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9 名付けと得る力
しおりを挟むカムラ等との交渉より三週間近くが過ぎた。
幻想魔術で村の道を均したり、建物の大枠を作ったり、或いはサーガを含む村の顔役達と簡易な法を定めたり、希望者に魔術を教えたりしながら日々を過ごしている。
とても穏やかな日々だ。
時折、他里からの使者や取引にやって来た者との面会も行う。
彼等の反応は様々だが、凡そは此方に対して友好的な態度を示している。
無論いきなり現れた支配者候補への警戒はあるが、我の方針を聞けば安堵する者は多い。
恐らくだが、やはりこの中立地域での生活には危険が多い為、魔王の庇護下に入れる事への期待はあるのだろう。
当然其れには、暴君で無い魔王の、との前置きは付くのだけれど。
正直我は自分が暴君かどうかはわからない。
比較的穏健よりの思考を行っている気はするが、怒りを覚える事もあれば、欲もある。
寧ろ我は魔王故に強欲で貪欲な筈なのだ。
まあ暴君かどうかは他者の判断する事で、我は我、ただあるがままに。
サーガや村民を守り安定した生活を送らせる為に目標を立て、更にその目標を果たす為に小目標を設定し、其れをこなして行く日々。
一度、この村を引き払って自分の里に合流するように要請して来た者も居たが、当たり前だが断った。
魔王を有し、豊かさを得たかったのであろうが、魔王は王であり、道具では無い。
心の底から頭を垂れて旗下に加わる者以外は我にとっては不要である。
それに既に皆の働きと魔術によりこの村は再建の目処が立っているのだ。食糧や資材にも貯蓄が出来た。
我の言葉にその里の者はうだうだと何かを言っていたが、あの手合いは面倒臭い。
恐らく諦めてはいないだろう。
少し威圧すれば逃げ帰る小物だったが、我等も所詮は小勢故に、小物に足をすくわれる可能性は充分にある。
注意と警戒は必要だった。
まあそれはさて置き、村に再建の目処が立って来れば、我の仕事は減って来る。
道の均しも、建物の枠造りも、既に粗方片付いた。
細かな管理はサーガと村の顔役達が行ってくれているので、我は判断と裁可を下すだけ。
女子供ばかりの数十名の集落では、我が出張るよりも彼女等に任せたほうが色々とスムーズだ。
そんな訳で今我は、一応滅多にある事では無いのだが、暇を持て余していた。
大分飲み慣れた薬草茶を口に含み、それでも苦味に眉を顰めて飲み下す。
嗚呼、甘味が欲しい。
そろそろ自身で周辺の探索を行ってみるべきだろうか。
村の周囲は村民達が把握してるが、魔王の目で見れば彼女達の知らぬ資源が見付かる可能性も無くは無い筈。
甘味のある果物や、甘草や甘蔗、或いは甜菜が見付かればとても嬉しい。
そんな特に内容も無い考えにぼんやりと思いを巡らせて居れば、向こうからフォレストウルフのリーダーが歩いて来た。
ただし単独では無く、その背に一人の幼女を乗せて。
あの幼女は、確かマーシャと言う名だ。村でも最年少の魔族で、年の頃は人間で言う所の2、3歳にあたる。
恐らくフォレストウルフのリーダーは親に子守を頼まれたのだろう。
知能の高い此奴はすっかり村に溶け込んでおり、森の狩りに出ない時は時折ああやって子供の相手をしているのを見掛けた。
フォレストウルフのリーダーの背に乗るマーシャは、我を見付けるとぺチぺチとその首を叩き、進行方向の指示を出す。
我の前に辿り着き、背から降りようとしてずり落ちそうになるマーシャを、フォレストウルフのリーダーは首を捻って咄嗟に襟元を咥えて地に下ろす。
中々に立派な子守役ぶりだ。
「ワンちゃんありがと! まおーさまこんにちはー!」
犬扱いされているフォレストウルフのリーダーに思わず吹き出しそうになるが、堪える。
マーシャの明るい挨拶の声に、我も頷く。
「うむ、マーシャよ。魔王である。構わぬ、楽にせよ」
大仰な言葉が面白かったのだろうか、マーシャがきゃらきゃらと笑う。
大変可愛らしい。
背伸びをし、大人に混じって働くしっかり者のサーガも可愛らしいが、無邪気さを全開にした子供もまた微笑ましい物だ。
我は暫くマーシャの相手をする事を決める。
決して暇で仕方なかったからでは無く、民の話し相手になるのも魔王の重要な務めであるが故に。
暫くマーシャの他愛無い会話に付き合っていたが、不意に彼女がこう問うた。
