ಂ××ౠ-異世界転移物語~英傑の朝

ちゃわん

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第7章

第72話

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ナガルス一族総本家城郭、その執務室。

いつもはナガルス様とモニが、一族の諸々に関わる政務を行ってる。

特に戦争前だということで、いつもは会話が飛び交っている。

人の出入りだって激しい。

偶に古代魔法の練習をここでさせてもらってたからわかる。この部屋は、ナガルス一族の心臓部だ。

この心臓…今は鼓動が止まったかのように…静かだ。

あの手紙を読んですぐ…この部屋に連れてこられたけど…まさか既にナガルス様が居たとは。

佑樹も連れて来たとは言え、そんなに時間が掛かったわけじゃないのに。

…まさか一晩中仕事してたわけじゃないよな。

…それほど緊急だってことなんだろう。

そして誰も、解決策が思い浮かばない。

だから誰も話せない。ナガルス様も、佑樹も、モニも…俺も。

まさか、美紀さんがここから、浮島から出ていくなんて。

そんなこと予想する方が難しい。

…いや待てよ?

本当に浮島から出ていったのか?

サイードみたいに俺達の出陣に合わせて荷物とかに潜り込むつもりじゃないのか?

本当はどこかに隠れているんじゃ?

「…その…翔から聞きましたが、美紀さんが家から居なくなったのは確かだと思いますが…浮島からは居なくなったわけじゃないのでは?だってこの島、浮いてるんですよ?俺も、美紀さんも空は飛べない。そんな事するには、凄い魔力かとんでもない魔法の修練が必要ですよ。」

そう。

佑樹の言う通りだ。

そんな簡単に浮島から脱出出来るわけない。どこかに潜んでいるってほうが説得力がある。

「…そう…じゃろうか…。先程、この総本家台地の捜索を命じた。その際は、総勢1000人程じゃったが…人が集まり次第捜索に加わるよう言い含めておる。今現在はもっと多くの部下が捜索しておることじゃろう。…しかし発見の報は届いておらぬ…。」

「…しかし…御義母様が言ってましたが…人を見つけることは難しいのですよね?でしたら美紀さんだってそうそう簡単には…。」

「…ここは我が領土じゃからな。しかも儂の統める土地じゃ。人も物もそれなりに動かせる…探索用の魔道具もな。しかし、この魔導具は現代魔力を使うものに反応するんじゃが…その反応はこの浮島では、ユーキ殿からしか出ておらん。この浮島には…勇者以外の現代魔法の使い手がおらん。」

「…他の探索用の魔導具何ていうのは無いんですか?」

「ある。例えば、普段身につけておるものから魔力を辿る魔導具もある。しかし…このナイフでは身につけていた期間が少なすぎたようじゃ…全く反応してくれん。」

「…。」

「…じゃあ、その、そもそも美紀さんはどうやって浮島から脱出を?空を飛ぶ魔法ってのはかなり難しいと聞いたことがあります。まぁ、ハルダニヤ王宮での授業で聞いた話ですが。」

「…確かに、私もミキと話してたけど…。空を飛べるだなんて言ってなかった。…もしかしたら最初からミキは私を信じて無くて、秘密にしていたのかも知れないけど…。」

「いや、美紀さんはモニの事、気に入ってたと思うよ。隠すなんて事…無いとは言えないけど…。…。…俺も、美紀さんは空を飛べないと言ってたのは聞いてた。」

「…うん?なんじゃ?空を飛ぶ云々の話をしたことがあるのか?」

「はい。ええと…どんな会話だったっけ?モニ?」

「えっと…確か…学士、大学の話をしてて…。」

「ああ。そうだそうだ。それでなんかポンチョの話になって…。」

「そうそう。確か…ポンチョをヒコウキ?っていう形にして飛ぶのよね?ショーは。」

「うん。その時に、私は巨人になることくらいしか出来ないって美紀さん言ってたし…。」

「…待て、婿殿は…ポンチョを使って空を飛べるのか?本当に?確かポンチョを貰って一年…経っておらんじゃろ?」

「ええ…。もちろんナガルス族の羽みたいに羽ばたいて飛ぶ訳じゃないですよ?ポンチョを飛行機…固めた翼みたいな形にして、後は風魔法とコツで結構飛べますよ。斥引力魔法も使えば…魔力が続く限りは飛び続けられますね。」

