ಂ××ౠ-異世界転移物語~英傑の朝

ちゃわん

文字の大きさ
71 / 101
第7章

第71話

しおりを挟む
「訓練中にすまんの。…聞いてると思うが、エイサップを始めとする大陸級冒険者が協力し、エイサップを逃した。…ハルダニヤ国は彼ら全員を…生死問わずで指名手配しておる。」

「…。」

「…あ、あの…騒乱罪?なんていってましたが…それってそんなに凄い罪なんですか?っていうかその情報は確かなんですか?御義母様。」

「いや…騒乱罪なぞ、精々調子に乗ったガキに仕置をする目的で掛けるような罪じゃ。普通は生死問わずの指名手配なんぞにはせん。…意図があるんじゃろうな…。情報は、確かじゃ。それは間違いない。こちらは向こうに間諜を忍ばせ易いし…何よりも冒険者ギルドにまで通達しておる。指名手配されたという情報自体はもう公開されておるのじゃ。」

「…。」

「…あ~…なーちゃ…ナガルス様。その…仲立…さん?って人は丁重に扱われてるんじゃ?それに…俺が、勇者がこっちにいれば、その人が殺される心配はないって…。」

「ああ…。勇者がこちらの手の内にある話は向こうに漏れておるはず。その上でミキ殿からナカダチ殿の話が勇者に伝わっている事を、向こうは想定しておるはず。であれば、死刑に何ぞ出来やせん。そんな事をすれば勇者をハルダニヤ国に戻す事は絶望的になるからの。」

「…。」

「…あの、あ~、それじゃなんで、なんでしょうか。」

「…今回はハルダニヤ国が先に手を出したわけではない。あくまで、先に逃亡したのはナカダチ殿とその協力者じゃ。建前としては恐らく犯罪者かなんかで閉じ込めておるナカダチを国に逆らって逃亡させたというところじゃろう。…国に反旗を翻したと取られてもおかしくはない。…建前上はな…。」

「…マサは犯罪なんか犯してない。あの女が汚い手で濡れ衣を…。」

「もちろん。もちろん、そうじゃろうて。しかし建前としてはそうなってしまっておるのじゃ。そして反乱罪ともなれば死刑。親類縁者どころか、関わりが否定できないという根拠で街一つ焼き尽くすことだって許される。本来ならそれ程の罪を被せることも出来る。しかし、罪としては騒乱罪。あくまでナカダチ本人と、実行に協力した者達だけが罰の対象となっておる。」

「…。」

「…つまりハルダニヤ国としては最大限便宜を図ったという立ち位置なのでしょうか。そうすれば佑樹に言い訳が立つと。」

「そういうこと…かもしれん。実際どういった事情かは分からんが、逃亡しのは事実なわけじゃから反乱罪は確実じゃ。それを騒乱罪に落としたとあれば、かなり譲歩しておるともみえる。」

「…だが譲歩しようが何しようが俺が気に食わないかも知れないとは思わなかったのかね…。」

「…わからん。あまりにも唐突なことじゃ。そんな予兆は全く無かった。だからこそ我々の読みも当たっておると…。」

「分からないってどういうことなんですか!!」

「…!」

「…み、美紀さん。落ち着いてください。こんな時こそ冷静に…。」

「あんたは良いよね!好きな人とずっと一緒にいられてさぁ!!私は!私だって!!マサが死んだら私の…!!」

「…!」

「…ミキ殿。まず向こうの出方を探り、その後対応を…。」

「その間にマサが死んじゃったらどうするんだよ!あんたは!!殺されることはないから安心しろって言ったじゃないか!あんたは!約束を破った!!」

「待て、待ってくれ。こちらも予想外なんじゃ。まさか彼奴等がこんな悪手に出るとは全く予想…。」

「…結局あんたらが大事なのは勇者とナガルスに忠誠を誓った男だけだ…!私やマサはあんたらの得にならないから何もしない…!そうなんでしょ…!あんたらにとっちゃ私達は邪魔でしか無いから!!」

