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第三章『年を経た友』
24 魔術協会の暴走
しおりを挟む門魔法で飛んだ先、嘗てグラモンさんの塔があった場所は、当然だけど荒れ果てていた。
あれから何十年もたっているのだから無理は無い。
正確な時はわからないけど、アニーに孫が居る位なんだから何十年かの筈だ。
でも荒れ果ててはいても此処は確かに僕の思い出の場所で、面影はそこかしこに存在する。
……まあしかし、今は懐かしがってる時じゃない。
怪我の治療はしたと言っても、アニーも、その孫のレニスも体力は消耗している様子だった。
先ずは彼女達が休める場を用意しなきゃならないだろう。
何せ勝手知ったる場所だ。遠慮は要らない。
僕は森に目をやると、パンパンと手を打ち鳴らし始める。
一つ手を叩く度、木が地から抜けて浮かび上がり、根や枝が落とされ、更に水気も抜かれ、最後にズバズバと切れば、立派な木材の完成だ。
流石に釘は用意出来ないので、組木細工の様に木材を加工して組み合わせて行き、数分で木造の小屋が完成した。
と言ってもあくまで此れはガワだけで、窓もないし、雨風を凌ぐ為だけの物でしかない。
毛布は収納に入っているから、……まあ事情を聞いた後は彼女達を休ませる事位は出来るだろう。
僕は茫然としてるレニスと、何故か呆れた様に僕を見るアニーを振り返り、
「さぁどうぞ、何も無い場所ですが、よろしければ寛いでください」
彼女達を新しい小屋へと招き入れた。
「レプト君凄く成長したのね。以前とは比べ物にならないわ」
小屋の中を見回し、アニーは感心した風に、でもやっぱりどこか呆れた様子で嘆息する。
アニーが知ってる頃の僕は成り立ての下級悪魔だったのだから、それと比べられれば成長して当然だと言う気はするけれど。
「まぁ色々あったしね。話しても良いけど、でも出来れば今の状況と、それからアニーが僕に何を望むのかを先に聞きたいな」
毛布を取り出し木の床に敷き、彼女達に其処に座る様勧めながら、僕は問う。
そう、先ずは其れが大事な事だ。其れが終われば、二人には一旦休んで貰える。
僕の話なんて後から幾らでも出来るのだから。
「そう、ね。何から話せば良いのか迷うのだけど……、あの後、グラモンさんの塔が消えた後、国々と魔術協会の間に戦争が起きたわ」
時折言葉に詰まりながら、或いは思い出した内容に顔を顰めながら、アニーの話は続く。
戦いは長く続いたが、しかし常に魔術協会が有利な状態にあったと言う。
確かに総兵力は国々の方が圧倒的だが、魔術協会は多くの実力者が生み出した魔術を外部に公開せずに溜め込んでおり、魔術戦での絶対的なアドバンテージを有していたからだ。
戦いが長引いた理由は、単純に勝利はしても、戦いを終わらせれるだけの人的資源が不足していたからである。
戦争は意見の相違で始まり、双方の意見が合致すれば終わる物だ。
勝者が相手に従えと言い、敗者が此れ以上の損害が許容出来ないので勝者に従う、と言った具合に。
会戦で勝利はしても、敵地を占領したり、相手と話し合うだけの人材が居なければ、そりゃあ延々と戦う事にもなるだろう。
魔術協会所属の魔術師の多くは、他者を支配したり、或いは話し合うよりも魔術研究の時間の確保を貴ぶが故。
ただそれも降伏した国家の魔術師が、国の管理から解放された事で解決する。
正確には解決してしまう。
解放された魔術師達は、自分達が支配された事を忘れなかった。
更に任された役割が敵地の占拠と支配なのだから、立場の逆転にさぞや彼等は歓喜した事だろう。
そして魔術協会が、戦いを挑んで来た国々の全てを屈服させた後、その問題は表面化する。
勝利とは極上の蜜で、また心を侵す毒だ。
魔術師達は勝利の後、魔術師こそが上位者であるとして全ての人間を支配すると言い出した。
一部の良識ある魔術師、特に魔術協会に元々いた古参達は反対の声をあげるが、しかし多数派の意見は強く、其れを押し流してしまう。
「そこからは地獄ね。魔術協会と戦争をしていたのは大陸の西半分だけど、その後彼等は東半分の国々にも戦争をふっかけるの。漸く戦いが終わったばかりだったのに……」
アニーの声は悲哀に満ちていたが、僕はまぁ、そうなるのも何となくわかる。
戦いが長く続けば、その戦いに携わって生活を成り立たせる人間が出て来るし、戦う事で得た立場や発言力は、戦いが終わればどうしても弱くなるのだ。
だから戦いは終わらせる事の方が難しい。
双方疲弊しての体力切れでの終戦なら兎も角、政治能力の無い魔術協会が普通に勝利したのでは、そりゃあ終わらないだろう。
特に解放された魔術師達が舞い上がってしまったなら尚更だ。
「更に戦いに反対する魔術師が、戦いを望む魔術師達に襲われる様になって、……私と孫も狙われたのよ」
つまりアニーとレニスの二人は戦争に反対していたのだろう。
アニーの腕と働きなら、間違いなく魔術協会内での地位はあっただろうに、其れを襲うとなると相当だ。
うーん、どうしよう?
