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ダニエルはアリーナと12離れていて、アリーナが城で働き出す前から王太子の補佐官として有能さを発揮している。
アリーナが城で易々とその身をどうにもされないのは、侯爵家の娘という肩書きもあるが、この有能な兄のお陰とも言っていい。七光りはアリーナの望むものではないが、仕事上では兄の七光りなど役にもたたないので、安全に城仕えができるという点で重宝している。この兄とライが頭脳戦で対峙した場合どちらが勝つんだろうな、とぼんやり考えたアリーナは、なんだか恐ろしいものが見れそうな気がしてきてぶるりと小さく体を震わせた。
「やるか?」
アリーナの身震いをライが嫌だという方に解釈したダニエルが、何やら決意したような声を出した。
「いえ。大丈夫。この話には私の打算が大いに入ってる話だから。ライ様が勝手に言ってるだけじゃないの。変に心配しないで。」
アリーナは慌ててダニエルの勘違いを訂正する。
「そうか。アリーナが良いならいい。」
それ以上は深追いしないダニエルは、アリーナの表情を見て深追いしないことを決めたのだとはアリーナは気付かない。
「幸せになれよ」
ダニエルの言葉の真意を理解できないまま、アリーナはダニエルとライの恐ろしい戦いが回避できたとほっとして頷いた。
踵を返して部屋に戻っていくダニエルに、キッチンまでついてきて、ついでにお茶を入れてくれればいいのに、と思ったのは、内緒だ。
****
アリーナのお茶は、見た目は普通だった。だが、客人より先にお茶をトライしてくれたアリーナの父が飲み込めずに目を白黒している間に気管に入り込み激しくむせ込んで惨事を引き起こしたので、他の人の口に入ることはなかった。
アリーナとしても、普通にその場にいた執事と料理番とハウスキーパーから教えられたとおりにお茶を入れたつもりだったのだが、3人が見守っていてもこのありさまである。お茶もいれないほうがよさそうだとアリーナは心に誓った。
惨事ゆえに、後の話は後日ということになり、アリーナはライを玄関まで送って行っている。
「どうやってアンカー伯爵を脅したの」
二人きりになってアリーナが口にしたのは、さっきから気になってしかたがなかった件だ。
「脅してなんかいませんよ。ただ、開始時間ギリギリに料理を置かしてもらうことを提案したので、断るわけにもいかなかったんでしょ」
アリーナはアンカー伯爵に同情した。断りようもない。代わりを探すこともできやしない。ライが出てくれるならとyesという他はないじゃないか。
「…流石ね」
アリーナの言葉は正しく嫌味だ。
「そのおかげで我々は出会うことができたわけですから、アンカー伯爵には感謝してもしきれませんね」
…舞台裏を知っているアンカー伯爵も、この婚約の話を聞いたら驚くに違いない。とアリーナは思う。
アンカー伯爵家でアリーナとライのやり取りを見ていて、うまくいきそうだとは微塵も感じなかっただろう。当事者であるアリーナですら、結局どうしてこういう流れになったのか、はっきりとわかっていない。
一つだけわかっていることがあるとすれば、アリーナを見るライの目が、とてつもなく甘い、と言うことだけである。
****
「アリーナ!」
職場に顔を出して、一番に声をかけてきた人物に、アリーナはビクリとする。
昨日、ライの基礎データの情報源として役に立ったと言っていいライフリークが声をかけてきたのだ。
これは、昨日のことが既にこのライフリークに伝わっていると思っていいだろう。そうでなければ、あんな怒ったような興奮したような声を出すはずもない。
「おはようございます」
アリーナは何もなかったようなふりをして、ライフリークに対峙する。
「何てことなの」
ガシッとアリーナの肩がつかまれる。
この台詞間違いないな、とこれから先言われるだろう言葉を予想して、アリーナはうんざりする。
まあ追及されるのは予想の範囲だ。それよりも、とにもかくにも、アリーナは言いたい。
「肩が痛いんですが」
それもそのはず、アリーナの肩をつかむ手は明らかにアリーナより大きいし、その手が繋がる腕も、文官にはそぐわないほどきちんと筋肉がつきがっしりとしている。その腕が付いている体躯も腕と同じく筋肉がきちんとついており、頭の位置はアリーナの頭ひとつ分は上にある。
「そんなはずないじゃない! 乙女に何てこと言うの」
言葉遣いと思考回路以外は、紛れもなく男性である。
「ガイナー室長。筋肉隆々にしといて乙女って言い張るのやめてください。世の乙女が泣きますよ」
「私のは美しさを保つための筋肉よ! 筋肉バカみたいに言わないで!」
この残念な発言の主であるガイナーは、アリーナの上司であり実質的にこの部署のトップだ。
