宇宙との交信

三谷朱花

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宇宙との交信2 ~未知との遭遇?~

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 私は宇宙人と交信している。

 その宇宙人が単なる地球人であり、単なる宇宙バカだということは、もともと薄々分かっていたことだけど、本当に間違いなく単なる宇宙バカだということを最近知った。
 ただ、単なる地球人ですよね、と指摘することでその繋がりはあっさりなかったことにされてしまうだろうとも分かっているから、相変わらず相手が宇宙人だと信じているフリをしている。まあ、地球人が宇宙人というのも間違ってはいないわけだし、完全に騙されているわけでもない。

 宇宙人が誰なのかを知って捕獲しようかと一瞬よぎったけど、宇宙人を捕獲するなんて大それたことを私ができるはずもなく、早々に諦めた。かと言って、宇宙人が身近にいることを知って、完全に知らないフリをすることもできなかった。
 だから、私はまだ時々宇宙人と交信を続けている。……はっきり言って、宇宙人からの返信はほぼない。
まあ、宇宙人が返信したくなるような内容ではないものを送っている自覚はある。ただ、そのメールを受け取った時の宇宙人の反応は知っている。本人を目の前にしている状態でメールを送っているからだ。

 冷房も効いているし、椅子もあるしテーブルもある。学食は宇宙人の観察場所として最適だろう。流石に観察日記をつける予定はないけど。

「それ何だっけ。えーっと、M33かな。ちょっと地球から離れたね」

 隣のスマホを覗き込んでいた人が、クククと笑う。M33は三角座の銀河。縦に長くて中心が明るい。

「“宇宙の食事は飽きませんか”だって」
「そんなの知らないし。てか、何でM33?」

 スマホを持って首をかしげるその人こそが、宇宙人だ。

 ちなみに、私は四か月ほどこの学食に通って、少々学食の内容に飽きてきたところだった。じめじめとした暑さの中で夏バテになりかけていて食欲が減っているのも影響しているのかもしれない。学食に来ても食べたいものが見つからなくて困っている。
 近所の私大は立派な学食があるらしいけど、予算の乏しい国立大学の学食って悲惨だな、と思い始めたところだった。だから、“食事は飽きませんか”なのだ。割とその時の素直な気持ちをメールにしたためている。はっきり言って、返事は必要としてない。

 私は宇宙人のストーカーでは決してない。
 なら何故、宇宙人の後ろの席でこんな風にメールを送っているかと言えば、宇宙人の隣にいる人の横顔は覚えていて、かつ宇宙人との組み合わせで学食に居ることがあり、かつ私が気に入っている場所に座っていることが、月に一、二回の割合であるからだ。

 私だって慣れない大学生活と新しく始めたバイトに精一杯で、宇宙人のことを気にし続けることなんてない。だけど自分が座った席の近くに宇宙人の片割れである友達を発見すれば、流石に思い出す。
 だからと言って、いつもメールをする元気があるわけでもない。だけどどうやら今さっきの話を聞く限り、今のところ私のメールは月一の頻度で届けられているらしい。宇宙人に八つ当たりをしなくはなったけど、かと言って宇宙人相手に話したいと思うようなことはなく。だけど、この繋がりを完全になくしたくもない。

 その結果が、意味不明な天体画像の送付と適当なメッセージに相成った。天体画像を送られること自体に宇宙人が拒否反応を示すこともないのでそれが無難だと思ったせいもある。とりあえず今日も拒否的な反応はなかったし。それに安堵しつつ、私は一体何を宇宙人に伝えようとしてるんだろうとスマホに映るM33を見ながら思う。
 仲良くしたいのか、と聞かれれば、私は曖昧な返事しかできない。何と言うか、それには期待していないと言うか。
 そもそも私は宇宙人の顔を見たことがない。何だったら宇宙人の友達の横顔の方がよっぽど見ている。

「そりゃ、圭介。M110からM31に行って、M32でしょ、その次に近いのがM33だからじゃない?」
「え? それって安直すぎない?」

 いや、宇宙人、全然安直ではないんですよ。宇宙人の隣で冷静にそう解析しているそこの友達! そうだよ、正解だ! M31はアンドロメダ座大銀河。二三〇万光年離れている。で、M32は大銀河の伴銀河で、同じく二三〇万光年。そしてM33は二五〇万光年。まあ、他の銀河に比べると近い場所に集まっている気が……している。二〇万光年違うけど。

