ಂ××ౠ-異世界転移物語~英傑の朝

ちゃわん

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第8章 英傑の朝 前編

第80話 未来は決まっている

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うあ~…。

情報収集。なんて疲れるんだ。

っていうか女でいることが疲れる。

あの後逃げるのにすげぇ時間掛かった。

めちゃくちゃ時間掛かった。やっと情報が手に入って「学士」マディンを探しに行こうと思ったのに。

あ”~…。

結局適当にお酒何杯か飲んで有耶無耶にして出てきたけど。

いや結構飲んだかな?

意外とヴァルもお酒飲んでたな。歳的に良いのか?いやそんな法律なんざねぇんだ。問題ないか。

とりあえず宿に帰ってきたと思ったらハミンと佑樹は酔いつぶれてるし。

あいつら酒飲みすぎだろ。

帰ってくるなりヴァルも寢っちまうし。

うお~…。

アルト様もモニも俺の尾行が終わったかと思ったら速攻で酒飲み始めるし。

いい情報が手に入ったんだろ?つって平気な面してさぁ。

なんかこの世界の奴らってなんか労働に対してシビアっていうか適当っていうか。

絶対に休むぞっていう強い意志を感じる。

こんなんでいいの?時間切れまで後少しだよ?って言ってんのに。

何か最近佑樹は結構投げやりっつーか雑っつーか。投げてる?みたいな。

いざとなりゃ自分が投降すればいいと思ってやがる。むしろ楽しむなら今だ位の勢いだ。

ワックはちょうど帰ってきて、部屋に入ってきたけど。

「うわ…。ショー様すごい姿で寝てますね。それ母親が見たら泣きますよ。」

「俺は男だから問題ねぇっつーの。むしろ女になってる方が泣かれるっつーの。」

ぶっちゃけパンツ一丁で寝てるからね。

「そうかも知れませんがね。それでも多少の慎みは大事だと思いますがね。」

これだ。

俺は男だっつーのに、なんかはしたない女の子と扱われてる節がある。

普段から女として扱わないと変身がバレるってことなんだろうがそれでもこんな時くらい良いだろうが。

早く。早くガルーザを見つけないと、ミキさんを見つけないと身も心も女の子になっちゃう。

やばぁい。

「っていうかみんな酒飲んでるんですがどういうことですか。シラフなのはリザだけでしたよ。」

「ああ…。俺が良い情報を手に入れたと分かったら、また飲み始めてたよ。緊張感が足りねぇよ、あいつらはよぉ~。」

「え、すごいですね。僕も有力なネタを仕入れましたけど、こういうのって結構経験が物を言うんですけどねぇ。」

「大した…経験じゃない…。そういう事…。ダッサ…。」

「あぁ?!リザてめぇは今日何もしてねぇだろうが。そんなんでよく偉そうな事言えるなぁ?僕だったら恥ずかしくて外を歩けないがね?」

「あんたを…二重尾行してた…。まぁ…あんたは…気づいて無かった…恥ず…。」

「ああ…。そう言えば肉が焼けた匂いがすると思ったらお前だったのか。羽をむしった後は焼入れするんだっけか?」

「ふぅ…。いい加減にしろよ。生まれつきの出来損ないが。」

「やめろやめろ!いい加減にしろって!仲良くしろとは言わねえ!だがわざと相手をバカにする言葉を言う必要はお互い無いだろ!」

「…。」

「…。」

すぐこれですよ!

もう酔いも覚めたよ!油断も隙きも無い!モニがいないと思ったらすぐこれだ!

糞…。やっぱり俺に貫禄が足りないのか?舐められてるのか?

もう。

もう!

もー!!

…ん?

