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第一章 はじまり
#66
しおりを挟む「お待たせした。答えが出せそうだ」
そうカゲロウが言葉を発したのは、二杯目の紅茶のおかわりをヴィオランティが頼んだ、すぐ後だった。
「うむ。早速だが、聞かせてくれるかね」
ヴィオランティは居住まいを正し、目に僅かな期待を覗かせて答えを待つ。
「――その話、お断りさせていただく」
返ってきた言葉は無情なものだった。
とはいえ、ヴィオランティは素直に引き下がるわけにもいかず、当然食い下がる。
「む……ぬう。契約の内容が不服か? そうであるなら、程度にもよるがこちらにも応じる準備があるぞ」
専属契約の内容だが、今回話したものはあくまでも基本であり、契約者の実力や実績によって、当然その中身を変わってくる。
プラチナランクと一言に言っても、その実力は多種多様。
単独でミスリルランクに届くのではないか、と噂されるほどの者達が集った、他の追随を許さない実力を持つパーティーもあれば、プラチナランクの中でも難易度の低い依頼を、六人揃ってなんとかこなせる、といったぎりぎりプラチナランクのパーティーもある。
いや、普通はパーティーを組んだ状態での実力を測ってランク付けされるのだから、ぎりぎりであろうと依頼がこなせるのであれば何の問題も無いのだが。
ともかく、たとえ国に持ち掛けられた契約であろうと、喜んで受け入れる者もいればまるで話にならないと突っぱねる者もいると言う事だ。
当然断られたからと言って簡単に引き下がれるわけもなく、パーティーによっては契約内容に変更が加えられるというのもよくある話であった。
「……正直な所、この話は私にとっても十分に利の有る話だろうと思う。
しかし、それを差し引いたとしても一つ、"戦争への参加"という項目だけは、どうしても受け入れられそうに無い」
そう、参加義務というのは、実は普通の冒険者には無い。
義務も罰則も、あくまでも国家所属冒険者に課せられるものであり、冒険者ギルドは関与しない。戦争への参加は各々の自由意思に委ねられる。
「私は、国同士――人同士の争いに極力関わりたくは無いのですよ」
カゲロウが黙し、考えこんでいたのはこの事、人同士の争いについてだった。
これまでに様々な種の人族型モンスターをダンジョンで殺めてきたし、地上でも残虐で好戦的という理由で魔物と呼称される、魔人族や獣人族の者達――ゴブリンやオーク、オーガなどを殺めてきた。
意思の疎通が可能だというのに、主義主張の違いや、所属する国同士の意思によって殺し合う事に思うところが無いわけでは無いが――今となっては、必要であれば他の人族を殺める事に躊躇う事は無いであろう自身を認識していた。
――カゲロウは、『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』は"英雄"だ。
護の手から離れて一人歩きした様々な噂話を手繰り寄せ、縒りあげて作り出した張りぼての英雄。
殺人者がいると言うのならば、その命を奪ってでも止めて見せよう。
理不尽な理由でこの国が侵略されようとするのならば、敵国に攻め入ってでも守って見せよう。
しかし、王に命ぜられたとしても、他国への侵略に手を貸す事はしない。
国の矛という"戦争の英雄"などではなく、民の盾という"救世の英雄"。それが護が定めた『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』という"英雄"の在り方だった。
「お主の懸念は分かった。
しかし、ここ数百年以上もの間、少なくともこの大陸内では戦争なぞ起こっておらぬ事はお主も知っていよう? 戦争への参加義務など今では形骸化し、専属契約の主たる理由は危急の案件の解決となっておるのだぞ。
……どうか考え直してはくれぬだろうか」
ヴィオランティの言った事は事実であった。
このボルアス大陸では、齢百八十を過ぎるヴィオランティでさえ、戦争らしい戦争というものは経験した事が無かった。
今現在も戦争の兆候は無く、ましてやイーセン王国が侵略を行うなどという事も無い。
もとより、この大陸の者にとって、戦争などというものは数世代も前の出来事であり、侵略者は忌むべきものとして認識しているのだ。
