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オマケの章3
100 天使と正義のヒロイン 無数にある世界の何処かで
しおりを挟む「決めて、エンジェルチャーム!」
マスコットキャラクターであるエンジェこと、私の言葉に、色々と装飾過多なのに露出は多い、所謂魔法少女系のコスチュームを身に纏ったエンジェルチャームが頷く。
そして其れと同時に彼女の持つホーリーシンボルが光を放ち、一振りでスラリと縦長に伸びてロッドと化した。
銃撃ではエンジェルチャームを倒せない事を悟ったか、逃走体勢に入る男達だけど、逃がす訳には行かない。
彼等を裁くのは私達じゃ無く、此の国の法にはなるけれど、捕まえるだけでも早急に行わなければ、更に被害が拡大してしまうから。
そう、今逃げようとしている男達は、此の国では禁止されている違法な、人間を堕落させる薬を密売する組織の構成員なのだ。
「降り注げ裁きの極光、『ホーリー・ジャッジメント』!」
エンジェルチャームの振ったロッドから、悪しき心を討つ上級魔術が放たれ、逃げようとした男達の意識を砕く。
此の戦いの様子はインターネット上にある専門チャンネルで公開されているので、遠からず通報を受けた此の国の治安維持機構の者達が彼等を逮捕に現れるだろう。
けれどもその前に、もう一つやらねばならない事がある。
「やったね、エンジェルチャーム!」
私はマスコットのエンジェとして、そして彼女には、正義のヒロイン、エンジェルチャームとしての役割があるのだ。
「えぇ、私達の勝利よ。世界の平和は、此のエンジェルチャームが守るわ!」
彼女が決めのポーズを取った瞬間、エンジェルチャームのコスチュームの、短いスカートがフワリと捲れそうになったので、私は急いでスカートの中身をカメラから遮る位置に移動して、彼女と同じポーズを決めた。
……私達がこの正義の味方ごっこを始める様になってから、既に半年だ。
「天使様、私、私、もう無理ですぅぅぅぅぅ」
泣き崩れる彼女、天埜・美咲の頭を抱いて、宥める様に撫で続ける。
無理も無い。無理も無いのだ。
美咲は婚約者も居る24歳の立派な大人で、尚且つ敬虔な侍祭でもあった。
例え神の試練だとは言ってみても、あんなヒラヒラとした破廉恥な格好をするのは色んな意味で厳しい。
更にインターネット上での反響も、彼女の心を痛め付ける。
無論まともに、正義の味方としてのエンジェルチャームを称賛する声、活躍は活躍として認めた上で、治安維持機構に任せるべき案件に手を出す彼女を批判する声、其れ等があるのは当然だ。
しかし『エンジェルチャームprpr』だの『BBA無理スンナ』だの『エンジェルってくらいだから処女。そしてオレの嫁』だの『いやどう考えてもビッチだろう。今俺の隣で寝てるよ』なんて反応は、スレてない美咲には受け止め難い物だろう。
認識阻害で正体がバレる事は無いとは言え、本人にとって愉快であろう筈が無い。
でも此処で、美咲にエンジェルチャームとしての役割を放り出されると、私としては非常に困る。
下位の天使である私でも力を与える程に相性が良く、尚且つ信仰心も高くて、更に求められる見目の良さをもクリア出来る都合の良い人材なんて、美咲以外にはいないから。
私、下位天使であるアリシールが所属するのは、数ある天使軍の中でも穏健派と呼ばれる派閥の一つで、長である最上位天使、或いは我等が神は、聖天使カリエラ様。
過激派の天使軍なら、下位天使は特攻や自爆を平気で命じられると聞くけれど、お優しいカリエラ様の率いるこの派閥では、そんな惨い命令が下される事はまずなかった。
けれども他の天使軍に比べればとても穏やかな此の派閥でも、上位者からの指示には正当な理由が無い限りは、口答え程度なら兎も角、歯向かえはしない。
