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第8章 英傑の朝 前編
第81話 学士マディン・メディン
しおりを挟む「あ~、私達は最近王都に来た冒険者です。成り立てで…ルーキーですね。マディンさんは私達をご存じないと思います。」
「…そうか。王都の冒険者は大体把握してるんだがね。俺が知らないということは本当に最近来たんだろうが。」
懐かしい。この喋り方。
乱暴さと丁寧さが合わさって皮肉っぽい言い方になってる。
この言い方が誤解されやすい原因なんだろうなぁ。
でも俺は知ってる。
奴隷になった時、ガルーザが言ってた。
あの時、マディンが学士のマチダックと一緒に仕事をしたのは俺を助けるためだったと。
そう言われてから、奴隷時代に色々思い返していた。
確かにマディンは俺に色々言っていた気がする。
冒険者は自分で自分の事をすべきだとか、簡単にパーティーを組むなだとか、そもそも冒険者なんて信頼するなとか。
俺は彼の言葉を端から聞いちゃいなかった。
あの時はガルーザに頭の先からつま先まで洗脳されてたから、ただの嫉妬だとすら思っていた。
長年やって城下級にしかなれなかったうだつの上がらない冒険者の嫉妬だと。
でも全然違った。
自分の余裕が出てきてからやっとわかるようになった。
彼が助けようとしてくれていたことを。
きっと俺が彼をバカにしてたのは、彼自身もなんとなく感じていたと思う。
それでも彼は助けようとしてくれた。
勢力のあるガルーザの食い扶持を横からかすめ取るような真似は、暗黙のルールで出来ない。
だからなんとか俺に気付かせようとしてたんだ。
わざわざ俺と一緒に仕事をするっていう遠回しな事をしてまで。
結局俺が全部駄目にしちゃったわけだけど。
きっと彼は良い人だと思う。わかりにくいけど、多分お人好しってレベルの人なんだと思う。
だから一度は会って礼を言いたかった。
でも…今は正体を明かすことは出来ない。
それは、しょうがない。
そこから仲間の身が危険になるかも知れないから。
だから勿論…正体は明かせない。
そんなことは当然。
当然じゃないか。
…。
…けど。
けどさ。
変わらない彼の調子が懐かしくて。
自分の出来る限り人を助けようとしてしまうその甘さが懐かしくて。
その甘さを隠すような偽悪的な態度をみて。
俺は少しホッとしてる。
彼はきっと間違いなく、ずっとお人好しのいい人であり続けたんだろうと分かったから。
…。
…人を信じるということは難しい。
この世界に来て特にそう思うことが多くなった。
でも俺は、人を信じるってことはきっと。
この人になら裏切られてもしょうがない。多分きっとどうしようもない事情があったんだろう。
人を信じるってことはそういうことなんじゃないかと、そう思えるようになった。
もし今の仲間が俺を裏切ったとしても。それはきっとあいつらに何かあったんだろうな、とそう思える。
だから。
だから俺は変装の魔道具を外した。
「え、おい…。」
「ちょ、ちょ…。」
佑樹とヴァルは大分驚いてる。
でもごめん。そうすべきだと思うんだ。
もしこれでマディンが俺を売ろうとしても、それはしょうがない。
見ず知らずのルーキーを助けるような彼が俺を売るのなら。きっと何か理由があるんだ。
それに何より。
彼は昔、俺を助けようとしてくれたんだ。
騙し騙されが当たり前の冒険者の世界で、鼻っ柱の高い生意気なルーキーを無骨に助けようとしてくれた。
馬鹿なルーキーを騙して得することはあっても、助けようとして得することなんて無かった。
一銭にもならないのに誠意を示してくれたなら、一銭にもならなくても誠意を返さなきゃいけないんじゃ無いのか。
彼から騙すように情報を掠め取るのは、誠意とは正反対の行動じゃないのか。
「…お前は…。」
「お久しぶりです。マディンさん。もしかしたら覚えてないかも知れないですが…。」