「ワックそう言えば有力な情報を掴んだって…。」

「あ、ええ。昔ガルーザって男とパーティーを組んでたミジぃという女の居場所が掴めました。」

「え…。」

「今は名前と外見を少し変えているそうです。ジーナと名乗り、髪の色も変えているそうです。」

「ミジィ…。居たな。リヴェータ教のはぐれ者らしいが。」

「どうしますか?動ける人員は…正直ここにいる三人だけですが。」

「行こう。少しでも早く足取りを掴みたい。…いやもう夜も遅いから明日にしたほうが良いのか?」

「いえ、問題ありません。むしろ今の時間のほうが良いでしょう。」

「?」

「彼女は今、王都の花街で娼婦をしています。」

「…何だと?」

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

ワック、俺、リザ。

この三人で花街に向かうことにした。

場所を知らないのでワックに着いて行くしか無い。

リザは俺の後に着いてきてる。

あれからこの二人は話さなくなった。

ついに絶交したって訳でなく、仕事モードに入ったんだろう。そんな感じだ。

だからか分からないがピリついてる。

仕事に対する緊張感が出てる。そんな感じがする。

その割には二人とも俺にも注意を払ってる感じがする。

俺を守ろうとして周りを警戒してくれてるのは分かる。

だが意識の一部がこっちを向いているのも分かる。

探査魔法の精度が上がったのかどうかわからないが、なんとなくそういう事も分かるようになった。

ポンチョを使って魔力操作の練習ばかりしてたせいだろうか。

探査魔法の精度が良くなった気がする。いや質が変わった感じだろうか。

それとも魔力の濃淡を気にしながら使っていたからだろうか。

いずれにしろ砂塵・土蜘蛛が進化したから聞き込みも上手くいっていた。

後半の方はこれを利用して、俺達に興味がありそうなやつを選んで聞いていってたからな。

まぁだからこそ知らなくて良いことまで知ってしまう。

例えば部下の緊張感とか。…いやこれは違うか?

これはひょっとして…ビビってる?俺を怖がってるのか?

何故?

なんか怒っちゃったっけ?

ヤバいな。なんか気付かない内に部下を怒ったとか結構最低の上司じゃない?

まいったなおい。謝ったほうが良いのかな…。

…そう言えば俺、ミジィに会うってのに、そんなに怒ってないな。

もっともっと怒りに震えてると思ってた。

あの糞憎たらしいガルーザとその一味。

奴隷の時、何度殺してやりたいと思ったか知れない。

いつも許せないと思いながら眠りについてた。

でもヴァルに助けられた。

ルド婆さんが教えてくれた。

モニにまた会えた。

その頃から俺は…。

「着きました。話によるとここが彼女の仕事場です。」

「…そうか…。」

「…どうされますか?会いに行かれますか?」

「…この中で男なのはワックだけだ。全員で行ったら冷やかしだと思われるだろうな。いや、もしかしたら叩き出されるかも知れない。騒ぎになるかも。」

「確かにその通りです。ここで張って、彼女が出てくるまで待ちますか?ここに住んでるとのことですから出てくるのは運になりますが…。」

「…娼館の前でたむろしてる奴が三人。警戒するよな?」

「…そうですね…。」

何も考えず出てきたが、ここに来るまでに頭を働かせてれば、会う方法だって思いついたかもしれない。

どうやったら会えるか。それがすっぽり抜けてた。

はぁ…部下の仲違いの事ばかり考えてたよ。

…。

「…ワック。ジーナ…レジィを買えるか?それでガルーザの事を…。」

「あ、いや無理です。僕は男が好きなので。」

「え?」

「…は?…。」

え?

「となるとやはり難しいですね。ここは一旦出直しますか。帰ってユーキにでもお願いして…。」

いやちょっと。

そんな簡単に流されても困るんですけど。

あれ?

こっちの世界だと結構普通なの?

いやそんなことねぇわ。リザとかドン引きしてるもん。

えぇ…。

なんか色々吹っ飛んじゃったんですけど。

やめてくれない?

シリアスから急転直下でコメディじゃない。

こんな時どんな顔していいかわからないんですけど。

…笑うのは不味いよな?

はあ…。

なんか馬鹿らしくなってきちゃったわ。

帰って佑樹にお願いするか。

んで佑樹にレジィを買ってもらってガルーザの事を…。

…。

…だがそれで良いのか?

