転生したらぼっちだった

kryuaga

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第一章 はじまり

#56

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 冒険者達が瞬く間に灰霧の領域に飲み込まれていく光景を、護はただ見ている事しか出来なかった。



「そんな……。まさか、全滅……?」



 愕然と呟きながら、護は思う。



(――ああ、くそ……死にたい)











 護は自分が嫌いだった。



 何の生きがいも持てず、何かに興味を持っても上ばかり見て、始めようともせずに諦めた。

 人との関わりもそうだ。

 十数年にも及ぶ半引きこもり生活で僅かにいた友人すら失い、コミュニケーションがろくに出来なくなってから人との繋がりを欲しても、家族とすらまともな会話が出来ずに諦めた。

 護にとって、最低限事務的な会話が出来るようになった事はまだ頑張った方だと言えるかもしれない。



 だが、そんな人間が自信など持てるはずもなく、いつしか自らの存在価値さえも感じられなくなった。そのくせちっぽけなプライドだけは残っている。

 自らの存在すら認められなくなった歪な心は、何かの拍子にふと思い出す過去の失敗の記憶を、恥と共により深く自身に刻みつけ、護は徐々に自らを嫌悪していった。



 そんな感情もプライドによって表に出すことも出来ず、広く浅い趣味で気を紛らわせる事で、表面上は普通に日々を過ごしていた。

 しかしそれでも、仕事上のほんの些細なミスや、人へのぎこちない対応により、後になって過剰に激しい後悔と共に自らへの嫌悪を募らせていく。



 生きる意志などほとんど残っていなかった。だが、能動的に死ぬ事も出来なかった。



 将来を気にすることもなく、ただ流されるままに命を繋いでいく日々。







『この世から消え失せてしまいたい』



 叶うはずの無かったそんな願いは、アマテラスという、実在を欠片も信じていなかった神とも呼べるものにより叶えられた。

 ゲームのような異世界への転移という、望外の機会チャンスに飛びついた護が去った世界への後処理として。



 護は以前の世界から自らの全てが消え去った事で、忘れたかった過去の失態や後悔を忘れ、生まれ変わってゼロからやり直しているようなつもりで新たな人生を歩む事に決めた。



 実際、この世界に来てから護は"死にたい"と思う事はほとんど無くなった。

 人型モンスターを初めて殺めた時も。僅かな時、言葉を交わした哀れな人型モンスターの少年を救えなかった時も。『嫌だ』『逃げたい』とは思っても、死にたくまではならなかった。



 この世界には護を養ってくれる両親はいない。生活のためにも連日働かねばならない。

 それだけでなく、依頼の初日から命の危機にさらされ、"死にたくない"と願った護は生きるための力を身につけるべく訓練を繰り返す日々を送っていた。

 ちょっとした失敗にウジウジと立ち止まって嘆いている暇などあるはずもない。



 ――寄る辺無く始まった生活。



 ――死と隣り合わせの日常。



 今まで自堕落な生き方をしていた護にとって、それは決して楽な日々ではなかった。



 そんな護が戻りたいと思った事が一瞬でも無いか、と問われれば否定はできないだろう。

 徹底的とは言えなくとも、高い水準で効率化、リスク管理がされた日本での仕事で、命の危険などそうそう感じる事は無い。

 あの世界にいた頃は、機械のように同じ事を繰り返していれば少なくとも命を繋いでいられたのだ。



 だが、護はそんな考えをすぐに拒絶する。



 ――ただ命を繋ぐだけで、何の生きがいも無い生活。



 ――自らを嫌悪する感情を誤魔化しながら、ただただ流され続ける日常。



 死からは離れているはずなのに"生きて"いない、そんな自分に戻る事。それは護にとって死ぬよりも残酷な事だった。それでどうして戻りたいなどと思えるだろうか。







 いずれにせよ、護はこの世界を生き続ける事を選んだ。



 赤子並に低かった保有魔力は徐々に増え、遂にはファスターでも一線級の魔術師に匹敵する魔力量となった。

 ――低魔力からくる、文字通りの力不足で雑事系の依頼すらうまくこなせず、疎ましげに見られる事はもう無い。



 発達しきっておらず、当時から運動もろくにしていなかった若い肉体を戦闘に適した身体へと鍛え上げ、数多くの脅威を打ち破ってきた。

 ――襲われ、死に瀕した恐怖を拭い去れず、草原の前で立ち尽くす事はもう無い。



 戦えるようになってからは生き急ぐように連日依頼をこなし、たった一人、三年半という短い期間でゴールド+ランクまで上り詰めた。

 ――登録してからの期間が短いからと、実力を侮られてパーティーへの参加を拒否される事はもう無い……かもしれない。



 アマテラスに用意されていた過剰なポイントによって取得した、スキルという恩恵があったにせよ、ただそれだけで成しえられるものではなく、それらは護自身の努力もあってこそ成しえたものだ。