「生きてたのか。兎狩りのルーキー。随分と冒険者の面をするようになったじゃないか。」
ニヤリと笑った顔も、昔のままだった。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
あの後俺たちは場所を変えた。
俺の姿を見てすぐ、マディンさんがついてこいと言ったからだ。
俺はすぐに変身の魔道具を付けて、元の女の姿に戻っている。
そのままマディンさんに連れられて、少し汚い飯屋に来た。
佑樹とヴァルは今の所、口を開くつもりは無いみたいだ。
俺とメディンに何か因縁があるという部分に気を使ってくれたんだと思う。
「ここは飯は上手いが商売が下手でな。所謂、流行りの店にはなれないんだが、冒険者じゃない地元の奴等は良く来る。冒険者共ってのは流行りものに弱い。所詮は学がねぇ馬鹿どもばっかりだからな。何が本当に良いものかを自分で決める度胸がないんだ。」
「確かに…冒険者は全くいませんね。」
「ああ。だから冒険者に聞かれたく無い話はこういう所でするに限る。ちょうどよくうるさくて、聞き耳立てるような奴がいない。」
「随分…俺を信頼してくれるんですね?俺が何か企んでるとは思わないんですか?」
「そりゃ何かを企んでるだろうがな。だがなぁ、長いことクズを見てると分かってくるもんもあるんだよ。例えば目の前を見てるか遠くを見てるかな。」
「…遠く、ですか?」
「ああ。大体の冒険者ってのは目の前を見てる。すぐ手に入る金、名誉、栄光。そんなもんをかき集めるためにギラギラした目で足元を攫ってやがる。そんなもんが足元に転がってる人生ってなぁ、そうそうねぇんだがな。」
「まぁそりゃ…そうかも知れませんね。でも当たりを引くやつも居るでしょう。」
「そういう奴は大体長く耐え忍んだやつだよ。長くやってるから当たる確率も高くなる。そして長く堪え忍べるのは遠くに目標を持ってるやつさ。昔のお前は…眼の前のことで一杯になってたやつだったよ。必死な感じが出てたな。」
「…耳が痛いですね。」
「だが今はどうやら遠くを見てるな。遠くを見れば全体を見れるようになる。足元の些細な事を気にしなくなる…例えば憎しみとかな。」
「…。」
「お前の目には憎しみが無いようにみえる。俺はそう思ったね。」
「…ガルーザだって憎しみにまみれてるような奴でしたがね。」
「いや、あいつは劣等感があるだけさ。それがあるから将来有望な奴を騙して潰して自尊心を保ってたんだよ。まぁ潰し方はエグかったがな。」
「おぃちゃん…この人頭良いねぇ。本当に冒険者?」
「そのはずだけど…なんで?ヴァル。」
「普通冒険者が確率なんて言う言葉は使わないから。学士とか貴族とかそういう人達だけだよ。」
「へぇ。そうなのか?全然気にならなかった…。」
「っは。確率って言葉を違和感なく理解してる時点で、お前も並の冒険者じゃ無かったってわけだ。そりゃガルーザも嫉妬するわな。」
「…ガルーザは今どこにいるんですか?」
「…なんだ?やっぱり憎んでたのか?あいつに会ってどうする。殺すのか?」
「…殺しませんよ。そりゃ殺したいほどムカついてますがね。…あいつにちょっと…協力してもらいたいんですよ。人を探してほしい。」
「協力?!あいつが?!お前に!?…ッブッハッハッハ!そりゃ無理ってもんだ!あいつが人と協力する?!魔物が愛を語る方が現実味がある!ッハッハ!」
「…随分ガルーザを知ってる風じゃないですか。居場所を知ってるんですね?」
「…あいつと協力してどうする?必ず裏切られるぞ。さっきも言ったろう?ギラギラして足元だけを見てるような奴だ。そういう奴はすぐ裏切るぞ。目の前にでかい餌が出てきたらそいつにかぶりついちまうんだ。…例えば懸賞金とかな。」
「…。」
やはり、知っていた。
ヴァルは自然な動作で、片足を自分の椅子の真下、自分の重心の真下に移動させる。それと同時にテーブルの上の右手で隠しながら左手で縁を掴む。ヴァルの力ならこのテーブル位片手で投げつけられる。
