転生したら悪魔になったんですが、僕と契約しませんか?

らる鳥

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オマケの章4

113 異世界への転生

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 何気ない昼下がりにその事件は起きる。
 町中でトラックを走らせていた運転手が、不意にガクリと意識を失ったのだ。
 確かに彼は寝不足気味ではあったけれども、居眠り運転等ではなく、全くの不意打ちで其の意識は断ち切られてしまう。
 故に其の事件は作為的に引き起こされた物だけれど、間違っても人為的な物じゃない。
 前のめりに倒れ込んだ運転手は、思い切りアクセルを踏み込み、尚且つハンドルを思い切り横へと切ってしまった。
 其のままならトラックはガードレールを突き破り、歩道を歩く人々を挽き潰して、ビルのオフィスの一階へ突っ込むだろう。

 だから僕は姿を消したままに正面からそのトラックを受け止めて、己の重量を思い切り増加する。
 そして其れと同時にタイヤの幾つかを魔法で破裂させれば、そのトラックは道を塞ぐ障害物とはなった物の、他の誰かを撒き込む事無く沈黙した。
 さてこのトラックの運転手にどの様な処分が下されるのかは僕にはわからないけれど、大勢を挽き殺してしまった場合よりは、きっと大分マシな筈。
 つまりは無事に、一つ目の仕事は終了だ。


 次に透明な僕がやって来たのは、深夜のファーストフード店。
 この店は深夜も営業しており、尚且つ店員の数も少ない為、強盗にとっては狙い目だった。
 そう、今この店は強盗に襲われている最中である。
 店のマニュアルに従い、レジを開いた状態にして奥へと引っ込む店員。
 強盗は開いたレジから中身の数万円を掴み取ると、逃走の為に出口に向かって走り出す。
 しかしその時、誰にとっても不幸な事に、小腹を空かせた一人の青年が、食事の為に店に入って来てしまったのだ。

 勿論一番不幸なのは強盗事件に巻き込まれるこの青年だろう。
 何故なら彼は、此の数秒後に強盗に刺されて死ぬ。
 次に不幸なのが死人の発生により事件が大々的に報道され、防犯意識や店舗経営のやり方に批判の声をあげられる店側。
 最後に自分の想定よりも罪が大幅に重くなる強盗も、まあ不幸と言えば不幸である。
 店は少し、強盗は大幅に、自業自得ではあるのだけれども。

 だけれども、今此処には僕が居るから、その運命は大きく変わった。
 僕は青年の腹に突き刺さりそうになっている出刃包丁の先をグイと丸めて、更に驚きに動けない青年の手を勝手に動かし、勢い良く突っ込んで来た強盗の顎に当てる。
 フック気味に顎先を打ち抜かれた強盗は、脳震盪を起こしてガクリと膝から崩れ、盛大にスッ転ぶ。
 後は呼ばれて駆け付けた警察の手で強盗は捕まり、青年はお手柄だと表彰を受けるだろう。

 因みに青年はその時の感触が忘れられずにボクシングジムの扉を叩き、眠っていた拳闘の才能を開花させて、大学に通いながらもプロボクサーを目指す。
 まあでも其れは僕には関係ないので、さあ次だ。


 三つ目は先程と同じく深夜にも関わらず灯りの消えないオフィス。
 オフィス内では血走った眼をした男達が、カチャカチャとパソコンのキーボードを叩いてる。
 彼等はシステムエンジニアで、無茶な上司が定めた納期に間に合わせる為、此処数日は止まり込みで画面とにらめっこを行っていた。
 そしてその中でも最も年嵩且つベテランの、三十一歳嫁無しな彼は、他の者よりも以前から泊まり込み、更に睡眠時間も大幅に削っている為、此の仕事を納期に間に合わせて安堵すると同時に過労死するだろう。
 なので僕は、男達が眠気覚ましに啜っているコーヒーの中に、錬金術で創り出したエリクサーを混ぜて行く。
 他の者には一滴たらす程度だが、過労死予定の彼には念の為にたっぷり目に。

 此のエリクサーは世界樹の葉を材料にしており、死んで直ぐに飲ませれば止まった心臓ですら動き出す強壮効果があるのだ。
 勿論中毒を起こす様な副作用も無い。
 但し一つだけどうにもならない、割と大きな欠点があった。
 眠気に首を振った男の一人が、僕がエリクサーを混ぜたコーヒーを啜る。
 そしてその途端、
「かっらぁぁぁっ!? 辛っ、なんだ此れ! 飲めるかこんなもん!! 確かに目は覚めたけど、誰だよ入れた奴。うっわ、口いてぇ。水くれ水」
 と騒ぎ出す。
 騒ぐ同僚の様子に興味を持ったのか、他の男達も次々にコーヒーを啜って、その辛さに顔を真っ赤に変える。
 そう、このエリクサーは辛いのだ。
 と言うか、素材に使った世界樹の葉自体が無茶苦茶辛いので、此れでも多少はマイルドになった方なのだが。