「…婿殿の魔力は…類を見ないほど甚大じゃが…。いや、しかしナガルス族でもポンチョを使って飛べるようになるにはかなりの熟練が必要だったはずじゃが…。もちろん風魔法の助けも借りてなんじゃが。」

「…ん?…その…俺も詳しいことは知らないんですけど、人間程度の大きさの物を羽ばたいて飛ばそうとすると無理があるって聞いたことがあります。その…物理的?に不可能だとか。だから風魔法を使ってるんでしょうが、かなり効率が悪いはずです。」

「ふむ…。ユーキ殿はそういった事に詳しいのかの?」

「いえ、詳しくは無いです。ただ、俺達の居た国でも人が空を飛ぶっていうのは人類共通の夢みたいな所があって…昔の頭のいい人たちが色々挑戦してたんですよ。その結果、人間に羽を付けて鳥のように飛ばすのはかなり無理のある方法だって分かったんです。」

「ほう…。中々興味深いの…。我らは飛べるはずもないのに飛んでおるのか…。」

「…恐らくですが、殆どを風魔法で補っているんじゃないでしょうか、多分。それで、俺達の国で辿り着いた方法が、翔みたいに固めた翼を付けて飛ぶ方法です。」

「ふむ…。勉強になる話ではあるが…ミキ殿の行き先には関係なさそうじゃの…。」

「…いえ…。もし翔の飛び方を知ったのなら、恐らく、そんなに練習せずに飛ぶことは可能かと。美紀さんは風魔法も使えましたし。…風魔法が上手く使えなくて長距離飛べないにしても、滑空して浮島から無事に地上に降り立つことはそう難しくありません。…特に美紀さんほどポンチョを上手く使えるのなら…正直朝飯前かも知れません…。」

そうか。

そうか!

確かに、確かに美紀さんの前で俺はポンチョの飛び方を話した。

結構…詳しく話したと思う。

いや美紀さんなら詳しく聞かなくても、グラインダーみたいに滑空すれば良いと気付けば…簡単に実行できるとわかるはずだ。

ポンチョの扱いはかなり上手かったから。

「…しかし、長距離飛べるようになったとて、どれ程のものじゃ?この台地は、星の大穴の直上から動かんようになっておる。我が一族で保持しておる主要な浮島大陸は大体動かんのじゃが…。もし、ここから他の4つの大陸に行くには…かなりの距離を飛ばねばならなん。ナガルス族ですら、この長距離飛行の問題を解決するために長い時を要した程じゃ。風魔法が使えて、魔力がそこそこ有るとはいえ国を一つ二つ飛び続けるなぞ…それは、無理じゃろう?」

「…そうなのですか?私はちょっと…良くわからないのですが…。」

「ユーキは、ナガルス族じゃないからね。ショーは例外として、空を飛ぶのが想像しにくいっていうのはわかるわ。でもやっぱり長時間空を飛び続けるっていうのは…無理なのよ。結構疲れるの。肉体的にも精神的にもね…。寒いし。」

「…いや、問題ないかも知れない。」

「そう…か?翔。俺は今の話でちょっと自信が無くなってきたんだが。」

「例えば、ポンチョを船のような形にしたらどうだ?海に落ちても溺れることはない。」

「…ポンチョをずっと船の形にしてたら魔力を消費し続けるんじゃないのか?海に浮かんでも時間が経てば、ポンチョの形状は維持できないんじゃ?」

「いや、ポンチョの形を変えたり、動かしたりするのには魔力を使う。固くしたり柔らかくしたりな。だが、大して強度も必要なく、ずっと同じ形でいいならそこまで…。」

「そうなのか?ならそこまで…いや、どうやって進む?風魔法も使わなきゃだろ?」

「…例えば…帆船とか…。そこまで立派なもんじゃなくても、ヨットみたいな小さい船だったら自然の風を利用できる。魔力消費なんて殆ど…無いかも知れない。試してみないとわからないけど。」