「そうかな。それでいいと思うんだけどな。」
「じゃ……次はどこからメール送るわけ?」

 宇宙人の至極冷静な突っ込みに、それに私も困ってたんだよね、と同意せざるを得ない。
 とりあえずこの四つの場所はそれなりに近しいところにあったから選んでみたけど、いざ近くにあるこの四つを使い切ると、私もネタ切れだ。二五〇万光年から二千万光年とか離れすぎている。まだ地球に近づいて何千光年とかの方がましかな。

「二か月くらいしたら、もっと遠いところからメール来たりして」
「……二か月ねぇ」
「え、何。最近月一でみはるちゃんからメール来てるから、二か月も空くと嫌なの?」
「嫌って言うか……月一でって言っても、最近のメールは正直何でみはるがメールしてくるのかよく分からん」

 自分でも正直何がしたいのか分からなくなって迷子気分だったから、宇宙人が指摘したいことは分からないでもない。どちらかと言えば、暇つぶし的な。完全に宇宙人の反応を見て観察しているだけだ。

「えー、何々? 圭介はみはるちゃんに前みたいに相談とかしてほしいわけ?」

 隣の友達の言い分に、宇宙人は首をひねる。

「相談って……されたことはない気がするけど。……どっちかって言うと、八つ当たりっぽい気がしてたけど」

 宇宙人の感じたことは、まさしくその通りで、今となっては反省している。
 それに、宇宙人本人がこんなに近くに居ると知ってしまったら、素直に自分の感情を見せるような八つ当たりなんてできなくなった。……誰とも知らぬ宇宙人だった時の方が、私は気軽に八つ当たりができた。
 そういう意味では、相手が分かるって言うのも、不自由なものだと思う。……八つ当たりしかしてなかった分際で言えることではないけど。

 私を宇宙への興味で満たしてくれた恩人ともいうべき相手に、高校一年から高校三年までの三年間、私は八つ当たりしかしてこなかった記憶が十分にある。
 だけど、言い訳をさせてもらえば、今みたいな頻度で連絡を取ったことはない。せいぜい半年に一回、八つ当たりをしていたくらいだ。だから三年と言う月日があっても、私が宇宙人にメールをした回数は数える程度だ。

「圭介は八つ当たりされたい変態なの?」

 宇宙人の友達の発した内容に、つい吹き出しそうになって、慌てて飲み込む。
 そうしてようやく、ああそうか、と納得する。私がメールしているのは、宇宙人単体の反応を見たいというよりは、その友達との掛け合いを見たいというところが大きいのかもしれない。何も考えたくないときには、この二人の掛け合いを見てると気が抜けて癒されるから。
 ああ疲れてるんだな、とようやく自覚する。

「何でそんな話になるんだよ」
「え? だって画像だけじゃ寂しいんだろ?」
「だから、寂しいとかじゃなくて、最近のメールの意味が分からん、って言ってるだろ?」

 ごめんなさい、宇宙人。送ってる当人も、なぜ送ってるのかは意味が分からなくなってました。多分、間違いなく、宇宙人とその友達の掛け合いで癒されるために送っているのだと今判明しましたが。

「食事飽きないかってさ。たまには返してやれば?」

 宇宙人の友達は結構いい人だ。大体のメールに“返してあげなよ”と宇宙人に進言してくれる。

「って言うか、宇宙人って食事するのか?」

 なのに宇宙人の返事は、まさかの素朴な疑問だった。

「……するだろ」

 そして、宇宙人の友達は真顔で返した。私はむしろそれに驚いた。

「何で分かるんだよ?」

 だけど、宇宙人は笑わなかった。

「何らかの方法でエネルギーは取らないといけないだろ。一応生命体なんだし」
「それが食べ物である必要があるか?」
「じゃあ、圭介は何だと思うんだよ?」
「光?」

 宇宙人が少し首をかしげる。

「え? 宇宙人は植物なわけ?」
「宇宙人なんだから、光を生命エネルギーに変換できるかもしれないだろ」
「いや、まあ、そうかもしれないけど……。圭介が宇宙人なら光をエネルギーにしたいわけ?」
「俺? 光……は味気ないな。熱かな」
「熱? どうやって熱を取り込むわけ?」

