転生したらぼっちだった

kryuaga

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第一章 はじまり

#68

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 ファスターのやや東寄りの南方に位置する森の中、冒険者の青年は周囲の気配を探りながら音も無く鬱蒼と茂る草木の間をすり抜けて移動する。







 数か月前の災害個体の襲撃とは関わりの無い位置にあった森ではあるが、最近になってとんぼ返りしている魔獣達があらゆる方角から北東の山脈を目指している事が分かっている。そしてその多くがファスター周辺を掠めている事も。



 既に冒険者のみならず商人にも被害が出ており、流通に滞りが出始めている。

 一定ランク以下の冒険者は怯えから街の外に出る事も出来ず、更には、からダンジョンへ潜る事すら出来ずに街の中で鬱屈とした日々を過ごしていた。



 商人の行き来が減り、冒険者は外へ出ない。

 その結果、復興の活気に沸いていたファスターの街が、今はひどく閉塞的な雰囲気に包まれてしまっている。

 勿論、魔獣を狩猟出来る程の高ランク冒険者達も、ただ黙って手をこまねいていたわけも無く、正式に領主からギルドへ依頼が出された事もあって意欲的に街の外へと打って出ていたのだ。

 しかし、報酬や素材目当ての者もそうでなかった者も、ある誤算によって状況を打開する事が出来なかった。



 魔獣の出現が散発的に過ぎるのだ。

 全く見ない日もあればその翌日には何匹も見る事があったり、この辺りは捜索し終えたと思っても何日か後に目撃報告が寄せられる。

 出現する時期も場所もバラバラで、前日の情報は次の日には役に立たない。

 哨戒しても空振りする事が少なくなく、しかし被害が出ている以上しないわけにもいかない。



 そのような事情から、ファスターの街にいる数少ない高ランク冒険者の一人である青年も、連日徒労感を蓄積させながら担当となる区域を見回っているのだった。







 ここしばらくの事、ファスター周辺の森はどこもシン――と静まり返っている。

 人を害する獣や魔物だけでなく、無害な小動物や鳥ですらも、最近頻繁に現れる魔獣を恐れてファスター周辺から姿をくらませているのだ。

 今の状態が続き、以前の生態系が戻らぬようであれば、異変の発生したダンジョンにも潜る事の出来ない低ランクや、中堅程度の冒険者はファスターから去ってしまうかもしれない。



 冒険者が去れば商人も相応に離れるだろう。

 商人が離れれば金も減る、金が減れば街は活気を失う。活気の無い街からはいずれ人がいなくなる――?



 青年は疲労で若干頭が鈍っているせいか、そんな極端な未来を思い描いて不安に囚われながら森の探索を続けていた。



 実際の所、ダンジョンのある街ならば多少問題があっても最終的に人がいなくなるなどありえない。

 異変があるなら解決してしまえばいい。解決できないならそこから利益を見出せばいい。何かしらの利さえ見出せれば、それを目当てにした商人や冒険者をすぐにおびき寄せる事が出来るだろう――そう、ダンジョンから魔力核が持ち出されない限りは。



 ともあれ、現時点では杞憂以外での何物でもない妄想に囚われていた青年だが、じきに担当区域を全て回り終えようという時、それを魔力での知覚範囲に捉えた。

 それは極小さな魔力の反応。

 生物かどうかすらも疑うほどの希薄な生命の気配。



 青年はあらゆる手段をもって対象の情報を洗い出し、その正体に予測を付けながらそれを回収せんと駆け寄った。







 森で発見した魔獣の卵と思われる物を抱え、男はファスターへと帰ってきていた。



 目的の物とは違ったが、臨時収入としては十分だ。

 ――しかし。と、男は思う。

 それを手に入れられたのは偶然であり、そもそもファスター近辺には魔獣の巣が無いのだから、当然ギルドへ行っても収集依頼があるはずもない。



「……まあ、ひとまず買取カウンターに持ってくか」



 処分方法に悩んだ末、男は冒険者ギルドへと足を向ける。

 冒険者の大半は、普段から依頼の成果を冒険者ギルドの買取専門カウンターで処分する者が多い。故に、何か珍しい物を依頼とは無関係に手に入れたとしても思考停止気味に冒険者ギルドへ持ち込む事になってしまうのだ。



