宇宙との交信

三谷朱花

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宇宙との交信1

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 私は宇宙人と交信している。

 そう口にすれば、十人中十人は信じてくれないだろうし、私を痛い子扱いをするだろう。だから誰かに言ったことはない。それに、その宇宙人が単なる地球人であり、単なる宇宙バカだということには、流石に気付いている。
 ただ、単なる地球人ですよね、と指摘することで繋がりがなくなることが嫌で、相手が宇宙人だと信じているフリをしている。地球人が宇宙人というのも間違ってはいないわけだし、完全に騙されているわけでもない。
 始まりは、間違いメールだった。

 高校生になってすぐのこと。窓から差し込む暖かい日差しがスマホを穏やかに包むような、そんな日だった。
 ピコリ、と増えたメールアプリの数字に、私はメールアプリを開いた。
 『今日は』のタイトルに知り合いかと思って簡単にメール自体をタップしたのは、今となれば不用心な行為だと分かっている。
 でも、LINEではなくメール、というある意味古さが目新しいツールの新着にわくわくしてしまったのは否めなかった。格安スマホだからとフリーアドレスを使うように親に言われて素直に従うくらい、まだスマホ初心者だったから。

『M1の会合にいく?』

 スマホには、何度読んでも理解できない謎のメールが届いていた。そもそもM1という言葉が、何か想像できなかった。
 だけど、まだスマホを買い与えてもらったばかりの私には、スルーという選択肢が思いつかなかったし、迷わずメールを返信した。
 その内容が理解できはしなかったけど、大事な会合の予定なんじゃないかと思って、相手に伝わらないと困るんじゃないかと思い込んだからだ。

『間違って送っていませんか』

 その内容と、識別のために”みはる”とひらがなを入れたメールを送った。LINEでもないのに、返事はすぐに返ってきた。
『申し訳ない。もらったアドレスが悪筆すぎて間違ったみたいだ』
 やっぱり、と思いながら、画面をスクロールする。

 最後の行までスクロールして、私はぷっと噴き出した。最後の行に”宇宙人”という名前が書いてあったからだ。

『宇宙人なら証明してみせて』

 間違いなく、手に入れたスマホに浮かれていたのが、そのメールに返信した理由だと思う。

 高校生になってようやくスマホを持たせてもらえるなんて遅れているだろう。つい最近、中学生を卒業するまでは子供(しょうがくせい)用の携帯を持たされていた。
 親は未だにガラケーで、自分達だけずるい、という追求が全く役に立たなかった日々で、ようやく手にした憧れの文明の利器だったから、ちょっとねじは緩んでいたと思う。
 しばらくメールの新着を待っていたけれど、メールは返ってこなかった。

「流石にあの無茶ぶりには返ってこないか」

 残念な気持ちでメールのアプリを閉じる。

 次の瞬間、ピコリ、とメールのマークに数字が増える。私は急いでアプリを開いた。

「すごい」

 自然に声が漏れる。宇宙の画像だった。手のひらに広がる無数の星の集まりが、目の前には映っていた。
 画像の下には、M13と書かれていた。
 また“M”だ。気になって検索する。

 どうやらMはメシエの略で、メシエって人が、銀河とかに番号をふった順番を示すものらしいと分かった。
 M13はヘルクレス座球状星団。じゃあ、M1は?
 私は好奇心で検索する。

「あ。綺麗」

 さっきの星の集まりとは違う、青い光を抱く星雲だった。M1は「かに座星雲」のこと。
 ……じゃあ、M1の会合って、かに座星雲の会合ってこと? 地球から6523光年離れたところで行われる会合??
 “宇宙人”は、本当に宇宙人ってこと? 何だかおかしくて、口元が緩む。

『また宇宙のこと教えて』

 迷わず書いたメールに、さっきとは違ってすぐに返事はきた。

『たまにな』

 そうやって、私たちの交信は始まった。



 始まった、と言っても誰とも分からない宇宙人との交信は、頻繁にあった訳じゃない。
 その次に交信したのは、夏休み後のこと。ちょっと友達との関係がこじれた時だった。
 別に宇宙人にそのことを相談したかったわけじゃない。くさくさした気分で無茶ぶりをしたかっただけだ。