 グイっと宇宙人の友達が身を乗り出す。

「おなかにアダプターがあって、とか?」
「それ、完全に胃に食べ物入れるイメージだろ? もっとぶっ飛んだイメージにしようぜ」
「頭か?」
「おお、それいいな。頭にカチッとアダプターが装着されるとか?」

 宇宙人の友達の声が弾む。

「そうなると、脳に直接エネルギー入れるみたいな感じか?」
「宇宙人に脳みそあるのか?」
「想像してるのは知的生命体なわけだしな……。じゃあ」 
「みゃー!」

 二人の会話に集中していた私は、その声にびくりとする。その声は一部に響くほど大きく、かつ、呼ばれなくない呼び名だ。

「何?」

 それでも振り向かなければ、何度も呼ばれてしまうだろうことを知っているので、私は答えざるを得ない。

「何、じゃないし。一緒に学食に行こうって言ったし」
「……言われたかもね」

 そう言えばそんな会話をされていたのだと今思い出した。お礼に、と言われたけど、お礼は不要と断ったつもりだったんだけど?

「テスト終わってみたら、いなくなってるし! ひどい!」

 確かにテストが終わって疲れたな、と私は一人学食に来ていた。テストの問題で頭を使って、すっかりその話は忘れ去っていたし、そもそも約束したつもりはなかった。

「あ、うん。悪かった。ごめん」

 でも、面倒だったのでとりあえず形ばかり謝っておいた。

「次はナシだよ!」
「次もあるの?」

 確かに同じ学部だし同じ授業はいくらでも取るけど、この相手と話すようになったのは、多分一か月前くらいだった。なぜ一か月前から懐かれたのか、その理由はテスト勉強のためとしか理解していないけど、今後もよろしくされるようなつもりは一切なかった。

「あるの! 私が分かるように説明してくれるの、みゃーしかいないんだから」
「いや他にもいるだろう」
「いや。みゃーがいいの!」
「おとといきやがれ」
「ひーどーいー!」

 どっちがひどいんだか。私は無視してトレイの中の食事に向かった。

「みゃー! 無視しないで」
「目立たないように生きてる人間に注目集めて何したいんだ」

 つまり、静かにしろ、ってことだ。

「……ごめん」

 ストンと静かに椅子に座ったのは、素直だと認めよう。

「私は別に人に教えるのが得意なわけではないし、上手なわけでもないから」
「十分上手だったよ」
「他に当たりな」
「……だって……誰も近寄ってきてくれないから」
「私だって近寄った気はしてないよ」

 この会話から分かる通り、この相手は周りから遠巻きにされている。このぶりっ子ぶりと……
 突然カミングアウトしてしまった女装趣味のせいだ。声は少々高めだが、それでも男子の声だ。
 この地方の大学で女装している男子が目立たないわけもない。まだ小柄で華奢なのが救いかもしれない。遠目には女子に見える。遠目には。

「でも、みゃーだけがニュートラルだった!」
「感情が表に出にくいだけだよ。私はもう教えないよ」
「……単位落としちゃう」
「落とせば」

 割に酷いことを言っている自覚はあるが、なぜ私が男の娘になつかれているのか誰か教えて欲しい。この世界の神様は、どうしてもっとマイルドな人間関係を私にもたらしてくれないんだろうか。
 ちなみに大学で一番最初に仲良くなった友達は……自分探しの旅にアフリカに旅立つためお金を貯めるのに一生懸命で大学に来なくなった。女子率の低い学部で気が合いそうな人間だったのに、大学に来ないし連絡とってもバイト三昧過ぎて会えもしない。
 次に仲良くなった友達は……落研に入りびたりで大学には来てるみたいだけど、授業には来なくなった。連絡取ったら漏れなく落研に誘われるから連絡取らなくなった。落研って魔のサークルなんだと思った。

 残りの学部の女子は、大学デビューをしたのかはたまた最初からそうだったのか、とてもきらびやか過ぎて近寄ることができない。
 そして、大学で一人でいるのに慣れた頃、男の娘に懐かれた。……もっと普通の友達が欲しい。とりあえず、男の娘は友達にはカウントしてないけど。