「わかるかね? アリシール君。つまり萌えとは愛なのだよ。肉欲を伴わない興奮。疑似的とは言え心揺さぶられる恋愛感情。全てを統合して考えれば、この結論は当然だ」
だから私も、上司である軍団長、高位天使のシエル様の言葉を、早く堕天して討伐対象になれば良いのにと思いつつも、静かに黙って聞いている。
シエル様は普段はとても有能で、且つカリエラ様への愛だって誰よりも深いのだけれども、……非常に残念な方なのだ。
けれどもシエル様は私の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
「アリシール君、故に私は君を『キュアリーエンジェル計画』の担当に任じる」
なんて風に、とんでもない事を言い出した。
シエル様の言うキュアリーエンジェルとは、とある世界のインターネット上でのみ配信された製作者不明のアニメーションの事だ。
内容は、天界から善行を施しに来た天使が、傷付いた少女を助ける為に自分の力を譲渡し、力を失った天使の為に少女がキュアリーエンジェルとして善行を積み、天使の力を取り戻すと言うストーリーである。
所謂少しだけ設定に凝った魔法少女物って感じなのだが、シエル様は今、此のキュアリーエンジェルにいたくご執心で、この前なんかは自作のキュアリーエンジェルの同人誌を新しいバイブルだと言い張って他の天使達に配ってた。
何せ派閥の長であるカリエラ様にまで、同じ様に自作の同人誌を押し付けていたのだから、シエル様の奇行は極まってると思う。
他の派閥なら狂った天使とされ、処分待ったなしの行動だろうけれども、カリエラ様はシエル様に渡された同人誌を一コマ一コマじっくりと読み、
「熱意を感じた。シエルの努力と心は理解しよう。しかしバイブルを名乗るのならば相応しい格が必要だろう? 趣味にはとやかく言わないが、上司として他の天使に押し付け……、布教するのは止める様に」
なんて風に言葉を選んでやんわりと諫めておられた。
直属の上司であるシエル様はとても変な方だし、弱小と言われる小さな天使軍だけれど、私はカリエラ様の派閥の天使になれて本当に良かったと思ってる。
しかしである。
幾らシエル様が奇行に走ろうと、カリエラ様が許されている以上は別に構いはしないのだけれど、流石に自分がその謎の計画に巻き込まれるとは想像の埒外だ。
「美咲、もう少しだけ、もう少しだけ耐えて下さい。今回の件は今の所順調なのです。此のまま成果が認められれば、別の天使が派遣され、その天使と相性の良い新たな使徒も選ばれるでしょう」
ましてや自分を天使様と呼んで崇めてくれる信徒が、涙まで流しているのだから、早くこんな事は終わりにしたい。
只不可解な事に、何故か本当に成果は上がっているのだ。
善悪問わずに評判が広がれば、中には純粋な心で私達を応援してくれる者の数も増える。
此の国の小さな子供には、エンジェ、私が力を失ったって設定で変化しているマスコットキャラクターの縫い包みが大変人気らしい。
とても複雑な気分だが、認知度が上がった事や、純粋な応援の心を受けて、下級天使である私の力も少し増した。
「天使様、わかりました。私、もう少しだけ頑張ってみます」
泣けるだけ泣いた事もあって少し落ち着いたのか、私から離れた美咲の瞳には少し力が戻っている。
そう、何時までも此れが続く訳じゃ無い。
シエル様だって、同じキャラクターで人気を得られる時間は短いと言っていたから、今頃は次の人材の選出を行ってる筈。
……もしかしたら私は続投させられるかも知れないが、婚約者との結婚を控えてる美咲だけは、何とか解放してあげられるだろう。
其の為にも今は頑張り時である。
そして何時か力を溜めて高位天使にまで成り上がったなら、シエル様が上位者で無くなって命令に従う義理が無くなったなら、迷わずあの顔に拳を叩き込む事を私は美咲の涙に誓う。
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