佑樹はわざとらしく欠伸なんかして、この話つまんないわ、みたいな態度出してるけど、マディンから隠れてる左手の周りに霜が降りている。氷魔法を使う準備は万端か。
俺は手も足も動かさない。ただポンチョの内側を手の形に変えて、引っ掛けの長剣と俺が作った黒と、赤のナイフの柄を掴んでおく。ポンチョの良い所は自分の手を何本でも作り出せるところだ。魔力の手よりも使いやすいしな。
「…まぁ落ち着けよ。俺はお前を売るつもりはねぇよ。なんつったって奴隷の星だからなぁ。今お前を売ったら俺ぁ、冒険者として生きてけねぇよ。国に喧嘩を売った元奴隷で冒険者。俺達平民からの支持は抜群だぜ。知ってるか?今お前の冒険譚を吟遊詩人共が歌いまくってんだぜ?」
…本当かな。
…まぁ、いいか。二人が警戒してくれるなら俺くらいは何もしなくても。
誠意を持って接しなきゃって言った後に速攻で疑うのものあれだし。
うん。さっきナイフ掴んでたのはなし。はい。
「あまり実感が無いんですよ。吟遊詩人達に会ったことも無いですしね。」
「いや、翔。確かに歌ってるのはマジだぜ。酒場に居た時はそこかしこで奴隷の星の冒険譚が歌われてた。歌っていうか語りっていうかさ。まぁ悪い気はしなかったがよ。」
「そういうことだよ兎狩りのルーキー。いや奴隷の星か。少なくとも冒険者である俺はお前を殺すのが不味いってのはわかる。まぁ、馬鹿が多いのも冒険者だからな。裏切るかも知れないな。」
「…売らないと言ったり裏切ると言ったり。信じてもらおうって態度じゃ無いですね。」
「そりゃそうだ。別に俺はお前に信じてもらう必要はないからな。俺を信じられないってんなら、じゃあここで失礼しますよってだけだ。俺がお前に信じて貰いたいんじゃない。お前が俺を信じるかどうかだ。ま、いきなりここで俺をぶち殺すってのが唯一心配だな。もう俺じゃ今のお前に逆立ちしたって勝てねぇだろうな。だがそれは、俺がたれこむよりも危険だと思うがなぁ。」
「…。」
そうだ。その通り。
彼はここで、はいさようならとなっても全然困らない。困るのは俺だ。
「結局自分で決めて自分で責任取るんだ。それが冒険者ってもんだろ?」
…。
結局そこに戻るのか。
人を信じられるかどうか。
メディンも昔と同じこと言ってるな。結局彼も変わらない男だという事か。
どうすればいいのか…。
俺一人だけならえいやと決めてもいい。いざって時力づくで逃げることだってできる。
でも俺にはすでに仲間がいる。戦う力のない奴だっている。
そんな賭けには出れない。
いやそれは違うか。
力づくで逃げられるから信じても良いってのはちょっと違うよな。
それは保険があるってだけだもんな。メディンを信じてる事にはならない。
俺はこの男のことを本心から信じられるのか。
裏切られて全員殺されてもしょうがないか、とそう思えるほどこの男の事を知っているのか。
仲間の命を賭けた上で、信じる、と言って良いのか。
「…ま、ガルーザに会いたいなら案内してやる。明日の朝の鐘が鳴る前に王都の正門前に来い。案内してやるよ。別の町にいるからな。」
そう言ってメディンは出ていった。
どうすれば良いのか…。
今考えるとザリー公爵ってのはすごいんだな。
抱えてる命の数、人生の数は俺の比じゃないだろう。
にも関わらず俺たちを信頼してくれた。身分証まで出してくれた。
一蓮托生になれば、まず国家への反逆になるのは間違いない。
それでも信じてくれた。
彼の信頼がとても重いものだとわかる。
…まぁアルト様が着いてきてるのはお目付け役だろうから、完全なおまかせって事じゃ無いんだろうけどさ。
ただそれでもこちらがアルト様を人質に取ることだってできる。
アルト様を俺たちに付けた理由は、不信でもあるが信頼でもあるってことなんだろう。
けどあの父娘の仲の良さを見ればわかる。
ザリー公爵は娘のアルト様を見捨てるような人じゃない。
きっと…人質にされることは無いと思ってるんだろう。
信頼…してくれてるのだろう。
俺は?