あの女だって俺の復讐リストの中の一人だ。

せめて落ちぶれた姿の一つや二つ見てやらねぇと下がる溜飲も下がらなくなっちまうんじゃ?

惨めな姿を見て唾の一つでも吐いてやらなきゃならないんじゃないのか?

最悪情報が手に入らなくたって、マディンが関わってる所までは突き止めたんだ。

そこからガルーザにつながる可能性だって高い。

「…いや俺が行こう。女の変身を解いて、別の適当な男に変身する。それで問題ないだろ。」

「なるほど…。しかし構わないのですか?」

「大丈夫だ。きっちり情報を引き出してくるさ。」

そして落とし前も付けてくる。

やらなきゃいけないような気がするから。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「ようこそいらっしゃいました!夢の雫へ!ご新規のお客様でございますね?」

「ああ。」

外から見た地味な外装からは全く想像が出来ないな。

めちゃくちゃキラキラギラギラしてる。

赤と金と茶色しか色がない。

茶色は木だ。つまり建物の柱や壁。

つまり内装は全部金と赤だ。

儲かってんだろうな…。

俺に声を掛けてる受付も大分いい服を来てる。

とはいえ目立つ感じじゃない。おとなしめの服だが質はいいって感じ。

基本的に黒色だ。

スーツみたいなタキシードみたいな。それよりもちょっとゆったりとして質素かな?

それに対して奥に並べられてる女の服の色とりどりなこと。

着てる服の面積は少ない癖に、色がもうギラギラ。

あくまで女がメインだってことなんだろうか。

「それはそれは。よくぞ我が店を選んでくださいました。…本日はどのような娘をお求めで?」

「ん?ああ、そうだな…。昨日酒場で知り合ったおっさんに教えてもらったんだ。確か…ジー…ジーン?ジーナ?って子が随分いい具合だってな。もう名前も覚えてねぇおっさんだが、時間もあるし試しにな。」

「なるほど。当店にジーナという娘が一人おります。きっとその娘のことでしょう。いや、その方も中々いい趣味をしていらっしゃいます。確かに最近入りましたが、徐々に人気が出てきている所なのですよ。正に今、買いの娘でございますよ。」