「ワンちゃんはまおーさまのワンちゃんだってママがいってた! ねぇね、ワンちゃんのおなまえは?」
……ふむ。
マーシャの言葉に少し考える。
フォレストウルフのリーダーへの名付けは、考えなかった訳では無い。
ただし魔物への名付けに関しては、……特に魔王の様な存在から与える名に関しては、割と大きな意味を持つ。
魔物への名付けには魔力が必要である、魔物は魔力から生まれた存在だ。
神々が戦った際に、放出された魔力が形を成して命を持ったり、既に居た生物を変質させて魔物となった。
故に魔物は魔力の影響を受け易い。
このフォレストウルフのリーダーが我に付いて来て村に馴染んだのは、治癒魔術での治療に恩を感じた事もあるだろうが、その治療の際に受けた魔力の相性が良かった事も原因の一つの筈だ。
―魔力貯金額884P―
ちらと溜め込んだ魔力の量を見る。今日は魔術での仕事を行わなかったので、保持魔力も充分に残っていた。
恐らくは魔力を使っての名付けを行っても足りるだろう。
ただし名と我の魔力が、フォレストウルフのリーダーに大きな影響を与えるのは間違いないのだ。
この個体は、フォレストウルフとしては破格に賢く、能力も高い。
つまりは進化寸前の個体である。既に成長限界に達しており、何らかの切っ掛けが得れば進化が行われる筈だ。
名付けはその切っ掛けに充分なるが、進化先の種族は確実に本来の其れと変化する。
「今更かもしれんがな、フォレストウルフよ。汝は其れで良いのか?」
森に生きる種族から、魔族に、魔王に寄り添う者に変化する事に不安や不満は無いのか?
瞳を覗き込み、問う。
しかしその返事は、此方に頭を摺り寄せる事だった。
ならば良いだろう。
村で働く者達には日当として褒賞を出している。だが此奴には働きに応じた褒賞を与えれていない。
其れはずっと気になっていたのだ。
溜め込んだ魔力は大量に消費するだろう。其れでも無論構わない。
「では汝に魔王アシールが名を授けよう。此れより汝の名はガルである」
フォレストウルフのリーダーの頭に手を置き、名を告げる。
その瞬間、グングンと掌から魔力がフォレストウルフのリーダー、否、ガルに吸い取られて行く。
慌てて『貯金』の能力を使い、溜め込んだ魔力を引き出すが、吸い出される魔力の勢いは凄まじい。
名付けは本来ならばもっと高レベルになった魔王が、特別な褒賞として行う行為なのだ。
―魔力貯金額34P―
割と本気でギリギリだった。
金はあまり気味なので、暫くは魔力に利息を回しても良いかも知れない。
一千、其れがガルの名付けに必要だった魔力の量である。
魔力の流出が止まった後、我が手の下に居るのは、筋肉質な肉体の一人の男だ。
獣らしさの残る耳や尾、身体の所々に毛皮の名残も残る。ただしその毛の色は、以前と違い黒色だった。
嗚呼、やはり変質したか。
ガルの新しい種族は黒狼人。思った以上に種族の位階は上がっている。
だが魔族や人間と似た様な身体を持つ種族となったのは、我が魔力の影響を受けたからで間違いが無かった。
口を開き上手く声を発せず、更には立つ事も出来ずに地に転がったガル。
「良い、今はじっとしてるが良い。喉の形も変わった。身体も変わった。訓練して動かし方を理解せねば動かせぬし喋れもせぬ」
動けるようになるには、少し努力が要るだろう。
とは言え、不自由は少しの間だけだ。
「だがその種族になった以上、種族の本能は喋り方も動き方も知っている。感覚が一致すれば直ぐに慣れる。狼の身体への戻り方も含めて、直ぐに憶えるだろう」
今は頷くのも難しそうだが、ガルの瞳には理解の色がある。
後で身体を動かす訓練に付き合ってやらねばなるまい。
此ればかりは他の魔族の女達に任せるのは荷が重い筈。
「ガル、我が戦友よ。これからも宜しく頼む」
だが先ずは、服を着せる事から始めようと思う。
全裸の男の存在は流石にマーシャの教育に悪そうだからな。
名称 無し→ガル
種族 フォレストウルフ(リーダー)→黒狼人
レベル 10(上限)→1
生命力 70→210
魔力 40→110
STR 40→120
INT 15→40
DEX 40→140
VIT 35→100
MND 15→50
戦闘技能
格闘(低)
魔術技能
咆哮(低) 加速(低)
他技能
感知(低) 隠密(低) 統率(低)
所持品
無し
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