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オマケの章3
99 悪魔と妖精
しおりを挟む奥深い森を僕は元妖精、今は高位なのに小悪魔な、ピスカを頭の上に乗せて、彼女の案内に従って歩いている。
ふと後頭部に気配を感じ、サッと魔法の手で掴んで見てみれば、其処にはジタバタともがく半透明の妖精が居た。
どうやらブギーマンの類らしい。
今の僕は悪魔としての気配を出来る限り抑えている為、悪戯で後ろ髪を引っ張ろうと現れたのだろう。
もがく様が余りに哀れで、急ぎ解放してやれば、妖精は此方にあかんべーをしてから離れて行く。
可愛らしくも生意気な態度に、僕は思わず苦笑いを浮かべる。
「レプト様ごめんねー。皆、レプト様が珍しいみたい」
そう言いながら、ピスカは頭の上から手を伸ばし、ぺちぺちと僕の角を叩く。
僕は悪意が無ければ多少の悪戯に怒りはしないし、そもそも其の気になれば妖精の悪戯を止める事位は容易い。
しかし問題は、誰もがそんな風に妖精の悪戯程度と笑っていられる訳じゃないのだ。
例えばチェンジリング、妖精が気に入った人間の子供を浚い、其の子の代わりに妖精の子を置き去りにする行為がある。
妖精からすれば気に入った子供を可愛がりたいだけなのかも知れないが、愛しい我が子を浚われ、別物にすり替えられた人間の親からしたら到底悪戯では済まされない。
悪意が無い分余計に、何故それが行けない事なのかを理解しない妖精はとても厄介な存在だった。
今回、此の世界の妖精達が危機に瀕し、その解決の為に呼び出されたのは、僕じゃ無くてピスカだ。
ピスカは元妖精と言う事もあって、妖精達とは相性が良いし、その独特の思考にも理解が及ぶ。
だがピスカは目の前の問題は解決出来ても、彼女だけでは根本的な解決は不可能だと考えたが故に救援を求め、僕がそれに応じたのである。
黙々と歩く事暫く、不意にザァッと森が開けた。
森の中にぽっかりと空いた円形の広場。
妖精の輪、フェアリーサークルと呼ばれる場所だろう。
そしてその中央に、薄っすらと燐光を纏う、他の妖精よりもずっと大きい、人間サイズの女が一人。
アレが今回のピスカの召喚者である妖精女王か。
僕が一歩妖精の輪の中に足を踏み入れれば、森の中で息を潜めていた妖精達も一斉に輪の中に飛び出して、光を放ちながら踊り始めた。
うわぁ、鬱陶しい。
人間なら見惚れてしまうだろう幻想的な光景だが、悪魔である僕には然したる感慨を呼び起こさない物だ。
名目上は一応歓迎してるのだろうけれど、だからって僕に触ろうと突撃して来るのは厄介だった。
風の魔法でふんわり受け止めては、ポイっと其処らに捨てるのだが、其れが面白いのかめげずにまた向かって来る。
何が鬱陶しいかと言えば、僕が少しでも力加減を誤れば、こんな妖精はぷちっと潰れてしまう事なのだ。
ぼんやりしてる所にぶつかられれば、其れだけで妖精は僕の服の染みになるだろう。
言うなれば今の妖精達は、危険度を理解せずに高所に掛かった吊り橋をぎっしぎっしと揺らして遊ぶ子供の様な物だった。
僕の苛立ちをピスカだけは感じ取っているらしく、懸命に妖精達にやめる様に呼びかけているが、その言葉は彼等の耳に届いていない。
けれども其れも、僕等が広場の中央に辿り着くまで。
言葉の届く範囲に入った所で、妖精女王がサッと手を上げ、妖精達は一斉に散って行く。
「どうやらお客人には我等のもてなしはお気に召さ……ひっ?!」
悠然と、だが何処か悪戯っぽく此方を見て笑っていた妖精女王の表情に、恐怖が走る。
僕が抑えていた悪魔としての気配を解放し始めたせいだろう。
森は揺れ、散った妖精達も怯えていた。
だから僕は気を静めて、もう一度悪魔の気配を抑え込み直す。
其の事に誰より安堵していたのは、僕の頭の上のピスカである。
「ピスカ、今回の件は君のミスだよ。今から来る相手が何であるか、怒らせなくても下手なぶつかり方をするだけでも危険であると、ちゃんと伝えなかった君のミスだ」
しょんぼりとピスカが項垂れているのは見なくても理解出来た。
恐らく周囲を妖精達に取り囲まれて、ピスカ自身も妖精だった頃を思い出し、その雰囲気に取り込まれたのだろう。
仕方ない事でもあるとは思うけれど、其れで僕が加減をミスって妖精達が死んでいたら、辛い思いをするのはピスカ自身だ。
同じ失敗を繰り返す子では無いから、僕はもう其れ以上は言わないけれども。
「さて、妖精の女王よ。行き違いはあったけれども、僕が悪魔王レプトだ。君達の今後に向けての話を、始めさせて貰っても良いだろうか?」