「…出来る…かもな。だとすると…。」

「ああ。美紀さんは恐らくもう、浮島を出ている。そしてそこから先はわからない。」

「…なるほど。選択肢は一つ減ったの。いやまだ分からんか。この島に隠れ潜んでおる可能性だってある。捜索は続けよう…。まぁ…だから何だという話でもある…。」

「…母上…。」

「…。」

「…。」

…結局無言に逆戻りか。

…だけどどうする。仲立さんを助けても美紀さんが死んでたら意味がない。全く意味がない。

…仲立さんがこの世界に飛ばされて、意味もわからず奴隷になり、泥水啜ってでも生き延びてたのは…きっと後悔があったからだ。

美紀さんを助けられなかったっていう。

あんなに怖かったのに、それでも美紀さんを探しに行くためにリスクを犯してでも反乱を起こしたのは、美紀さんを助けに行くためだ。

今ならわかる。

俺を助けてくれたとき、もう美紀さんは生きてないと思うって言ってた。

それも本心だと思う。でも、どこかで。心の何処かで、片隅で、実は生きてるんじゃないかって思ってたんだ。

だから反乱してでも奴隷から立ち上がった。

本当に死んでて自暴自棄になってるならあのまま奴隷でも良かったはずだ。

あそこにいれば何も考えずにすむし、何も考えられない内に死んでしまうだろうから。

それでも立ち上がったんだ。本当に幽かだけど、美紀さんが生きてることを信じて。

俺も、そうだったからわかる。

モニが本当に確実に死んでしまってたら、俺はここまで戦えただろうか。

いや、きっと無理だ。

召喚魔法、回復魔法、古代魔法。

そんな日本じゃありえない技術がひしめき合っている所なら。もしかしたら治せるかも知れないって思ってた…ような気がする。

自分でもそう思わないようにしてたんだと思う。

でもそれは本当に無理だと分かったら、期待が裏切られたらもう二度と立ち上がれないと分かってたから、自分に保険を掛けてただけなんじゃないのか。

どんなに卑怯なことしても、裏切ってでも、逃げてでも生き延びようとしたのは多分…俺もどこかでモニは生きてると、治すことが出来ると、…そう思ってた。

だから意地汚く生き延びて…ここまで辿り着いた。

仲立さんだってそうだ。

心のどこかできっと…。

…。

…でも。

…でも、仲立さんは卑怯な事をしなかった。逃げなかった。

一度も戦ったことがないのに、最後の最後、命を掛けて俺を守ってくれた。

…仲立さんがどうしてそうしたのかはよくわからない。

でも、助けてくれた。

俺を見捨てて逃げることだって出来たのに、助けてくれた。

今でもあの時の顔を覚えてる。

自分自身に死ぬほど嫌気が指してる顔だった。

きっと、多分、自分が美紀さんを助けられなかった時のことを思い出してたんだろう。

だからもう死にたいなんて言ってたんだ。

…俺がなんとなく、仲立さんを助ける前に、安心してしまってるのはきっと。

きっと、美紀さんの安全を確保出来てたからだと思う。

後は、ゆっくり仲立さんを助ければいいんだって。

だって俺なら、自分が助かるよりもモニが安全で居てくれた方が…。

…。

…そう、俺ならきっと。

俺よりもモニが無事で居てくれる事を願う。

俺ならきっと、そう思う。

俺は、仲立さんに恩がある。命を助けられた恩が。

その恩は仲立さんを助けられれば、返せるのか?

…そうじゃない。そうじゃないだろ?

仲立さんが、自分の命よりも大事にしてる物を守ってこそ、返せるんじゃないのか?

仲立さんが俺の命を助けてくれたから、俺は自分の命より大事なものを取り戻すことができたんじゃないのか。

「…美紀さんを探しに行きます。俺が、直接。」

「…婿殿。気持ちはわかる。だがもう、お主はナガルス一族の未来を担う者。そう軽々と行動出来る立場では…。」

「母上。私ももちろん。ショーと一緒にミキを探しに行きます。」

「…シャモーニよ。分かっておるじゃろう?これから迎える、我らが戦いを。それがどのような意味を持つかを。そしてその時、儂とお主が取るべき行動を。」

「ええ。分かっています。私達が死ねば、ナガルス一族は危うい。だから両方が死ぬ危険は極力排除すべきだと。」

「そこまで分かっておるのなら、冷静なお主なら…。」

「ですが、母上。私は死んでいるのです。ショーが居なければ、あの小さな浮島の片隅で、死んでいたのです。彼が救ってくれたからこそ、今の私がある。彼が偶々、優しく、崇高で、誇り高い人間だったからこそ、今の私があるのです。」

「だが、お主は生き残った。過程がどうであろうと、それがどんな偶然の産物であろうと、神から与えられた幸福であろうと…生き延びてここに居る。ならばナガルスのために生きるは必須…。」

「いえ、死にました。何も考えず、何がナガルスのためになるかを考えずに生きていたシャモーニは、あの時あの浮島で死んだのです。私は彼のために生きると決めています。それがナガルスのためになると信じています。」

お、おお…。

な、なんか照れるな。っていうかそこまで思ってくれてるなんて…。

う、嬉しい…。

「…。…愛や情に流されて大義を為せるものではない。我らが今まで幾程の、小さな営みを踏みつけにし、乗り越えて進んできたと思っておる。それが今更惚れた腫れたじゃと?彼らの魂が!それを許すと思うのか!」

え、ちょ。

ナガルス様?え?