「状況は理解したけど、相当酷いね。でもその上で聞くけど、僕にどうして欲しいの? 未だ無事な東の国に逃げるか、人の来ない場所を切り開いて隠れ住む。或いは魔術師を片っ端から薙ぎ倒す?」
話が止まった所で、僕は問う。
大事なのは其処だった。
僕にとって大事なのは、この世界の行く末ではなくアニーと、彼女が大事に想うであろう孫のレニスだ。
確かに此処は思い出の世界ではあるけれど、優先度は比べ物にならない。
「……時間を貰っても良いかしら? 正直自分はもう駄目だと思ったから孫を託そうとレプト君を呼んだのよ。まさか私が助かって、それからどうしたいなんて考えても無かったの」
アニーの言葉に、僕は頷く。
彼女達にとって、今の状況は予想だにしなかったものなのだろう。
なら二人で相談すれば良い。
僕は再会したアニーを助けられただけで、今日は充分に嬉しかった。
「なら二人で話すと良いよ。其れからゆっくり休んで。僕は外で色々してるから、明日になったらまた来るね」
そう言い、背を向ける。
けれどもそんな僕を呼び止めたのは、
「ちょっと待って。ねぇ貴方、一つ聞かせて」
驚いた事にアニーの孫のレニスだった。
一体なんだろう?
レニスは悪魔である僕の事を警戒している風だったので、ちょっと驚く。
「最初に、助けてくれて有り難う。ずっと言えなくてごめんなさい。それから、あの、貴方、レプトってあのレプトなの?」
僕はレニスの御礼には頷き、そして続く言葉に首を傾げる。
あのって何だろう、あのって。
眉根を寄せて考えてみても、心当たりは特にない。僕この世界で何か悪さしたっけ……?
「あのアークウィザード・グラモンと数々の魔術を共同発表した、重力魔術のレプトかって聞いてるのよ!」
何故かちょっと顔を赤らめ、強い口調で言うレニス。
言葉足りずにも程がある。
でも、あぁ、懐かしい事を持ち出されて、僕は得心が行くと同時に思わず笑みを浮かべてしまう。
それにしてもグラモンさん、アークウィザードなんて呼ばれてたのか。
「名前だけね。僕はアイディア出しただけで、実際に魔術を形にしたのはグラモンさんだよ。重力魔術か、懐かしいなぁ」
本当に懐かしい。
重力魔術、僕が使う場合は重力魔法だが、これは今でも僕の得意技だ。
薄く広範囲にかければ速度を落とすデバフに、集中してかければ捕縛にと、非常に使い勝手が良い。
「本当にそうなのね! 重力魔術はアンダーラモン会戦で大規模使用されて、此の魔術が無ければ魔術協会は負けていたとさえ言われているわ。他にも殺菌魔術は高級料理の新たな境地を切り開いたとされて、それでね!」
怒涛の様に喋り出すレニスに、思わず面食らう。
何この子。魔術オタクなの?
ちらりとアニーに視線をやれば、彼女も苦笑いを浮かべていた。
「レニス、落ち着きなさい。レプト君が困って居るわ。魔術の話は後日にしましょう? 大丈夫、彼はグラモンさんの弟子なのだから、きっと色んな話をしてくれるわ」
レニスを窘める様に言いながらも、何故か後日のハードルを上げて来るアニー。
だがグラモンさんの名前を出されては、彼の知識を継ぐ者としては退く訳には行かない。
しかし今日の所はお預けだ。
「そうだね、其れはまた後日。じゃあ二人とも、ゆっくり相談して、でもちゃんと休んでね。おやすみ」
そう言い、僕は外に出る。
夜空には相変わらず七つの月が輝いていて、僕は思わず目を細めた。
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