に感じる。
そして辿り着いた小島には、古くて小さな祠と像があった。
紛れもない誰かの手に依って作られた物で、其の事に僕は少し驚く。
此処は人里から遠く離れてて、並の人間が来れる場所じゃないのだ。
其れとも以前はこの近くにも人の住まう場所があったのだろうか?
それとも或いは、人では無い知的生物が存在したのかも知れない。
森の奥に住まう民と言えば、エルフ等が思い浮かぶ。
そう言えば以前の世界では、結局出会う事は無かったが異種族自体が存在するとは聞いていた。
なら此の世界にも異種族が居る可能性はあるだろう。
……でも居たら教会に弾圧されたり、残酷に狩られてそうだから、居なくて良いかな。
余計な悲劇は見たくないし。
まあ何にせよ、この小島に誰かが訪れるのは久しぶりである事は間違いが無い。
僕は祠と像に向かって手を翳すと、先人への敬意を込めて、水魔法と殺菌魔法で汚れを落として行く。
この世界の神、あの教会の祀る神への印象は最悪だが、此処に祀られる存在は別である。
どこかの誰かが大切にしたものなら、其れには敬意を払いたい。
尤も久しぶりの来訪者が悪魔である事は、祀られてる存在には少しばかり申し訳ないけれども。
何時かまた、この辺りにも人が住む様になったなら、再び発見される様に願っておこう。
祠と像を清め終わり、振り返れば、湖の向こう側でイーシャが大きく手を振ってるのが見える。
ああ、もうそろそろ昼の時間だ。
小島へ来るときは徒歩だったが、ゆっくり帰って彼女達を待たせるのも悪い。
僕は霊子を操って背中に翼を出現させて、羽ばたき空へと舞い上がった。
昼を食べ、空が朱に染まるまで湖畔でのんびりと過ごし、そして僕等は拠点に変える。
特に何も無い一日。だけど心は休まった。
また休みたくなったら皆で此処に来るとしよう。
前に歩まず座って休む日があるからこそ、僕等は倒れずに進んで行けるのだ。
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