俺はメディンをそこまで信頼できるのか?
いや、信用してるから正体を明かしたんじゃないのか?今ここで迷ってる事自体がおかしなことじゃないのか?
俺は何故彼に正体を明かした?
誠意には誠意を返すべきだと思ったからじゃないのか?
それは信頼してるということじゃないのか?
にも関わらず、何故すぐに信頼すると言わなかった。
…。
…それは…それはきっとガルーザだ。
メディンがガルーザの居所を知っているのは間違いない。
では何故知っている?
色々理由はあるだろう。何か得があるのか、捕まることで損があるのか。
…もしかしたら…。
もしかしたらガルーザとメディンが仲間だったのかも知れないという可能性が、あるからだ。
もちろん、メディンは信頼できる男だと思う。
彼一人だったら何の疑問も無く信頼できたと思う。
でもガルーザの仲間かも知れない、という可能性が1%でもあるなら。
途端に信じられなくなる。
メディンという男の問題じゃない。
これはきっと俺の問題だ。
今気づいた。
俺はまだ、ガルーザを恐れている。
乗り越えたと思ってたものはそうじゃなかった。
逃げて逃げて逃げ続けただけだった。
昔の俺の弱さに、ケリをつける時が来たんだ。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「で、ガルーザの足取りがつかめた訳だ。当然そのメディンという男に案内させるんだよな?」
「…そう、したいのですが、アルト様。その…裏切られる可能性を考えると安易に着いて行って良いのかと、その…迷っています。正直、今すぐ逃げたほうが良いかも知れない。ガルーザと繋がってる可能性があるならそれくらいは考えても…。」
「随分と我らのボスは慎重じゃないか。…ふむ。私とモニ男とリザは遠目に尾行していたからどんな男かは分からなかった。どうだ?ユーキとヴァルは本人と話したんだろ?どういった男だ?」
「私は…頭のいい人だと思ったよ。理性的で合理的って感じかな。正直冒険者っぽくは無い人だったと思う。」
「ふむ…。頭の良い冒険者か。それは確かに毛色が違うな。判断に迷うところだ。」
「へいへ~い。どうしたってんだよ。アルト、ヴァル?この、モニ様に、全部任せてくれれば問題ないってぇ。黙って俺に着いてこい?な?」
「…。」
「…。」
「…はいはい。モニ様は最高ですよ。ね?だから御飯食べる机を確保しに行きましょう?ね?ほらぁ~。」
「ん~?しょうがねぇなあハミンちゃんよぉ。ま、俺とこっそり飲みたい。そういうことだろ?子猫ちゃん?」
「うんうん。はいはい。行きますよ。」
「私も…行く…。考える…のは…苦手。」
「よしよし。リザも来い。両手にさ、花?いや、宝石…だな。」
ああ…。
どうしよう。モニがどんどんモニ男になっていく。
あんな恥ずかしいセリフをポンポンと…。
何故か夫の俺が恥ずかしいっていうね。
もうすべてを投げ出して良いんじゃ無いの。
このままだと恥ずかしくて死んでしまう。恥死だ。
「…まぁモニ男は置いておくとして…どうだ?ユーキ。お前の印象は?」
「うーん…。喋り方は冒険者っぽかったけど確かに頭は良さそうだった。学がありそうって感じか?なんていうか…貴族とか王族とかって言われてもなんとなく納得しちまいそうな感じ?けど信頼できないって感じの人間じゃ無さそうだったな。」
「そりゃ…あの人自身は信頼できる人だよ。でもガルーザが信頼できないんだ。どう考えても…マディン・メディンはガルーザの居場所を知っている。…というより匿ってる可能性がある。なら奴の味方かも知れない。ガルーザと組んでるっていうなら…それは不味い。」