「そうか。頼むよ。金はこれくらいあれば足りるか?」

「おぉ…。これだけあれば十分でございます。なんでしたらもう一人お付けしますか?それができる程の大金ですぞ?」

「いや良い。あんまり人数が多いのは得意じゃないんだ。」

「そうでございますか!ならばジーナには十分サービスするよう良い含めておきますとも!ささっ。お先にお部屋でお待ちくだされ。」

「ああ。」

過剰な位に下手に出るもんなんだな。

今ちょろっと見えたけど見えにくいところに切り傷がそこかしこに…。

でもあの服と立ち回りで傷が見えない…いや見えにくいようにしてる。

きっと少しでも威圧感を与えないようにしてるのか。

違うか。罪悪感を与えないようにしてるのか。

威圧感を受けるってことは弱さを自覚することだ。

そして弱さは罪だ。

そんな事無いって言うやつが殆どだろうけど、そうじゃないって俺は分かってる。

俺が弱いことで失った物だってある。それはつまり、罪だ。

だがそれだけじゃない。もっと根本的なところだ。

きっと男なら、弱い、という部分に根源的に引け目を持ってる。

その力はどんなものでも良い。腕力、財力、権力、知力。

どんな力でも自分が弱さを感じた瞬間、どこかで引け目を感じる。

これは男なら誰でもそうだと思う。

女を買うという引け目を感じてる男に、更に弱さまで感じさせたらもう二度と来ないだろう。

買った女が慰めてくれれば引け目は無くなったとしても、弱さだけは残る。

どんなに卑怯になっても、弱いことだけは受け入れられない。

そんな男は多いと思う。

…男に夢を与えるか。

娼館ってのはそういう男に夢を与えてるのか。

弱い男に夢を与える女。

…何を言ってるんだか。バカバカしい。普段はこんな事考えないのに。

待ち時間が長いからか、ここに充満する匂いが甘ったるいせいか。

レジィがどんな面してるのか考えないようにしてるせいか。

何故考えないようにしてるのか。

惨めな姿を想像してれば良いじゃないか。

心の底から笑ってやればいい。

…。

それだけだ。

「いらっしゃ~い♡ご指名ありがと!お兄さん♡」

…あの頃より少し声が枯れてる。

背は…少し低くなったか?いやそんなことはないか。見間違いだ。

髪も目も、少し汚い茶色だ。こんな色じゃなかった。

無理に高く挙げてる声が不自然だ。

前はもっと艶々としてて…不遜だった。

私に出来ないものなんて無いって、そんな感じだった。

でも今この女に、そんな力も魅力も感じない。

目の下の隈が、無理に作った表情とアンバランスだ。

レジィは、ただ疲れていた。

あれだけ、あれだけ憎んだ奴の一人が。

顔を見たら一発ぶん殴ってやろうとも、唾でも吐きかけてやろうとも思ってたのに。

…。

「どうする?清潔の魔法掛ける?私使えるんだ~!」

「ああ…いや、最初はゆっくり話したい、かな?話をしてると何か、あー、癒やされるって…言ってたからよ。」

「そうなんだー。まぁ確かに話し相手になってほしいって人も結構いるよ。じゃあ最初はそれでいこうか?それで後でゆっくりとね?夜は長いんだから。」

「あ、ああ。…あー、最近この王都に来て、冒険者をやってるんだが偶々いい「当たり」を引いてな。まぁちょっとこういうとこに来てみたんだ。こういうのも慣れて無くてな。」

「あー。そうなんだー。私も昔冒険者しててぇ~。結構でかい当たり引いたことあるんだよね~。」

「…そうなのか?だったら、その…言い方は悪いがわざわざこんな商売しなくても楽に暮らせるんじゃないのか?」

「あー、何ていうかねぇ~。当たりが大きすぎたんだよねぇ。王族や貴族が出てくる騒ぎになっちゃってさぁ。力づくで盗られちゃうだけなら良かったんだけど、まだ隠してるんじゃないかって疑われてさぁ。大所帯だったけど見つけた奴ら全員大分追い込まれてねぇ。」

「そうか。それで、こういう所で隠れてる。のか?」

「うぅ~ん。私達は、結構ヤバいなぁって感じたから結構早めに逃げたのぉ。だから正直私は殆ど関係ない感じかなぁ。私は念の為しばらくこうやって、ほとぼり冷めたらまた王都の冒険者やろうかなって。」

「そう、か。そりゃ…残念だな。せっかくでかい当たりを引いたのによ。…仲間の奴も悔しがったろ?」

「ああ~。大分キテたねぇ。一人はあっさり逃げてったけどね、タフな女だからさ。でももう一人が諦められなかったみたいでさぁ。貴族とか王族と交渉しようとして昔なじみの貴族に裏切られてさぁ、なんとか逃げたっぽいけどどうなったのかなぁ。」

裏、裏切られた?…あいつが?

あの…あいつが?

人を騙すことに掛けては右に出るものが居ないっていうような奴が?

「逃げ…きれたんだったら、その、良かったな。」

「まぁねぇ。でも大分恨まれてたやつだからねぇ。結構ヤバいって話も聞いてるしぃ。どこにいるかもわかんないし別にどうでも良いけどぉ。」

「結構、あれだな。冷静なんだな。なんか醒めてるっていうか…。」

「一応、組んでたけどさぁ。得があったから付き合ってただけだしぃ。そうじゃなくなったら後は知らないよねぇ。冒険者ってそういうものだよぉ。お兄さんも気をつけないと騙されちゃうからねぇ。ほら、ア・タ・シとかにさ…♡」