「…。」

「…。」

「…。」

「ッハァ……ハァ…糞…!…糞…。…ッハァ…。…すいません…。…取り乱しました…。…申し訳ありませんが、今日はもう…休みます…。」

「…うむ…そうしたほうがええじゃろ。お主等は、勇者と婿殿の友じゃ。決して見捨てるような事はせん。必ず納得してもらえる対応を考える。少しだけ時間をくれ。」

「…はい。…失礼します…。」

こんなに取り乱してる美紀さんを見たのは初めてだ。

声を荒げるようなタイプにも見えなかった。いつものほほんとしてる人だと思ってたのに。

…いや、考えてみれば当たり前か。

佑樹に聞いたけど、こっちに来る前、佑樹と戦ってた時は鬼気迫ってたと言っていた。

仲立さんを取り戻すためだけに戦ってたんだ。たった一人で。

脅されてもめげず、たった一人でもめげず、自分が悪いと分かっていても…めげなかった。

どんなに辛くても諦めない。

決して折れない。

自分が泣いてても、辛くても、声を張り上げてでも自らを鼓舞する。

本当はきっとそういう人なんだ。

だから一人でも戦えたし、敵地に来ても…挫けなかったんだ。

だからかもしれない。

今の美紀さんには声も掛けられない。

確かに足取りは普通だ。

歩調もいつもどおりゆっくりだ。

でも何て言えばいいのか。

とても声を掛けられない。

踏み出す一歩一歩がとても重くて…何かを踏みしめてるような。

俺も、佑樹も、ナガルス様も声を掛けられず。目も離せず。

美紀さんが部屋を出るまで俺達は一言も話せなかった。

俺は美紀さんが全力で戦う所を見てないけど、でも彼女が戦った時はきっとこんな姿で戦ったんだ。

たった一人で、誰にも負けず。

だって美紀さんは、一度も振り返らなかったから。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「…。」

ナガルス様は…大分疲れてるな…。

…それもそうだ。

サイードを生贄に捧げただけでも精神的にきてるってのに、これから始める戦争の準備がとにかく多い。

モニにも大分仕事を割り振ってるみたいだけど、それでも追っつかないみたいだった。

そんな時にこの事件。

そりゃ…疲れるなっていう方が難しい。

いつもはスラスラ決断を下してるナガルス様が、何も答えを出せないでいる。

いや、この問題は簡単に決めて良いものでもないか。

取り敢えず話の取っ掛かりに適当な案を提案してみるか…?

「…あの、やはりまずは仲立さんの行方を探す必要がありますよね。」

「…そうじゃの。それは…必要だろう、だが…果たして見つかるのか…。」

「それは…それは難しいとは思いますが、絶対に無理ってわけでは無いでしょう?現に俺と佑樹はあなた方に見つけられたわけですし…。片手間にってわけにはいかないでしょうが、それなりにやればいつかは見つかるのでは?」

「…お主等の場合は…、特に婿殿だが、双子魔石を持っておった。あれで随分効率的に探せたのよ。しかも何やかんや言ってこの世界に疎い若者二人組。完全に痕跡を隠せてはおらんかった。…大分上手くやっていたようだがの…。だから何とか見つけることができたんじゃ。」

「いや、でも仲立さんもこちらの世界に疎いですよ。それに俺達より人数が居るんですよね?俺達より大分目立つのでは?」

「確かにそうかもしれん。案外簡単に見つかるかも知れん…。しかし…我らはナカダチを見つけられんだろう。…万里見敵のエイサップが…奴がいるからの…。」

「…確かに、彼は…かなり優秀でした。…いや、しかしですよ?彼は誰かを追うのは得意でも逃げるのは専門じゃないでしょう?」

「…逃げるのが専門の猛者共を何人も捉えて来た特力の大陸級じゃぞ…。今まで得た経験を全て逃げる事のみに費やせば…エイサップを捉えることなぞ出来ん…。エイサップが逃げにまわった事など今まで無いはずだが…騎士崩れは大悪党になるのと似たようなもんじゃろう…。」

「…。」

「…。」

「…そもそもなぜ奴らは、仲立さんを指名手配なんてしたんでしょうか。正直言って向こうの不利にしかならないような気がするんですが…。」

「…分からん…。…現状、奴らの不利にしかならない気がしておる。ナカダチに協力した者は、幻惑のコルオル、百人袋のカモ・ドルダック、第8聖人ロパロムを除いた、大陸級、国家級の冒険者達じゃ。お主等を追っていた者達と言えば分かりやすいかの…。いくらナカダチとその協力者が逃亡した、ハルダニヤ国は何もしていないと言ったところで信じられん。まず間違いなく、そうなるようにハルダニヤ国が仕向けたはずじゃ。ラドチェリー王女か…フォステリアか…。」