 それなりのランクに至っていそうな冒険者の男が、一見石材とも違う、ただ奇妙な形の岩の塊を運ぶ様を訝しげに見る視線を後ろに流しながら、男は冒険者ギルドに辿り着く。

 僅かにピリピリした雰囲気のホールを尻目に、別室――と言うより別棟の買取専門カウンターへ向かった。

 幸い他に人もおらず、買取カウンターにいる職員も若干暇そうにしている。



「こいつの査定を頼む」



「……こちらの一品のみでよろしいですか?」



 ゴトリ、と少量の査定の受付の前に岩の塊のようなものが置かれる。

 受付の職員は内心訝しげに思うも、それをおくびにも出さない。



「おう」



「かしこまりました。こちらの預かり札を――いえ、お待ちください」



「あん? なんだ、どうしたってんだ? おい」



 今まで何度も繰り返してきたやり取りに途中でストップがかかり、大金が手に入るつもりでいた男は若干のイラつきにぶつけるように受付の職員へと食って掛かった。



「こちらの――恐らく魔獣の卵かと思われますが、当買取所ではお預かり出来かねます」



「ああ!? わけわかんねえ事抜かしてんじゃねえぞ! いいからとっとと査定しろやクソがっ! ぶっ殺すぞ!」



 もはや完全にゴロツキのセリフである。

 実際、ギルドから警告とまではいかなくとも、揉め事扱いで注意くらいは飛んでもおかしくはないのだが、男の恫喝に対して欠片も動じていない職員は、構わず引き取る事が出来ない理由を説明し始めた。



「いえ、私としましても非常に遺憾では御座いますが、当買取所で査定させて頂いた場合、恐らく一銀貨(日本円にしておよそ一万円)にもならないかと」



「はあ!?」



「まず前例のない魔獣の卵という事で、買取額を設定するために一度商人組合の方へ預ける必要があります。

 いえ、ただ前例の無い物品であればここまでは問題御座いません。少々査定に時間が掛かるかと思われますが、正当な価格を設定されて提示して頂けるでしょう。

 ですが、問題はこちらの品が生物の卵だという事です。」



「は、はあ? どういう事だ?」



 威圧していたつもりが何の反応もされず、逆に気圧されながら職員の淡々とした説明を聞いていたが、男には問題が理解出来なかった。戸惑いに揺れる声を返すだけで精一杯だ。



「私見では御座いますが、こちらの卵、もう三日と経たずに孵るものかと予想されます」



「……それのどこが問題なんだ? 孵っちまったら値が釣り上がりそうだからそっちには都合が悪いって話かよ?」



「いいえ、そうでは御座いません」



 確かに価格の変動する品を扱うのは面倒である事は確かだが、高くともその価値があるのならば、それを欲する商売人にとって購入する事に否やは無い。



「査定中に孵ってしまった場合、その時点でこちらの品の価値が無くなってしまう可能性が非常に高いのです」



「? ……?」



 もはや男は疑問の声しか出せない。



「騎獣の商店で扱われているような、単なる獣の類であればまだ良かったのですが、魔獣となれば生まれついた時から危険な能力を宿している可能性があるかと思われます。孵化した時、仮に職員が襲われた場合、能力を確認し、危険かどうかを考慮する事も無く即座に殺処分される事でしょう。

 そしてそうなれば、残念ながら貴方の下へ金銭が支払われる事もありません。職員が怪我をした場合、むしろ治療費も求められる可能性もあります」



「はあ!? ふざけんなっ! 俺のもんが壊されて何で俺が金払わなきゃいけねえんだよ!」



 だからそんな事にならないように引き取らないと言っているのだが。職員は男に構わず説明を続ける。



「そして仮に襲われなかった場合ですが、その場合は職員が刷り込みの対象になる可能性が考えられます。

 そうなってしまうと、もはや商品価値を認められる事は無いでしょう。

 無理に引き離そうとして誰かに怪我を負わせた時は、やはり殺処分されるでしょう。

 私としましては、孵るまでの間に冒険者の方から買い手を見つけておく事をお勧めします」



「……っ! クソがっ!!」



 憤懣やるかたないといった様子で卵を抱え、男は買取所を出ていった。

 相対していた職員は一貫して通していた淡々とした表情を崩し、やれやれと溜め息をつく。



「いくら暇だって言っても、ああいう面倒な手合いはご勘弁願いたいねえ。

 ……おや? って、あれは……まさか、また?」



 騒々しい冒険者の男が出ていった扉を開けて入ってきたのは、時々大量の素材を持ち込んで買取所の職員を困らせる事で有名な冒険者の青年。











 その手には卵のような形の灰色の岩の塊のような物が抱えられていた。





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