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「リヴィア様、本当にフェルナン様と話しをしなくていいの?」
 
 心配そうなアンリエット様に、私は頷く。
 夏至祭の後、以前のようにフェルナン様と交流することはなくなった。
 断ったのだから、当然だ。
 それでも、フェルナン様の姿を目に焼き付けようと、つい目で追ってしまう。
 時折、何かを言いたそうなフェルナン様と目が合うけれど、お互いに言葉を交わすことはない。

「もう、心残りはありません」
「でも、明日が卒業式なのに……」
「私が応えることができないのは、アンリエット様が一番ご存じではないですか」

 明日、ファルギエール学園の卒業式がある。
 そして、明日、私は身を隠す。
 アンリエット様についてバスチエ王国での下女となるために。
 
 アンリエット様がバスチエ王国に行くのは、1か月後。
 その間は息をひそめて生活することになる。
 今のところ、逃げ出すことも、お父様には全くバレていない。
 婚約者が決まったと、昨日のんきに告げられたくらいだ。

 どうやら私は1か月間、バスチエ王国の歴史や貴族名鑑などを覚えさせられる予定らしい。
 実は、アンリエット様にマナーのレッスンを受けている間、一番苦手だったのが、国の歴史と貴族名鑑を覚えることだった。
 それを知っていて、やるなら本格的にね、とウインクしたアンリエット様は、きっと鬼だと思う。
 だけど、違う国に輿入れするアンリエット様の力になるのであれば、と諦めている。

「お互いが想い合っているのが分かっているから、余計にじれったいわ」
「私のことについては、もういいではないですか。アンリエット様は、1か月後にはバスチエ王国に行くのですよ? 心配などはないのですか?」
「あら。私には優秀な侍女がいるから、大丈夫」

 微笑むアンリエット様には、憂いなどない。

「でも、バスチエ王国の貴族令嬢に虐められるかもしれませんよ?」

 どこかのヒロインみたいに。でも、アンリエット様には、アントニー殿下がいるから。

「私の覚悟は、そんなものでは揺らぎませんわ」

 真っすぐ前を見つめるアンリエット様は、きっとどこにいても、これからも自分で自分の道を切り拓いて行くんだろう。
 私も、そうありたいと心から思う。



 卒業式が行われる講堂を一人見上げる。
 卒業式なのに、お父様が来る予定は、全くない。
 早朝の光が、ステンドグラスをきらめかせる。
 思い出を心に納めるために、早めにやってきた。

「リヴィア嬢?」
 
 もう一度聞きたいと願っていた声が、私の名前を呼んだ。
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