『今は宇宙のどこですか』

 返って来ないかな、と思ったけど、メールはすぐに届いた。私は勢いよく開いた。

「へぇ。M22かぁ……どこ?」

 文章はメシエの番号だけ。画面いっぱいに広がる星の集団を見ると、私はすぐに検索した。M22は「いて座球状星団」だ。
 地球から一万光年離れてる。

『遠いですね』

 前に調べたやつは、もっと近かった気がするけど。

『本当に遠いね』

 自分で選んでおきながら、飄々と答える宇宙人に、私はなんだかおかしくなって笑いだした。

 そうやって普通に笑った瞬間、高校生になってから、ずっと愛想笑いばっかりしているのに気付く。そして、今の表面だけ仲良しの友達関係がつまらないんだってようやく理解した。
 翌日から表面だけの友達ごっこを辞めて、付き合いで入ったテニス部を辞めた。友達の数は明らかに減ったけど、表面的な付き合いを辞めたお陰で、気のあう友達が別に出来た。


 次に宇宙人にメールをしたのは、それから半年以上過ぎた後。二年生になって梅雨の始まる時期だった。テニス部を辞めてから改めて入り直した天文部で、やる気を買われて副部長になった後のこと。
 新入部員のイケメン後輩目当てに女子がわんさか入部して来たのだ。

 最初こそ部員が増えることを喜んでいたけど、すぐにその女子たちの統制の取れなさに困ることになった。何しろ彼女たちの興味は後輩イケメンにしかない。だから、部長や私の言うことなんて聞きやしない。
 話を聞かない女子高生なんて、いるだけ邪魔だ。

 一年で真面目に部活にやってくる女子はたった一人だけ。部員がわんさか増えるより、真面目後輩だけの方がよっぽど精神衛生上良かったと思う。
 ストレスが溜まった私は、久々にメールアプリを開いた。

『宇宙人はあんな狭い宇宙船の中でストレスが溜まらないの?』

 疑問と言えば聞こえはいいが、単なる八つ当たりだ。そしてその八つ当たりに、宇宙人は応えてくれた。

『そちらの人たちは面倒な感情をお持ちですね。可能であればデータを取りに行きたいですが、今ここの近くにいるので行けそうにありません』

 ついているのはブラックホールの画像。
 地球に来るどころか、生存すら危ういだろう。

『ブラックホールからの帰還を祈っています』

 どこか本気でメールを打った。当然、返信はなかった。むしろ、返信があったら驚く。
 ブラックホールとの戦いの前じゃ、それどころじゃないよね、と宇宙人を擁護してしまう自分に笑えた。
 おかげで多少イライラは解消された。
 


 そしてそれからしばらく宇宙人のことを思い出さなかった。それは、色々と充実していたからだ。勉強も部活も恋も。
 二年の二学期になると、イケメン後輩と真面目後輩の二人が付き合い始め、イケメン後輩目当ての女子があっさりといなくなって、我々の頭痛の種は消えた。
 そして密な接触と、文化祭という授業とは違うテンションで行われる行事は、我々の気持ちをそわそわさせるには十分だった。徐々に冷たさを含んでいく空気が更に、人恋しさという勘違いを呼んだのかもしれなかった。

 入部した時には何とも思っていなかったはずの同級生が、部長副部長という立場になって一緒にイケメン目当ての女子に苦労し、そのフワフワした空気を醸し出す文化祭の準備というものの前に、いつの間にかLOVEが生まれていた。
 自分だってびっくりだ。でも、それは私だけじゃなかったらしい。文化祭の最後の仕上げを二人で確認した時、部長から告白されて、私たちは付き合うことになった。

 私たちの高校は進学校で、ちょっと派手な子たちもいるけれど、大半は地味だ。勿論私は地味な一人だ。言わずもがな部長も。そんな地味な二人が何をするかと言えば、図書館デートが精々で。
 ものすごくプラトニックだった。キスさえすることはなく、手が触れてはお互いに照れるような、そんな純粋なお付き合いだった。



 窓から入ってくる雨の匂いに、もう梅雨の時期なんだと思う。天文部の部室である三階の地学室にいたのは、私と彼氏の二人。三年になってまだ部活は引退してなかったけど、私と彼氏は元副部長と元部長になっていた。

「ねえ、第一志望は、S大学でしょ? 第二志望はどこにした?」

 最終学年が始まり、中間テストが終わり、私たちは一回目の進路希望を出したところだった。私の問いかけに、元部長は目を逸らして首を横に振った。

「いや、第一志望はK大学」

 え? 声がかすれた。昔二人で同じ大学を志望していると知った時、私たちは彼氏彼女の間柄ではなかったけど、お互いに浪人してもそこに入りたいと熱く語ったはずだったのに。私は宇宙の研究ができる大学に行きたいと思っていた。だから、地元の大学ではなくて、宇宙の研究で有名な大学を目指していた。元部長も同じ大学を目指しているはずだった。