「誰に許されなくとも!私はそう決めたのです!彼らの屍を乗り越えた我らが愛を否定して!それで何を繋ぐというのです!」

「小娘が!!我らは人族とは違う!踏みつけにしてきたナガルスの首謀者が!ヘラヘラ笑って驕奢を貪るなぞと!自らの幸福を目指すなぞと!!」

「目指すのです!目指さねばなりません!!サイードも!民達も!!皆、あなたの幸福を願って贄となっていったのです!!そうでなければ…!そうでなければ!自ら死んでなどいけないのです!」

「何を世迷い言を!何を…!世迷い言を…!!」

「…。」

「…。」

「…。」

口を挟めない…。

いや、こ、これは親子の危機なわけで。俺が一つ何か…。

「…美紀さんを探すって言うなら、俺も協力します。…勇者として、ハルダニヤ国に弓を引くことは出来ませんが…。美紀さんの捜索には俺も協力します。…同じ日本人だから…。」

「な…!…それは…。それは…。」

…どうしよう…。

と、とんでもないことに…。

「…落ち着いて下され、御母堂…。」

「…。…アツか…。…何のようじゃ…。」

「…お二人の声は屋敷中に響いておりますぞ。世話人の娘御が動揺しておりまする。…どうか気をお沈めになってくだされ。」

「…。」

「…我等はやられたようですな。ラドチェリー…いや、フォステリアの一手に。」

「…まだやられてはおらん。奴等が後手であるのは間違いない。」

「その通りでございますぞ。まだまだやられてはおりませなんだ。なればこそ、彼らを行かせてやりなされ。」

「…何を…。これがどれ程重要なことか分からんお主じゃなかろう…。」

「重要?何が重要なのでございますか?」

「…儂も、シャモーニも死んでしまえば、ナガルスの再興は叶わなくなる。それで死んでいった者達にどう顔向けすればいいのじゃ?はざまでどのように詫びる?」

「っはっは。御母堂はいつもいつも真面目で頑固ですな。シャモーニ様もそこを受け継いでおるようで…。貴方様が死んでも、シャモーニ様が死んでも、我が一族が潰えることなぞございません。決して。」

「…何故そんな事が言える。」

「我ら一人残らず、貴方の優しさと、苦しみを知っておりまする。我らの被曾孫に至るまで、皆、貴方の意志を継いでおりまする。我らが居なくなってもこの浮島に残った者共だけで、たちまち再興を叶えるでしょう。」

「…。」

「我ら戦士がすることは、此度の戦争で悲願を達成すること。業を子供達に残さないことでございます。それさえ成せば、あとは我が子らが、ナガルス族を導いてくれるでしょう。我らが目指した所へ…。」

「…出来ると思うか?アツよ。儂は…儂は…。私の苦しみが、我が子等に残らぬか、それだけが…。」

「出来ますとも。皆、貴方が苦しんできたことを知っておりまする。なればこそ、出来ますとも。母が思うより、子は成長しておるものですから。シャモーニ様も、ここまで成長していらっしゃるではありませんか。成長した子が、母の幸福を願う。これ以上の喜びがありましょうか?」

「……そうじゃ…そうじゃな…。…子は成長するか…。…齢2000を超えてなお、未熟な者もおる、中で、な…。…子離れ出来ておらんかったのかのぅ…アツよ。」

「ま、そこら辺は儂もまだまだ勉強中ですぞ。自らを厳しく律せねばと思うときもありますれば。」

「…そうじゃの…。…我らが潰えても、一族は終えぬか…。」

「…。」

「…。」

「…。」

「…アツさんもナガルス様も俺達が失敗する前提で話をしてますがね。美紀さんも仲立さんも速攻で見つけて帰って来るつもりですからね?俺達もそこそこやるんですよ?」

「…フハッ!そう!そのとおりでございますな!なんせ勇者殿は私が手づから育てたのですからな!彼奴らめの思惑なぞ蹴散らしてくれるでしょうな!っはっは!」

「確かにそのとおりじゃな。…そうか、向こうの思惑とはそういうことか。」

「おそらくですがな。味方とならないのなら、敵となる最悪を潰したのでしょう。向こうも勇者が手に入りませんが、こちらも勇者を戦力に加えられはしませんからな。…ま、向こうも婿殿とシャモーニ様までとは考えていなかったかも知れませんが。」

