怖くていい人

明人

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約束

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いつものように何も考えずまたご飯を貪っていた私を見て藍くんが突然吹き出す。口の中の物を飲み込みどうしたの?と問いかけるも藍くんは肩を振るわせたまま答えない。
「未明ったら男の子の前でぐらい少しはおしとやかになりなさいよまったく」
お母さんの言葉で私はめちゃくちゃご飯を貪り食べてた自分を思い出す。理解すると恥ずかしくなり、顔に熱が集まるのが分かった。
「ちまちま食べる奴より美味そうにいっぱい飯食う奴の方が俺は気持ちいいですけどね」
藍くんはそうフォローしてくれながら唐揚げを頬張る。
「あら~いい男ねぇ藍くん」
お母さんは藍くんに対して常にニコニコと上機嫌だ。一方のお父さんはちらちらと様子を伺うように藍くんを見ているのが気になった。
みんな一通り食べ終わり、洗い物のために私はお母さんと台所に引っ込む。
「藍くんイケメンだし優しいしほんといい男ね~付き合ってるの?」
「な、な、ないよ!付き合ってない!」
洗い物で水を流しているから声は聞こえてないと思うが一応ちらりと藍くんの方を見る。
藍くんの方もお父さんと話しているようでこちらには気づいていなさそうだ。
「それなら早く物にしちゃいなさいよ。中々現れないわよあんないい男」
「恋愛ってどっちかが好きなだけじゃ成立しないでしょ!夢のまた夢!」
「ってことはあんたは好きなのね藍くんのこと」
ニヤ~と笑うお母さんにもう黙って!と怒るとはいはいと軽く笑いながらお皿を拭いていた。


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田中と母親が台所に行き、また父親と2人になった。
俺は特に話すこともないため話しかけるつもりはなかったが、父親の方から声をかけてきた。
「未明はいい子に育った」
突然の娘の自慢か?と俺が首を傾げる中父親は続ける。
「真っ直ぐで優しくて正義感もある子だ。でもその正義感が争いの火種になることもあるだろう」
父親は真剣な表情で俺の目を真っ直ぐに見た。
「その時はどうか、未明を守ってやってくれ。本来ならばあの子の力でくぐり抜けなければならない問題なのだろうが、それでもあの子が傷ついて泣くような未来は見たくない。君の未明を守りたいという言葉を利用するようで申し訳ないが、どうか頼む」
軽く頭まで下げられては断る訳にもいかないだろう。
「分かりました。俺の力の及ぶ限りは守ってみせます」
「ありがとう」
だが、父親に頼まれたからじゃない。
俺自身あいつが泣いたり、傷ついている姿を見るのは胸糞悪いからだ。
そんな会話をしていた時、足元の気配に気付きテーブルの下を見る。
そこには真っ白な猫が居た。まだ成猫にはなっていなさそうだが、子猫という体格でもなかった。
「お前...」
「あぁ。シロは未明が里親募集のポスターを見つけて、飼えないかと相談してきたんだ。私も妻も猫好きだったから喜んでOKしたよ」
父親がシロと呼ぶと猫はニャーと鳴きながら父親の膝に乗って喉を鳴らしていた。
ふと、猫カフェでのマスクや目薬のことを思い出す。
そういうことか...
「そいつ、田中さんちに引き取られて凄く幸せそうですね」
「勿論家族として迎え入れたからには幸せにするさ」
そう言って撫でる父親は愛おしいものを見るような顔をしていた。
いい家庭で本当に良かった。
「シロの話?」
台所から戻ってきた田中が父親の膝の猫の頭を撫でる。
「いいところに貰われて良かったなって話だ」
「優しい人に助けて貰ったみたいだから私も助けたいなって思ったんだ」
当たり前のように言う田中に俺はそうかとだけ返し小さく笑った。
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