もし『侵略の手駒にされたくない』とでも口に出していれば無礼千万であっただろう。
――しかし、だ。
「確かに、戦争が起こる可能性など、皆無にも等しいものだという事は私も理解してはいる。しかし、この文言の存在自体が万が一の可能性を示唆しているのではないかな? ……私はその万が一を避けたいのですよ。
とはいえ、恐らくこの要項は外す事は叶わないのでしょう。故に、私はこの話を受ける事は出来ない」
きっぱりと拒否するカゲロウの態度に、ヴィオランティ深いため息を一つ。ようやく契約の望みが無いであろう事を受け入れた。
「致し方なし……か。
確かにお主の想像通り、戦争への参加義務はいくつか除外できぬ条件のうちの一つじゃ。いつ必要になるか分からずとも、国というのはあらゆる事に備えをしておかねばならぬのでな」
当然だろう。
プラチナランクと言えば、まず間違いなくLv7以上のスキルを取得している、ましてや百戦錬磨の猛者ばかり。
戦争など起きなければいいと願っていたとしても、万が一に備えて彼らを抱き込んでおかなければ、いざ戦争が起こった時、手練手管を駆使して豊富な人材を揃えた他国により、抵抗する事も出来ずに全てを奪われてしまうかもしれないのだ。
専属契約の内容を変更出来ないのであれば、戦争への参加義務を含まない、緊急召集等の一部の内容だけを盛り込んだ、新たな契約を結べばよいのではないかと思うかもしれないが、それもまた、様々な事情からあまり現実的では無い。
「残念じゃが、今回は、諦めるとしよう。
……儂の話はこれで以上じゃ。引き留めてすまなかったな」
言い回しが非常に不穏ではあるが、とにかく引き下がってはくれるらしい。
謝意を述べるヴィオランティに、カゲロウは一つ頷きを返し、最早用は無いと早々に立ち去るのかと思いきや――とある提案をするのであった。
領主らと破災の英雄の密談があってから翌朝。
その日も早朝から騎士寮の門前へと詰めかけていた、石化した者の身内達は、突然大きく音を立てて勢いよく開いた寮の大扉に驚き、身を竦ませた。
騎士寮の奥より姿を見せたのは、鍛え抜かれた巨躯に翡翠色の竜鱗を煌めかせる竜人の騎士。そう、天竜騎士団の長であるヴィオランティである。騎士寮の前に何日も陣取っていた彼らは、既にその姿を見知っている。
硬直する彼らをよそに、ヴィオランティは何かを確かめるように辺りを睥睨し、より遠くへと声を届かせるように叫んだ。
「聞くのだ、石に囚われし者の縁者達よ! 汝らの憂いは晴らされる!
昨夜、かの英雄『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』が我らの前に現れ、災禍の巨竜の素材を提供する事を申し出た!」
凪いだ水面に波紋が広がるように、今、何と言った? と呆けていた群衆の頭に、ゆっくりと言葉の意味が浸透していく。
ヴィオランティはそれを確認していたかのように、間髪入れず言葉を紡ぐ。
「他の素材の到着を待たねばならぬが、じきに全ての虜囚を解放できるだけの除石薬が作られるであろう!
汝らはまず養生し、街の復興に励め! ――生還した者達を、帰るべき場所で迎え入れてやるのだ!」
――一瞬の空白。そして、歓声の爆発。
ある者は泣き崩れ、ある者は誰とも知れぬ手近にいた者と抱き合い、ある者は泣きながらも興奮冷めやらぬ様子で街中を駆け巡り、今聞いた事を叫んで回る。
連日連夜、ろくに食事も摂らずに騎士寮へ詰めかけていた彼らの、その誰しもがやつれた顔に喜びの色を浮かべていた。
ヴィオランティが騎士寮前の群衆を前に告げ知らせるのと時を同じくして、領主の命により街の各方面に同様の布告が張り出され、この情報は瞬く間にファスター中へ広がる。
そこからファスターの復興は順風満帆……とまでは言えずとも、石化から解放された住民やその縁者達が、それまでろくに貢献出来ていなかった分を取り返すかのように張り切り、どこか停滞気味だった復興作業は、緩やかな進展を見せ始めるのだった。
――そう、地の底、ダンジョンの奥深くで起き始めた異変に、気付かぬまま。
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