「…フォシーか…。」

「そう。ユーキ殿なら知っておろうな。あの二人は打算と損得で出来とるような女じゃ。こんな事をすれば、大陸級の戦力が失われる事に気付かないはずがない。そうすれば戦争で不利になるは必須じゃ…この不安定な次期に…一体どんな…。下手をすれば5年10年は見つからんぞ…。」

「…ちなみに、仲立さんの捜索はどうする予定ですか…?」

「…。…ハルダニヤ国に攻め入るに必要な人数を、…減らす事は出来ん。攻め入るまでの時間もない…。更に我らは羽付きじゃ。大人数での地上の捜索は難しいじゃろう。少数精鋭にて、地道に探していくしか無いだろうの。…ハルダニヤ国と和平が結ばれれば…人を湯水のように使い、捜索も出来るじゃろうがの…。ッハ…そもそも和平が成れば、指名手配なんぞされんか…。」

「…つまりは、仲立さんの捜索は…後回しということですか。」

「…。」

「…。」

「…。」

疲れてる…よな。

両手で顔を覆って…俺達と目を合わせようとしない。

この答えが満足する答えではないとわかってるんだ。

でも現状、御義母様の立場から考えれば、これが精一杯だろう。

…俺も仲立さんを助けたい。今すぐ探しに行きたい。

でも俺も逃亡奴隷として追われてる身。俺一人だけだったらまた捕まってしまうかも…。

いやエイサップが敵じゃないなら結構大丈夫か?

でも。

…でも。

…もし探すのに時間が掛かったら俺が居ない所で戦争が始まる。

…サイードを助けると、彼の両親に誓った。

今でもサイードが落ちていく光景が目について離れない。

あいつを助けてやらなきゃ、奴隷から救った意味だってないじゃないか。

俺が戦争に参加しない何て事、出来ない…。

でも、仲立さんだって俺の命の恩人だ。

指名手配って言ってたけど、これはチャンスとも言える。

ハルダニヤ国の王都に行かなくても仲立さんを助けることが出来るかも知れない。これは大チャンスだ。

…だが、素人の俺じゃ…5年や10年じゃ効かないってことは分かる…。

どうしたらいい?

…どうすれば…。

…俺はどっちを選ぶのが正解なんだ…?

「……のう、異世界の戦士たちよ。…教えてくれぬか、この状況を打破する知恵を。…父上のように…。」

彼女の声はとても弱々しくて疲れていた。

彼女の悲願が叶う集大成の時に、問題が続々と…。

「…とにかく、現状はそれで行くしか無いのではないでしょうか、ナガルス様。俺達がエイサップを見つけるのが難しいってことは、他の奴等にだって見つけるのは難しいに決まってる。そうそう他の奴等に見つかって殺されることなんて無いでしょう。しかも協力者は俺達を捕まえた冒険者達なんでしょう?あいつら相当強いですよ。ちょっとやそっとじゃ絶対に手を出せませんて。」

「あ、ああ。そうですね。佑樹の言うとおりです。そうか。なんてったって、エイサップが味方に付いてるんだ。そこらの大陸級ですら見つけられるとは思えない。そうだよ。何を心配してたんだ。彼らが簡単に捕まる訳がない。俺達が見つけられるかの心配をしてる程じゃないですか。それにあいつ等…結構強いんでしょう?大陸級に国家級…そうそう手は出せない。そうだ。そうですよ。」

「…そうじゃの…。現状、そうするしか、ないか。…お主等の友というだけでなく…異邦の民には最大限便宜を図ろうと思っては居るのじゃ…。ただ…次期が…あまりに悪い。…いや、悪い時期にさせられたのか…。そう思えば、向こうは良い手を打ったということか…。」

「…確かに、後手に回って居ますけど…、まだ最悪じゃない。むしろ、勇者と美紀さんを取られて、大陸級の冒険者達も失って…後手に回ってるのは向こうですよ。向こうは苦肉の策ってところじゃないですか?」

「…かも知れん。だが、婿殿。知っておいてほしいのだが…フォステリアという女はどんな状況からでも逆転の1手を打てる女じゃ。どこまでが予期せぬ事故で、どこからが奴の策略か分からんが…古代勇者と共に戦った歴戦の魔術師は…いかなる時も冷静であったよ。…決して油断してはならんぞ。奴の事は決して信じてはならん。」