「あ、ああ。そうか。あ、いや。そうだな。悪い。ちょっと用事を思い出した。すまねぇけど今日はこれで失礼するわ。」

「えぇ~?!ちょっとぉ、なにそれ、もう帰るのぉ?あんま早く出られると私が叱られるんだけどぉ。」

「すまねぇ。これ、少ないけど足しにしてくれ。外のやつにもちゃんと俺の用事だって言うからよ。」

「うわっ!すごっ!こんなに貰っていいのぉ?これ金の…腕輪ぁ?すごいじゃん?これも当たりのおかげってやつぅ?ねぇねぇ、私と組んで冒険者…。」

「わ、悪い。これでな。すまん。」

ヤバそうな雰囲気になったからもう出るか。

とっとと。とっとと逃げないと。

ここにいたら不味い。

なんか、ここにもういたくない。

もう行こう。もう…行こう。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「…どう…でしたか?ショー。上手く聞き出せましたか。」

「ああ…。結局ガルーザの行方は知らないようだった。だから…もう出てきた。」

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「そう…かな。まぁ…もう良いんだ。あんな女。関わってる暇はねぇから。」

「…そうですよね。我々には次の手もあるわけですし。」

「…いえ…その女…の…股ぐらに…突っ込んでやれば…いいと…思います。…ヒィヒィ…。」

「…。」

「…。」

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

はぁ…。

宿に帰ってきたらもうみんな寝てた。

ワックとリザも早々に休んでしまった。

明日からが本番ですって言い残して。

二人には気を使わせてしまっただろうか。

まぁマディンに会わなけりゃ始まらないってのも事実だしな。

間違ってないか…。

…。

俺は何故レジィに何もしなかったんだろう。

最後に金まで渡しちまって。

いやそんなことより。

あのレジィを前にしても全く怒りがなかった。

恨みも…無かった。

…。

馬鹿な。

俺はずっと奴等を恨んでた。

奴隷の時はずっとあいつらを殺すことを考えてた。

奴隷を抜けた後も、ずっとずっと。

それだけを考えて生き抜いてきてた。

そう思えたからヴァルの所まで逃げれたんだと思う。

…でもヴァルに助けられて。ルド婆さんに助けられて。

ルド婆さんが苦しんでることを知って、ヴァルが諦めてるのを知って。

こんな小さい子でも苦しんでると知って。

きっとそれは誰でも何かに苦しんでると分かって。

もう自分に嫌気がして。

ヴァルに…救われて。

モニに会えて。

もう、ガルーザの事を思い出すことも無くなった。

今思えば、ガルーザをあれほど憎む事でザリー公爵領まで逃げ切れたんだ。

それが力になっていた…。

ヴァルに会えたのも、ルド婆さんに会えたのも。

佑樹に会えたのも、モニに会えたのも…。

…ガルーザのおかげ…?

…馬鹿じゃねぇのか!?

んなわけねぇだろ!!

そもそもガルーザが居なけりゃ奴隷に落ちることだって無かった!

あのまま冒険者やってればその内リヴェータ教の誰かを捕まえてモニを治して…。

…モニが治ると。

モニが治ると、俺は気付けたのか?

モニの石化が治癒可能な物だと気付けるのか?

気付けたとしてそれはいつだ?

十年経って?二十年経って?

その後リヴェータ教の極秘情報を手に入れるのはどれだけ掛かる?

そもそも極秘情報が、モニに関わるのかすら分からないのに?

もしかしたら一生気付かなかったかも知れない。

奴隷になった時に、偶々カジに会えたから、運良くディック爺をこちらに引き込めたから、モニの石化を解呪できた…。

奴隷に落ちたから、モニに再開出来た…?

俺はガルーザ達に感謝…。

そんな…!

そんな…馬鹿な…!

…そんな…!馬鹿なことは…!

あるわけねぇ!

なんて…馬鹿な事を考えてるんだ!

そんな訳がねぇだろ!?

どうかしちまったんじゃねぇか?!俺は!

ここまで俺はボケてたのかよ!

意味がわからねぇ…!

意味が…!

…なんだ?

少し肌寒くなってきたな。

王都って夜寒くなるっけ?

「ぬしゃもどんどごけっぺ?」

は…?

なん…ハミン?

