転生したら悪魔になったんですが、僕と契約しませんか?

らる鳥

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オマケの章2

86 鋼を捨てたドワーフ(前)

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 ドワーフ。
 妖精の一種である世界もあれば、亜人として暮らす世界もあるが、おおよそどの世界でもその名を冠する種族は、高度な鍛冶や工芸の技術を持つ。
 或いは単に技術を持つだけでなく、物造りに魂を掛ける種族だと言っても過言ではなかったりもする。
 今回僕が呼ばれた世界もそんな鍛冶キチなドワーフが居る世界なのだけれども……。

「オメェさんが導きの悪魔って呼ばれるレプトか。頼む、オレが世界一の料理人になる手伝いをしてくれ!」
 僕を呼び出した召喚主、僕よりも大分背は低いのに腕や足の太さが僕の頭部位はありそうな、ずんぐりむっくりでガッチリとした身体のドワーフは、開口一番そう言った。
 そして提示した対価は、彼が此れまでの人生で最も愛用した品であるミスリルのハンマーと、此の先の人生で決して鍛冶をしないと言う誓い。
 確かに鍛冶狂いのドワーフが、一生涯鍛冶をしないと誓って差し出す愛用のハンマーなら、対価としての価値は充分にある。

 けれども其れは、鍛冶の腕こそが序列を決める此の世界のドワーフの社会では、死んだも同然の扱いを受ける事に他ならない筈。
 僕は目を閉じ、少し思い悩む。
 今回の此れは名指しの召喚だった。
 伊達や酔狂で頑固なドワーフが悪魔召喚なんて物に手を出す筈が無いし、何より鍛冶を手放すなんて口にはしない。
 其れなり以上に、確りとした覚悟があってこそ、彼は僕を呼んだのだろう。
「……でも其れでも聞かせて欲しい。『鋼』の二つ名を与えられる程の鍛冶師が、何故その腕を封じてまで料理人を目指すの?」
 覚悟を疑うかの様な僕の問いに、しかし彼は、良くぞ聞いてくれたとばかりに笑みを浮かべて、その経緯を話し始める。


 鍛冶狂いのドワーフの中で、尚も『鋼』なんて二つ名を冠する鍛冶師だった彼、ヴォーン・ヴォーンは、鍛冶場に籠るばかりでなく、良い素材を得る為ならピッケルを担いで走り出す位に鍛冶を愛していたそうだ。
 けれども其れが祟ってか、ある日、ヴォーンは行き倒れてしまう。
 其の時の彼は、まあ其れは其れで満足してたらしい。
 手に入れたばかりの素材を試せない事は残念だったが、其れでも鍛冶への情熱を燃やしながら生きて来て、傑作と呼べる品も幾つも完成させたので、自分が死んでも其れ等が残れば満足だった。

 しかし如何なる運命の導きか、ヴォーンは偶然通りがかった旅人にその命を救われる。
 ヴォーンは芳しい匂いに鼻をくすぐられ、目を覚ます。
 すぐ傍を見ればローブを纏った旅人が、焚火にかけた鍋をグルグルと混ぜ棒でかき混ぜていた。
 咄嗟には状況を掴めなかったヴォーンだが、だが彼よりもお腹の方が状況把握は早かった様で、ぐぅと大きな音を鳴らして、其れで旅人はヴォーンの目覚めに気付く。
 口元に笑みを浮かべた旅人は、木の皿に鍋からスープをなみなみとよそい、ヴォーンの前に差し出した。
「どうぞ、温まりますよ。其れを食べて見て、もし食べれそうならパンも出しますから」

 ヴォーンはスープの放つ強烈に食欲をかき立てる香りに、礼を言うのも忘れてスープを口に運んだ。
 スープを口に含んだ瞬間に彼の身体中を駆け巡った衝撃の正体は、感動。
 思えばそれまでヴォーンは、食事に関しては単なる栄養補給か、或いは酒を飲む際の肴位にしか思っていなかった。
 だがこのスープは其れまでの彼の価値観を塗り替えるかの様に、たった一口飲んだだけで身体中に染み渡り、震える程の喜びを与えてくれる。
 気付けば皿は空になり、ヴォーンは旅人に頭を下げていた。
 どうか此のスープの作り方を教えて欲しい。
 自分と同じく、食事なんて栄養補給か、酒の友位にしか思っていない同胞達に、この感動を与えたいと。