アリーナが城で易々とその身をどうにもされないのは、侯爵家の娘という肩書きもあるが、この有能な兄のお陰とも言っていい。七光りはアリーナの望むものではないが、仕事上では兄の七光りなど役にもたたないので、安全に城仕えができるという点で重宝している。この兄とライが頭脳戦で対峙した場合どちらが勝つんだろうな、とぼんやり考えたアリーナは、なんだか恐ろしいものが見れそうな気がしてきてぶるりと小さく体を震わせた。
「やるか?」
アリーナの身震いをライが嫌だという方に解釈したダニエルが、何やら決意したような声を出した。
「いえ。大丈夫。この話には私の打算が大いに入ってる話だから。ライ様が勝手に言ってるだけじゃないの。変に心配しないで。」
アリーナは慌ててダニエルの勘違いを訂正する。
「そうか。アリーナが良いならいい。」
それ以上は深追いしないダニエルは、アリーナの表情を見て深追いしないことを決めたのだとはアリーナは気付かない。
「幸せになれよ」
ダニエルの言葉の真意を理解できないまま、アリーナはダニエルとライの恐ろしい戦いが回避できたとほっとして頷いた。
踵を返して部屋に戻っていくダニエルに、キッチンまでついてきて、ついでにお茶を入れてくれればいいのに、と思ったのは、内緒だ。
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アリーナのお茶は、見た目は普通だった。だが、客人より先にお茶をトライしてくれたアリーナの父が飲み込めずに目を白黒している間に気管に入り込み激しくむせ込んで惨事を引き起こしたので、他の人の口に入ることはなかった。
アリーナとしても、普通にその場にいた執事と料理番とハウスキーパーから教えられたとおりにお茶を入れたつもりだったのだが、3人が見守っていてもこのありさまである。お茶もいれないほうがよさそうだとアリーナは心に誓った。
惨事ゆえに、後の話は後日ということになり、アリーナはライを玄関まで送って行っている。
「どうやってアンカー伯爵を脅したの」
二人きりになってアリーナが口にしたのは、さっきから気になってしかたがなかった件だ。
「脅してなんかいませんよ。ただ、開始時間ギリギリに料理を置かしてもらうことを提案したので、断るわけにもいかなかったんでしょ」
アリーナはアンカー伯爵に同情した。断りようもない。代わりを探すこともできやしない。ライが出てくれるならとyesという他はないじゃないか。
「…流石ね」
アリーナの言葉は正しく嫌味だ。
「そのおかげで我々は出会うことができたわけですから、アンカー伯爵には感謝してもしきれませんね」
…舞台裏を知っているアンカー伯爵も、この婚約の話を聞いたら驚くに違いない。とアリーナは思う。
アンカー伯爵家でアリーナとライのやり取りを見ていて、うまくいきそうだとは微塵も感じなかっただろう。当事者であるアリーナですら、結局どうしてこういう流れになったのか、はっきりとわかっていない。
一つだけわかっていることがあるとすれば、アリーナを見るライの目が、とてつもなく甘い、と言うことだけである。
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「アリーナ!」
職場に顔を出して、一番に声をかけてきた人物に、アリーナはビクリとする。
昨日、ライの基礎データの情報源として役に立ったと言っていいライフリークが声をかけてきたのだ。
これは、昨日のことが既にこのライフリークに伝わっていると思っていいだろう。そうでなければ、あんな怒ったような興奮したような声を出すはずもない。
「おはようございます」
アリーナは何もなかったようなふりをして、ライフリークに対峙する。
「何てことなの」
ガシッとアリーナの肩がつかまれる。
この台詞間違いないな、とこれから先言われるだろう言葉を予想して、アリーナはうんざりする。
まあ追及されるのは予想の範囲だ。それよりも、とにもかくにも、アリーナは言いたい。
「肩が痛いんですが」
それもそのはず、アリーナの肩をつかむ手は明らかにアリーナより大きいし、その手が繋がる腕も、文官にはそぐわないほどきちんと筋肉がつきがっしりとしている。その腕が付いている体躯も腕と同じく筋肉がきちんとついており、頭の位置はアリーナの頭ひとつ分は上にある。
「そんなはずないじゃない! 乙女に何てこと言うの」
言葉遣いと思考回路以外は、紛れもなく男性である。
「ガイナー室長。筋肉隆々にしといて乙女って言い張るのやめてください。世の乙女が泣きますよ」
「私のは美しさを保つための筋肉よ! 筋肉バカみたいに言わないで!」
この残念な発言の主であるガイナーは、アリーナの上司であり実質的にこの部署のトップだ。
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