「…はい。」

「…。」

「…ミキ殿に、伝えねばならんの…。」

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「…という訳でですね、その…御義母様と相談した結果、地上の捜索が出来る羽無しの方々のナガルス族…精鋭に依頼して、捜索をすることになりました。」

「…。」

…良いのだろうか。

俺の喋ってる言葉が、ひどく胡散臭く聞こえる。

本当にこれで良いのか?いや、良いはずだ。

でも、なぜだろう。なぜ。

「…あの、ですね…近々…ハルダニヤ国に攻め入ることが決まっていまして…。そのために大人数を割くことが出来なくてですね…。」

「…。」

そう。これしかないんだ。

これしか出来ない。しょうがないんだ。

…。

…美紀さんの目を見ることが出来ない。どうしても出来ない。

彼女はじっと俺を見つめているのに。

俺は目を見ることも出来ないのか?

「…それに未だに人族に強く差別されてるナガルス族では目立ってしまって…大人数の捜索がそもそも出来ないのです。ですから羽無しのナガルス族にお願いするとなると…大分人選が限られてしまって…。」

「…。」

…間違ってないのだろうか。

仲立さんがすぐに見つかることはないと思うけど…やっぱり仲立さんの捜索に協力すべきなのだろうか…。

だめだ。上手く考えられない。

何故か呼吸が浅くなって…。

緊張してるのか?なぜ?

怖いのか?美紀さんが?

…いや、今の美紀さんは…確かに怖いけど、そういうプレッシャーを感じてるわけじゃない。

美紀さんは無表情で…感情を表に出さないようにしてる。

彼女から怒りは感じない。いや、努めて怒らないようにしているのか。

ではなぜ?

…。

…自分が悪いと…思ってるから…。

…。

「と、とにかくですね。仲立さんの味方も問題になってまして…。俺達を追ってきた…いや、美紀さんの仲間の冒険者って分かりますか?コルオルとカモって人とロパなんとか?って人達を除いた全員が、仲立さんの逃亡を助けたそうです。で、この中のエイサップって人が問題で…。」

「…エイサップ…。」

お。

は、反応した?

「そうです。エイサップが味方になると…彼の人を追跡する術がエキスパートであるが故に…、人から逃げる術にも長けてるだろうって話です。だから…見つけるのは難しいと。俺達にも、ハルダニヤ国にも、です。なぁ?佑樹。」

「ああ。…あの、実際に調べて貰ったんですけど、ハルダニヤ国は、捜査の手を王都以上には広げてないんですよ。後は…冒険者達とかに任せるって感じの反応です。俺もハルダニヤ国の上層部に近い所にいたからわかりますが、これははっきり言ってやる気のない対応ですよ。冒険者にも…賞金稼ぎは居ますけどね、エイサップが相手だと知れりゃ、手を出す奴なんてそうそう居ませんよ。金だけ無駄にかかるだけって思うでしょうからね。」

「…。」

「そ、そうだよ、佑樹。そのとおり。」

「俺達も逃げ隠れしてきましたけど、ぶっちゃけ逃げてる相手を捕まえるって基本的にかなり難しいと思うんですよ。俺らみたいなド素人が、結構長い間逃げ切ることが出来ました。国家がかなり本腰になって探しているのに、です。」

「うん。確かに、そうだった。うん。」

「恐らくですけど、中央集権じゃない…かなり地方に自治が許されてるってことと、インフラの整備が遅れてること。あと、情報伝達の方法がかなり限られてて国土が尋常じゃなく広いって事が原因だと思います。」

「そうなの?知らんかった。」

「…おめぇナガルスの上に立つような人間だろうが。も少し考えろよ…。…あー、つまり、だからこそエイサップみたいな奴が重宝されるわけですが…彼の能力ってのはかなり珍しいタイプでですね、冒険者ギルドでは特力とか呼ばれてたかな?まぁ、そういった奴が居なけりゃ、そうそう見つける事は出来ない訳ですよ。んでもって今回は、そのエキスパートが敵どころか彼らの味方ってわけです。少数精鋭で地道に探していくってのは良いと思いますよ、現状。…まぁ、正直それ以上のいい方法が見つからないだけなんですが。」