「浪人したくないし」

 元部長は諦めたように笑った。私が惹かれた宇宙の話に目を輝かせていた元部長の姿は、そこにはなかった。

「どうして?」

 急に変わってしまったように見える元部長に、私は混乱する。私のベクトルと、元部長のベクトルが明らかに違っている。ついこの間までは、いや、三年になるまでは間違いなく同じ方向にベクトルが向いていたのに。

「田崎(たさき)、別れよう」

 元部長は私に問いかけたわけじゃなかった。その言葉の響きは、最後通牒だった。だけど突然突き付けられた内容をすぐに受け入れられるわけじゃない。少なくとも、私にとっては寝耳に水の話だった。

「何で?」

 どうしてそんな話になるのか、理解できなかった。元部長は、私の目を見なかった。

「同じクラスに好きな人が出来た」

 同じクラス、という言葉にドキリとする。私と元部長は同じ理系だったけど、クラスは違った。
 私たちの高校は進学校で、三年のクラス替えの時だけ、アッパークラス、というクラスが文系と理系にそれぞれ一クラスずつ作られる。私はそのアッパークラスに入った。だけど、成績上位者だったはずの元部長は、アッパークラスに入れなかった。確かに気まずくはあった。私も、元部長も。
 だけど、そんなことで私たちの関係がほころぶなんて私だって思ってもいなかった。でも、それは、私だけだったのかもしれない。

「どうして」

 その質問はおかしいのかもしれない。だけど、私は他の言葉が選べなかった。ショックだった。元部長は私の質問に答えずに立ち上がった。私は座ったまま元部長を見上げた。逆光になって元部長の表情は見えなかった。

「僕より成績悪かったはずなのに」

 激しい言葉じゃなかった。でも逆に淡々としたその声は、どこか私を見下していたことを示していて、心がヒヤリとする。確かに二年の途中までは、私の方が元部長より成績は悪かった。だけど、目標に向かっていくんだって気持ちでいるうちに、私の成績は元部長を抜いてしまっていた。本来、それは責められるようなことじゃないはずだ。だけど、私は元部長の顔を見れなくて目を伏せた。

「キスもさせてくれないのに、付き合ってるって言える?」

 元部長は地学室から出て行った。呆然とする私が、我に返ったのはほんの数秒後の話なのか、十分経った後なのか、分からなかった。
 一つだけ分かったのは、元部長の新しい好きな子は簡単にキスさせてくれる子らしい、ということだった。
 涙は、出なかった。

 そうして翌日には、元部長の隣に元部長と同じクラスの女子の姿が当たり前に寄り添うことになった。どちらかと言えば派手目のその女子と寄り添う元部長は、私たちが付き合っている時とは全く違う、イチャイチャという表現がしっくりくる付き合い方になっていた。降り続く雨をものともせず一つの傘を二人で分け合うその姿は、それ以外に表現できないだろう。そして、元部長は天文部に顔を見せなくなった。

 驚愕したのは、私だけじゃない。私たちが付き合っているのを知っていた私の友達も、同じ天文部だった同級生も後輩たちも皆、あの元部長があの部長だった元部長なのかと信じられないと言っていた。それくらい、彼らはイチャイチャしていた。



「サキミ、元部長は、あれだ……猫に噛まれたと思って忘れなよ」

 教室でお弁当をつつきながら渋い顔をするメガネっ子の玉木夕(たまきゆう)に、私は頬をかいた。私は名前の一部を切り取られ、友達からは“サキミ”と呼ばれている。
 振られてから一週間経っている。でも、まだ友達たちには私がショックを受けてるみたいに見えるんだろう。私は笑ってみせる。

「犬、じゃないんだ」
「ちょっと、お犬様に失礼でしょ!」

 愛犬家である佐伯涼子(さえきりょうこ)がムッとする。私とメガネっ子の向かい合わせた机の横に当たり前のように座っているが、愛犬家は三つ隣のクラスだ。私の失恋を知って、最近遠征してきてくれている。同じ天文部の部員でもある。

「だから猫にしたでしょ!」

 メガネっ子が、愛犬家をどうどうと鎮める。

「猫って噛む? ひっかくんじゃないっけ?」
「サキミ、そこいつも通りのツッコミは要らないから!」

 メガネっ子が下がってきていた眼鏡をクイっと持ち上げた。

「いつも、つっこんでるつもりはないんだけど?」

 全く自覚はない。なのに、二人は揃って首を横に振った。

「無自覚で、色々つっこんでる。それでイチャイチャしてるって感じはしなかったんだけど……元部長といいコンビだと思ったのに!」
「お笑い芸人じゃないし」

 愛犬家の熱の入った言葉に、ついつっこんでしまった。

「このツッコミがサキミの面白いところなの! 分かんない奴なんて捨てて正解だよ!」

 捨てられたのは私、とはメガネっ子につっこめなかったけど、二人の気持ちは嬉しかった。
 私が元部長カップルを冷静に見ていられたかと言えば、そんなわけはない。でも、元部長の言い分は一方的で自分勝手だった。だから、そんな人と別れられて良かったんだって、自分に言い聞かせていた。そうやって私は自分の精神状態を保っていた。