「…いや、勇者と婿殿の話は伝わっておろう。仲立と同郷であることもな。婿殿までは予想の範疇であろうよ。もしやそれで内情を探ることすら考えておるかもしれん。…モニまでは予想しとらんかったろうがな。…はぁ…これも我が男好きの血のせいか…。」

「…母上…!」

「分かっておる。分かっておるて。今のは言葉の綾じゃ。ついついお主に…甘えてしまっておるんじゃろうな。…だがモニよ。お主は変わった。女は男で変わり、男は女で変わる。これは世の摂理かの。…親の儂が変えられなかったのだけが残念じゃな…ッハッハ…。」

「…なら、いいです。母親の甘えを許してあげるのも娘の努めですから。」

「ッフ…、小癪な…。…いいじゃろう。お主らに美紀殿の捜索を任せる。だが時間はない。3ヶ月後、我らはハルダニヤに攻め入る。その時までに見つからねばどうするか。それはお主らで決めい。元々お主らは頭数には入っていなかった。結局は元に戻っただけのことよ。我らが戦士はお主等なぞおらんでも十分に戦ってくれるわ。」

「はい!ありがとうございます!」

「御母堂。よろしければ、我が分家の手練を付けましょう。羽無しの手練と言えば、我がガダム分家の右に出るものはおりませんて。」

「…良いじゃろう。人族に紛れて情報を集めるにはお主らが一番適しておる。他にも付けておくか…。ついでに、変装の魔道具も持ってゆけ。特に勇者とお主らが一緒に行動しているのが人族に伝われば、勇者殿を王として擁立するに障害となるじゃろうからの。…ま、戦争に間に合わなければ無駄になるわけじゃがな。そんときゃくれてやるわ。」

「ありがとうございます。ナガルス様。…ただ必ず戦争には間に合ってみせます。…一応俺にも奥の手がありますので。勇者なりのね。」

「…そりゃ、楽しみじゃのぉ。」

え?なにそれ。

カッコいいんだけど。奥の手とか。勇者の奥の手とかちょっとずるくない?

俺にだって奥の手位…。

…。

…あれ?

別に…ない?

いやあれ?なんか…あるでしょ?

あれ…えっと…。

なんか…なんか…あれ?

えっと…あ!

「まぁ、俺にも奥の手はあるんですけどね?」

「…。」

「…。…ほぅ…。」

あれ?

なんかあれ?ちょ、あれ?

本当かよみたいな顔されてません?ナガルス様。

あれ?いやあるんですよ。思い出した。

「いやありますって。これ。この冒険者の覚悟ってやつ。本当は城下級にならないともらえないんですけど、昔リヴェータ教の人からもらって、丸薬らしいんですけどこれを飲むと…。」

「やめるのじゃ。」

「それでえっと…あの?」

「…それはリヴェータ教が作ったと言われておる際涯強化薬じゃ。開門薬…とも言われておる。我らも仕組みはよう分かっておらん。…ただ蠢く者の身で出来ており、その小さな球の中に百を超える陣が組み込まれておる。我らの解析担当は、構造の解析は不可能に近いと言っておった。…それに、これを作った者は、恐ろしいほどの執念にて作り上げたはずだ…とも。」

「…。」

「確かにこれを体内に取り込めばたちまち莫大な力を得ることが出来るじゃろう。しかし取り入れた者のその後も聞いておるはずじゃ。」

「…ええ、確かに言っていました。…でも、命を掛けて成し遂げなければならない事だってあります。そうなったら俺は、これを飲むと…。」

「やめい。やめるのじゃ。命を掛けるのなんぞ、爺と婆に任せておれば良いんじゃ。若者は…先のことを夢見ておれば良い。」

「…。」

「そして公の記録では、大陸相当級の者が飲んだ記録はない。…正直お主程の者が飲んだ後、一体どうなるのか想像がつかん。得た力の大きさを予想すれば、敵を打ち倒すだけでなく恐らく味方にも甚大な影響がでるじゃろう。…そしてお主は死よりも辛い苦しみを味わうであろうな。」

「…でも俺は…。」

「…それにお主に死なれたら、娘が泣き暮らすからの。我が娘はどうやら幸せになりたいそうじゃからのぅ。」

「…ちょ、母上…!」

「…いや…ぇっへっへ…。」

「…ペッ…!…で、婿殿。話は変わるが、はっきり言ってミキ殿は地上に居ることぐらいしか分からん。言い出しっぺなんじゃ。さぞご立派な作戦があろうのぉ?」

…え?