「…エイサップか…。確かに、彼ならそうそう見つける事は出来ないだろうね。」

「…そ、そうですよ。美紀さんは落ちついてここで待っていてください。ちゃっちゃっと戦争片付けて俺も速攻で仲立さんの捜索に加わりますから。」

「…うん…。」

「…あ~…、これは、言っていいか分からないっすけど、戦争が終わったら俺は何とかハルダニヤ国の上層部に食い込もうと思ってます。伸るか反るかって感じですけど、上手く行けば…指名手配だって解けると思います。」

「確かに、そうだよ。っへっへ。俺らと佑樹で予め打ち合わせて、上手く向こうに取り入れるように演出しようって話なんす。そして上手いこと行けばハルダニヤとナガルスで和平が実現する…。」

「そう。そうすれば、もう仲立さんが追われる心配も無くなる。ぶっちゃけ、俺らが戦争を優先してるのはそっちの理由もあります。どんだけ人を投入しても見つかる可能性が低いなら、そもそも指名手配をなくしちゃえば良いじゃないかって事っすね。」

「そう、そう、そのとおり。だから、その、美紀さん。だから安心して…。」

「…ありがとうね。大丈夫。大丈夫だから。ちょっとあの時は取り乱しちゃってさ。いや~、情けないなぁ。私もまだまだ青いよね。」

「いえ、情けないなんて事は…。俺も結構そういう所ありますし。」

「…翔は短気で考えなしだからな。」

「…っぐ…う…。まぁ…事実だね…。」

「…。」

「…。」

「…。」

き、気まずい…。

佑樹君なんか言ってよ。女をたらしこむスキルがここで役立つんじゃねぇのかよ。

…やっぱり美紀さんは納得してないんだろうか…。

当たり前か。

言ってみりゃ、そのまま待機してろってことだもんな。しかも人は割けない。

そうしても問題ない…その方が得だとは思うけど。

美紀さんの立場で納得できるかって言ったら、そりゃね…。

…佑樹もそれがわかってるんだろうな。

正直あまり空々しいことが言えないんだよな。

「…マサは…さ。…なんでか私と気があってさ。まぁ大学の初めから付き合ってたんだよね。私は化学生命工学専攻。マサは機械工学専攻でさ。同じ理系だったからかな…まぁ、変な性格も合ってたわけでさ。」

「…。」

「…。」

「…まぁ、言って私等東大でさ。しかも理系ってことでかなり就活は楽だったんだ。院にも行ってたしね…。お互い就職先も転勤のない会社に決まってさ。嬉しかったよね。」

「…あ、あ~、東大生でも就活が上手く行くと嬉しいんですね。そんなの余裕だと思ってました。」

「あ~…。まぁ、私達の場合は殆ど推薦…教授からの紹介とか、学科からの推薦で決まるんだけどね。私達は場所っていう縛りがあったから、一般で受けてたんだよ。で、化学生命なんて専門、あまり受けは良くなくてね。マサに比べてちょっと決まるのに時間掛かっちゃったんだ…。」

「…。」

「…。」

「やっと決まった時は嬉しくてね…。それでデートに行こうって誘ってね。新しく同棲する場所なんか相談したりしてね。新しい土地の下見だって言って…あっちこっち連れ回してさ…気付いたら草原に立ってた…。」

「…。」

「…。」

「訳わかんなくてさ。とにかく人を探そうって二人で歩いて…、途中でゴブリンみたいな奴等に追いかけ回されて…運良く隊商の人達に助けられたんだ。」

「…それは…運が…良かった…んですかね…。」

「…その隊商と暫く一緒に行動させてもらったんだけど…その馬車も魔物に標的にされちゃってね。強そうな魔物に追いかけ回されて…いよいよ追いつかれそうって時に、私はそいつらに馬車から放り投げられたんだ。…多分囮ってことだったんだと思う…。」

「…ひでぇな…。」

「…クソ野郎共じゃないですか…。」

「…まぁ、見ず知らずの言葉も通じない奴の面倒まで見きれないってことだったんだろうね。それにマサは男ってことで力仕事を手伝ってた。単純に無駄飯食らいの私から捨てたんだろうけどね。そしてマサは…私を助けるために飛び出してくれた。」

