怖くていい人

明人

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予想を超える

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バイトが終わり、家に帰っている途中、買い物袋のビニールが破け、中身を落としてオロオロしている女性を発見する。
「大丈夫ですか?よかったら私エコバック持ってるんで使ってください」
鞄から袋を差し出し、落ちた物を拾って相手の顔を見る。
「あら、親切にありがとう」
そう言って優しく笑う女性はどこかで見覚えがあるような気がした。黒髪を耳より下で結び、落ち着いた雰囲気を持っている。
誰かに似てるような...
そんなことを思い硬直していると、手にしていたエコバックを女性が受け取る。
「お言葉に甘えてちょっとこれ借りるわね」
「あ、はい」
女性は私のエコバッグを受け取った。だと言うのにもう一度破れたビニールの方に入れようとしている。
「ま、待ってください!そっちに入れたらまた落ちちゃいます!」
「あらそうね。うっかりしてたわ」
そう言ってふわふわと笑う女性を手伝い、何度か破れたビニールの方に入れるのを阻止して落ちた物を全て回収した。
「本当に助かったわぁ。ありがとう」
「い、いえ」
確かな達成感と中々の疲労感にバイト以上の疲れを感じた。
「お礼にお茶でもどうかしら。もう遅いし、息子が帰ってきたらお家まで送らせるわ」
「いえ。そこまでしていただくのは...」
「それにこのエコバッグも返さなきゃだし、家すぐそこなのよ」
女性の押しに負けお家までお邪魔することになった。
お家マンションの一室。畳で、中々歴史があるだろう佇まいをしていた。
「ちょっと待っててね。すぐお茶淹れるから」
そう言って買った荷物を置いて台所に行こうとするが、中にはお肉などもあった。
「いえ、先にお荷物しまわれてからで大丈夫ですから」
「あらそう。優しいのねぇ」
相変わらず女性はふわふわと笑いながらじゃあしまってくるわねと荷物を持って台所に向かった。
未明は1人になってふと周りを見回す。
ちゃぶ台に棚。嗜好品のような物はあまり見当たらない。
そんなことを思っているとガチャとドアの開く音が聞こえた。
「ただいま」
その声にものすごく覚えがあった。
入り口の方に目を向けていると入ってきた人も同じように目を見開いた。
「何で...」
帰ってきたのは藍くんだった。
ということは、私が助けたのは藍くんのお母さん!!?
「おかえりれいくん。私買い物袋破っちゃってこの親切なお嬢さんに助けてもらったからお茶ぐらいと思ってね。私お茶淹れてくるかられいくんはお菓子出しといて」
「れいくんはやめろ」
「あらごめんねれいくん」
聞こえてねぇのかわざとなのかハッキリしろ...とぼやきながら藍くんは棚からどら焼きを出してくれた。
「あ、ありがと。突然お邪魔してごめんね」
「別にいい。むしろおふくろ助けてくれてありがとうな」
「お茶が入ったわよ~」
お母さんが湯飲みにお茶を淹れてくれる、が透明だ。
「あら?茶葉入れるの忘れちゃった」
と台所に戻っていく。
「引くほど抜けてるから気をつけろ。やらかすことも予想を超える」
遠い目をしている藍くんの様子からして結構大変な目に遭ってそうだ。
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