…いやいきなりそんな。あれ?

…いや…そのぉ…。

…なんといいますか…ノリで言ったなんて言ったら…駄目っすよね…?

だってナガルス様めっちゃ怒ってるもん。わかるもん。

「えっとぉ…。…ぃっす…。」

「おぉん?すまんのぉ?齢2000も年を重ねると耳が遠なって遠なって…。我がかわいいかわいい娘と、婿殿より人気者の勇者を引き連れていくんじゃ。ナガルスの次代を担うものがまさか行き当たりばったりなぞと…のぉ?」

「…えてない…っす…。」

「そもそも勇者殿は我が叔父じゃ。2000年過ごして初めて親戚に会えた。我が父上の弟君じゃ。そのような方を何の策もなしに危地に送り込ませることなどとてもとても…。」

「…何も…考えて…ないっす…。」

「んん?もうちょっと聞こえるように喋ってくれんかのぉ。んん?」

「…何も考えてないっす…。」

「やや!?ややや!!これはまた!なんと!あそこまで大言を吐いた婿殿がまさか!何の考えもなかったとは!いや、これは剛毅じゃ!とんでもない胆力をしておるぞ!のぉ?!アツよ!我がナガルスも安泰じゃのぉ!!」

「…ぅぐぅ~~……すいませぇん…。」

「なんじゃって?んん?なんじゃって?」

「…御母堂。そこまでにしてやりなされ。シャモーニ様がとんでもない顔で見ておりますぞ。」

「…ふんっ。」

…こ、子供かよ。

…でも正直なにも考えてなかった。なんにも。

探すにしたって世界中くまなく探せるわけないし…。

せめてどこかに取っ掛かりがあればそこを起点に…。

「…はぁ…。母上。とりあえずは、ショーとユーキを探す時に縁を結べたザリー公爵家に協力を仰ぎます。既に3回程、交易を秘密裏に行えているようです。とりあえずザリー公爵家に行き、ナカダチ等の動向を噂程度でいいので集めます。彼らの行く末にミキも向かうはずです。当然、ミキもハルダニヤ国で情報収集はするはずです。特にミキは指名手配されておりませんので。ハルダニヤ国で冒険者として名を挙げてるのであれば、それなりの人脈があるはず。まず間違いなく最初はハルダニヤ国で行動しようとするでしょう。」

「…ふむ。その可能性は高いの。だがナカダチ等は間違いなく国外に逃亡しようとするぞ。それは確実じゃ。もうすでに両陣とも国を出てることもありえるのではないか?」

「だとしても、最初はハルダニヤ国に行くしかありません。今の所、彼らの後を追える情報はナカダチの逃亡の情報のみなのですから。」

「…そうであろうな…。…移動はどうする?下手したら国を渡ったところで数ヶ月過ぎてしまうかもしれんな?」

「…それでご相談です。ヴォブリー一族の転移拠点を使わせてください。それが叶えば、かなり私達が優勢に動けるはずです。」

「…今更出し惜しみしてもしょうがないか…。彼らもようやっと一息付けたのじゃが…。いいじゃろう。好きなように使え。」

「はい。ありがとうございます。」

「…ありがとうございます…。」

「…っふん。婿殿はいい娘を嫁にしたのぉ?」

「…うっす…。最高の妻っす…。」

「…ッケ。もう行け。ヴォブリー一族には話を通しておく。明日の朝一で向かうがよいじゃろう。細かいことはお主に任せるぞ。」

「はい。母上。必ず戻ってきます。」

「…うむ。期待して待っておる。」

何も考えてない自分が嫌になったけど言ってよかった。

ナガルス様とモニの顔が少しだけ、柔らかくなったからかな。

…俺には冷たくなった気がするけど…。

…佑樹。慰めるように俺の肩に手を置くな。

しかしメリィの奴はヤバそうな空気の時は絶対来ないよなぁ…。良いなぁ…。
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スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

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ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

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