「そのガルーザってのがなんとも分からねぇからなぁ…。」
「…マディン・メディン?その男はマディン・メディンというのか?」
「?え、えぇそうですよ、アルト様。ご存知なんですか?」
「…その男。メディン子爵家の関係者ではないか?」
「メディン子爵ですか?いや…貴族だという話は聞いたことがありませんが…。」
「でもおぃちゃん。普通の人には姓なんて無いんだよ。メディンって姓である以上、多分貴族の出っていうのは間違いないと思うよ。平民が姓を語ることってまず無いから。」
「…そうなの?」
「ああ。俺も王家に世話になってたからわかるけど、姓…名字ってのは王が与えるもんなんだよ。それが名誉なんだとさ。まぁ勝手に名乗る奴もいるけどな。例えば羽振りの良い商人なんかはそういうこともする。でもそりゃ、貴族の娘や息子と結婚して姓を得るんだよ。つまり貴族と親戚になるわけ。そうするとやっぱり貴族の関係者って事になるかなぁ。」
「う~ん。だが貴族だって話は言ってなかったしなぁ。周りも全然そんなことは言ってなかった…と思う。多分。」
「あまりにも当たり前だったから話してなかったんじゃねぇの?俺らにとっては非常識でも、こっちでは常識ってのは結構あるからな。」
「そちらの世界の常識はわからんが…。非常に理性的と言うか…知的な貴族だ。様々な知識に精通してる者が多くてな。そういう教育方針らしい。役人として就職する者も多いらしい。学士も結構輩出してるかな。だが冒険者という印象は…無い貴族だな。」
「うーん…。どうしたもんでしょうか…。」
「だがそのマディンという男はメディンの姓を名乗り続けてるわけだ。その理由はわからんが、少なくともメディンの姓を名乗ってる以上、それは一族の看板を背負っているということ。その男が何か不名誉なことをしたら一族に悪影響が出る。それは貴族にとって一大事だ。」
「でも…冒険者をやっている以上、貴族では無いでしょう?一族に不名誉が出ようとも彼には関係ないのでは?」
「いや、メディンの姓を名乗っている以上、貴族としての誇りがあるということだ。だからおいそれと下手なことは出来ないはず。もしかしたら、それを狙ってわざと姓を名乗っているのかもしれんな。信頼も得やすいし、依頼の質も大きく変わるだろうからな。」
「…なるほど。」
「ま、良いじゃねぇか。翔。いざ何かあったってよぉ、正直俺たちの戦力だったら大抵の相手でもなんとかなるだろ。逃げることくらいなら問題ないって。少し思い詰めすぎじゃねぇか?」
「そうかな…。いや俺たちが結構強いってのは間違いないか。確かに逃げるくらいならどうとでもなりそうな気がする。」
「取り敢えず明日はそのメディンって男に付いていけばいい。いつも通り付いていく組と尾行組に分かれてよ。」
「そう…そうだな。そのとおりだ。うん。マディンに着いていくか。現状それしか情報がないってのもあるしな。」
「そうそう。気楽に気楽に。な?とっとと飯を食いに行こうぜ。」
そう言って佑樹は下に降りていった。
「ユーキ様は…いい人ですね。自分が捕まるかも知れないのにあんなふうに言えるなんて。やはり勇者とは、あのように自己犠牲の精神が備わっているものなのでしょうか。」
「佑樹は…いい奴だよ、ワック。勇者だってのは関係ない。多分だけど、勇者になる前からああ言う奴だった。だから色んな奴から好かれてたんだ。」
「おや?こちらに来る前からお互いはご存知だったんですか?」
「ああ。つっても名前だけは知ってるかなって程度だったがな。みんなの人気者だったよ。まぁそりゃそうだ。あいつがみんなに好かれてる理由が分かったよ。俺なんかはいつもあいつを羨ましいと思ってたよ。」
