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まさかの⑨
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「そこは、こうよ」
メリリース様の手が、私の剣先の動きを修正する。
握られたほっそりとした、でも、私よりも大きな手に、何だかドキドキする。
メリリース様が男性だったら、絶対惚れてる!
……男役の衣装を着せたい。作ったら、着てくれるだろうか?
色々手習いしといて良かったかも!
「あの、メリリース様」
「ん? なぁに?」
こんな風に剣を習うようになって、1年がたつ。
メリリース様の言葉遣いも、砕けたものになってきた。仲良くなれてるんだな、ってこそばゆい気持ちになる。
「サイラス様との婚約、破棄されないのですか?」
私はとうとう、禁断の質問を口にしてしまった。
だって、あのバカ王子、今日も懲りずにちょっかいかけてきてイラッとしたんだもん!
最近は、私の体力もついてきて、うまくかわせるようにはなったんだけど、それでもサイラス様の態度は変わらない。
女生徒たちには反感の目で見られるし!
救いは、婚約者であるはずのメリリース様の態度が、親しげなままってことだけど。
……さすがに、これが演技だとは思えないんだよね。一応、今までの経験上。
……演技だとしたら、怖さしかないんだけど。
「どうして?」
「どうしてって! メリリース様は素晴らしい方なのに! サイラス様には……勿体ないです!」
「ふふ。ありがとう。でも、仕方がないのよ」
メリリース様の諦めたような声に、悲しくなる。
メリリース様の気持ちが伝わってきたから。
破棄したくても、できない。
きっと、王家との力関係で難しいんだろう。
でも。
「メリリース様、諦めるのはやめましょう!」
私が振り向くと、メリリース様は驚いた顔をしていた。
「私は、自分の未来を切り開くためにこの国に来たのです。ですから、メリリース様にも、あきらめて欲しくはないのです!」
「自分の未来を切り開くため?」
「ええ。私はきっとあのままだったら、ろくな人生を送れなかったと思います。だから、変わろうと思って、今こうやって体力をつけたりしているんです!」
私の力説に、メリリース様が首をかしげる。
「体力って……関係あるかしら?」
「当然です! 体力がなければ、仕事もできませんし!」
「仕事? ……公爵令嬢であるキャサリン様が?」
……さすがに、今まで言わなかったけど、もうメリリース様には、言ってもいいよね。
メリリース様のことは、信頼できると思っているから。
私は剣を置くと、メリリース様に正面から向き合った。
「私、公爵令嬢としての身分は捨てようと思っています」
「そんなこと!」
メリリース様が目を見開く。
そんなこと、メリリース様はきっと考えたこともないんだろう。
「できないかもしれない。でも、できるかもしれない。少なくとも、私は公爵令嬢でいる限りは、幸せにはなれる気がしないんです」
「公爵令嬢だと、辛いのかしら? ……婚約者も勝手に決められたりされたのかしら?」
きっと、メリリース様がそうだったんだろう。
きっと、嫌なんだよね。
「婚約者は決められそうになりましたけど、こちらに逃げてきたので、今のところは放っておいてもらえてます。でも、たぶん、ディル王国で誰か貴族の結婚相手を見つけてくることを望まれてるんだと思います」
それもありかな、と一瞬考えたりもしたんだけど、誰かに私の人生を決められるのはもう嫌だったから。だから、もともとの選択肢である市井で暮らすことを選ぶことにした。
