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22 平凡な悩み
しおりを挟む我が動ける様になってから一月程が経過した。
少しずつ村の周囲の森の木々が、秋めいた色合いに変化しつつある。
この辺りは夏は然程暑くないが、その分冬は厳しいらしい。
少しずつでも準備はせねばならんと考えていたそんなある日、遂に芽が出た。
勿論あの巨大鉢植えに植えた種子、ラーネの子であるリリーの芽だ。
とても嬉しい。
何が嬉しいって、此れで漸く何も出てない鉢植えに話し掛ける怪しい魔王から、植物に話し掛ける魔王に進化したのである。
うむ、まあ当然芽が出てくれた事自体も嬉しいのだが。
感情表現も大分豊かになって来たと思う。
植物を相手に何を言ってると思われるかも知れないが、以前は魔水をやった時に喜んでいるのがボンヤリわかる程度だったのが、今は話し掛けると芽が揺れるのだ。
何だか愛らしく感じてしまい、しょっちゅう話し掛けていたのだが、先日マーシャに『おはなとばっかりおはなししてる』と指摘されてしまった。
いや決してそういう訳では無いのだが、其れなりに色々と忙しく仕事をこなしてもいたのだが、幼い子供にまるで暇な人みたいに言われるのは心に来るので、ちゃんとわかり易く働く姿も見せないといけない。
まあさて置き、最近はかなりすべき事が増えてしまった。
以前、魔物領に行く前の余裕がまるで嘘の様である。
忙しくなった理由は単純で、近隣の六つの里が我が民となったからだ。
そうなれば当然今までの様に隠れ里のままという訳には行かず、この村ともキチンとした道で繋がねばならない。
六つの隠れ里が村になり、するとこの村はその中心地として町になる。
避難民が来ていた時に、些かの拡張はしてくれていたが、改めてきちんと整備して拡張工事をこなす必要があった。
無論移住者も募らねばならない。
新たなる者が入って来るなら、新しいルール、いやもう法だな。法の制定や治安維持組織の設立も必要だ。
招いた設計技師が砦の設計図を完成させたら、其方の工事も急いで行う。
人間領がスタンピードの被害で動けぬ間に、防衛力のある砦を完成させる必要がある。
まあ兎に角、忙しいのだ。
魔物領で隠された財貨を発見したという名目で、工事やら何やらに関しては魔王銀行に溜まった金貨で人を雇う。
何でもかんでも我がこなしていれば民は堕落するだけなので、振れる仕事は彼等に振って行かなければならない。
其れでも当然管理は必要だし、砦の工事は急ぐ必要があるので可能な場所は我が魔術でこなす心算だった。
なので、そう、忙しいしちゃんと働いてはいるのだ。
額に汗する労働では無い故、子供には少し理解され難いだけで……。
そういえば結局、陣形魔術の少女シュシュトリアは母親を連れてこの村、否、町に越して来た。
母親の願いは娘が戦争に出ない事だそうなので、其れは了承し、彼女は兵員として数えない。
その扱いが不満であるなら、シュシュトリア自身が母親と話し合って貰う。
彼女は今、魔力操作を町民の女達と共に学びながら、希望者に陣形魔術を教え、そして引き続き冒険者として活動している。
無論その所属はこの町だが。
軽戦士のミストラ、重戦士のルネス、術者のマリオーネやサーガと共に、パーティを組んで近隣の森で魔物を狩って実力を養い、ついでに町に肉や毛皮をもたらしてくれていた。
正直マリオーネやサーガ、特にサーガに関しては書類仕事を割り振れる人材なのであまり出て行かれると困りはするが、彼女達が楽しそうなので野暮は言わぬ。
我が少し手間を増やせば済む事なのだし。
冒険者としての経験を積んでるシュシュトリアが居る事で、我やガルが付いて行かずとも彼女等のみで活動が可能になったのは大きい。
我の仕事は言うまでもなく多いし、ガルは警邏や伝令に異様なまでの適性があった。
狼の姿、人の姿共に威圧感があり、実際に実力も兼ね備えたガルが町中を歩くだけで、町を訪れた者も少しは礼儀正しく振舞うようになる。
移動速度が速く、尚且つ追跡能力もあるので、例えばワケットが何処に居てもガルが向かえば連絡が付く。
更には森の狼種の魔物と交渉し、この付近では此方から手出しせぬ限り魔族を襲わぬ盟も結んで来た。
今町では時折狼種と友好を結んだ魔族が家で、言い方はあまり良くないが、飼っている姿も見掛けるようになっている。
その他の隠れ里、つまりは連合側は今は様子見をしている様だ。
取引の許可は出したので、此方側が繁栄して行けばその様子が伝わり、徐々に移住を希望する者も出て来るだろうと思う。
まあ我は別に取引相手のままでもどちらでも良い。
あの小物の処分に関しては、当初は大分厳しい罰になりそうだったのを、役職の剥奪と座敷牢への監禁と言う形に落ち着いたそうだ。
ワケットが動いて我が奴等の態度を見ている事を伝え、尻尾切りの様に安易な処刑もそれはそれで逆に不況で買うと教えたとか。
充分な対応だと思う。
我は相手が誠実に対応したのならばそれで良い。取引相手に過剰に望むのは間違いの元だ。
我の持つ最大の力である、ギフトの『貯金』、魔王銀行に関してだが、随分前からもう数えるのも馬鹿らしくなって情報をマスクしている。
何せ一月もあれば文字通り桁が一つや二つ変化するのだ。
そうしたら最近、数字を隠した表示である現在貯金額のマスク表示が『大』から『特大』に変化した。
自重はしながらも其れなりに使ってはいるのだが、今も順調に増え続けているらしい。
何時か金の力で敵国を崩壊させてみたりしたいと思う。
以上が、まあ最後は少し関係ないが、最近の近況で、今我が支配域は急速に発展している。
そして其れに伴って起きた一つの問題が、今我の悩みとなっていた。
その悩みとは、町にまで発展した以上は無いと不便な、町の名前だ。
ワケットに聞いても、サーガに聞いても、無駄とは思いつつガルに聞いても、我が決めねばならぬらしい。
我はこの世界で初の戦友に、最初に出会った時にガルガルグルグル言っていたからって理由でガルと名付ける位にネーミングセンスが無いのにも関わらずだ。
……本当に、町の名前は如何しようか。
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