王妃のおまけ

三谷朱花

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「どうかした?」

 昼休みが半分ほど終わった時間にSTげんごちょうかくし室に行けば、高野さんが微妙な表情をしていて、声をかける。

「いえ。さっき見た夢がちょっと変な夢で……」

 昼休みを仮眠に使う人が多いから、高野さんが寝ていたのもそれほど不思議な話じゃなくて、ただ変な夢、というのが気になった。

「どんな夢?」
「……本当に変な夢なんですよ。……自分がお姫様になったみたいな……。いやだ、先輩、そんな顔してみないでくださいよ! 夢ですから! 夢!」

 私が驚きで目を見開いたのが、どうやら高野さんには、私が高野さんを痛い子として見ていると感じられたらしい。

「いや、馬鹿にしているわけじゃないよ。……すごい夢を見るな、と思っただけで……」

 封じたはずの記憶が、潜在意識には残っているのかもしれない。

「いや、それだけで十分呆れられてる気がします。……願望、なんですかね?」
「……どうかな。お姫様になりたいの?」
「……どうでしょう? それにその夢のお姫様、何だか哀しんでました。それならお姫様にならなくてもいいかな、と思います」

 具体的な内容は思い出せないにしろ、高野さんには確かに“八重様”としてあの世界にいた記憶が残っていそうだ。
 もう魔力が残っていない私には、高野さんの記憶をこれ以上封じることはできない。
 あれが夢だと、高野さんが信じてくれていればいい。

「実は前世でお姫様だったりして。で、あんまりいい待遇受けてないお姫様だった、とか」

 私の言葉に、高野さんがクスリと笑う。

「先輩も案外そんな話するんですね。意外です」

 案外そんな二次元的な話を好きなことは、人には言ったことがない。だから、高野さんからすれば意外になるんだろう。

「まあね。まあ、夢なんだから、気にする必要はないんじゃない」

 もう高野さんがあの世界に呼ばれる可能性は、一つもない。

「そうですよね……」
「ま、もしお姫様になりたいんだったら、田中君ならどうにかしてくれるかもよ?」

 田中君なら、高野さんを溺愛して私が思い描くお姫様のように扱ってくれると思う。

「ちょっと、先輩! 何でここで田中さんの話が出るんですか」 

 そう否定はしているけれど、高野さんのちょっと赤らんだ顔は、あながち可能性ゼロってわけでもなさそうだ。高野さんはこの間の納涼会の時にも“好きな人ができない”と嘆いていたけど、今朝の出来事で少し意識するようになったのかもしれないし。

「え、何となく?」
「何となくでからかわないでくださいよ! 先輩がそんなからかいするとは思いませんでした」

 高野さんの赤らんだ顔は、まだ冷めない。

「そう?」
「そうですよ。あ、で、先輩?」
「何?」

 どうやら田中君の話は流されたらしい。

「ちょっと待ってもらえます? 午後一の患者さんって、外来ですか」
「いや、病棟の患者さんだけど」

 外来の患者さんの場合、私は休み時間終わりと同時に患者さんを部屋に招き入れる。

「あ、じゃ、ちょっと待ってください」

 ぱたぱたと高野さんがST室を出ていく。
 しばらくして戻ってきた高野さんは、手に包みを抱えている。

「え?」
「先輩、今日誕生日ですよね? これ、いつものお礼です」
「いやいやいや、もらえないよ。いつもって、当たり前に教育しかしてないんだし。」
「いいえ。他の同級生の話とか聞くと、丁寧に教えてもらってるって思いますもん。これは私の感謝の気持ちですから」
「……だって、高野さんも明日誕生日でしょ? 私こんなの用意してないよ?」

 高野さんの名前は、8月8日で、8が重なるから“八重”なんだと入職してすぐのころに聞いた。その時についポロリと、自分の誕生日が一日前だとこぼしてしまったんだけど、まさかそれを覚えていたとは思わなかった。

「だから、いつものお礼だからお返しとかいいんですって! それに大したものではないですから」
「……いいの?」
「是非!」

 本当に高野さんいい子なんだよな、と思いながら、その包みを受け取る。

「ありがとう」
「いいえ」

 にっこりと笑う高野さんに、どこか線引きした関係を取ってしまう自分が嫌になる。

「でも、何で今?」
「だって、先輩今日見学の人が来ますよね? 何時に終わるかもわからないみたいですし、せっかくの誕生日プレゼントなのに渡し損ねるじゃないですか」

 なるほど、確かに今日は就業終了時間直前に人が来る予定になっていて、それがどれくらいかかるかわからない以上、高野さんが確実に捕まえる休憩時間は今しかないのかもしれない。

「うん、ありがとう」

 私のせいであの世界に転移されて、その夢の通りに哀しいことがたくさんあったんだと知れば、高野さんはどう思うだろうか。
 ……そんなこと、もう現実にはありえもしないから、考えるだけ無駄なんだけど。

 ただ、慕われているのがわかっても、距離を取らざる得ないのは、私がまだ母の呪いに身動きできないから。
 あの世界に“災い”を与えるきっかけになったのは間違いないから。
 私が“災い”を呼ばないとは、言うことができないから。

「見学の人が来るのって、5時でしたっけ?」

 それ以上の好意を押し付ける様子もなく、高野さんが話題を変えた。

「そうそう。5時なの。ごめんね、1時間もあれば終わると思うんだけど、そのあたりの時間はST室4階のところ使ってくれる?」

 病院の業務時間は5時半までで、本当なら個人的な研究の話だから業務時間外にする話なんだと思うけど、先方の都合でそんな中途半端な時間になってしまっていた。
 ST室は3階のリハビリ室の並びにある部屋と、4階の病棟の端にある元は物置だったところを改造してくれた部屋の二つあって、メインには3階を使っている。何しろ窓があるから、気分的には窓のある部屋を選んでしまう。

「いいですよ。でも、大学で研究してる人がわざわざ来るとか、すごいですね」

 今日、見学というか話をしたいとやってくるのは、大学で音響学を研究しているという人だ。

「すごいことはないと思うよ。多分、その人がやってる分野と重なってたから興味があるんだと思うけど」
「いやいや、だって、学会で発表したとはいえ、わざわざ病院に話をしたいって来るもんですか」

 ……来るものか?

「さあ? そもそも私が学会発表したの、今回が初めてだったしね。…まあ、あんまりないんじゃないの?」

 同級生ともあまり連絡を取ってない状況で、昔の同僚とも連絡を取っていない状況で、一人職場だった私が、その普通を知るはずもない。
 たぶん、あんまりない話だとは思っている。けれど、自分の研究に興味を持ってくれた人がいるということは、自分が仕事で認められた気にはなって、嬉しくはあった。
 私に残っているものなど、仕事ぐらいしかなかったから。
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