「…。」

「…。」

「…嬉しかったなぁ。本当に嬉しかった。私のせいでこんな所に来る羽目になったのに、マサは私のために命を掛けてくれた。…絶対にマサだけは助けなきゃなって。マサだけは元の世界に返さなきゃなって思った。…結局魔物は馬車を追っていって私達は標的から外れたんだけど…、飛び出した勢いで私は川に落ちちゃって…流された。そして気付いたら…師匠に助けられてた…。」

「…。」

「…。」

「フレーズ・ナーンって人なんだけどさ。ホビット族で…、あたしよりちょっと年上位なのに子供みたいでさ。でも面倒見がすごく良くて。私に言葉と戦いの技術を教えてくれた。生きるための術を…。…ま、血反吐吐くほどってのはああいうことを言うんだと分かったけど。それだけは勘弁してほしかったね。」

「…。」

「…。」

「師匠は美食家でさ。色々な料理を勉強して国に帰るんだって。あんたも行く所がないんならあたしの故郷に来なって良く言ってくれた。本当に面倒見がいい人で…私の恩人。ここに連れてこられる寸前は記憶が朧気だけど…師匠の声だけは聞こえてた。師匠は恩人だよ。…マサを探すのも手伝ってくれたんだ。どうせ色々行くんだから変わらないって言ってくれてさ。」

「…。」

「…。」

「…ずっと、ずっとマサを探してた。言葉が分かるようになるまで少し時間が掛かったからどうしてもすぐに探せなくて…。探し始めた時はどんなに聞き回っても手がかりの一つも手に入らなかった。」

「…。」

「…。」

「…暫く立ってから、ラミシュバッツ領で奴隷が反乱を起こしたという事件が耳に入った。その首謀者の一人が捉えられ、王都に移送されたとも。…外見は…黒目黒髪だとも。私はこれで見つかったと思った。ついに会えると。彼に決まってると。嬉しくて嬉しくて…。」

「…。」

「…。」

「何とか面会が叶った。反乱の首謀者の割に大分優遇されてたとは言え、そこは牢の中だった。マサは…傷だらけだった。治療はされてたけど、傷だらけだった。もうずっとずっと前から沢山の傷を負っていると、治療じゃ治しきれないと聞いた。…私がのうのうと暮らしてるとき、マサは奴隷になって…人として生きていなかった。」

「…。」

「…。」

「…それでも初めて会ったとき、マサは涙を流して喜んでくれた。良かった良かったって。生きててくれて良かったって。…涙を流して…。私よりずっとずっとつらい思いをしたはずなのに…。」

「…。」

「…。」

「…ラドチェリー王女に交渉を持ちかけられた。反乱奴隷の残りの首謀者を捕まえれば…その先に居るだろう勇者を捕まえれば…私とマサの安全は保証すると。…王都での市民権も与えると。…慎ましく暮らしていけるだけの給金も渡そうって。」

「…。」

「…。」

「やり直せると思った。マサと私で…また二人でここで。帰ることは出来ないかも知れないけど、また二人で始めることは出来るって。全部全部やり直せるって…。」

「…。」

「…。」

「でも、翔君を追い詰めて、佑樹君を捕まえようとして、ここに来て…。もう、そんな事ができなくなった。みんな必死になって戦ってるから。どんな人にだって理由があって…戦ってる。一人一人戦ってる理由はあって…きっと、私はそれを押しのける事は出来ないんだ。私が弱かったばっかりに、マサは…いつも苦しんでる。」

「…いえ、そんな…ことは。美紀さんはきっと、優しい人だと…。」

「…いや、弱い。ここに来てからも、ずっと誰かに頼って何とかしてらおうと思ってる。私が、マサを助けなきゃいけないのに、私はお姫様みたいに奥に隠れて…安心していた。…馬車から放り出されたとき、それを痛いほど後悔したはずなのに。…きっとここが…あんまりのどかだったせいかな…。」

「…美紀さん…俺達が何とかしますから…あまり思いつめないように…。」

「…ありがとう。ありがとね。…私とマサの悪い癖なんだ。頭でっかちでさ。なにかする時にいつも考えちゃう。考えて考えて、結局タイミングを逃すんだ。考えて世界が変わることなんてないのにね…。…いつだって、何かが変わったのは自分を信じて進んだときだけだった。」

