悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花

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ならば④

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「ファビアン殿下。いつ、私を婚約者にしてくださいますか?」
  
 中庭で、私は甘えるようにファビアン殿下の体に頭を寄せた。
 ファビアン殿下の鼻の下が伸びる。
 どうやら、ファビアン殿下は、クリスティアーヌ様が完璧すぎて、甘えられたことがないらしく、私が甘えるのをことのほか喜ぶのだ。
 だから、甘えることにしている。
 その方が、ファビアン殿下も機嫌がいいから。

「ノエリア様、それは、口にしてはいけないことですわ!」

 向かいのベンチから、声がかかる。
 あら、いたのね。
 彼女は、いつも私に突っかかってくる同級生。カリマ = サルヴェール男爵令嬢。男爵令嬢の身分は同じだけど、彼女はれっきとした令嬢で、クリスティアーヌ様を尊敬しているらしく、ファビアン殿下にべったりと一緒にいる私のことを、目の敵にしている。
 
 彼女の周りで、あ、という気まずい空気が広がったのがわかる。
 ふふふ。不敬罪になるのを怖がっているのかしら? もう、私に怖いものなんてないの。
 でもね、大丈夫。
 私が陥れるのは、一人だけでいいから。

「ふふふ。私たちがお似合いだって、誰もがわかるのね」

 カリマ様の瞳が死んだのがわかる。私の言葉に呆れているのね?
 でも、煙に巻くには、これが一番なのよ?

「ノエリア、今のはそういう意味なのかな?」

 ぱちくりと瞬きをしているファビアン殿下が首を傾げる。ほら、大丈夫よ。気にしないで。

「ええ。そうですわ! ふふ。私たちのこと、学院の皆さまも応援してくださっているのよ」
「そうか。心強いな」
「ち……」

 カリマ様の口が友人たちの手によってふさがれる。カリマ様の友人の一人がカリマ様の耳に口を寄せて何やら告げている。
 んー、んー、とカリマ様が声を上げると、カリマ様の友人たちが口から手を離す。
 カリマ様が忠告した友人を見る。

「そ、そんなことないわよ。事実を述べているだけだもの!」
「カリマ様、言っても無駄だって、そもそもわかっているじゃない。ノエリア様には言葉が通じないし、ファビアン殿下は理解もしてくださらないわ」

 一番扱いにくいのは、この方たちなのよね。他の学院生は、私がついた嘘を信じたファビアン殿下の嘘を信じてくれたりしているのに、彼女たちだけはファビアン殿下の言葉に懐疑的。
 そもそも、普通に考えればわかるんだけど。
 彼女たちが正しいって。

「いえ! 私は今日こそ、ファビアン殿下に理解していただくわ!」

 カリマ様が立ち上がると、友人たちに手を引っ張られて、またベンチに座らされている。
 ……無駄だって、わかってもらうしかないわね?

「もう無駄よ。二人は二人の世界に入ってしまっているもの」

 私はファビアン殿下の髪をすく。すると、ファビアン殿下が甘い顔をして、私の制服のボタンに手をかける。

 カリマ様が目をそらしたのが視界の端に入った。

「行きましょう」

 カリマ様の友人たちが先に立ち上がって、カリマ様を立ち上がらせた。
 怒った表情のカリマ様が、去っていくのを視界の端で見届けると、私はファビアン殿下の手を止めた。

「ファビアン殿下。こんなところで恥ずかしいですわ。それに……肌を見せるのは、婚約した後と決めておりますの」
 
 私が恥ずかしそうに見上げると、ファビアン殿下が苦笑して私を抱きしめる。

「そうか。ノエリアの希望を早く叶えたいが……なかなかクリスティアーヌ嬢が姿を現さないからな」

 ファビアン殿下は、いまだにクリスティアーヌ様が学院に来ていらっしゃらないのに気づいていない。
 ……本当に、この国は大丈夫なのかしら?

 私だって、友達が欲しい。
 私に「今のままだと、悪役令嬢になってしまうわ」って唯一忠告してきたカリマ様のこと、結構気に入っているのよ。
 だから、ファビアン殿下の気に障らないようにしてあげているの。
 ……きっと、気づくことはないでしょうね。 
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