 そんなヴォーンに旅人は笑みを深め、
「ちょっと教えて貰った片手間で簡単に同じ味が出せると思わないで下さい。貴方だって私がミスリルの剣を打ちたいからやり方を教えてって言ったら、何言ってんだ素人が! って思うでしょう?」
 あっさりと頼みを拒絶する。
 強い拒絶に面食らったヴォーンだったが、けれども言われてみれば確かにそうだ。
 自分の発言は、相手を職人として軽く見た発言と取られても仕方がない。
 だからヴォーンの迷いは一瞬だった。
「わかった、ならオレは『鋼』の名を捨てて鍛冶を止めて料理人を目指す。如何かアンタの弟子にしてくれ!」

 流石にヴォーンのその発言は旅人を驚かせる。
 何せドワーフの二つ名は、ドワーフの国から直々に送られる物で、しかも金属の名が付いてる鍛冶師なんてのは本当にドワーフの国でも一握りのTOPだけだからだ。
 当然そんなにホイホイその場のノリで捨てれる名前なんかじゃない。
 でもだからこそヴォーンの本気は旅人にこれ以上無い程伝わった。
 苦笑い混じりに差し出された旅人の手を、ヴォーンは硬く握る。

 旅人の名前はメイヨン・コブソン。
 新たな味の研究の為に流浪する、人間の世界では伝説的な料理人だった。
 其れからおよそ十年、ヴォーンはメイヨンと旅をして料理を学び、独り立ちを許される。
 此れからは師弟で無く、切磋琢磨するライバルとして、三年に一度は落ち合って料理の腕を確かめ合おうと約束をして。


 そしてその約束の三年に一度の再会が半年後に迫っていて、その際に何の料理を披露するかが、今のヴォーンの悩みなんだそうだ。
「つまりその時の料理勝負に勝てば世界一の料理人って事で良いの?」
 満足そうに思い出話を語り終えたヴォーンに僕は問う。
 個人的には面白そうな依頼だとは思うけれど、其れでもハッキリさせておくべき問題は幾つかあった。
 先ず一つ目は、僕は確かに何千年ってレベルで料理をしてるから其れなりに腕には自信がある。
 でも其れはあくまで家庭料理をって話であり、プロの料理人とは違うのだ。
 別の世界の料理の知識だってあるから、手伝い位なら役に立てない事は無いとは思うのだけれど、其れもヴォーンが求める事次第だろう。

 次に、僕にとってはこっちの方がより重要なのだが、どうすれば契約が達成となるかが決まってないのは非常に困る。
 目標が見えなければ、其れに向かっての道筋も見えない。
「あ? あー、世界一なんてのはな、自分が世界一って思った時が世界一なんだ。……が、確かに其れだとオメェさんも困るよな」
 非常にドワーフらしい果ての無い答えが返って来掛けたが、僕の表情にヴォーンも察したのだろう。
 例えヴォーンの寿命が尽きるまで付き合い、彼が満足した死を迎えたとしても、世界一になってと思ってくれなければ僕は契約を果たせないのだ。
 勿論ヴォーンだって一生涯鍛冶を行わないって誓いをするのだから、一つの料理を完成させて契約終了ってのは不満があって当然だと思うが、僕だって失敗って結果にはなりたくない。

「じゃあオレが死ぬか、或いは世界一になったって思えるかって条件ならどうだ?」
 まあ妥当だと思われる条件が提示されたので、僕も漸く安心して頷ける。
 なら契約相手であるヴォーンが一つ譲歩を見せてくれた事だし、僕も自分の料理を彼に見て貰うとしよう。
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