「美紀さ。」

「ごめんね。今日は疲れた…。また、後日、詳しい話を聞かせてよ。」

「う…あ……。……はい…。」

美紀さんの目はもう無表情ではなかった。

話していくうちにどんどん表情が変わっていった。

最近、あの目を見た覚えがある。

何処だったか…思い出せない。

でも、きっと…ナガルス様が味方じゃないと、そう決めたんだ。

そして今日は…俺達が味方じゃないとわかったってこと…かも知れない。

…そりゃそうだ。

結局殆ど何もしてないようなもんだ。

見切りをつけられるのも当然のことだ。

こうやって美紀さんの無言に押されるように、部屋を追い出されもするさ。

「…どうしたら良いんだろうな…佑樹。」

「…お前は良くやってるよ。…美紀さんにはとにかく何回も話をして納得してもらうしかないだろ。ナガルス様が言ったら逆撫でしちまうかも知れないしな。多分、これは俺と翔しか出来ない事だ。」

「…そう、だな…。佑樹。お前はいつも冷静で頭が良くて…羨ましいよ…。」

「…俺はお前みたいに…所構わず突っ込めねぇってだけさ…。…。…それに俺だって羨ましいっつーの。あんな美人を嫁さんにしてよ。日本じゃそうそう居ねぇぞ?」

「…そう?…かな?…まぁ、美人だとは思ってるんだけどさ。」

「ああ。全くよ。とっとと家に帰って早く休めって。今日はちょっと色々ありすぎたからよ。」

「…そうだな。今日は疲れたよ。」

「ああ。じゃあな。」

「ああ。」

はぁ…。

確かに今日は色々あった。

早く帰りたい。早く帰ってモニに会いたい。

一人は辛い。寂しい。

俺は一人の時、どうやってたんだっけ?もう思い出せないな…。

とにかく、早く…。強化魔法もガンガン掛けて…。強化魔法も教えてもらったから前より早く走れる。早く帰らなきゃ…。

…そういえば俺はどうやら土属性と火属性の肉体強化魔法を使ってるらしいってのは知らなかったな。

風魔法はどちらかと言えば、自分を風魔法や斥引力魔法で押したり引いたりしてるだけだから、肉体強化魔法じゃないってのは…びっくりしたね。

そもそも強化魔法に属性があるとは知らなかった。

なんとなく勘で使ってたからさ。

でも意識して使うと、大分スムーズに使える。火属性は筋肉を強化する魔法。土属性は骨と皮を強化する魔法ってことらしい。ただ、火属性強化はすごく肉体の操作が難しいから人気がないってのはどういうことだよ…。

はぁ…早く帰りたい。俺の家に。

…まぁ、筋肉一個一個を上手く連動させて強化しなきゃいけないからな。

歩く走る。それだけで大分複雑だ。

でも、俺は大分長い間慣らしてきたし、そう意識しないで出来る。

使えるようになると火属性強化ってのはやっぱ大分使い勝手が…っと。

…もう家か。

…あれ?俺って早く帰りたかったんだよな?

…いつの間にかとんでもないスピードで走れるようになったもんだよ。気づかないうちに家に着いちまうほど…。

このでかいドアを開けるのにも慣れてきた。

両扉の入り口の家に住めるなんて思ってなかった。

ドアノブを軽く握っただけで羽のようにドアが開く。

開けたらそこにいるのはいつも…。

「あ、ショー。おかえりなさい。」

「ただいま」

今日はモニを、抱きしめながら寝よう。

どうしてもそうしたい気分だから。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「……ぁま。」

…んあ…。

朝日か…。

昨日は結局モニを抱きしめて寝て…抱きしめるだけじゃ我慢ができず…まぁいいか。うん。そんなことは良いじゃないか。夫婦なんだし。

「…さま。」

何?何なん?

誰か居るん?

「旦那様。」

ん?この人は世話人の…え~っと…ハミンさん?だっけ?

「旦那様。お休みの所申し訳ありません。ただ、緊急の要件でして…。」

「え…なんですか…。」

「…ショー…どしたの…。」

「…ミキ様がどちらにもお見えになりません。…ミキ様の部屋にはこのナイフと…この手紙がありましたが…読めないのです。」

「…これは…ミキさんに渡した赤のナイフ…?卒業証書代わりだからあげた…いや手紙?読めない?…ちょっと見せて。」

彼女が認めた紙にはただ一言。

➖ありがとう。私は一人で、マサを探します。➖

日本語で書かれていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

処理中です...