「……ふむ?」
 だがそんな騒ぐ男達を見た彼は、やはり同じ様にコーヒーを啜り、ほぅっと溜息を一つ吐く。
 あれだけたっぷりと混ぜたのに、顔色一つ変えて無い。
 それどころか、
「実に美味いな」
 何て呟いてグイグイと飲み干してしまう。
 味覚が死んでるんじゃないだろうか……。

 ともあれ、大騒ぎしていた男達も眠気は覚め、寧ろそれまでの疲れを忘れたかの様に作業を進め、少しばかり時間に余裕をもって納期に間に合わせた。
 そしてあのエリクサーが切っ掛けで辛味の魅力に目覚めた彼はこの会社を退職し、修行の果てに激辛カレーの店をオープンする事になるのだが、まあ此れも未来の話。
 兎も角、彼の過労死は無事に防げた。


 それ以降も僕は、エンジンから炎を吐いて墜落しそうな飛行機を支えて空港まで運んだり、脱線して横転しそうな電車を元に戻したりと人の命を救い続ける。
 勿論無作為に救ってる訳では無いし、人助け自体は目的じゃない。


「ねぇ、何で悪魔が邪魔をするのかな?」
 口を尖らせるソイツを、僕は鼻で笑う。
 此れまでの人助けは、全て黒幕であるソイツを釣り出す為の物だったから。
 何故邪魔をするのか、そんなの答えは簡単だ。
 悪魔が何かをする時、大抵理由は一つである。
「其の為に召喚されたからだよ。此の世界の神性にね。自分の世界の子等が君に浚われるのを阻止して欲しいってさ」

 そう、此れまでの死は、どれもソイツが仕組んだもので、その目的は誘拐だった。
 とある世界の神性が、特殊な使徒を手に入れたのが今回の事件の起こりだ。
 神性は世界に縛られる存在だが、その使徒は世界の壁を越える力を持っていた。
 まるで僕の配下のアニスの様に。
 其の事に欲を出した神性は、更なる使徒を求め出す。
「世界を越えて才能を眠らせる優秀な人間を、死んだ瞬間の状態で自分の世界へ持ち帰る。其れが君の目的だろう? 其れはね、拉致って言うんだよ」

 死んだ瞬間の状態ならば、魂は未だ肉体に留まっている。
 神性の力で肉体を再生すれば、止まった心臓なんて物は、さっきのエリクサーでさえ動かせるのだ。
 そうやって人間を拉致しておいて、助けてやったのだからと恩を着せながら使命を与えて自分の世界で活動させ、困難を乗り越えた人間だけを使徒にするのだろう。
 一度死んだ状態にするのは、恩を着せる為であると同時に、此の世界の神性の目を誤魔化す為でもあった。
 つまり相手の世界の神性が怒るのを承知の上で、彼等は拉致を行っているのだ。

「へへ、其処までばれてるなら、もう此の世界じゃ活動出来ないね。じゃあ河岸を変えるとするよ。良い人材の多い世界だったんだけどなぁ。次の世界ではもうお兄さんに会わない事を願ってるよ」
 なんて風に言って、ソイツは世界を越えようとする。
 ……しかし、ソイツは一体、どうして僕がこのまま逃がすと思ったのだろう?
 指先一つで転移の発動を潰してやれば、初めてソイツの顔色が変わった。
「いやいや、逃がさないよ。確かに君を逃がせば、他の世界でも騒動が起きて、僕の出番が出来るかも知れないね」
 けれども其れは利ばかりでなく、将来の禍根を残す事にもなりかねない。

 それに何より、
「でも君はね、やり過ぎたんだ。此の世界の神性はとても深く怒ってる。どうやら自分の世界の人間を愛してるみたいでね、運命を辿って狙われる人間の洗い出しまでしてくれたんだよ」
 僕への依頼は、犯人の消滅だ。
 此の世界の神性が必死になって頑張ったからこそ、僕は全ての死を防げた。
 目の前のソイツがもし逃げたなら、僕は彼方の世界にまで追いかけてでも、其の存在を消滅させるだろう。
「ま、待って、そんな心算じゃ無かったんだ。怒らせる心算なんて……」
 僕が手を握ると同時に、ソイツの存在も潰れて消える。
 最期に何か言ってたけれども、まあ言い訳をする相手は僕じゃない。
 だって悪魔である僕は、魂を持ち去るって意味では似たような事をしてるのだし、其れを責める心算は無いのだから。
 だから此れは単なる仕事の結果だ。

 もしかすれば、人間の中には異世界に浚われたかった者も居るかもしれないが、其れは此の世界で正しく生を終えた時の楽しみとして貰おう。
 彼方の世界の神性は結構腹黒そうなので、多分行っても幸せにはなれなかっただろうし。
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