何だ?

「ぬしゃうらんでんどやちゃなんねっけ?」

は?な、なんて?

どうして?

いやっていうかなんでハミンさんこんな所にいるんですか。別の部屋じゃなかったっけ?

っていうかなんて言ってんの?

訛り?もひどいけど声がすんごい低くて全然聞き取れない。どゆこと?

いや?寝てる?寝ながら喋ってる?

喋ってるのはハミン…だよな?

「ぬしゃうらんでひんどやちゃなんねっけ?なんね。」

俺を指差しながら言ってるんだったら俺の事…だよな?

「あ、あのハミン…ですよね?」

「ぬしゃうらんでひんどやちゃなんね。」

ハミン…だ。

服装も、顔も、髪も、全部ハミンだ。

でも普段はあんな言葉使いじゃない。

ものすごい訛ってる。っていうか訛りすぎて分からん。

声も低い。まるで男のような声だ。

何より。

何よりだ。

彼女の瞳が金色に輝き、瞳孔は縦に開いてる。

初めて見るその目に。

俺は欠片も身体を動かすことが出来ない。

何故か辺りは凍えるような寒さになっている。

…俺は。

…俺は彼女より強いはずだ。

強くなった斥引力魔法を使えば。

鍛えたポンチョを使えば。

いや、拳一つで殴りつけても良い。

絶対に勝てる。勝てるはずだ。

でも身体が動かない。

「うらんでごろじゃひでべにあう。」

「う、うら?うらん?…恨み?」

「死よりも苦しむ。」

は?

し?四?

いや…死、か…?

恨み?恨むとどうなんだ?

何だ?何が言いたい?

「ビュッ…。」

あ。

ハミンが倒れた。

あれ?倒れたよな?音したか?

あれ?

いや…寝てる?

…おかしい。

毛布が掛かったままだ。

あの体勢から倒れたならどうやって毛布が掛かるんだよ。

馬鹿な…意味わかんねぇ。

ただの夢だったのか?

幻?

疲れてたのか?

まぁ確かに今日は色々あったからな。

…。

…そんな馬鹿な訳ない。

あの圧迫感が偽物な訳がない。

絶対にさっき、ここに何かがいた。

間違いない。

魔力や魔物がいるような世界だ。

妖怪みたいな奴がいたって不思議じゃない。

だけど初めての感覚だ。

今まであんな物体験したことは無かった。

…何だ?

この世界って何だ?

俺は確かに最初は、来てすぐの頃はゲームとか、小説とか。そんな感じの舞台に居ると思ってた。

でもしばらくして間違いだと気づいた。

この世界は、地球と同じように沢山の人間が暮らしてて、文化があって、歴史がある。

なんというのかな…。

魔力のあるもう一つの地球みたいに感じてた。

地球からすんごい遠くの星に移って、偶々そこに魔力があって、人が居て、みたいな。

そんなふうに感じてた。

でもそれも違う。

この世界は、そんなもんとは全く違う。

魔力があるだけの地球とかって…そんな訳ない。

今日気づいた。

この世界は…何なんだ?

