怖くていい人

明人

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眼鏡に現れる動揺

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「ただいま~」
「お邪魔します」
元気なお母さんの声に藍くんが続き、私の家に藍くんが降り立つ。
少し混乱しており、いい表現が思いつかないがそれぐらい恐れ多いことなのだ。
「じゃあすぐに揚げてっちゃうからね。未明は手伝いなさい。えっと藍くんだったわよね?ゆっくり座って待っててね~」
藍くん相手だと途端に猫撫で声になるお母さんを見ているのがちょっと辛い。
ダイニングに入るとお父さんがお茶を飲みながら新聞を読んでいた。
「あぁおかえ...」
お父さんのおかえりの言葉は藍くんを見て止まる。
「お邪魔してます」
明らかにフリーズしているお父さんに対し、藍くんはいつもと変わらぬ調子でペコリと頭を下げる。
「道でばったり会ってね~。折角だから晩ご飯食べてもらおうと思って。すぐご飯作るからちょっと待っててね」
藍くんから買い物袋を受け取り、台所に向かうお母さんに私も続くが、お父さんと藍くんを2人きりにして会話が続くのだろうか。というか色々大丈夫なのだろうかという不安が生まれる。
「な、名前を伺ってもいいだろうか?」
明らかに動揺し、無駄にかけている眼鏡をカチャカチャと上げているお父さんの様子がうかがえる。
いきなり娘が男の子の同級生を連れてきたら普通お母さんみたいに当然のように受け止められはしないだろう。
「藍 黎明れいめいです」
「あ、藍くんだな。れいめいとは随分と洒落た名前だな」
「俺明け方に産まれたそうで、母が明け方にちなんだ名前にしたいってことで黎明になったそうです」
「なるほど。黎明か。明け方という意味だけではなく始まりも意味する言葉だ。君のお母様はいい名前をつけられた」
「ありがとうございます」
お父さんは穏やかに微笑んでおり、案外会話は弾んでいるようだ。
「未明!手が止まってるわよ!鶏肉に粉まぶしてって!」
「毎回思うけど唐揚げだけうち量異常だよね?」
鶏丸ごと一羽分ぐらいあるんじゃないかという肉がある。これ揚げ終わるのにどれくらいかかるんだろうか。
肉を油に落とすと揚げている音でほとんどの音は掻き消されていった。
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