僕の言葉に、少し蒼褪めていた顔色も戻って来た妖精女王は、コクリと一つ頷いた。
妖精とは、人と神の間に位置するとも、精霊や自然の子とも言われる、まあ不可思議な存在だ。
魔物とも違い、竜とも違い、妖怪には大分近いけれどもほんの少し違い、勿論天使や悪魔や神性とも違う。
竜に比べればずっと人に身近な、幻想の象徴と言っても良い。
だからこそだが、人の文明が発達して幻想が次第に失われて行くと、妖精達も徐々に居場所を無くす。
今回の世界では魔術文明を発展させた人間達が妖精に価値を見出し、専門のハンターが次々に妖精を捕らえている。
捕らえられた妖精は閉所に閉じ込めて魔力を吸い上げたり、その身体を磨り潰して薬の材料にされるそうだ。
他にも様々な実験に使われたり、家畜の様に数を増やそうと繁殖を強いられたりしているらしい。
妖精は特殊な力を持つけれど、トロールやスプリガン等の僅かな例外を除けば、決して戦闘に長けた種では無かった。
並の人間なら兎も角、対妖精用の装備や魔術の心得があるハンターには到底太刀打ち出来ないのだとか。
老いとは無縁な分、決して増え易い訳では無い妖精は、此のままでは遠からず滅んでしまう。
故に妖精の女王は、悪魔召喚に手を出し、ピスカを呼び出したのだ。
勿論ピスカなら妖精を狩るハンターを倒し、囚われの妖精等を助ける位は容易い。
しかし目先の事しか考えられない、或いは人間を理解していない妖精なら兎も角、其処から悪魔になったピスカには、其れが一時凌ぎにしかならないと理解出来た。
ハンターを倒し、妖精が囚われた研究所を破壊しても、一度妖精の有用性に目を付けた人間は、必ずもっと大きな戦力を集めて妖精を狩りに来るだろう。
そして其の時には、契約を果たし終えたピスカは既に居なくなっている。
其れでは、妖精の絶滅を僅かに先延ばしにした程度にしかならない。
人間が文明を維持できない位、伝説となって妖精への手出しを禁忌とする位に人間社会を破壊するだけの対価は、妖精女王にも支払えなかった。
ピスカは打開策として、妖精達を魔界の実験区域に移り住ませる、もしくは其処から更に別に住み易い世界を見付ける事を考えたのだが、其れは既に彼女の領分を越えている。
だからピスカは僕を呼んだのだ。
……けれどもピスカには悪いが、此の件はとても悩ましい。
希少な幻獣や竜なら兎も角、妖精は基本的に厄介者である。
受け入れてくれる世界を探すのは、物凄く困難だろう。
つまり僕の魔界に長期間受け入れざる得ない訳だが、今、僕の魔界の実験区域には割りと多種多様な種が生息している。
其処に妖精達を放り込めば、好奇心の赴くままに動き回り、他の種とのトラブルを引き起こす事は想像に難くない。
何せ今でこそ威圧に大人しくなったが、救援に来た僕にさえ好奇心のままに悪戯を仕掛けて来る位に、自重が出来ない種なのだから。
ぶっちゃけて言えば、僕は直接召喚された訳でも無いから此の世界の妖精には義理も思い入れも何にも無いが、……けれども其れでもピスカは可愛い配下だ。
割と上昇志向が強いにも拘わらず、長年真摯に仕えてくれて、何時も全力で慕ってくれるのだから、彼女の願いは叶えたい。
今回の件が無事に為せたなら、世界が違うとは言え、ピスカは元の種である妖精を救った事になる。
謂わば故郷に錦を飾れる心境になるのだろう。
「……まぁ他ならぬピスカが頼んで来た事だからね。実験区域を拡張して、新しく『妖精郷』を創ってあげるよ」
僕は頭の上で未だ少し落ち込んでいるピスカを指で押す。
ピスカは僕のその指にしがみ付き、其れに頬を擦り寄せた。
「でも条件がある。妖精女王も含めて全ての妖精は、ピスカの言葉に従う事。ピスカは妖精達の行動に責任を持つ事。実験区域には他の種も住んでるから、あんまり怒らせる事しないようにね」
多少の事なら笑って流してやる様にと、僕も口添えして置くけれど。
妖精女王も、ピスカが居たからこそ僕が受け入れを決意した事は理解した様子で、深々と此方に頭を下げる。
僕は其れに片手を上げて応え、
「じゃあピスカ、後は捕まった妖精の救出に行こうか。僕も手伝うから、今晩中に片付けるよ」
ピスカと共にふわりと浮いた。
チカチカと、妖精達が光りながら森の中から姿を見せる。
「はーい、じゃあ皆、いってくるね! れっつごー!」
そして僕等はその言葉と同時に急上昇し、森の上空へと飛ぶ。
風の音に紛れる様にピスカが口をもごもごさせてたけれど、悪魔である僕の耳には、其れがお礼の言葉である事は確りと届く。
まあ後は、とても簡単な仕事だ。
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