訳わかんねぇよ。

ちくしょう。ちくしょう…。

負けてたまるか。たまるかよ…。

くそ。寒いし眠い。

寒い…。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

朝起きたらいつもどおりだった。

朝の鐘が鳴って、少し靄が掛かってて、いろんな店の朝食が混ざった匂い。

不穏さが全く無い。希望に満ちた朝。

昨日のことなんてまるで夢かのように。

…あの夢、幻については言わないことに決めた。

今はガルーザを追うことが一番だ。

ガルーザを追って、仲立さんを追って、ミキさんを追って。

それが一番大事だ。

それ以外に余計な心配は掛けたくない。

むしろ頭がおかしくなったと思われて探索に加われなくなったら不味い。

他の奴にガルーザの探索を任せたら、あいつが何するか分からねぇ。

あいつは絶対、俺が見てなきゃ不味いと思う。

それくらい奴は何するか分からないやつだ。

だからここで外される訳にはいかない。

それにハミンは仲間だ。

何か俺に悪意がある訳じゃ無いだろ。

そもそも何言ってるかわかんなかったし。もしかしたらめっちゃ良いこと言ってたかも知れないしな。

おめぇまじ今モテてっぞ!とかさ。

…死とか恨みとかそんな感じの言葉だったのはちょっとあれだけど…。

いやもしかしたら、男たちから死ねと影で言われてるくらい恨まれてるぞ。

なぜかって?モテてるからさ?って言ってたかも知れないし。

うん。

そういう事にしよう。それで問題なし。

「それでなんでこんなに朝早くギルド行くんだよ、ショー。」

「そう文句言うなよ佑樹。ヴァルだって付いてきてくれてるわけだしさぁ。…マディン・メディンって男は朝早くと夕方に良く資料室に居る。だからまぁまずは朝って感じかな。」

「ふぅん。まぁそりゃいいけどよ…。」

「なんか…冒険者にしては珍しいよね。勉強熱心?って感じ?読み書きも出来るんだよね?その人。あんまり冒険者でそういう人って居ないよね。っていうか冒険者なんてやらなくても良いじゃん。」

「まぁそりゃそう思うよな。っていうか王都の冒険者はみんな思ってたよ。だからまだ冒険者やってるって聞いて少し意外だったな。なんていうか…俺もいい感じの所に雇われてるんだと思ってたからさ。」

「えっと…。確か城下級…なんだっけ?あんまりお金貯まんないのかな。」

「いやぁ、どうだろう。城下級になればそこそこいい暮らしが出来る程度の稼ぎは誰でも持てるし、そもそもマディンは個人的な顧客も持っているようだったし…。下手な荘園級よりかは稼いでいた気もするんだけどなぁ。」

「ふぅ~ん。良く分かんないねぇ。ずっと冒険者する人も居るらしいけど…お金が貯まったら辞める人ばっかりだよ。冒険者って。なんで続けてるのかなぁ。」

「まぁなぁ。経験も長いし知識もあって堅実だから慕ってる奴は多かったらしいぜ。ま、それも後で聞いた話だけどな。」

「っていうかなんでこのメンバー何だよ。ヴァルとショーと俺って何か珍しくねぇ?アルト様とかワックとかさぁ。もっと適任が居たんじゃねぇの?」

「あ、いや、ちょっとワックはあれ…ちょっとね。」

ちょっと男が好きですとか言われるとさ。俺もちょっと構えるっていうかね?

いや別に良いんだよ?別にさ。実害がない分にはさ。

妻も居るしさ。でも何かやっぱり距離が近いんじゃね?みたいなね。

そんな感じに思うっていうか?あれ?やっぱり気のせいじゃ無かったんじゃね?みたいなね?

「まぁモニ男…は駄目にしても、アルト様とかハミンとかでも良いじゃん。」

「あ、いやほら。アルト様って何か圧があんじゃん。何か敵意をもたれやすいっていうかさ。ハミンはほら、なんていうの?全部酒の話ししそうっていうかさ。だから何ていうか、ほら、コミュニケーションが出来る人を選んだっていうかね?」

「まぁ、モニ男もハミンもアルト様も後ろを付けて来てるけどね。」

「それもそうか。っとぉ。ここがギルドの資料室か?」

「…あぁ。間違いない。」

ギルドの奥に隠れるようにある小さな部屋。

古びてるその扉は変わってない。

そう。

こうやって開ける時にキーキーうるさいんだよな。

中で資料を読んでる人がいたら迷惑だっつーの。

…いや、ここを使ってたのなんかメディンだけか。

彼しか使わないからメディンの部屋なんて言われてたり。

「あ…。」

そしてドアを開けると、前見たときと同じように、彼は資料を読み込んでいた。

以前と変わらず難しそうな顔をして。

「マディン・メディン…。」

「…?…どちら様かな?」

その変に格調高い喋り方も同じだ。

俺は王都に来て、今初めて、少しほっとしている。



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2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
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第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
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俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

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