 それが中間テスト終わってからの出来事で、修学旅行を前にした出来事だったのは幸いだったのか違うのか。結局、修学旅行の街中で見かけた二人の姿に、私の心は折れた。
 二日目、全てが終わり布団に入ると、私の頭の中は彼らのことでいっぱいになった。とても幸せそうにお土産を二人で選ぶ姿を見た。元部長のその笑顔に、とても落ち込んだ。私は元部長にその顔を見せて貰えなかったから。

 私達の付き合いは、ままごとみたいな恋人ごっこだったんだって言われた気がしたから。元部長が私のことを好きって言ってくれたことも、好きになってくれたはずの私の良さも何もかもが否定された気分になった。私が宇宙を研究したいって目標すら、否定されたみたいで、目の前が真っ暗になった。ブラックホールに飲み込まれたみたいだ。

 私は唐突に宇宙人にメールを送った。唐突なのはいつものことか。宇宙人も驚くまい。
 勿論、内容は一つ。

『ブラックホールに飲み込まれた』
 
 それ以外にはない。だけど、宇宙人はどこまでも冷静だった。

『ブラックホールに入ったとしたら、もうメールは送れないよ』

 まあ、確かにそうだろう。私の存在すら消滅してしまうだろう。じゃあ、あの時の宇宙人はどうしてメールを送れたんだというツッコミは今更だろうか。

『じゃあ、ブラックホールの手前にいます』

 そんな気分だ、わかれ! という乱暴な気分でメールを送る。

『とりあえず逃げ出せるから大丈夫』

 その宇宙人からのメールには、M21の「いて座散開星団」が添付されていた。今までで一番地球に近いかもしれない。宇宙人的には、ブラックホールからそこまで逃げてきたんだと言いたいのかもしれない。だけど、何が大丈夫だ、とやさぐれていた私は納得できなかった。

『ずっと逃げ出せない気がする』

 結局のところ、元部長のことを今だって好きなのだ。私は世界一不幸に違いない。そんな気分が支配していた。

『生きてさえすればそんなことはない』

 ストン、という音がしたと言われたら信じてしまいそうなくらい、その言葉が胸に落ちてきた。生きていたら、ブラックホールの前からも逃げられる。世界一不幸なこの気分だって、いつか逃れることができる。……そのいつかが、いつになるのかは分からないけど。

『宇宙人に二言はないか』

 後押しをしてもらうために、宇宙人に念押しした。メールアプリを何度もリロードすると、新着が増えた。

『宇宙人だからね』

 飄々とした返事は、私としては非情に不満だった。そして、宇宙人からの交信は切れた。
 宇宙人への不満がくすぶってはいたけれど、しょせん宇宙人。私を救う義理も役目もないのだと、私は自分を納得させるしかなかった。
 


 一学期の期末テストの時は、まだじくじく心が痛んでいたけど、何とか成績を維持した。振られた上に成績まで低下させたくないという、私なりの意地だった。
 雨が降らなくなった途端、急上昇した気温と同じように、私の意地もこれでもかと成長した。元部長が諦めたとしても、私は浪人したってあの大学に行くんだと、心に誓った。
 彼らを目に入れるたびに、蓋をした恋心はちくちくと痛みはした。だけど、彼女が自分よりいいクラスに入ったからってプライドを傷つけられたことに不満を持って、キスをさせてくれたからって簡単に心変わりをしてしまった元部長の軽薄さは理解していたし、その軽薄さは許せそうにもなかった。

 だから、宇宙人が言った通り、時間の経過とともに私の元部長への恋心は、うっすらと少しずつ風化していった。

 そして、文化祭で一人プラネタリウムを見ながら、もう恋なんかしないって決めた。私にとっては宇宙のことを研究することが大事で、失恋したって、その気持ちは少しも薄れることはなかった。恋なんて感情だらけの不安定なものにしがみつくよりも、揺らぐことのない宇宙への興味にしがみつこうと思った。感情的になって、大事なものを見失うのが嫌だった。
 
