魔王は貯金で世界を変える

らる鳥

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33 竜との戦い

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 あれから幾日もかけて二十九階層まで踏破したが、やはり一番手強かったのは十五階層とガルに変化したドッペルゲンガーだった。
 幸いだったのはあの戦いが、ガルの進化前だった事だ。
 進化後の更に速度の上がったガルを模倣されていたならば、まあ三対一故に不覚は取らぬだろうが、大きな苦労は強いられただろう。

 確かに下の階層に下れば下るほど出て来る魔物は力を増していたが、その分其れを屠る我等もドンドン力を増す。
 普通ならば階層を下って起きる敵の強化に成長が追い付いたりはしないのだろうが、我等は魔王と、郎党たる力を分け与えた魔物のパーティだった。
 成長率の話だけでは無いが、通常の物差しでは測れぬ規格外の存在である。
 故に姿を写し取られれば己と同等の敵が出て来る十五階層が、我等にとっては一番厄介で陰湿に感じたのだ。

 罠も階層が下れば下った分だけ、魔力を用いた罠が増えた為に、逆に探知は容易くなった。
 他に苦労したと言えば、やはり二十階層のボスだろう。
 何と二十階層は広大な地底湖のフロアで、ボスは大海蛇、シーサーペントである。
 地底湖なのに大海蛇が出るなんて、何処かで海と繋がってる設定なのだろうか?

 兎に角、一面が湖で足場となる地面が階段周辺しか無い二十階層は、フィールドの特異さと敵の強さが相まって中々に厄介な階層だ。
 結局我が大魔力を注ぎ込んだ幻想魔術で湖を凍らせて何とかしたが、『貯金』のギフトを持っていなければ攻略を諦めていたかも知れない。

 ちなみに一階層から二十九階層まで踏破しながら食べた魔物の中では、このシーサーペントが断トツに美味かった。
 直火で炙っても白いまま色の変わらぬ身に塩を付け食ったが、余りの美味さに暫し茫然とした後、このサーペントの身を持ち帰れない事に激しく落胆してしまう。
 エシルの町の皆にも喰わせてやりたいとの気持ちが七割で、後の三割がこのサーペントを喰いながら酒杯を煽りたいという欲求だ。
 我は然程酒を嗜む方では無いが、食物の中には酒と組み合わせて初めて完成する舌の上の芸術がある事は知っている。
 サーペントの身は明らかに、単独でも驚き茫然とするほどに美味いが、でも矢張り酒が欲しい。
 生食のガルや魔力を食べるリリーには理解出来なかった様で、特にリリーには不思議そうな顔をされてしまった。



 さて、満たせぬ欲は捨て置いて、ではいよいよ三十階層だ。
 其処はこれまでになく広い空間で、高さも今まで以上に確保されている。
 三十階層への階段を下り切った我等が目にしたのは、古く朽ちてはいるが、それでも壮麗さを感じさせる神殿の様な建築物と、その守護者たる竜の姿だった。

 竜のサイズは大雑把に十二メートルから十五メートル程で、鱗の色は赤い。輝くような深紅では無く、普通の赤。
 サイズ的にも鱗の色的にも、下位竜のレッドドラゴンだろう。
 レッドドラゴンは下位の竜の中でも一際力が強く、また狂暴な竜だ。
 しかし何故か同系統の中位竜であるルビードラゴンは一転して思慮深い性格になるので、魔物はやはり不思議である。

「ガル、攪乱せよ。ブレスを吐きそうになったら牽制だ。我は兎も角リリーが炎のブレスには耐えれんかも知れん。リリー、両手を空けたい。蔓を巻き付けて構わんから確りとしがみ付いておれ」

―グルォォォォォオオオオオオッ!―

 我等の戦意を感知したのか、レッドドラゴンが大口を開いて咆哮を発する。
 ビリビリと大気を揺らす咆哮が、衝撃と化してこの身を叩くが、

「うむ、心地良い。だが若干五月蠅いな」
 このダンジョンに入る前なら兎も角、今の我はこの程度の衝撃では最早痛痒を感じない。
 咆哮を鼻で笑って見せた我にレッドドラゴンは怒りを覚えたのだろう。
 雰囲気が変わる。強い怒気を身に纏った此処からが、下位竜一の狂暴さを誇るレッドドラゴンの本領だ。

 けれども、我とて怯む訳には決していかない。
 竜種は魔物の中でも最も高い位置に座す種である。竜を神聖視し、信仰を向ける物すら居ると聞く。
 数多いる魔物の中で、唯一魔王と並び称されるのが竜種なのだ。
 だからこそ我は負けたり、怯む訳には行かなかった。
 この世界に降り立ってあまり時を経てない我は、魔王の中では下位に位置するだろう。

 しかしその短い時の間にも、多くの敵と戦い力を増し、更には小勢とは言え民を背負っている。
 そろそろ下位は卒業せねばならない。
 我は強欲な魔王故に、己が民に誇られたいのだ。
 其の為にも、相手が竜だからこそ、下位如きには負けてはおれぬ。



 見下す我が態度が余程腹に据えかねたのだろう。
 レッドドラゴンの口腔内にチラと炎が見え、奴は大きく息を吸い込む。
 炎のブレスの予備動作だ。

 どうやら怒れるレッドドラゴンには我しか見えていない様だが、此処に来たのは我一人では無い。
 レッドドラゴンが今まさに炎を吐き出さんとした瞬間、その顎を人型の姿をとったガルが下から蹴り上げた。
 行き場を失った炎の力がレッドドラゴンの口の中で暴れ、爆発する。

 爆発の瞬間に竜面の鼻から炎が漏れる様子には思わず少し笑ってしまったが、笑い何ぞに邪魔されてガルの作ったチャンスを無駄にしては申し訳がない。
 何せ口の中の爆発だ。衝撃は脳まで伝わったのだろう。
 一瞬意識を失った竜の首が、だらりと地面まで垂れている。

 我は強化魔術で全身の力を高めて大きく飛び上がると、レッドドラゴンの上顎に、デュラハンより得たグレートソードを突き刺した。
 上顎深くに突き刺さり、そして下顎も貫通して、グレートソードはレッドドラゴンの頭部を地面に縫い付ける。
 其れだけじゃない。我から魔力を吸って強化されたリリーの蔓が、レッドドラゴンの翼を、胴を絡め取り、地に縫い付けて動きを封じていく。

 もし我が一人であれば、もう少し苦戦はしただろう。仮に空でも飛ばれてしまえば、大空に比べれば天井の高さには限りがあるとは言え、厄介な事に変わりはない。
 或いはレッドドラゴンがもう少し賢ければ、怒りに我を失って無ければ、我等三人を等しく脅威と見抜いていれば、此処まで一方的な展開にはならなかった。
 だが所詮はタラレバの話だ。
 現実はレッドドラゴンは我が前に転がってもがいているし、其処に魔王と並び称される竜種の気高さは感じられない。
 我は竜の首に両腕を回し、出力を最大にまで上昇させて力任せに捩じ切った。

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