「ふっふ。昔はそうだったかも知れませんが、今はショー様の人気っぷりも相当なものですよ。下手したら勇者よりも人気かもしれませんね。」
「まぁそりゃ…偶々さ。俺の内面を知った上での人気ってわけじゃない。」
「さて。どうでしょうね。その当時のユーキ様の人気も同じような物だったのかも知れませんよ。取り敢えず、明日は騙される可能性も含めて、マディンさんに案内してもらいましょう。何、ユーキ様も言ってましたが我々だって結構強いんですよ。もっと気にせずやってくださっていいんです。」
「そう…かな…。」
「そうですよ。我々を信じてください。我等の忠義は、すでにあなたの物です。」
そう言い残してワックは下に降りていった。何か言いたそうな、アルト様を残して。
「…。」
「…。」
「…ショーよ。メディン子爵家というのは…今はダカツキ侯爵派閥なんだが、昔はロレーヌ公爵の派閥だったんだ。」
「?…はい。」
「今現在ロレーヌ公爵は派閥を持つことを禁じられてる。軍事力も最低限だ。自領の魔の森からの魔物を抑える最低限の軍事力しか持てないんだ。その理由は、最近…といっても20年くらい前だそうだが、ロレーヌ公爵が王国への反逆を企てたからだ。」
「…反逆。」
「これは王国史上非常に珍しい事件だ。何しろ、王都への反逆を企てると不思議な力によって魔物がその領に集結し、反逆を企てた者だけが何故か魔物に嬲り殺されるからな。」
「それは…不思議ですね。全く嫌になる。」
「その通りだ。人に殺されるならまだしも魔物に嬲り殺されるなぞ…。およそいい死に様じゃない。まぁそんな理由で反逆を企てるという事自体が非常に珍しい。その当時のロレーヌ公爵の反逆の理由は明らかにされていない。一説ではナガルス族が関わっていると聞いたが…。」
「…どうでしょう。ハルダニヤ王国で取引したのはアルト様…ザリー公爵家が初めてだと言っていましたが…。」
「…まぁいい。いずれにしろロレーヌ公爵家は首をすげ替えられてなんとか存続した。お家取り潰しでもおかしくは無いのだが…ま、そこらへんはよくわからん。どうやら当主のみが乱心したとの噂だがな。」
「しかし当然処罰は厳しいものだった。軍事力も持てないし、派閥も持てない。まぁ反逆を企てる貴族の派閥に入りたい者もいないだろうがな。…だがメディン家は地政的にも商売的にも大分親密でな。ロレーヌ公爵家の派閥から離脱した後、ダカツキ侯爵の派閥に入ったそうだが…大分冷や飯食いだった。まぁ外様で、裏切り者と一番仲の良かった貴族だ。そうそう信頼してはもらえんだろうな。」
「…なるほど。」
「その当時から今に続くまでメディン家の財政は良くない。マディンという男が冒険者をやっている理由もそこら辺にあるのかもしれん。飯の種か、強さを手に入れるためか、王家への忠誠心故か…。」
「メディンさんが貴族…いや元貴族ならそういった事もあり得るでしょうね…。しかし何故その話を?」
「お前が探している男…ガルーザ・バルドックと言っていたな。」
「はい…あ。」
「そう。バルドックも姓がある。実際バルドック子爵領もあるからな。恐らくガルーザはその子爵家と何か関係があるのだろう。そしてこのバルドック子爵領は、メディン子爵領に接しているんだ。ちょうど北側かな。山を挟んでいるとは言え、バルドック家とメディン家には確か確執があったはずだ。隣通りの貴族というのは仲が良いか悪いかの二つに一つだ。中間は無い。」
「同じ元貴族同士ですか…。しかし確執があるのであれば、メディンがガルーザを匿ってる理由がよくわからないのですが…。」