私の言葉に、メリリース様が眉を寄せる。
「オールコック王国に戻らなくていいの?」
「メリリース様は、ご存じでしょう? 私が庶子であることを。……私は、ノーフォーク家では望まれていない子供ですから。実の親であるお父様ですら、私の存在を忘れていたくらいなんですよ?」
私は笑おうとして、剣を置いたメリリース様に抱きしめられた。ドキリと心臓が跳ねる。
「泣かないで?」
メリリース様の言葉に、私は初めて自分が泣いていることに気づいた。
あの時も、怒りはあっても、哀しい気持ちなんて少しだけだったのに。
「なんでだろう? 泣きたいわけではないんですよ? あの人たちには、最初から何も期待はしていなかったですから。あの人たちも、私に期待などしていないでしょうけど」
「そんな悲しいこと、言わないで? 私は、キャサリン様のこと、期待しているわ」
「……そんな期待されるようなことは……」
「あら。だって、私の剣の稽古に、弱音も吐かずにきちんと来ているじゃない。自分のためとは言え、剣も持ったことのない令嬢が、ここまで稽古を続けるとは、私も思わなかったのよ?」
「……強くなりそうですか?」
メリリース様から体を離し見上げた私の質問に、メリリース様が困ったように笑う。
「体力面では強くなると思うわ」
どうやら、私に剣の才能は乏しいらしい。それでも、何の得もないのに律義に教えてくれているメリリース様に、感謝の気持ちしかない。
「メリリース様、本当にありがとうございます。……メリリース様のこと、本当に尊敬していますし、好きです。だから、サイラス様との結婚を、阻止できるならしたいですよ?」
「熱烈な告白ね」
ふふふ、と微笑むメリリース様に、私はむっとする。
「笑わないでください。私は本当に、メリリース様のことを慕っているんですよ?」
「私が公爵令嬢でなければ……私の姿が醜ければ、私の存在は価値がないんじゃないかしら?」
ああ。生まれた時から公爵令嬢として生きてきたメリリース様も、こんな風に不安を抱えて生きてきたんだ。
「メリリース様! メリリース様の価値は、そんなことではありません! 例えメリリース様が公爵令嬢でなかったとしても、メリリース様がどんな姿だったとしても、私は、きっとメリリース様と一緒にいることを望みます」
「その言葉に、嘘はない?」
まっすぐなメリリース様の視線に、私は大きく頷く。
「ありません! ですから、サイラス様との婚約破棄の方法を考えましょう!」
「……でも、それはできそうにないわ」
メリリース様の答えに、私はパチパチと瞬きをした。
メリリース様の手が、私の剣先の動きを修正する。
握られたほっそりとした、でも、私よりも大きな手に、何だかドキドキする。
メリリース様が男性だったら、絶対惚れてる!
……男役の衣装を着せたい。作ったら、着てくれるだろうか?
色々手習いしといて良かったかも!
「あの、メリリース様」
「ん? なぁに?」
こんな風に剣を習うようになって、1年がたつ。
メリリース様の言葉遣いも、砕けたものになってきた。仲良くなれてるんだな、ってこそばゆい気持ちになる。
「サイラス様との婚約、破棄されないのですか?」
私はとうとう、禁断の質問を口にしてしまった。
だって、あのバカ王子、今日も懲りずにちょっかいかけてきてイラッとしたんだもん!
最近は、私の体力もついてきて、うまくかわせるようにはなったんだけど、それでもサイラス様の態度は変わらない。
女生徒たちには反感の目で見られるし!