 その次に宇宙人にメールをしたのは、徐々に冷たさを纏う風が私の心にも吹き込んできた日だった。十一月の模試の判定がDと申し渡された日だ。それまでの模試は大体Bで、時折Aも出るくらいに、私の成績は安定していた。だけど、その模試は難解で、特に数学がどうしても解けなかった。

『宇宙人にテストはないんだろうね』

 完全に八つ当たりだ。宇宙人に八つ当たり以外をした気がしない。
 宇宙人からは何も返ってこなかった。返ってこないメールをいつまでも待ち続けるわけにもいかなくて、私は気持ちを切り替えた。この状況を打開できるのは、結局自分だけだと分かっているから。大学に合格するまで、私はがむしゃらにやるしかない。



 私はスマホを前に、うーん、と考え込んでいた。窓から差し込む暖かな日差しは、新品のスマホに反射してその穏やかな光を拡散させている。 
 大学の学食で学生気分を味わいながら、こうやって私がここにいるのは、宇宙人のおかげなのかも、と思っていた。

 判定を覆し、私は志望大学へ合格し、入学した。

 十一月に私がメールをしたきり、私と宇宙人の間にはメールのやり取りは全くなかった。私がメールをしない限り宇宙人から返事がある可能性もないのだから、当たり前だけど。
 よくよく考えれば、私が宇宙人にしたメールはほとんどが八つ当たりだ。せっかくの恩人とも言える相手なのに、八つ当たりしかしてこなかったことに、急に申し訳なさを感じる。せめて宇宙人に感謝の意を伝えたいと思って、どうしようかと思う。

 スマホは新品になったけど、フリーアドレスを使っていたおかげで、宇宙人の連絡先はまだ残ったままだった。もちろん、やり取りしたメールも。
 あ、と声が漏れる。あの画像は今まで使われていなかったはずだ、と思い出す。
 私はスマホで画像を検索して、メールに添付する。M110の画像だ。カタログの最後に載ったものだから覚えていたのもある。二三〇万光年の距離にあるアンドロメダ座の伴銀河。

 私だって宇宙のディープな世界に飛び出したんだって教えたかった。きっと宇宙バカだろう宇宙人よりも桁違いの宇宙バカになって見せるって宣言だ。最後の最後まで、素直にお礼を言えない自分に苦笑しつつ、私はその画像だけのメールを送る。
 もう宇宙人と交信することもないだろう。

「あ」

 スマホを置いた瞬間に、私の斜め前の席の男性が声をあげて、つい見てしまった。
 私みたいにまだこの大学に慣れていないような感じはなくて、すっかり大学になじんでいる感じからして、二年生以上だろう。隣の眼鏡をかけた男性の様子からすると、もう四年生くらいなのかもしれない。私みたいな新入生に比べると、落ち着いていてちょっと大人な感じがする。

「どうした、圭介(けいすけ)?」

 斜め前の人の友人が首をかしげる。

「久しぶりにメール来た」
「え? 何だっけ? ……こはるちゃん?」

 何だかタイミングのいい話に、自分のことかもと思ってドキリとしたことに苦笑する。“こ”と“み”の違いがある似た名前ってだけで、全くの他人の話だ。

「ちがうよ、みはる、だよ」

 聞き間違えかと思って、じっと斜め前の人を見る。

「ああ、みはるちゃん、ね。ま、正直どっちでもいいけど。で、何だって?」

 斜め前の人の友人が繰り返した名前は、確かに私と同じ名前だった。ククク、と斜め前の人が笑い出す。その肩越しから隣の人が覗き込んで、ああ、と声を漏らす。

「M110か。どういう意味?」

 それは、もしかして私が送ったメールなんじゃないだろうか。

「さあ? 何も書いてないし、もう私も宇宙人になりましたってことかな?」

 ぷぷぷ、と隣の人が笑い出す。

「ないだろそれ。宇宙人になりましたとか、ないない」

 その会話で、やっぱり私のメールがその斜め前の人に届いたと言うことが分かる。圭介、と呼ばれたその人は、そのままスマホをテーブルに置いた。

「返さないの?」
「返さなくてよくない?」
「みはるちゃんはさ、今か今かと宇宙人からのメールを待ってるかもよ?」
「大丈夫じゃない? ……あ、でもせっかくだから返すか」

 暫くの沈黙の後、私にメールが届いた。

『宇宙へようこそ』

 メールへの返事は期待していなかった。確かにさっきまでは、これで終わりだと本当に思っていた。
 だけど、目の前に宇宙人が現われたら? 捕獲するべき?

 さて、どうしよう。
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