「ね、理学部の物理学科の子だよね?」

 思いがけない方向から声を掛けられて、ぎょっとする。私はゆっくりと顔をあげる。私たち……いや男の娘に視線を向けているのは、宇宙人の友達だ。

「そうです! よくご存じですね!」

 男の娘が宇宙人の友達に身を乗り出す。私は男の娘に白い目を向けた。いや、あんた結構有名人だよ。女装してきた初日、どれだけの衝撃を学部に与えたのか、よく考えてみてほしい。

「何なら、俺教えようか?」

 宇宙人の友達はぶれずに親切らしい。

「是非!」
志朗しろう、軽々しく言うなよ。卒論で忙しくなるだろ」

 宇宙人が友達を右手で軽くはたく。こちらを見ないのは、呆れているためか、食事に集中したいためか。宇宙人の箸は止まることなく動いている。

「四年、なんですか?」
「そうだよ。だけど、別に教える時間くらいは作れるっしょ」
「だーかーら」

 はぁ、とため息をついた宇宙人は、もう友達を説得するのを諦めたみたいだった。

「志朗がやるって言うと、俺まで巻き込むだろ……」

 どうやらこの友達に巻き込まれるのが常のようで、宇宙人はあきらめざるを得なかったようだった。宇宙人の友達は今まで単なる親切な人だというカテゴリーだったため、思いがけない巻き込み系という情報に、私はついクスリと笑ってしまった。

「お友達も一緒に勉強見ようか?」
「いえ。私は大丈夫です」

 慌ててお断りする。卒論に時間を割きたいだろう先輩方の時間を奪う気もしないし、特に宇宙人と関わりたいとも思っていないのだ。遠巻きに眺めるのが一番、と言うか。

「えー! みゃーも一緒に教えて貰おうよ!」

 どこの女子だ。私の突っ込みは白い目だけで伝える。でも男の娘には何も伝わらなかったみたいだ。男の娘はウキウキしている。

「何でみゃー、なの?」

 宇宙人の友達が私を見る。

「知りません」

 私の呼び名ではあるけど、みゃー、と呼ぶ人間はこの男の娘以外に私は知らない。

「この子、みあけ、って名前なんです。だから、みゃー。特にひねってもないんですよ?」
「ああ、それでみゃー、なのか。俺も呼んでいい?」

 ……私、教えてもらわなくて大丈夫って言ったよね?

「いえ、結構です。そもそもそう呼ぶのも許可してませんから。それに、私は教えてもらわなくて大丈夫ですよ?」
「男ばっかりだとむさいし」
「ひどーい!」
「いや、あんた男だから」

 私が男の娘に淡々と告げると、宇宙人がクククと笑った。

「ノリ突っ込みで勉強にならないだろ」
「それは圭介がどうにかしてよ」
「あほか。志朗こそ他力本願どうにかしろよ。俺は知らないからな」

 私も知らない。そう思って窓の外を眺めると、久しぶりの友達の姿を見つける。アフリカに行くためにバイト三昧の友達だ。授業も出てないのにテストだけ受けに来たとか? 
 電話をかけるためにスマホを取り出せば、LINEとメールに何やら届いているのに気付く。LINEはその友達で、メールは宇宙人だった。LINEを開いて中身を確認する。
 私は慌てて立ち上がって食べかけのトレイを持つと、宇宙人の友達を見る。

「私のことはいいんで、彼の勉強見てあげてください。じゃ」

 それどころじゃない。アフリカに行くつもりの友達は退学届を出して帰るところだった。



 友達が退学届けを出した理由は、世界一周に行きたくなったから、だった。

 どれくらいの時間がかかるかもわからないし、大学を休学できるのは二年間だけだし、別にこの大学にこだわりがあるわけじゃないから、と言うのが友達の辞める理由だった。
 この時期になったのは、親を説得するのに時間がかかったから、らしい。そりゃ、そうだ。私が親だったとしても止めるだろう、と思う。地方とは言え国立大学だ。行こうと思って皆が行けるわけでもない。それに、宇宙のことを勉強できる大学は多くもない。
 私が目指しているものを一緒に見ていける友達だと思っていたから、その喪失感は相当だ。しかも彼女がそれを簡単に手放してしまったから、ショックもある。
 でも、彼女の人生は彼女の人生で、私の人生ではない。だから、私が止めることなんてできるわけもない。