救いは、婚約者であるはずのメリリース様の態度が、親しげなままってことだけど。
……さすがに、これが演技だとは思えないんだよね。一応、今までの経験上。
……演技だとしたら、怖さしかないんだけど。
「どうして?」
「どうしてって! メリリース様は素晴らしい方なのに! サイラス様には……勿体ないです!」
「ふふ。ありがとう。でも、仕方がないのよ」
メリリース様の諦めたような声に、悲しくなる。
メリリース様の気持ちが伝わってきたから。
破棄したくても、できない。
きっと、王家との力関係で難しいんだろう。
でも。
「メリリース様、諦めるのはやめましょう!」
私が振り向くと、メリリース様は驚いた顔をしていた。
「私は、自分の未来を切り開くためにこの国に来たのです。ですから、メリリース様にも、あきらめて欲しくはないのです!」
「自分の未来を切り開くため?」
「ええ。私はきっとあのままだったら、ろくな人生を送れなかったと思います。だから、変わろうと思って、今こうやって体力をつけたりしているんです!」
私の力説に、メリリース様が首をかしげる。
「体力って……関係あるかしら?」
「当然です! 体力がなければ、仕事もできませんし!」
「仕事? ……公爵令嬢であるキャサリン様が?」
……さすがに、今まで言わなかったけど、もうメリリース様には、言ってもいいよね。
メリリース様のことは、信頼できると思っているから。
私は剣を置くと、メリリース様に正面から向き合った。
「私、公爵令嬢としての身分は捨てようと思っています」
「そんなこと!」
メリリース様が目を見開く。
そんなこと、メリリース様はきっと考えたこともないんだろう。
「できないかもしれない。でも、できるかもしれない。少なくとも、私は公爵令嬢でいる限りは、幸せにはなれる気がしないんです」
「公爵令嬢だと、辛いのかしら? ……婚約者も勝手に決められたりされたのかしら?」
きっと、メリリース様がそうだったんだろう。
きっと、嫌なんだよね。
「婚約者は決められそうになりましたけど、こちらに逃げてきたので、今のところは放っておいてもらえてます。でも、たぶん、ディル王国で誰か貴族の結婚相手を見つけてくることを望まれてるんだと思います」
それもありかな、と一瞬考えたりもしたんだけど、誰かに私の人生を決められるのはもう嫌だったから。だから、もともとの選択肢である市井で暮らすことを選ぶことにした。
私の言葉に、メリリース様が眉を寄せる。
「オールコック王国に戻らなくていいの?」
「メリリース様は、ご存じでしょう? 私が庶子であることを。……私は、ノーフォーク家では望まれていない子供ですから。実の親であるお父様ですら、私の存在を忘れていたくらいなんですよ?」
私は笑おうとして、剣を置いたメリリース様に抱きしめられた。ドキリと心臓が跳ねる。
「泣かないで?」
メリリース様の言葉に、私は初めて自分が泣いていることに気づいた。
あの時も、怒りはあっても、哀しい気持ちなんて少しだけだったのに。
「なんでだろう? 泣きたいわけではないんですよ? あの人たちには、最初から何も期待はしていなかったですから。あの人たちも、私に期待などしていないでしょうけど」
「そんな悲しいこと、言わないで? 私は、キャサリン様のこと、期待しているわ」
「……そんな期待されるようなことは……」
「あら。だって、私の剣の稽古に、弱音も吐かずにきちんと来ているじゃない。自分のためとは言え、剣も持ったことのない令嬢が、ここまで稽古を続けるとは、私も思わなかったのよ?」
「……強くなりそうですか?」
メリリース様から体を離し見上げた私の質問に、メリリース様が困ったように笑う。
「体力面では強くなると思うわ」
どうやら、私に剣の才能は乏しいらしい。それでも、何の得もないのに律義に教えてくれているメリリース様に、感謝の気持ちしかない。
「メリリース様、本当にありがとうございます。……メリリース様のこと、本当に尊敬していますし、好きです。だから、サイラス様との結婚を、阻止できるならしたいですよ?」
「熱烈な告白ね」
ふふふ、と微笑むメリリース様に、私はむっとする。
「笑わないでください。私は本当に、メリリース様のことを慕っているんですよ?」
「私が公爵令嬢でなければ……私の姿が醜ければ、私の存在は価値がないんじゃないかしら?」
ああ。生まれた時から公爵令嬢として生きてきたメリリース様も、こんな風に不安を抱えて生きてきたんだ。
「メリリース様! メリリース様の価値は、そんなことではありません! 例えメリリース様が公爵令嬢でなかったとしても、メリリース様がどんな姿だったとしても、私は、きっとメリリース様と一緒にいることを望みます」
「その言葉に、嘘はない?」
まっすぐなメリリース様の視線に、私は大きく頷く。
「ありません! ですから、サイラス様との婚約破棄の方法を考えましょう!」
「……でも、それはできそうにないわ」
メリリース様の答えに、私はパチパチと瞬きをした。
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