王妃のおまけ

三谷朱花

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「私のやり方がいけなかったんでしょうね」

 でもまたあの状況になったとしても、私はきっと同じ方法を選んでしまうだろう。
 魔方陣の魔力をひっそりと自分の体に戻し、ひっそりと高野さんをこの世界に戻すことは可能だったかもしれない。だけど、そんなことをしたら、ただあの世界の人たちを混乱に陥れてしまうと思ったから……。

「きっとどんな方法を取っても、不満は出ただろう。平和と幸福の約束がなくなってしまうなど、ほとんどの者が思っていなかったから」
「……最初から、あんな約束などしなければ……」
「あの約束は、私にとっては必要だった」

 私の後悔を蹴散らすように、中森さんがしっかりと首を振る。

「いえ。そうでなければ、あの世界はもっと発達して天災などに怯えぬ世界になっていたかも知れません」
「そうであったら、私は今ここにいない。立夏と出会うことが私には必要だった」
「……それこそ後付けの理由でしょ」

 昨日の会話を思い出す。

「そうかもしれない。だけど」

 だけど、と切られた言葉が、気になって中森さんをじっと見る。 

「そうだな。あれは必要なかったのかもしれない」

 ふ、と息をはく中森さんに、ほら、と思いつつも、どこか寂しいような複雑な気持ちになる。 

「ベターハーフなら、いつか出逢い惹き合っただろう」

 その言葉に、呆れた気持ちと同時に沸き上がってきたものは、何だろう。まだ言葉にはできないけれど?

「ロマンチストですね」
「初恋は忘れられないらしいからな」

 初恋。

「あれは本当だったの?」

 後宮でまことしやかに囁かれていたマシュー様初恋説。誰かが勘違いして言い出したのだと思っていたけど。

「ああ、皆よく知っているな」

 クスリと笑う中森さんは、知っていてあの噂や後宮の皆の勘違いを放置していたのだと答えているようなものだ。

「早々に否定してくれれば良かったのに」
「否定する必要がないのに、か」
「恋愛ごとを人に知られたいとは思いません」

 立場上隠すことができないとしても、もう少し秘めてくれれば居心地の悪さは解消したと思うんだけど。

「立夏に自分の気持ちを気付かせるにはあれくらい必要だろう」
「……悪趣味な。私はマシュー様の手のひらの上で転がされてただけ?」

 もうあの噂が後宮に広まった時点で、マシュー様は私の心の奥にある気持ちもわかっていたと言うこと?

「転がってくれるといいとは思っていたけどな」

 ……その時点では、マシュー様にも確信はなかったんだろうと言うことがわかってほっとする。
 何から何まで分かるとか、逆に怖いし。

「あの時の立夏は、異世界に急に連れてこられてそれこそ自分も不安だろうに、八重様を助けようと悩んだり、何の益も求めないまま母上の障害を良くしようと頭を働かせたり、自分以外のことに一生懸命だった。見た目も好みで、そんな健気な女がいれば、好きになるのも当然だろう」
「……ありがとうございます。だけど、それは今の中森さんが私を好きだという理由にはならないと思いますよ」

 マシュー様の気持ちは、素直に嬉しいと思う。だけど、だから中森さんが私を好きだと言うのは、違うと思うのだ。

「確かに僕はマシュー様ではない。だけど、マシュー様の記憶があるのも確かで、マシュー様の記憶に上書きをしていってるようなもので、完全にマシュー様と違うとは言えない」
「……やっぱり執着だよ。関わっているうちに、あれ、違うなって思うようになるよ」

 私の言葉に、中森さんがおやっと目を見開く。

「僕が関わるのはいいんだ」
「研究の話が嘘だと言われたら、中森さんを尊敬はできなくなります」

 私と会うためだけの嘘だと言われたら、それは私の発表には元から興味がなかったとのことで、私が認められたと思ったこともなかったことになるから。
 ……私の自尊心の問題だけど、中森さんからの初めての連絡は、確かに私の凝り固まった心に光を差すものだった。それが嘘だと言われれば、その光はなかったことになるから。

「それは、ぜひ協力をお願いします」

 私がほっと息をつけば、中森さんのまっすぐな視線が刺さる。

「あの予稿集を見たとき、僕がどれだけ喜びを感じたか分かる? 名前を見て、ようやく見つけた、と思ったのはもちろんだけど、その発表の内容が僕の研究にも関係する内容で、僕らは会わないといけない運命なんだって」

 熱烈とも言える内容に、顔が熱くなる。きっと顔は赤くなってるだろうと思う。

「それは、後付けの理由では」
「後付けの理由でも。僕はそうじゃなきゃ、立夏に近づく理由も貰えない。そうじゃない」
「……発表した後にでも声かけてくれれば……」
「残念ながら、僕は会場にはいなかったんだよ。その会場に行けてたら、どんな理由でも声をかけられただろうけどね」
「……それでよく見つけたね?」
「立夏の名前がないか、言語聴覚士が論文を出しそうなところには目を通してたから」
「……暇でもないでしょうに」
「立夏を見つけるためなら。なんて、自分の研究に関係しそうなデータがないかも探してたから、一概に立夏のため、とは言えないんだけど」

 ある意味、正当な理由があってほっとした。逆に私を探すためだけに無駄とも思える作業をしていたと言われたら、それはそれで複雑だった。……それは執着以外の何物でもないような気がするから。

「……佐江様には話を聞かなかったの?」

 私の個人情報を持っている人がマシュー様の身近にいたはずだと思い出す。中森さんは首を横に振る。

「頑なに教えようとはしなかったよ。あれだけ口が固いのもすごいね」

 保健師だから守秘義務を守っていたのかもしれないし、マシュー様の気持ちを断ち切るために私の情報を伝えなかったのかもしれない。 

「そう……なんだ」
「何? 教えていて欲しかった?」

 教えていて欲しかった、か。
 私ははっきりとした気持ちで首を横に振る。

「いえ。佐江様は確かに私の意をくんでくれたと思う」
「立夏の意を汲んだ」
「ええ。私のことなんか忘れてしまって、新しい妃を娶って、マシュー様に幸せにいてほしかった」

 それは、私の中に間違いなくあった気持ちだ。実際には居もしない架空の相手に嫉妬したり傷ついたりしたけれど、それはそれで正常な心の動きなんだと思うから。
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