 小さくため息をつくと、友達からのLINEに気付いた時、宇宙人からのメールが来ていたのを思い出した。スマホをタップしてメールを出せば、そこには太陽の画像があって、

『熱をエネルギーに変えているから飽きることはない。むしろ時々熱が足りなくて困る』

 私が聞き洩らしたあの先の話で、もう少し設定は詳しくなったらしいと分かって、クスリと笑いが漏れる。
 こんなばかばかしい話を真剣にしている宇宙人と友達の二人を見ているのは好きだ。私もあんな風にばかばかしい話を真剣に議論できる相手が欲しいだけなのに。
 私がこれ、と思った相手は、あっさりと私の前から消えて行ってしまう。アフリカ……いや世界一周に旅立つと決めた友達も、落研に染められ過ぎた友達も。

 きらびやかな女子たちは、その口から男子の話をしていることしか聞いたことがない。だから、私は近づかない。興味が持てそうにないから。
 元部長に振られてしまった後、私は男子との距離感に悩んで、男子においそれと近づけなくなった。近づきすぎて恋愛感情を持たれたり持ってしまうかもしれないのが面倒だった。だったら最初から近づかないほうがいい。
 そうなると、私があんな風に真剣にばかばかしい話を議論できる相手ってどこにいるんだろう。そう考えると、切なくなった。




「みゃー! こっち!」

 はて、私は呼ばれるはずがないんだが。私に向かって手を振るのは、男の娘と宇宙人の友達の二人だ。
暑さに耐えながら学食に来て、冷房が効いた涼しさにほっとしていたら、なぜか名を呼ばれ手を振られた。私は回れ右をして逃亡することにした。何であの中に私が入らにゃあかんのだ。

「みゃー!」

 流石にコンパクトなだけあるかも。男の娘は動きもすばしっこい。私は学食の建物を出る前に、捕獲されてしまった。

「離して」
「やだよ。一緒に勉強会しよ?」
「……必要ないって言わなかったっけ?」
「だって、どうせ勉強しに学食に来たんでしょ?」

 男の娘が小首をかしげる。全然かわいさはない。……そう言えば、男の娘に勉強を教えてたのも学食だったっけ。しまった。

「他のところで勉強するからいい」
「まあまあ」

 男の娘の手を振りほどこうとしたけど、全然手は振りほどけなかった。流石女装はしてても男は男。力だけはあるらしい。

「痛いから離して」
「じゃ、一緒に勉強するよね?」
「離して」
「するならいいよ」

 何でこんなところで目立たなきゃいけないんだ……。

「分かったから」

 これ以上目立ちたくないって究極の選択肢だな!

「はい。一名様ごあんなーい!」

 意気揚々と先を歩く男の娘。そして後ろを付いて行く私。ドナドナ気分ですが、何か?

「いらっしゃーい。みゃーちゃん」

 ニコニコする宇宙人の友達に私は脱力する。

「巻き込まないでくださいって言いましたよね?」

 それでも文句を言わないと気が済まない。

「だって、タケノシンが一緒に勉強するとはかどるんだって言うから」
「先輩! 武之進たけのしんじゃありません、るんちゃんって呼んでください」
「だって、それどこにも武之進入ってないよ」
「良いんです! るんちゃんで」

 苦笑する宇宙人の友達の気持ちが私もよく分かる。私も“るんちゃん”と呼ぶように強要されたが、今のところ拒否している。

「まあいいか。じゃ、みゃーちゃん、タケノシン、勉強やろ? 今日は圭介いないけどいいよね?」

 るんちゃん呼びをスルーされて、男の娘はちょっとムッとしていたが、そんなのどうでもいい。私は宇宙人がいないという事実にどこかでほっとしていた。

「何が居ないけどいいよね、だよ。絶賛呼び出したくせに」

 後ろから聞こえた声に、びくりとする。

「あれ、圭介来てくれたんだ?」
「何が来てくれたんだ、だよ。来いって言ったの自分だろ」

 私は後ろを振り向く。

 宇宙人との遭遇。それは、未知との遭遇?
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