「実は、野に下った貴族は同じような元貴族達と協力することが多いんだ。例え、信条、信念が相容れなくても、貴族であった時に敵同士だったとしても、なるべく協力しようという意識がある。貴族は信じることが出来ない、しかし平民も信じることが出来ない。自然、似たような境遇のもの同士で助け合うことになるんだろうな。」
「…しかし助け合ったとして何か得でもあるんでしょうか。」
「まぁ実際、貴族でいた時に様々な教育は受けているし、なんやかんや人脈だってある。ある程度独り立ちさえ出来てしまえばそれなりに成功する確率は高いんだ。表立ってはいないが、そういった相互扶助の組織もあるらしい。将来成功したら当然返ってくるものはでかい。得はあると思っていいだろう。」
「メディンとガルーザは貴族の頃からの仲では無い…。野に下ってからの仲ということですか。」
「ああ。それも冒険者時代もそう仲が良いわけでも無さそうだったな。ショーの話からすると。だから本当に非常事態としてメディンがガルーザを匿ってる可能性が高い。まぁガルーザに何かそそのかされてる可能性もなくはないが…さて、それも中々考えにくい。」
「そうですか?ガルーザって奴はかなり信頼のおけない詐欺師みたいな男で…。」
「まぁ待て。その男が信頼できないっていうのは、ショーが言うならそうなんだろうが、果たして、メディンのような叩き上げの城下級を騙せる程の能力があるかと言われると疑問だ。ガルーザは、昔のお前のような、右も左も分からない新人を騙していたんじゃないのか?それは騙しやすいという理由もあったんだろうが、そういう奴しか騙せなかったんじゃ無いのか?」
「…。」
「であるなら…メディンという男がガルーザに操られている可能性は…少ないだろう。少なくともメディンが主導権を握ってる可能性が高い。ま、そもそもメディンという男自身がお前を騙そうとしている可能性は無いわけじゃないが…そこはお前の目を信じるさ。」
「…そう…です、か。」
「…もっと周りを信じろ。自分が一番出来て、自分が全部なんとかしなければならない、なんて事は無いんだぞ?私もお前に着いてきてる時点で一連託生だ。もっと下を信じて仕事を任せ、任せたら細かいことは言わずに全部やらせるんだ。それが人を治めるということだぞ。」
「…アルト様。その…あ、ありがとうございます。」
「…ふん。昔の私みたいでムカついただけだ。私はヴァルのおかげでなんとかなったが、…ヴァルはお前に世話になったしな。我が領民を助けた恩には報いねばならん。私は飯を食いに行く。とっとと行くぞ。モニ男が最近口説いてきてウザいんだ。夫のお前がなんとかしろ。」
「えぇ…。まぁ…はい。っふっふ。」
そうだな。もう少し、みんなを信じれば良かったのかも知れない。
何でもかんでも自分でやろうとしすぎだったかな。メディンとガルーザの事ももっと前に相談してればもうちょっと早くガルーザに辿り付けたかも知れないし。
はぁ~…。なんていうか…未熟だ。
…早くみんなの信頼に、応えられるようにならなけりゃな。
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【作者より、感謝を込めて】
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
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こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
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