魔王は貯金で世界を変える

らる鳥

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16 魔物領最深部

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 最深部領域、木々すら生えぬぽっかりと広がったこの場所が、魔物領の最奥だ。
 其処に広がるのは、薄々は察していたが、矢張り俄かには信じ難い光景だった。
 無数の植物型魔物の群れが、王鱗のグランワームの肉体に群がり押さえつけ、あまつさえ隙あらば自らの根を鱗の間に捩じ込んでその身体に突き刺そうとしている。

 あの程度の魔物なら、王鱗のグランワームにとっては身じろぎ一つで消し飛ばせる程度の存在でしかない。
 なのに成すがままにされている理由は、グランワームの頭と胴の接合部、首の付け根の部分に在った。
 視覚を強化して見れば、其処には一輪の花が咲いている。
 大きな花びらが四方に開いた花冠の中央に、一体の女の姿。
 アレが植物型魔物達の王、……否、女王だろう。

 その姿は美しい。花の色も、姿形や顔の造形も、大きく膨らんだ腹を抱える幸せそうな表情も、美しい。
 しかしその美しさは傾国の其れだ。
 王たるグランワームから栄養を吸い上げ、自らに阿る家臣を最奥域に踏み入らせ、魔物領を混乱に陥れた、傾国の美姫。
 恐らくだが、何の因果か寄生型の魔物の種子が、グランワームの鱗の間に入り込んだだろう。

 本来ならばグランワームの発する魔力に負け、種子は腐り落ちて終わりである。
 だが素質があったのか、その種子はグランワームの魔力に負けずに孵り、その肉体に根を刺した。
 眠るグランワームは其れに気付かず、超が付く高位の魔物の肉体から栄養を吸い上げて寄生した魔物は進化して行く。
 異変に気付いて目覚めた時には、根は身体の深くまで伸びており、グランワームは寄生した魔物を引き剥がす為に大暴れを繰り返した。
 支配者の目覚めと大暴れに怯えた他の魔物達は我先にと逃げ始め、今回の騒ぎに繋がったのだろう。



 ……異変の原因は理解が出来た。
 では我はどうするべきなのだろうか。
 今回のこの状況は、単純に王鱗のグランワームの不始末が原因だ。
 幾つもの不運が重なっての結果ではあろうが、結局の所は身に降りかかった不運を振り払えなかったグランワーム自身が悪い。
 けれども、ならば自己責任とばかりに我がこの状況を放置して帰還したならばどうなるか。

 あの植物型魔物の女王には、多分理性が無い。極上の栄養の影響で急成長した為に、他の王種の様に長年をかけて蓄えた経験や知識も無い。
 ただ欲と本能のみが存在する。
 故に満足をする事は無いだろう。腹の子を産めば、次の子を産む為にもっと多くの栄養を求める筈だ。

 暫くはグランワームの肉体を吸い続けるだろうが、やがて欠片も残さずに吸い尽せば次の獲物が必要になるのは間違いなかった。
 もっと南の他の魔物領に向かう可能性も高いが、確実とは言い切れない。
 それに女王が産んだ子等は、女王とはまた別の栄養を必要とする。
 女王が来なくとも子のいずれかが北にやって来るのは、まあ間違いない未来と言えよう。

 つまり将来的な脅威を考えれば、不介入はあり得なかった。
 あの女王を滅せれる機会は、恐らく今しかないだろう。
 先日見たのはグランワームの抵抗だ。彼方此方の破壊の後も、彼の抵抗の痕跡である。
 恐らく今のグランワームの姿も無抵抗では無く、もう一度動き出す為の力を蓄えている筈。

 だから女王配下の植物型魔物達は、あんなに寄って集ってグランワームを押さえつけているのだ。
 周囲には散々に破壊された自分達の同胞の残骸が散らばっているにも拘らず。
 今、奴等の警戒はグランワームにのみ向いて居る。