 不正規な手段で手に入れたポイントに若干の後ろめたさはあるものの、自らの手で掴んだ力と立場は、以前の護では持つことができなかった自信というものを持たせてくれた。



 自信、それは人の根幹に関わる一つの重要なファクターだ。

 それは、時に人の心を強くするもので、けれど、持ちすぎれば増長させるもので。

 それは、時に弱る心を支えるもので、あるいは、何もかも無くした時、最後に縋りつくもので。

 それは趣味でも仕事でも、真剣にやっていれば誰しも大なり小なり持っているもので。

 時折、護はふと思うのだ。

 もしも、もしもあの頃の自分が、少しでもいい。何かに自信を持てていたなら、自分を嫌いにならずに済んだのだろうか、と。



 ――けれどやはり、何もかも、始める前から高みばかり見あげて諦めていた護では、それは決して手に入れることの出来ないものだった。

 努力する事を完全に放棄していた自らを、今はただ悔いる事しか出来ない。



 だけど、と護はかぶりを振る。

 確かに、今までの自分は、何かをしようとしなければ手に入るはずもないのに、自信が無いからと何もしようとしない人間だった。



 それでも、あの世界の死にたがりな自分はもういない。



 この世界に来て、自分は変わる事が出来た。



 もう、自己嫌悪に押し潰されそうになって、死にたくなどならない。



 これからは誰もが当然のごとくしているように、授かった生を"生きる"のだ。







 ――――そう、思っていた。











 護が動く事に迷い、躊躇っている間に起きた惨事。



 それが起きたのは護のせいではない。

 そんな事は分かっているし、仮に護が戦場にいたとしても、複数の箇所で行動していた全員を守りきる事は出来なかっただろう。

 だが、近くにいる者達だけでも結界で守る事が出来たかもしれない。

 所詮はたらればの話でしかなく、むしろ自身すら守りきれずに灰霧に飲み込まれていたかもしれない。



 それでも、その"もしもの今"が強い後悔と自責の念を生み、過去を嘆くばかりで現状を変える努力を何もしようとしなかった以前の自分を、自身への深い嫌悪の感情を、否応なく護に思い起こさせる。



「――ああ、くそ……死にたい」



 "いつも通り"ではなくなったはずの言葉が口を衝いて出た。

 徐々に晴れ行く灰霧を前にしながらも、冒険者達の安否を確認する事すら忘れ、守りたかったはずの、まだ街から遠く離れていない後ろにいる者達の事も忘れ、護は瓦礫の上に座り込み、うなだれる。



(死にたい…………ああ、そうだ。

 もうドレイクを足止めする冒険者もいない。

 ここでじっとしてればいずれドレイクが殺してくれる)

「くっ……ひひっ」



 嬉しくて、笑ったつもりだった。

 だがやはり死が恐ろしいのだろう、喉からは情けない声が漏れるばかりだ。



 そう、死ぬ事は恐ろしい。しかし、死にたいという気持ちも決して嘘ではなかった。

 未だ危機の去っていない戦場の中、一時の感情に流された護は、ドレイクによって死が齎される時を、ただうずくまって待ち続ける。







 待ち続ける。







 待ち続ける。







 待ち続け――



『『こらああああああああああああ!!』』



 頭の中に響き渡る大音声に、護はハッと空を見上げる。

 だが、そこには誰もいない。暗く淀んだ雲が広がる曇った空があるばかりだ。

 確かに聞こえたその声は、聞き覚えのあるものだった。



「アマテラス、様?」



『ああ、そうだよ』



「ど、どうして」



 頭の中に響き渡る返事に、疑問そのままに問いかける。

 この世界に来てから、一度もここまで直接的なやり取りをする事は無かった。

 メモ帳の日記には未だに度々返事が返ってくるが。



『今君が気にしなきゃいけない事は、そんな事じゃないはずだ。



 ――君はいつまでそうしているつもりだい?



 目を開け!



 立ち上がれ!



 前を向け!



 彼らはまだ、戦っている!!』



 およそ三年と半年ぶりに聞く懐かしいその声は、呆けた護の頭を殴りつけるような厳しさを伴っていた。







 言われて初めて護は気が付く。

 ドレイクは攻撃を繰り返し、頭部があるであろう遠くからは微かに破砕音や炸裂音が耳に届いていた。

 その数は灰霧を使い始められる前と比べて明らかに少ない。



 だが、彼らは今も生きて、戦っているのだ。



 護は走り出す。

 情けない姿をアマテラスに晒した事も、未だ戦い続けている冒険者達に顔向けできないような我が身の恥も、今は置いておく。



 ――これは本当に、自身に残された最後のチャンスなのかもしれない。

 心を守るための防衛行動だろうが何だろうが、理由は何でもいい。ここで彼らを守りきれなければ、きっと自分は"生きる"事を諦めてしまう。

 そんな考えに衝き動かされるように、護は彼らの元へと走り続ける。



『……うん。その意気だよ、護君。

 もう僕がお尻を叩かなくても大丈夫かな?



 最後に一つだけ、良い事を教えてあげるね。



 石になっちゃった人達はね、よほど損傷が酷くない限り治療する方法があるんだ。

 だから気をつけて。

 ――戦場にいた人達は、いつ破壊されてもおかしくない場所で石化してる。

 回収と誘導と討伐。どれを優先するにしても、時間を掛けすぎれば彼らを助けることは難しいからね』







「――……ッ……ッッ! ありがとうっ!!」





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