「ガル、力を借りるぞ。命懸けになる。だが此処で退いては、我等の未来に光は無い」
 傍らのガルに一声かけると、手に頭を擦りつけて来たので思う存分撫でてから、我はその背に跨った。




 地を駆ける黒き巨狼の背中に、振り落とされないようにしがみ付く。
 グランワームの体内に根を下ろした植物型魔物の女王を排除するには、かなり大きな幻想魔術が必要になる。
 近付いてから準備を行ったのでは、危険を感じた女王に対策を取られる可能性が高いだろう。
 故に我は移動はガルに全てを任せ、今の段階から術の構築に入った。

 勿論魔力は魔王銀行から引き出す。
 今から行使するのは、普段あまり使わない属性の術だ。
 最初から丁寧にイメージを行わなければ、慣れない属性による大きな術の行使は容易く失敗してしまう。
 火と水と風の属性を複合する。火と水の属性を合わせれば、熱の操作が行え、水は熱を奪われて凍り、氷晶と化す。
 氷晶は風に乗ってぶつかり合い、雷の力を身に蓄えた。


 そこで、ガクンとガルが曲がる。
 植物達が此方に気付き、槍の様に突き出して来た根を避けたのだ。
 そして、加速して跳ぶ。
 次々と突き出される根も、ガルの速度の前には狙いを定められず、寧ろ適当に突き出された根は足場を提供してくれたも同然だった。
 駆け、駆け、また跳ぶ。敵の根を、身体を、踏み出しにしながら高速で走るガル。
 ガルは肉体的には全力で駆けながらも、加速に回す魔力に緩急を付け、敵の狙いを絞らせない。


 イメージと共に魔力を操れば、ピリッとした雷の力が身体の奥底に生まれた。
 でもまだ足りない。雷の力には正と負が在り、雲の中でより温度の低い上層には正、下層には負の力が溜まる。
 何故かは知らん。だがそうらしい。

 無論母が言っていたのだ。世界を創造した神々の知識なのか、覗いた異世界から得た知識なのかは知らんが、雷の力を使うにはそのイメージが必要だった。
 正確にはそうであると信じる気持ちとイメージが、実際の仕組みとは無関係に魔力を対価に理を構築していく。
 故に幻想魔術の名でこの魔術は呼ばれている。
 宙に翳す我の両手が、水と風の力で黒い雲に包まれた。正を右、負を左と定めよう。
 熱を操作し、右手の温度をより下げた。


 この段階まで来ると、流石に植物の魔物達も我等を強い脅威と認識したようだ。
 進路を食い止めようと、群れを成して壁を作る。

―グルゥゥゥ、ヴァゥ!―

 けれどガルが低く唸り、溜めを作ってからの咆哮を放つと、気迫と音に込められた魔力に打ち据えられた植物達は数秒動きを拘束された。
 驚異的な力を発揮した咆哮だが、この力は格下にしか通用しない。
 この魔物領に来てからガルの実力も向上しているが、それでも本来深層に棲む様な魔物であれば、この咆哮に束縛される事は無いだろう。

 そして此処は最深部。
 そう、この結果は植物の魔物達が、如何にこの場所に相応しくない雑魚であるかを証明している。
 動きを止めた植物達を踏み台に、更に加速を行うガル。

 しかしだ。その時蔦が中空を跳んだガルの後ろ脚に巻き付いた。
 ガルの咆哮に耐えれる実力者が混じって居たのか、数の多さに咆哮の効き目が薄かった個体が在ったのかはわからない。
 けれども足を縛られ地に落ちれば、植物の魔物達に追い付かれるだろう。
 此処から植物達の女王までは、未だ少しばかり距離がある。魔術を撃っても防がれるだろうし、そもそも準備が終わって居ない。

 だが其処で我の跨っていたガルの姿が変化する。狼の姿から、人型へ。
 足は未だ植物の蔦に掴まれたままだが、ガルは人の両手で我を抱えると、

「御武運ヲ」
 そう囁いて我を投げた。植物達の女王に向かって。

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